ハリケーントルネード斬りの誕生
肩車をしたにゃからんてぃと共に、誰も居ない闘技スペースに飛び降りた俺は、
観客席の美射を振り返る。
美射はニコニコしながら、指を鳴らして
俺たちの目前に一人の、人間を出現させる。
十三、四の小柄な女の子だ。腰まである長い黒髪をサイドに分けて、ウェリントンメガネをかけて
ピンク色の色褪せた長いローブを引きずるように着ている。
そして分厚い辞書のような本を脇に抱えている。
こちらに気付くと、
「どうも。対戦相手ですね?ああ、リングリングさんもいらっしゃる」
と美射を見上げながら言う。
「オダジマサヨコと申します」
ペコリと頭を下げた、その子に驚きながら尋ねる。
「日本人?」
「ああ、貴方は日本人なのですか」
「そうかぁ。やりづらいなぁ」
「気にしないで良いと思いますよ。
おそらくは時代が違うと思います。あなたの健康状態と血色のよさから見て
私の時代のかなり前の人でしょうし」
ケホケホッと咳き込みながら、女の子は喋る。
にゃからんてぃは肩車されたまま珍しくジッと聞いている。
「何か、あったの?」
「まぁ、パラレルワールドというものもございますよね。
私とあなたの時間の軸は違う。そういうことに致しませんか」
微妙な言い回しで答えたサヨコは本を開けて、パラパラとめくりながら
式神を何体も呼び出していく。
ボディビルダーのような肉体を持つ一つ目の真っ赤な巨人、
透けている屈強そうな白銀鎧の兵士たち十人
飛び回る顔のある巨大な火の玉、そして鳥の翼と鉤爪を持つ鳥人七人
さらに次々に呼び出される式神に唖然としていると
最後には空飛ぶ真っ赤な巨大なドラゴンまで呼び出してから言う。
「私が調べたところによりますと、
流れ人の体力のベースは、召喚された時点の本人の状態なのです。
申し訳ありませんが、私は事情がありまして、元々病弱なもので、
後天的な体力的な伸びがとても低いのです」
「なので……式神を増やしたと……?」
闘技スペースの上空まで一杯になった三十以上の厳つい式神たちを見ながら
尋ねる。
「ええ。その通りです。見たところ、あなたは肩に乗っている式神にまだ慣れていませんね」
「お、おう。そ、そうだと思う」
実戦でにゃからんてぃと共に戦うのは初である。
「多少、戦略などを話し合われたほうが良いかと。私は待ちますよ」
「あ、ありがとう」
物凄い数の厳つい式神に睨まれながら、
俺はしゃがんで、肩から降ろしたにゃからんてぃと
コミュニケーションを試みる。
「どうする?」
「シャットダウンとブルースクリーンの関係は良好とは言えません。
セーフモードの起動は程ほどにするべきです」
「……わからん……」
「落雷による火災と言うのは必ずしも起こるわけではありません。
絶対的評価による受け流しがしばしば発生いたします」
「……励ましてくれているような気はするな……」
にゃからんてぃは腰に腕を置いて、ため息を吐きながら
首を横に振る。いつの間にか着ているマントの色が緑になっている。
「三回目の転生による、世界軸の変化は因果律によって起こります。
予言と言うのは少女のポエムから発生するものと思われます」
相変わらず意味不明だが、にゃーにゃー言いながら
必死に伝えようとする姿勢を見ていると
ちょっとだけ理解できた気がする。
「…んーとりあえず、お前は負ける気はしていないんだな」
にゃからんてぃは何度も首を縦に振って、再び俺の肩に飛び乗った。
「肩に乗る必要があると」
そうですよ。と言う感じでにゃからんてぃは俺の左肩を肉球で三回叩く。
……とりあえず戦ってみるか。
「オダジマさん狙ったほうがいいの?」
にゃからんてぃは右肩を一度叩く。わからん。
「じゃあ、他の式神?」
今度は左肩が一度叩かれる。
「左がはい。右がいいえ?」
左肩を叩かれる。合っているようだ。
「お前のもっている力は補助的な能力なの?」
左肩が三回叩かれる。回数が多い時は"超合ってるよ"って感じか。
「つまりは、式神から叩いて、お前は補助をすると」
左肩をバンバンと激しく連打される。それでよいらしい。
そしてにゃからんてぃは右腕を長く伸ばして、赤い巨人を指し示した。
一番最初に召喚された、全身ゴリマッチョの五メートルくらいあるやつだ。
「あれが弱いの?」
左肩が連打される。見た目では一番強そうなのだが……大丈夫だろうか。
観客席の美射が立ち上がり、
「そろそろいきますよーっ!!」
と急かしてくる。
あの勢いは試合が終わった後のデートプランが待ちきれない感じだ。
脳内世界で延々と美射に付き合っている俺には分かる。
多少やる気を削がれながらも、前を向く。
「分かった。巨人から行くわ。たどり着くまで、攻撃全部避けるから当たるなよ」
左肩が連打されて
「カーテンの揺れる係数は数字にしてみると他愛無いものです。
美意識と言うのは個体により違います」
とにゃからんてぃの楽しそうな声が響く。
意味はさっぱりわからんが、
必死に聞いてみるとニュアンスは微かに伝わるようになった。
「では、私は最後尾で見守らせていただきます」
サヨコは式神の盾の後ろに消えた。その前をしっかりと白銀の鎧兵や
鳥人たちがガードする陣形を取っている。
俺の腰に、彗星剣がいつのまにか帯刀されているのに気付く。
「開始ーっ!!」
観客席のメガホンで叫ぶ美射の掛け声で戦闘が始まる。
体長十数メートルはあるドラゴンの空からの急襲を軽く避けてから
俺は、巨人の方へと全速力で駆け出す。
抜かれたドラゴンは背後から火の玉を吐いて、
さらに前からは巨大なアメーバのような式神が
液状の身体から長い手を何本も伸ばして襲い掛かってくるが
飛んで火の玉を避けながら、衝撃波と斬撃で全てその手を切り払う。
着地した瞬間に、にゃからんてぃが左耳を引っ張ったので
とっさに左に避けると、俺が着地した地点に
何対もの真っ黒な人影が両手に持ったナイフを突き刺しているところだった。
それらを幽鬼斬で一掃すると、
俺は、地を蹴って、十メートルほど思いっきり大きく飛び上がって、巨人へと斬りかかった。
あっさりと彗星剣により巨人が両断されると、
ドラゴンと白銀の兵士達以外の、十数体の式神が一気に消える。
どうやら巨人が操っていたようだ。
兵士たちの中からは「ひぃ……」というサヨコの小さな悲鳴が聞こえた。
俺はそのまま返す刀で、空中から襲い掛かってくるドラゴンと戦い始める。
しばらく火炎のブレスを避けながら、空中から喰いかかってくる牙を避けていると
にゃからんてぃが今度は右耳を引っ張る、そちらの方向を向くと
闘技場の観客席の一番高い方向だった。気付いた俺はそのまま
指し示された観客席の頂点まで、駆け上がり、
向かってくるドラゴンの頭上へと飛び乗った。
振り落とそうと暴れるドラゴンの頭蓋骨の上に彗星剣を突き立てると、
ドラゴンも音もなく消えた。
体勢を崩すこともなく着地した俺は、白銀の兵士たちににじり寄る。
修行の成果がいよいよ出てきているようだ。我ながら動きにキレがある。
「こっ、降参です」
自らを囲っていた白銀鎧の兵士の式神を消した、うな垂れたサヨコが手を上げて
歩いて近寄ってくる。
その瞬間、にゃからんてぃが右肩をバンバンバンと力強く三度連打した。
意味を理解した俺はすぐに飛び退いて、サヨコからかなり距離を取る。
次の瞬間、俺が居た地点では、大きな爆風が起こり
全身が燃え盛った人型の物体がその中から出てくる。
2メートルほどの体長は全て、火炎で出来ている。
こんな生き物見たこともない。
サヨコは
「やるなぁ。大体、ここまできたら勝てるのに。
でも、この"炎神ナ・グルードス"で正真正銘、最後の手ですよ」
とニヤリと笑い、背後へと再び引っ込む。
にゃからんてぃは
「花見と言うものは儚さよりも、永遠を楽しむべきです。
クラップユアハンズ!!レッツシンギンッ!!」
と肩で妙に興奮して、にゃーにゃー言っている。
つまりはヤバイ相手が出てきたということだ。
炎神とか言っていたが、エロ神に散々鍛えられた俺にはもう怖い神は居ない。
とか言う意味不明な思考で、自分を励まし、俺はその火炎人間に
先行して撃った三発の衝撃波に重ねて、渾身の幽鬼斬を放つ。
一瞬、四発の斬撃の軌道に沿って、身体がいくつにも分かれたが
すぐにまた元の人型に戻る。
……あれ、効いていない。物理的な生き物でも……幽鬼でもないのか。
と考える暇もなく
火炎人間の炎が噴き上がった拳から
アッパーカットが俺に放たれて、態勢を崩しながら
何とかそれを横に避ける。にゃからんてぃも回避のために一瞬俺から離れて
再び着地と共に、俺の背中によじ登ってきた。
「どうしたらいい?」
右肩が力なく叩かれる。
「策無しか。いいよ。お前はよくやった」
ジワジワとにじり寄ってくる火炎人間とにらみ合いながら、俺は必死に対抗策を考える。
火を消すような技か……無いな。そんな技術は一個ももっていない。
精々、衝撃波で風を起こす程度である。ん……待てよ。
今まで一方向にしか射出しなかったけど、例えば身体を上手く捻りながら打てば……。
付け焼刃のアイデアだが、やってみるか。
「三日間寝酒をするのは二日酔いと、どちらが詩的なのか絵的な視点を大事にします」
にゃからんてぃは、謎の言葉を呟きながら、バンバンと左肩を二回叩いた。
「振り落とされるなよ」
と頭にしっかりつかまったにゃからんてぃに告げて、
俺は一旦、バックステップで火炎人間から三十メートルほど距離をとって、
今度はその距離で助走をつけてから、身体をエス時をイメージして高速に捻りながら
超速で下から、鞭のように撓る斬撃を二発繰り出した。
運良く、予想通り、捻じ曲がった衝撃波が
竜巻のような風を下から巻き起こし、火炎人間をその中へと巻き込んでいく。
火炎人間に致命的なダメージは与えられていないようだが、
竜巻に囚われて身動きが出来なさそうだ。
その間に俺は、戸惑うサヨコに距離を詰めて、素早く背後に回りこみ
抜き身の彗星剣を喉に突きつける。
おそらくこれで……。
「ストーップ!!勝者但馬ーッ!!」
観客席から立ち上がり、声を張り上げた美射のジャッジに
サヨコは「ふぅっ」とため息を吐いて、分厚い本をパタンと閉じ、火炎人間を引っ込めた。
「百五十二戦目にして初の敗北です。良い試合でした」
「あぶなかったです。幸運を祈ってます」
彗星剣を鞘にしまい、腕をスッと出したサヨコの手を握り返すと、ニコッと笑って
彼女はそのまま身体ごと消えた。
それを確認してから、
観客席から手招きしている美射の方へと跳躍して、向かう。
美射は嬉しそうに駆け寄ってきて
「新技できたねぇ。名前考えたよ!!ハリケーントルネード斬りね」
「微妙にダサくない……?」
というかセンスが古いというか、レトロゲーに出てきそうな技名というか……。
「だめー。もう決めたのー」
と腕を絡ませてくる。相当威力ありそうだから
初の必殺技として渋い技名をつけたかったが、仕方ない。
ハリケーントルネード斬り誕生の瞬間である……。
これ……口にしたら仲間に笑われないだろうか。
真っ先にマイカ辺りが弄ってきそうである。
「春の陽気と言うのは脳内物質の興奮を促すものであります。
それは禍々しい邪気を一掃する効果があります」
にゃからんてぃは、美射の背中に飛び乗り、パチパチと肉球を打ち合わせて
俺に拍手をする。
「サヨコさんは地球の未来人っぽいから言及は避けるとして」
ディストピアから来たのはなんと無く分かった。
「そうだね。それがいいよ。未来は様々な結果が無数にあって、しかも流動的だよ。
怖い未来ばかりじゃないよ」
「……あの炎の式神は何なの?強すぎない?」
「ん?炎神ナ・グルードスって言ってたでしょ。神様よ神様」
肩に乗っているにゃからんてぃの腕を触りながら美射は何気なく言う。
「……神だったの!?」
「炎を司る神様ね。但馬の知ってるロ・ゼルターナ神と同列の高位神よ」
「神と会ったのか俺、しかし式神になってるって……」
「あの子は特別ね。普通はあんなに式神を持つことも出来ないし」
「もう少し、弱いのから始められなかったの?にゃからんてぃ居なかったら
普通に負けてたぞ」
超強かった。ドラゴンや幽鬼討伐でもあんなに手ごわかった相手はほぼ居ない。
シャドウと並ぶくらいじゃないだろうか。
「そこはランダムでね。コントロールはできないの」
「新技できただけでもいいか……」
「撃つ時はちゃんと言ってねっ!ハリケーントルネード斬りっ!って!」
「そこは考えるわ。できれば無言撃ちを目指す」
「ぶー」
膨れっ面の美射はすぐに機嫌を治して、
それから半日、俺とにゃからんてぃを交えた
「猫の居る彼氏の広い家の陽の当たる秋のリビングで、グランドピアノやギターを弾いたり
ねっころがったり、猫を二人で愛でるデート」
という何ともオシャンティ(お洒落)な雰囲気だけはする内容の
デートプランを編み出して、喋りたがるにゃからんてぃを説き伏せ
「にゃーん……」
と無理やり普通の鳴き声の猫役をさせて、強引にデートを成立させていた。




