第78話 初めての夜会
卒業夜会の話を聞いてからというもの、モニカの胸は少しだけ浮き立っていた。
初めての夜会。
どんなドレスを着るのか。
どんな料理が並ぶのか。
そして――どんな雰囲気なのか。
想像するだけで、楽しみになってくる。
けれど、その一方で。
卒業後のことを考える時間も増えていた。
ハーマン伯爵家を継ぐ。
それは、きっと自分の進む道になる。
けれど、本当にそれだけでいいのだろうか。
まだ答えは出ていない。
だから今は、卒業までの時間を大切に過ごそう。
そう思っていた。
◇ ◇ ◇
数日後。
モニカはダンテと一緒に、卒業夜会のドレスを選ぶため店を訪れていた。
店内には、色とりどりのドレスが並んでいる。
「わぁ……」
モニカの目が輝いた。
「好きなものを選んでいいぞ」
「本当に?」
「ああ」
モニカは一着一着、楽しそうに眺めていく。
そして、しばらく悩んだあと――。
「お父様」
「どうした?」
「私、お父様と合わせたドレスが着たいです」
ダンテは少し驚いたようにモニカを見る。
「私と?」
「はい」
モニカは嬉しそうに頷いた。
「せっかくの初めての夜会ですから。お父様と一緒に行くなら、同じ雰囲気のドレスがいいなって」
ダンテの表情が柔らかくなる。
「それなら、私も合わせよう」
「本当ですか?」
「ああ」
「嬉しいです!」
モニカは目を輝かせた。
その笑顔を見ながら、ダンテの脳裏にエリンの姿が浮かんだ。
エリンも夜会には出席していた。
けれど、いつも目立たない装いを選んでいた。
それは、エリン自身が望んで選んだ生き方だった。
ダンテは、そんな彼女の意思を尊重していた。
けれど――。
モニカには、同じような日陰の生活をさせたくない。
そう思っていた。
「これがいいです」
モニカの声で、ダンテは我に返る。
「そうか。よく似合いそうだ」
「じゃあ、これにします!」
モニカは嬉しそうに笑った。
◇ ◇ ◇
学園では、卒業夜会に向けてダンスの練習も始まった。
「モニカ、もう少し右よ!」
「こう?」
「そうそう!」
友人たちと練習するモニカは、楽しそうだった。
そんなある日。
モニカはふと思ったことを、ダンテに話した。
「お父様」
「どうした?」
「私……アダム様とも、ダンスを踊りたいです」
ダンテは少し考えた。
「そうか」
「お母様のことを調べる時も、色々と力になってくださいましたし……」
モニカは少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「それに、私のこともずっと気にかけてくださっています」
ダンテは静かに頷いた。
「だから、卒業夜会で一曲くらい、一緒に踊れたら嬉しいなって思っていました」
モニカにとってアダムは、母エヴァンジェリンのことを知るために力を貸してくれた大切な従兄だった。
そして、自分のことも気にかけてくれる存在。
そんなアダムと、卒業の記念に一曲踊りたい。
その気持ちは、ダンテにもよく分かった。
けれど――。
「……モニカ」
「はい?」
「私も、アダム殿下と踊ること自体はいいと思っている」
「本当ですか?」
「ああ。ただ、王国の夜会では難しいかもしれない」
モニカは首を傾げた。
「どうしてですか?」
「夜会には、マクホランド王国の王族も出席される」
ダンテは慎重に言葉を選んだ。
「そこでグランディア帝国の皇子であるアダム殿下と、お前が親しくしている姿を見られれば……どうしても目立つ」
モニカは黙って聞いていた。
「お前自身が望まなくても、王家の目に留まる可能性がある」
その言葉に、モニカの表情が少し曇る。
ダンテも胸が痛んだ。
本当なら、そんなことを気にせず、娘には自由に楽しんでほしい。
だが――。
「アダム殿下も、きっと同じことを考えるだろう」
「……そうですか」
「だから」
ダンテは優しく微笑んだ。
「帝国へ行った時に踊ればいい」
「帝国で?」
「ああ」
「……本当に?」
「もちろんだ」
モニカの表情が、ぱっと明るくなる。
「それなら、アダム様と約束したいです!」
「そうだな」
ダンテは頷いた。
けれど、その胸の奥には別の思いがあった。
金環眼は、いつまでも隠し通せるものではない。
もし王家にモニカの存在を知られれば――。
エリンによく似た娘。
そして、金環眼を持つ少女。
王家がその存在を放っておくとは思えない。
そうなれば、モニカがこの国で暮らし続けること自体が危険になる可能性もある。
グランディア帝国へ行く。
その選択肢も、考えなければならない時が来るのかもしれない。
けれど――。
ダンテは、学園祭で楽しそうにしていたモニカを思い出した。
友人たちと笑い、看板を持って歩き、出店で食べ物を楽しんでいた。
あの姿を、もう一度見たい。
エリンは、自分の意思で目立つことを避けて生きていた。
けれどモニカには、そんな日陰の生活をさせたくない。
守るためだからといって、娘の自由まで奪いたくはなかった。
「お父様?」
「……ああ」
ダンテはモニカに微笑みかける。
「夜会の日は、思いきり楽しめばいい」
「はい!」
モニカは嬉しそうに頷いた。
卒業まで、あと数ヶ月。
初めての夜会。
父と選んだドレスを着て、父にエスコートしてもらう。
そしていつか――。
帝国で、アダムともダンスを踊る。
モニカは、まだ見ぬ未来を思い浮かべながら、胸を弾ませていた。




