プロローグ & 第1話「初めての自転車」
同じ筆者が書いている長編『始まりの日 Girls & City-state』のサイドストーリーです。
20150516公開
20150616修正
被害者の数値を修正しました
鈴木浩二は右隣に座っていた中年夫妻に続いて腰を上げた。
そのまま2人の後を歩く。
壇上には651名の黒い木枠で囲まれた顔写真が飾られていた。
その中に嫁と娘の写真も混じっている。
単身赴任先で自宅のある大阪狭山市で大規模な事件が発生したと知った時の事は今も覚えている。
急遽早引けをして、自宅に帰ろうとするも渋滞に巻き込まれた。何台もの自衛隊の車輌がパトカーに先導されて優先車線を追い越して行った。ちらりと見えた隊員たちの表情は険しかった。それは、状況が深刻な事を示していた。
ラジオの放送も途中から現場中継が無くなり、新たな情報が手に入らなくなった。
あの日、彼は妻と娘を失った・・・・・
「ちゃんともってる?」
鈴木美羽は自宅の前で、昨日買って貰ったばかりの自転車のサドルにお尻を乗せて後ろを振り返った。
ハムスターのイラスト入りパステルイエローの自転車用ヘルメットを被った彼女の表情は真剣だった。
不安な表情と云うよりも、真剣と云う表現がぴったりと来る。
そして、彼女の視線の先では母親の珠子が笑顔を見せながら答えた。
「大丈夫よ。お母さんが支えて上げるから」
美羽の自慢の母親だった。優しくて、美人で、なんでも話を聞いてくれて、お料理も出来て、お菓子も作ってくれる。
同じ幼稚園に通うお友達のりさちゃんも、ゆうとくんも羨ましがっていた。
美羽は小さく頷いて、自分を鼓舞するかのように声を上げた。
「いくよ、ちゃんともっててね!」
そう声を掛けた美羽はペダルに乗せた右足に力を込めながら左足をそっと地面から上げた。
一瞬ふらっとしたが、母親が上手くバランスを取ってくれたので、なんとか左足もペダルに乗せる事が出来た。
「上手い、上手い! 美羽、上手よ!」
そう声を掛けながら、母親がバランスを取りながらほめてくれた。
「あ・・・ え・・・・ と・・ や・・・・ とう!」
美羽はペダルを扱きながら、自分がどんな声を出しているのか分からないくらいにハンドルを必死に左右に動かした。
彼女が足を付いたのは5㍍ほど走った後だった。
それは、自宅前から5㍍離れた事を表していた。
たった5㍍だった・・・・・
珠子が自転車の後ろから美羽の横に来てしゃがんでから声を掛けた。
「美羽、初めて自転車に乗ったにしては上手よ。きっと、すぐに乗れるようになるわ」
「ほんと? りさちゃんもゆうとくんもさきにじてんしゃかってもらったけど、すぐにおいつける?」
「うん、美羽ならすぐに追いつけるよ。そしたらみんなで一緒にお出掛けできるわね」
「やったー」
たった5㍍だった・・・・・
もし、この時、自宅の前に居たとすれば、異変に気付いた時にすぐに自宅に逃げこめていただろう。
だが、彼女たちは自宅から5㍍離れていた・・・・・
如何でしたでしょうか?
と言っても、これだけでは何とも言えないですよねえ(^^;)
本編を読まなくても構わない様に書いて行く予定です。