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Lord to Gloria  作者: 頭 垂
第一章 すべての始まり
3/49

災厄の化身

一瞬止まった後、すぐにリテラエは再起動した。


「……何だと? ありえんだろう」

「あり得たから、この娘はここにいるのではありませんか?」


要領を得ない。

月夜の話し方は意図的に必要情報を隠蔽しているかのような不自然さすら覚える。

情報を小出しにしているからなのか、月夜の中でまだ適切に処理できていないのか。二つに一つだろう。


「しかも、あのドラゴンはてきとうに襲ってこいと命令するのではなく、効率的な虐殺方法と言うのを理解していました。その結果として、この娘の住んでいた村は滅びました。確認してはきましたが、生き残りはこの娘だけでしょう」


その言葉を聞いたリテラエは遠くを見つつ、口の中だけでぼそりと呟く。


「…………あの噂はマジなのかもな」


聞き取れなかった月夜は不思議そうな表情をリテラエに向ける。


「何か言いましたか?」

「別に、何も? にしても、突然変異ってレベルじゃないだろ。それ」

「でしょうね。知恵を持っている程度なら問題はありませんでしたが、自分の体を効率的に使った戦闘方法まで理解されていては、旦那様でも時間がかかってしまいました」


そこで一度月夜は顔を伏せる。


「……時間がかかったせいで、この娘の村を救えませんでした」

「それはあなたたちのせいじゃないでしょ。あの異人種どもはあなたたちが村を発ってから現れた。あなたたちに責任を求めると言うのも酷な話だわ。……姉さんは最後の最後まで救いを求めていたけどね」


リテラエには大体予想がついてしまった。たぶん、この尖角種の少女が知らない真実に。

戦闘の最中に、そのドラゴンは異人種に村を襲わせるとでも言ったのであろう。

冷静に考えてそんなことはブラフでしかない。そんな化け物の言葉を信じるような奴はいないだろうし、グローリアのことだ。だからどうしたと言った可能性すらある。

その後、知恵があると言えども所詮グローリアの敵ではなく、何気なく討伐できたのだろう。

そして、村に戻った時にドラゴンの言葉がブラフなどではなく、真実であったと知った。

こんなところだろうか?

あのグローリアがこの程度で応えるとも思えないが、それなりに思うところがあったのだろう。


「あー……悪いな。良い慰めの言葉なんざ浮かばん」

「慰めの言葉なんていらないわ。私は村の唯一の生き残りで、そのドラゴンが使役していた異人種五百をたった一人で殲滅した化け物。化け物に慰めなんていらない。化け物に哀哭なんて感情はないのだから」


少女の声も表情もひどく乾いていた。

ギルド内に多くいる大人びた子供と言う感じですらない。

世の全てに飽いて、何に対しても大した感慨を抱けない、世捨て人の老人のような雰囲気を醸し出している。

正直、何でこの少女が死んでいないのかが甚だ疑問であった。

もうこの少女の心は死んでしまっているのだろうから。


「悪ぃとは思うが、その異人種たちのこと話してくれんか? そいつらは洗脳されていたのか。それとも、自ら従っていたのかだけでも知れれば十分に対策は取りえる。後者だったら、万が一の時に《百鬼夜行》に仲介を頼めるかもしれんからな」

「良くわからないわ。……でも、一つだけ言えることがある」

「それは?」

「あいつらは、ヒトを殺し、犯すことに対しての喜びは得ているようだったわ。実に不愉快な笑い声を私に聞かせてくれたからね」


不愉快と言ってすらいるのに、感情が見えない。

尖角種になったものは、自我を取り戻しても廃人になることが多いと聞いてはいたが……こいつはましな方なのかもな。

……完全な廃人になって何も考えなくていいようになるのと、心だけ死んで不自然に生きてくのとどちらが本人にとって救いになるのかなんてわからんが。

その痛みを経験したことのある身としては、辛さがよくわかる。

リテラエのときはまだ分かち合える人間がいた。

だが、この少女にはそれすらもいない。どれほどの痛みが心を苛んでいるのかを考えるのも嫌になる。


「……死にたいのか?」


以前の自分を思い出しながらリテラエは言葉を紡ぐ。

自分の手を引っ張って、先導してくれる人間がいなければ、リテラエはここにはいなかった。

その人間がいなければ、今頃のリテラエは何処にでもあるただの死体と成り果てていたことだろう。


「えぇ。死にたいわよ。尖角種なんて化け物になって、姉さんが死んだことを抱えて生きていくなんて私には耐えられそうにないもの」

「なら、何でここにいる?」

「グローリアが言ったのよ」

「なんて?」

「……教えてあげない。その言葉があったから、あいつについてこようと思ったの」


生き恥ならまだしも、死に恥は晒したくないしね。

そう言いつつ、少女は薄く笑った。

その時にグローリアが何を言ったのかなんてリテラエにはわからない。予測すらつかない。あんな奇人変人のことを理解できるのも、理解しようと努力することができるのもリテラエは月夜以外に知らない。

グローリアと言う男は、自分を正当化するためには全く理解ができないような理不尽な超論理を平然と使ってくるのだ。

だが、自然と納得してしまうし、その言葉は心が死んでいる人間にとっては救いとなる。その言葉は後ろめたいことに対する免罪符になるからな。

あいつの言葉には不思議な魅力がある。

実際に惹かれたらからこそ、リテラエはここでいつも面倒事に頭を悩ませている。

今にしてみると、この生活もくたばってしまっていては決して味わえなかったものなのだろう。

そう思うと、不思議と苦痛も薄くなるから不思議だ。……微々たるものだが。

……冷静に考えてみると、あんな言葉のどこが魅力的だったのか甚だ疑問ではあるが。


「……ま、いいや。当分死ぬ気はないんだろ?」

「えぇ。もう少しぐらいは恥を晒してもいいと思っているわ」

「それは何より。その恥を晒している間はここに所属ってことで良いのか? あいつが連れてきたんだ。最低限ぐらいはこちらでどうにかするが?」

「いえ、それには及びません」


途中から静かに話を聞いていた月夜が口を挟む。


「この娘はうちで預かることになりました。……こう言っては何ですが、この娘が暴れても止められるのは旦那様ぐらいでしょうし。次点でセキルとヘキルも大丈夫かもしれませんが……それはあくまで異能は、と言う話。不安が残りますから」

「それは助かる。俺としても、不安がゼロではなかったからな。俺の異能も尖角種の前では紙と変わらん」


さっき現出させた鍵束をくるくると回す。

一応、拘束系としては上位に入る部類であるだろうが、尖角種の前ではカスの役にも立たない。

自我が戻って制御ができるとはいっても、少し力を入れるだけで外せてしまうような拘束具に価値などあるはずもない。

ドーナツで作った手錠に安心感など求めるべくもないだろ?

つまり、そう言うことだ。


「それで……どこまで話しましたか?」

「あー……こいつの村を襲った異人種どもが楽しんで虐殺してたってところかな」

「だそうです。続きをどうぞ」

「……続きって言っても、ここからはそんなに話すことはないわよ?」


だって、


「その後は、私が尖角種っていう化け物になって異人種どもを皆殺しにした。異人種どもを皆殺しにして、殺す目標もいなくなったところにあいつが来た。その結果、私はここにいる。それ以上に私に話せることなんてないわ」


その言葉を最後に少女はフードを深くかぶり直し、顔を逸らす。

まだ情報を持っているような気がしないでもないが、これ以上踏み込んでも答えてはくれないだろう。寧ろ、無理に踏み込んで関係が悪化する可能性がある。

なら、この辺で聞くのを止めるのが最適解か。

そう心のうちで打算したリテラエは月夜のほうに視線を向ける。

この少女との戦闘の詳細や、それ以外については後々つめればいいことだろう。

当事者の横で堂々と話を広げると言うのもデリカシーに欠ける行いだ。


「なら、今日はこのぐらいで良いか。もう行っていいぞ。月夜はそのうち詳細なことを聞くから、その時までに大体整理してまとめておいてくれ」

「わかりました……が、貴方に命令されるのは癪ですのでわかりませんと答えておきます」

「……何で、そんなにも歪んでいるのかね」

「歪んではいません。私は旦那様以外に指図されるのが嫌と言うだけです」

「そうかよ……。ま、勝手にしてくれよ。必要なことを必要なだけやってくれるってんなら俺の方からは何も言うつもりはねぇよ」


頭を軽く振って、釈然としないと言う思考を振り払う。

すると、少女がリテラエの方をじっと見ているということに気が付く。


「何? なんか俺の顔に面白いもんでもついてる?」

「その仮面以上に面白いものがあるの?」

「これか? これは……」

「そうですね。慣れてしまったから何も思わなくなりましたが、それはだいぶ奇妙ですよね。センスを疑いますよ?」


仮面について軽く説明をいれようとしたら、月夜のほうから意味の分からない砲撃が来た。実に辛い。


「……これはみっともないものを隠しているだけだ。人に殊更に見せるようなものでもないしな」

「何があるの?」

「見せたくねぇもんだよ。お前だって、角隠してんだろ? それと同じだよ」


リテラエは自分の仮面を撫ぜる。

仮面で覆い隠されている顔に違和感と痛み……そして、若干の郷愁が走り抜けていくが、気にするほどでもない。

八年も九年も付き合っていけば慣れると言うものだ。

なれるだけで決して忘れることなどできないのだろうが。


「これでこの話は終わりだ。もう帰っていいぜ。これ以上、現段階で俺から聞きたいことも聞くようなこともない。そっちから何か聞きたいことはあるか?」

「特にはないわね」

「そりゃ何より。月夜、今から真っ直ぐに家に帰るのか?」

「そうしようと思います。道中でご飯の材料を買い込んで聞くことになるでしょうけれど……それがどうかしましたか?」

「いや、特に何かあると言うわけでもないが……グローリアにはすまないと言っておいてくれ」

「……何のことかは存じ上げませんが、お伝えしておきましょう」

「助かる」

「それで、本当に最後ですか?」

「あぁ」

「それでは、私たちは失礼させてもらうとしましょう。旦那様が起きていらっしゃるまでに食事を作っておきませんと、不機嫌になられるでしょうから」


その言葉を最後に残し、月夜と少女はギルドホールから出て行った。


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