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Lord to Gloria  作者: 頭 垂
第一章 すべての始まり
10/49

不幸と不憫は紙一重

何時の間にやら、テーブルの上に乱雑に放ってあった書類は隣のテーブルに移動されている。

綺麗に整頓されているその書類は、たぶん月夜がやったのだろう。

と言うか、月夜以外にここまで整頓が得意な奴はこの場にはいない。

中にはいるだろうが、あいつは戦闘能力が皆無だから、基本的にはこっちに出れないはずだ。たまに掃除のために出てくることはあるようだが。

食事をするのに問題がない程度まで片付いたテーブルにうまそうな匂いを放っている料理が並べられていく。

焼き立てであろうパンに、温かそうに湯気を立てている良いコンソメの匂いのする野菜の入ったスープ。カリッと焼かれたベーコンと半熟の目玉焼き。

どれもどこにでもあるようなメニューばかりだ。

だが、どれもこれもが輝かんばかりに美味しそうだ。それも作った人間の腕なのだろう。

これを作った人間の料理の腕は月夜と負けずとも劣らない実力だろう。

家で月夜の作った朝食をとってきたグローリアは食欲がわかないが、食べていなければ、これを迷うことなく食べたことだろう。

ジュルリ。

後ろからそんな音が聞こえてくる。

振り向いて見てみると、案の定ユニコがよだれを垂らしている。

こいつは待てのできない犬か。


「……美味しそう」

「……貴方は家でもう食べたでしょう?」

「これは……別腹」

「貴方の胃は本当にどうなっているのですか? 駄目ですからね。これはリテラエたちの朝食なのです。貴方が食べたらなくなってしまうでしょ?」

「でも……」

「僕の分……少しでしたら……」

「良いの!?」


静かに料理を少し分けようとするヘキル。

その言葉に即座に反応したユニコは手を伸ばす。その手を月夜が迎撃する。

ムッとしたユニコがまた手を伸ばすが、それをまたも迎撃する。

月夜は素知らぬ顔をしているが、ユニコは頬を膨らませている。そんな二人は一瞬だけ視線を交錯させたかと思うと、動き始めた。

ユニコがまっすぐ伸ばす手をあっさりと月夜が叩き落とす。

もう真っ直ぐ取りに行っても無駄と言うことを理解したユニコは幾度かのフェイントをいれつつ手を伸ばすが、そのすべてを月夜に撃ち落されている。

徐々に手は意味の解らない速度になり始めている。

ユニコは流石尖角種と言うことで動きは速いが、動きがどことなく単調だ。あんな単純でわかりやすい動きでは、いくら早いと言っても『眼』を持っている月夜に落とされて終わりだろうに。


「あ、あの……」


ヘキルがどうしたものかと手と視線を彷徨わせている。

こういうところが、ヘキルのいいところなのであろう。他の三人はもう月夜とユニコのことなど視界に入れずに黙々と食事をしている。

ドライと言うよりかは、このギルドでは面倒事には首を突っ込まないほうが楽だからだ。


「ヘキル。お前ももう食ったほうが良いぞ」

「え、でも……」

「ユニコはもう朝飯食ってんだ。わざわざ、お前の食う分減らす必要はねぇよ。お前はまだまだガキなんだからな」

「……はい。わかりました」


ヘキルはまだ少しユニコのことが気になっているようだが、料理を食べ始める。

本当に、ヘキルはいい子だな。……表面上は。

そう思いつつヘキルがちょっとずつ小動物のように料理を口に運ぶのを見ていると、リテラエが料理を食べつつ言ってくる。


「ユニコってのか」

「あ?」

「その尖角種の女の子の名前だよ。昨日は一度も固有名詞使ってないみたいだったからな。名前がないと思っていたんだが。名前あったんだな」

「あぁ。てきとうに名づけた」

「名付けた? どういうことだ?」


食事を食べる手を一度やめて、本格的にこちらの話を聞く体勢になるリテラエ。

リテラエは仮面の顎の部分を少しだけ開けて、そこから料理を仮面の下に差し入れると言う実に面倒極まりない食事の仕方を取っていた。

仮面を取りたくないのも、その仮面の下に何があるのかもわかるが、面倒だろうなと漠然とグローリアは思っていた。

そんなリテラエは話を聞くのに食べつつというのはマナーがどうかとでも思ったのだろう。

変なところに気を回す馬鹿だ。


「何のことはねぇよ。昨日、名を聞いたら思い出せないと言いやがってな。呼び名がないのも不便だから名付けた」

「ロアがか?」

「いんや。月夜だ。テメェのセンスの無さはお前も知ってんだろ?」

「ああ。だから、ロアが名づけたにしては真っ当だと思ってたんだが……違って安心した」

「……ケンカ売ってんなら買うぞ」

「売ってねぇよ……。それに、俺程度じゃ売っても勝てん」


肩を竦めつつ、パンに手を伸ばしたリテラエの手が空を切る。


「ん?」


さっきまでそこにあったはずのリテラエのパンがなくなっている。

よく見てみると、パン以外にもベーコンと目玉焼きがない。リテラエの前に残っているのはスープだけだ。

話をする前は他の料理もパンもしっかりと残っていたはずだ。

だと言うのに、会話に集中するために少し料理から意識を逸らしている間にこの様だ。

チラリとウルヴァーンたちのほうに視線を向けると、ウルヴァーンとセキルがサッと視線を逸らす。


「……おい」

「モグモグモグモグ……知らぬ」

「もきゅもきゅもきゅもきゅ……知らない」

「何食ってんだぁぁぁぁぁぁ!!! テメェらはもう食い終わったはずだろうがぁぁぁぁぁ!!!!」

「モグモグ……ゴクン。だから、知らねぇって。ほら、妖精でも現れたんだって」

「もきゅもきゅ……ゴックン。そう。少し大きい妖精がさっき食べていた」

「その妖精ってのはお前らと同じ姿かたちをしてたんじゃねぇのかぁ……!」


さっきの一部始終を見ていたグローリアはウルヴァーンとセキルが奪ったということを視認している。

それにしても、見事な手際だった。

リテラエが話に集中しようと意識をこちらに持ってきた瞬間に、間髪入れずに横から掻っ攫っていった。

さながら旅人が食べる油揚げをさらっていくトンビの様。

幾度もそれをやって手馴れているのが手馴れているのが見て取れた。

リテラエは少しの間は怒りに身を震わせるが、すぐに諦めたようにため息をつきつつ肩を落とす。

いつもされているから慣れた。そんな仕草に見えた。だが、それと同時に歳の離れた弟妹を持っている兄のような雰囲気もあった。

こいつの普段の苦労が窺えると言うものだ。

そんなリテラエは最後に残されたスープを大事そうに飲んでいる。

そこからそれほど時間もたたずに全員が食事を終える。

セキルとウルヴァーンは満足そうな表情をしているが、リテラエは少し物足りないと言う表情になっている。ヘキルはリテラエのことを見ている。その視線には少しだけ心配だと言うような色が混じっている。

食事をとったことで、リテラエの顔色は随分と好転している。

といっても、普通の人間と比べると、まだ顔は青白い。それでもさっきよりはマシと言うだけだ。

ちなみに、四人が食事している間中手を伸ばそうとしては叩かれ、伸ばしては叩かれを繰り返していたユニコは食べられることが出来なかったということも含めてテーブルの上に沈んでいる。

月夜は涼しい顔をしているというのに、ユニコは鍛え方が足りないのか?

……いや、月夜がポーカーフェイスが得意と言うだけだろう。

よく見てみると、若干疲れているように見えなくもない。


「……まぁ、食事も終わったことだし、改めて聞こうか。ロア、今日は何用で?」

「ガキども見に来たってのと、お前への一応の報告だ。月夜に任せたとはいえ、丸投げもいかがなものかと思ってな」

「そうか。それで、何を話してくれるんだ?」

「……何を話せばいいんだ?」


ガクッとリテラエが崩れる。

だが、グローリアとしては別段話したいことなど何もないと言うのも事実。グローリアが話す気にもならないようなつまらないことは昨日月夜が話したことだろう。

ならば、自分が話すことなど何もなくはないか?

そう考えているグローリアに対して、リテラエはずれた片眼鏡を合わせる。


「……なんかないのか? 一応月夜からも昨日は聞いたが、お前の視点からの話はまた違うかもしれないだろ?」

「知るか。それに、テメェの見たことも月夜の見たことも変わらん。そこに個人の感情が入るか否か程度の違いしかないだろう。なら、テメェの見たことを言う意味などない。感情で濁った感想など何の意味もないのだからな」


グローリアは至極もっともらしいことを言っている。

だが、付き合いの長いリテラエにはその言葉だけが理由でないことは何よりも明白だった。


「……本音は?」

「月夜が言ったであろうことの焼き直しにしかならない。だから、面倒くさい」

「…………はっきり言ってくれるね」

「お前からテメェに聞きたいことがあるってんなら話すが?」

「聞きたいことか……」


リテラエは顎に手を当てて考え始める。

よくよく考えてみると、グローリアに聞きたいことなんて特にない。

要領を得ないグローリアに聞くよりも、理路整然と事実をまとめられる月夜に聞いたほうが手間も少なくて助かる。

結論=グローリアに聞くことはない。


「……ないな」

「だろう?」

「なら、ロアからこっちに聞きたいことはないのか?」

「あぁ。一つだけあったんだ」

「それは?」

「テメェがいない間になんか変なことはなかったか? 現状を見渡す限り特にないとは思うが……一応な」


冷静になってみると、何よりも先にこれを聞くべきではなかったのかと言う考えが浮かんでくる。

リテラエもウルヴァーンも変わっていないから何もないのだろうと高をくくっていたのだが、一度気になりだしてしまうともう止まらない。

というか、それを確認するためにも今日はあいつらの顔を見に来たのではなかったか?

グローリアが静かに考えていると、リテラエが少しだけ嫌そうな顔をした。


「……何かあったのか?」

「無いこともなかった。……と、だけ言っておこう」


遠い昔を思い出すかのように、リテラエが遠い目をする。

その哀愁漂う顔には追求しづらいものがあったが、そんなことを気にするグローリアではなかった。


「気になる言い方をするな」

「でも、俺はこれを言いたくないからね。……ま、グローリアが気にするようなことはなかったよ。それだけ」

「……そうなのか?」

「そうなのです。そんな事より、顔見せに行って来たら? あいつらもロアに会いたがっていたよ」

「少し釈然とせんが……まぁ、良いだろう。行ってくる」


グローリアは少し納得がいっていないようで、首をひねりながらだが、奥に向かう。


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