異常な能力 それが異能
ギルドホールの外に出たグローリアたち三人は、少し歩きながら町の外へと移動する。
今の時間帯であればチスパの翼も大した火力ではないだろうが、それにしたって万が一に備えることは間違いでは決してない。
チスパの異能は万が一のことが起こった時には周囲一帯を焦土にしてしまう。
町の内部よりは、外の方が確かに危険ではある。
それでも、町をボロボロにされるよりかは幾分マシだ。
それに……カイルム周辺に現れる魔獣ごときではグローリアたちを傷つけることは叶わないだろう。文字通りに、グローリアたちはその程度の魔獣を歯牙にもかけない。
だから、外に出たところで問題があると言うことはなかった。
「そんで……あの女の異能は何なんや?」
「何のことだ?」
「誤魔化すなや。あの鳶って女がつかった異能や。お前の腰にあるその刀が何よりの証拠やろが。アレが異能じゃないなんて言わせんぞ」
グローリアは鳶から渡された『熱喰』を、チノパンを押さえるために身に付けているベルトに佩いていた。
太刀なのだから、らしくするのならば腰紐に吊るべきなのだろうが、普通の洋服に腰紐なんてものは存在しない。そのための次善策だった。
「あの女もあんな堂々と使ってたんや。隠す気なんてないはずやろ」
「そうだな。別に、鳶の異能――『機械仕掛けの行進』については隠す気もない。あの行動を隠さないと言う意思表示だととるのなら、テメェが隠す意味もないだろう」
「なら、ちゃっちゃと言えや」
「あぁ。……鳶の異能である『機械仕掛けの行進』は製作系の異能だな。設計図を用意して、設計手順やその物品を構成する物質、理論を理解することによって、その設計図通りの物を造ることが出来るってだけだ。もちろん、材料があればだけどな」
『機械仕掛けの行進』は条件が揃えば、どんなものであっても、極々短時間で製作することが可能であるし、手間だってかからない。
問題は、異能名の示す通り、機械――鉄などの鉱物をメインの構成要素とする物しか作れないと言うこと。材料がなくては作れないと言うこと。そして、一枚の設計図に付き一つしか造ることが出来ないと言うところであろう。
それを除けば、相当に優秀な異能であると言える。
「……それおかしいやろ」
「何がだ?」
「あの場には材料なんざなかったやろ。ならば、お前の言う材料がなくては作れないと言う性質に矛盾するやろ」
スペンサーの疑問も尤もなことである。
確かにあの場には材料となる鉱物など存在はしなかった。
だが、グローリアは別に材料が自分のすぐ目の前、手の届く範囲になくてはならないなどと言った記憶はない。
さっきの説明に付け加えるのだとすれば、自分の管理する場所……具体的には、マーカーを設置した場所に材料となるものが存在すれば作り出すことが出来るのだ。
《機甲の花園》には材料庫がある。
こう言ってしまうのは業腹だが、ギルドと言うのは団長の物と言うことになる。
だから、《機甲の花園》にある材料を使って創ることが可能なのだ。
今頃、《機甲の花園》のホームでは酷いことになっていることだろう。
簡単にそう説明してやると、スペンサーは納得したと言うように頷く。
「そう言うことなら、納得や。面白い異能やな」
「そうだとテメェも思うぜ。ま、この異能はこれだけでもないんだがな」
「そうなんか?」
「あぁ。だが、これはまだ言う必要のないことだ。今度教えてやる」
「……ま、了解したわ」
ここで話はちょうど区切りを迎えたので、グローリアたち一行は脚を止める。
大体カイルムの町から一キロ弱ほど歩いただろうか?
ここまでくればチスパが異能を発動させたとしても、カイルムまで被害が及ぶことはない……と思いたい。
空で光を発している太陽は、出た時よりもほんの少しではあるが傾いている。
「こ、ここなら大丈夫そう?」
さっさと翼を展開したいのか、チスパがそわそわとした口調で、グローリアに問うてくる。
チスパに対してグローリアは首肯することで応える。
それを見たチスパは嬉しそうな表情をしたうえで飛びあがる。
その姿を見たグローリアは、翼を展開しなくともそのテンションを維持することが出来れば浮き上がることが出来るのではないかと本気とも冗談とも取れるようなことを考えたが、勿論表情にも言葉にも出さない。
理由は二つ。
チスパが不機嫌になったら面倒だからと言うのが一点。
チスパの異能はチスパの精神状況にも関係してくるので、このままハイテンションのままで居させた方が、少しではあるが早くつけそうだからだ。
「久しぶりに自分で飛べる~!」
飛び跳ねているチスパの声には、本気の喜びがあふれている。
《天空》の中でもトップクラスの機動力を誇る異能を持つチスパではあるのだが、周囲に係る迷惑が災害レベルなので、あまり飛ぶことが出来ないのだ。
それは、飛行フェチであるチスパにとっては相当不満になっていたのだろうことが、その表情からは良く窺い知ることが出来た。
「それじゃ、いっくよ~! ……ととと、その前に。ん」
そう言うと、チスパはグローリアとスペンサーに対して、手のひらを差し出してくる。
突然差し出された手を見て、スペンサーは怪訝な表情を浮かべるが、グローリアは当然のことのように差し出された手を握る。
グローリアのあまりに自然な動作にスペンサーは驚くが、驚くスペンサーにグローリアは不思議そうな表情を向ける。
「ん? 何だ、取らんのか?」
「何がや。唐突すぎて、ワイには何をしたらいいのかわからんわ」
「ん~、早くつかまないとスペンサー死ぬよ?」
「はぁ!?」
唐突に告げられた死刑宣告にスペンサーは驚きの声を上げる。
冗談か何かとも思って、グローリアに視線を向けるが、グローリアは手を掴まないスペンサーのことを不思議そうに眺めているだけだ。
「……説明してくれへんと、ワイにはどうすりゃいいのかわからへんのや」
「……そう言えば説明していなかったな」
「……そう言えばそうだね。スペンサー、今からウチの異能を使って東に行くって言うのはわかるよね?」
馬鹿にされたと思ったのか、スペンサーは少しだけ不満そうに眉をひそめる。
「そうやな。ワイにはそう言う異能はあらへんし、グローリアに移動手段があるなんて聞いた覚えもない。それに、移動手段としてチスパを連れて行くってさっきグローリアも言っとったしな」
「そうだね。ウチの異能は、機動力はあるんだけど文字通りに火力も強いんだ。だから、最初に手を繋いでウチの持ち物って扱いをしないと、溶けちゃうの」
「溶ける?」
「そう。文字通りにね」
「? ……よ、よぉわからへんが、この手を取ればいいってことやな?」
「そうだよ」
「さっさとしろ。時間もねぇってのに……」
「勘弁しろや! ギルド外の女と手を繋いどるとこなんて見られたら、最悪ワイの首が飛ぶのやぞ! 言葉通りの意味でや!」
「フン。どうでもいい」
とりあえず、煽らずにはいられないグローリアは一応煽ったわけだが、時間がないと言うのもまた事実なのである。
さっさと東に行かないと、《双翼》が潰される。
最悪、あちらについたときには《双翼》がつぶれている可能性すらあるのだ。
そうなったら、名を売るどころか、無傷で帰還できるかどうかも危うい。
そんなことは御免だ。
労を働くのなら、最低限の結果ぐらいは手に入れないと割に合わないと言うものだ。
どれにしたって、高確率で到着と同時に戦闘に入るのだ。
ならば、チスパが戦闘の役に立つ間に東についておいたほうが良い。日が落ちてしまえば、グローリアたちは帰宅手段と広範囲火力を失ってしまうことになるのだから。
「さて、チスパ。頼む」
「おっけー。それじゃ……『晩火の大翼』!」
チスパが大きく周囲一帯に響くような声で自分の異能名を叫ぶ。
すると、チスパの背中から一対の翼が生えた。
正確に言うならば、背中ではない。本当に背中から翼が生えたのならば服が破れてしまうのだろうが、破れてはいない。翼は背中から少し浮いて生えている。
大きな、本当に大きな翼。
パッと見でも翼の付け根から先までだけでも二メートル前後はあるだろう。
そして、その翼の特徴はただ大きいことだけではなかった。
その翼がはためいたときに周囲に飛び散るのは、羽ではなく火の粉。
……チスパの背中から生えている翼は、羽と肉と骨ではなく、炎で編まれていた。
その膨大な熱量のせいか、上昇気流が生まれているようだ。こちら側にドンドン風が吸い込まれているように、少し遠くにある木々まで枝を揺らしている。
「うーん……この程度か。残念だな~」
首を振り返らせて自分の背中に生えている翼を確認したチスパは残念そうに口を開く。
そんなことをぼんやりと呟くチスパの横でスペンサーは驚愕していた。
周囲から空気を強制的に回収してしまうような、圧倒的な熱量を持つであろう炎で編まれた翼のすぐそばにいると言うのに、全く熱さを感じないと言うことに。
これもチスパの異能の一端なのだろうか?
そんな疑問をスペンサーは胸の内に抱いたが、今々東に行くと言うのに無駄な会話をすることもないだろう。
戻ってきて落ち着いたときにでも改めて聞けばいいかと自分の疑問を封じ込めた。
「まだ昼過ぎだ。こんなもんでも上々だろう」
「そうかな? ま、そうなのかもしれないね。今は翼が小さいことを嘆くのではなくて、思う存分に飛ぶことが出来ることを喜ばなくちゃね」
「そうしてろ。馬鹿みてぇにポジティブな方がお前らしいからな」
「……本当にグローリアはらしさってやつを気にするよね。何かルールでもあるの?」
「あるといえばある。……だが、今言うことでもない。さっさと東に向かうぞ。パッと計算してくれ。所要時間はどれぐらいかかりそうだ?」
「うーん……そうだね」
グローリアに聞かれたことを真剣に考えているのか、首を捻りながら思考する。
「大体、二時間前後ってところ? 今行くのなら、どんどん加速することになるだろうからそんなもんだと思うよ」
「今日中にこっちに帰ってくることは?」
「お仕事がどれぐらいかかるかにもよるかな? さっさと終われば帰ってこれるし」
「んじゃ、さっさと片付けるためにさっさと移動すっか。チスパ、頼む」
「りょーかーい。しっかり捕まっててね?」
チスパの改めての確認の言葉にグローリアとスペンサーは、チスパの手を握る自らの手に力をこめ直した。
自分の手に伝わる力を認識したチスパは一度頷いた後に、自分の背後にある大きな炎で編まれた翼をはためかせる。
翼は、周囲に火の粉を撒き散らし、周囲に放射状に風を撒き散らす。
その後も幾度か翼をはためかせる。
翼がはためくたびに周囲には風が撒き散らされ、少しずつグローリアたちの脚が地面から離れていく。
羽ばたきが十回を超えた時にはもう十メートル前後は地上から浮いていた。
「行っくよ~」
そんな間延びした声をグローリアたちに向ける。
スペンサーが何か返答するまもなく、チスパは翼を折りたたむ。
すると、翼の根元の炎が少しだけ小さくなり、先の方の炎が強くなる。
この翼は普通に翼として活用することも可能で、チスパも翼で空気を掴んで飛翔するのが結構好きだったりもする。
だが、翼として活用することも可能と言うだけであって、他の使い方も可能なのだ。
それは推進加速装置としての使い方だ。
今しているように翼を折りたたんで形状を少し変化させることで、背後に勢いよく炎を噴出させる。
こうすることによって莫大なスピードで空を駆けることが出来るようになるのだ。
その圧倒的なスピードは普通の人間なら軽く意識を刈り取られてしまうほどの物。
それに、助走もなく急激に加速したので体にかかる負担も並はずれたものとなっている。
スペンサーは腕が引きちぎれるのではないかと思いながら、風や景色と共に後方に流れていこうとする意識を必死に繋ぎ止めたのだった。




