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Lord to Gloria  作者: 頭 垂
第一章 すべての始まり
7/49

腹ペコと怒り虎

「料理ができましたよ……って、何をしているのですか?」


途中から料理を作ることに集中していてプリスたちのことに注意を払っていなかった月夜はプリスたちの姿を見て少し驚く。

無言で少女の頭に顔を埋めて匂いを嗅ぎ続けるプリスと、それに対して無抵抗な少女。

それに少女の頭にはフードがない。あれほど、取ることを嫌がっていたというのに、どんな意識の変化があったのだろうか?

まぁ、グローリアに関することではないので、月夜の興味は一瞬で薄れたのだが。

月夜の声に反応して、プリスは少女の頭から顔を離す。少しどころではなく、だいぶ名残惜しそうだったが、数瞬ののちに離した。


「できたんだ。ボクの分はある?」

「えぇ。いつも通り食べて行かれるのだろうなと思ったので、作ってありますよ」

「それは良かった。無いって言われたら悲しくて死んじゃうよ」

「それは良かったです。貴方が死んだら旦那様が悲しみますから」

「本当に月夜ちゃんはロアが好きだねぇ」

「当然です。私の世界の中心は旦那様であることは疑いの余地がありません」


二人は軽く笑いだす。

プリスはケタケタと楽しそうに、月夜は口元を手で押さえてお淑やかに、という違いこそあったが、両者ともに本当に心から楽しそうだ。

そこに、やっと意識が現実に帰ってきた少女が声を上げる。


「……はっ!」

「おはよう。起きた?」

「寝てないわよ……って、あれ? 記憶がうまくつながらない……?」

「起きながら寝ていたんじゃない?」

「そうなのかしら……自分では判断がつかないわね」


少女は神妙な顔で考え込み始めてしまった。

この少女は割と不器用なようだ。容量が悪いと言い換えてもいいのかもしれないが。


「それでは、私は旦那様を起こしてきますね」

「わかった。ボクたちは座っておくね」

「……料理には手を出さないでくださいね? 旦那様が来る前に少しでも量が減っていたら……わかりますよね?」

「そんなことしないよ。ボクだってロアには殺されたくないしね」

「なら、安心しました。それでは行ってきます」


二人がテーブルにつくのを確認することもなく、月夜は奥に進んで行く。

この家は、入口から入ってすぐにリビング兼ダイニング兼キッチン。そして、そこから扉を開けて中に進むと、様々な部屋がある。

月夜が迷いない足取りで向かったのはこの家の一番奥、主寝室だ。

寝室は他にもう一つあるが、グローリアがいるのは確実に主寝室だろう。

そう考えた月夜は主寝室のドアを開ける。

主寝室の中はあまり物が置いておらず、落ち着いた雰囲気があった。

大きめの、最低でも人が二人は余裕を持って眠れるようなベッド。少量の本が入っている本棚。それと、落ち着いた木目のテーブル。後は特にない。

部屋には窓があることにはあるが、しっかりと閉じられた上にカーテンまで閉められている。多少は見えるが、日中にしてはこの部屋は暗すぎるだろう。

そのベッドの上に片膝を立てて座りながら、目を閉じているグローリアがいた。


「月夜か」


グローリアは目を開けずに声だけを発する。


「はい。旦那様、お食事ができました」

「そうか……やはり、眠ることはできないな」


目を開けて立ち上がったグローリアは少し残念そうにそうつぶやく。

月夜が家に戻ってきた時ほどではないようだが、疲れが目に見えるようだ。


「あとで、私がお付き合いいたします」

「……頼む。この体質はいつからかは覚えてないが、厄介だな。迷惑をかけるようで悪いな」

「いえ、迷惑などと思ってはおりません。それに……旦那様と共にあれると言うのは私としては喜ばしいことですから」

「そう言ってくれるなら助かる」

「はい。ですが、どれにいたしましてもお食事をとるのが先決でしょう」

「そうだな。……無駄話に付き合わせて悪かった。さっさと戻るか」

「そういたしましょう」


グローリアが先に部屋を出ていき、その後ろに控えるようにして月夜が歩く。

月夜とグローリアの間では、こうして歩くのが当たり前になっている。

何時からこうなったのかなどは覚えていない。だが、いつの間にやらこうなっていた。

特に興味がないグローリアはこのままにしている。グローリアにはこうしろと言った記憶もないし、こうするようになったきっかけも覚えてはいないが、きっと月夜の中には何かがあったのだろう。

そんなことを考えながら進んでいると、リビングについた。


「待たせたな」

「いや、待ってはいないよ。この家の家主であるロアがいないのにご飯に手を出すのはさすがに無礼と言うものだからね」

「そうか。……ま、もう一人はそうでもなかったみたいだがな」

「おいひい! びっくりするほどにおいひい!」

「貴方……何をして」


グローリアがリビングについたときには、プリスは椅子に座って楽しげな笑みを浮かべていた。

それについてはグローリアも月夜も何も言うつもりはない。

問題はもう一人の方だ。

少女のほうは、頬袋いっぱいに食べ物を詰め込んで、リスのようになっていた。

テーブルの上にある皿もいくつかは空となっている。

きっと、この少女が食べてしまうまではこの皿たちの上には綺麗に整えられた料理たちが整然と並んでいたのだろう。

その姿を見ることが出来なかったグローリアは少し悲しい気持ちになったが、まだ自分の食べる量が残っているので良しとすることにした。

だが、納得できていない人間もいた。

この料理を作った月夜である。


「あ、貴方は何をしているのですか!?」

「え?」


もきゅもきゅもきゅもきゅ、ゴックン。

口の中いっぱいに入れた料理を咀嚼し、嚥下してから口を開く。

その仕草は、ただでさえ頭にきている月夜の神経を大いに逆なでしていく。


「美味しい料理があったから、食べようかなって。ほら、こんなにおいしそうな料理を冷ますのももったいないでしょ?」

「そんな話を聞いているのではありません! この料理は旦那様のために作ったのです! まかり間違っても、貴方が旦那様の前に手を付けていいものではありません!」

「? 何を怒っているの?」

「私の怒りの理由がわからないと!?」


少女は月夜の怒りに燃料を投下する。

そのせいでただでさえ燃え盛っていた熱量は倍プッシュとなっている。

月夜は少女に詰め寄ってガミガミと叱りつけているが、少女はどこ吹く風で追加の料理に手を出そうとすらしている。

その少女の手を払いながら、月夜は説教を続ける。

場の流れに取り残されてしまったグローリアは怒りを露わにしている月夜を避けて、グローリアと同じように場を傍観しているプリスの横につく。


「……本当に、月夜は楽しそうでいい」

「あれが楽しそうに見えるの? ロアも大概だね」

「お前はそう思わないのか? テメェには楽しそうに映るがな」

「いや、ボクも楽しそうだと思うよ。だから、さ。ボクと同じ感性を持っている人間がまともなわけないでしょ」

「……違いないな」

「え、そこは否定してくれるところじゃないの?」

「事実だからな。事実を否定するほどテメェは愚かじゃない」

「酷いなぁ」

「誰が酷いものかよ。お前よりかは、よっぽど優しいだろうが」

「どこが?」

「お前はあいつが料理に手を付けるのを見て、止めもしなかったんだろ? こうなることを見据えて。それを月夜に言わねぇでやってんだ。優しいだろうが」

「……やっぱりわかる?」

「頭に血が上ってなければ、月夜でも気づける」

「そう。なら、あの女の子には感謝しないとね。……そういえば、何だけどさ」

「なんだ?」

「あの女の子の名前って何なの?」


その言葉は青天の霹靂の様だった。

良く考えてみると、グローリアはあの少女の名前を知らない。

初対面の時には効く余裕がなかったし、道中も終始自分のことを警戒していた少女に、名前を聞けるほどグローリアの神経は図太くなかった。

その後、何やかやとギルドホールに行ってリテラエに報告して……それでさっきまで部屋で休んでいた。

聞くタイミングなどどこにもなかった。

チラリと少女のほうに視線をおくってみると、未だに月夜に怒られて目を白黒とさせている。


「ん……?」


怒られている少女を見てみると、少女はもうフードをかぶっていなかった。

あの角は結構グローリアの好みの形をしているので、グローリアとしては見れてうれしいのだが、つい先ほどまで徹底してフードを取りたくないと言っていたはずだ。

それがなぜ、フードを取っているのだろうか?

原因であろうプリスに視線をおくってみると、プリスは愉快そうに二人を見ながら微笑んでいる。


「フードは?」

「え? ……ああ。あの無粋なフード? とったよ。匂い嗅ぐのに邪魔だったからね」

「……お前は本当に匂い嗅ぐのが好きだな」

「そうだね。匂いには意外と多くの情報がこもっている。その情報を読むのが好きなのかもしれない」

「しれないって……自分の事だろ?」

「自分のことは自分が一番理解しているなんて欺瞞だよ」


そう言うと、笑みを一瞬だけ悲しげなものに変える。

グローリアが数回瞬きをすると、いつもの愉快そうなケタケタと言う効果音が付きそうな表情に変わっていた。


「人間は何か他のものを通してしか自分と言うものを把握できない。実際の自分の顔ですら鏡なんて言う不確定なものを使わなくては見ることは叶わない。そんなものをよく理解しているなんて……おかしいと思わない?」

「道理だな。テメェだってテメェの事なんざ知らん。まだ、お前の事の方がわかるさ」

「そう? なら嬉しいけどね」


二人は相手の顔を見て笑いあう。

グローリアはカカカと乾いた笑いを漏らし、プリスはケタケタと独特な笑い声をあげる。

ほんの少しの時間笑い合った後、プツリと糸が切れるように二人は全く同じタイミングで笑うのを止める。

それと同時に、二人の腹から空腹を訴える音が鳴る。


「……いい加減に腹が減ったな」

「そうだね。もうそろそろ辛いかな?」

「月夜。説教はもう十分じゃないか?」

「で、ですが旦那様。この娘は旦那様が食べるべきお食事を……」


月夜はグローリアにそう言われても本当に少しではあるが、不満顔だ。

月夜が自分の言葉を素直に聞かないなんて珍しい。

そんなことを思いもしたが、今は空腹が進みすぎて正直に言ってヤバい。

だから、もう一度グローリアは口を開く。


「まだ食い物はあるからいいじゃねぇか。それに、腹減って倒れそうだ」

「あっ……申し訳ありません!」

「良いから。頭下げてる間に飯食おうぜ」

「はい。そういたしましょうか。……でも、貴方はもう食べないでください」

「えぇ~! 何でさ!」

「もう十二分に食べたじゃないですか」

「酷い! 横暴だ!」


少女の言葉にまともに取り合おうとはせずに、月夜はテーブルにつく。

それを見てから、グローリアもテーブルにつく。

ムスッとして頬を膨らませることで不満があることを全力で主張する少女だが、そのアピールはプリスの笑いを誘発すること以上の意味はなさなかった。


「それじゃ、食おうか」

「はい。それでは、召し上がってください」


テーブルにはプリスとグローリアが並んで座り、グローリアの正面に月夜がいるような並びだ。

料理は、全体的に食い荒らされてはいるが、グローリアたち三人で食べるにはちょうどいいぐらいの量だろう。

月夜とプリスはもとより、グローリアも大して大喰らいと言うわけでもない。

だから、食い荒らされているとは言っても、十分なのだ。

と言うよりは、食べられる前の量は確実に三人では食べきれる量ではなかったことだろう。

ならば結果論ではあるが、この少女に感謝してもいいのかもしれない。

大した時間もかからずに、少々遅い昼食を取り終えた。

昼食を取っている間中、少女は物欲しそうな目をしていたり、静かに手を伸ばしたりもしていたが、そのすべてを月夜に叩き落とされていた。

その度にシュンとなるのが少し保護欲をそそるが、月夜が止めるのなら、それにグローリアは反する気はなかった。


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