第1話 伯爵令嬢の朝
ハーマン伯爵家の屋敷、その北側。
朝の光がほとんど差し込まない部屋で、一人の少女が目を覚ました。
「……朝……」
モニカ・ハーマン、十五歳。
ゆっくりと身体を起こす。
鏡に映った自分の姿を見て、モニカは小さく息を吐いた。
痩せた身体。
頬は少しこけ、髪には艶がない。
とてもではないが、伯爵家の令嬢には見えない。
それでもモニカは慣れた手つきで髪を整え、制服に着替えた。
屋敷の中は、まだ静まり返っている。
使用人たちも起きていない。
家族も、まだ眠っている時間だ。
モニカは誰にも声をかけることなく、部屋を出た。
朝食?
そんなものを待っている時間はない。
それに――。
「……お腹、空いたわ」
小さく呟いたモニカのお腹が、ぐぅ……と鳴った。
モニカは自分のお腹を押さえ、少しだけ苦笑する。
「ふふ……」
笑って誤魔化すように、屋敷を出た。
伯爵令嬢であるモニカには、本来なら王立学園まで送迎する馬車が用意されてもおかしくない。
けれど、モニカに馬車が用意されることはない。
だから今日も、歩いて王立学園へ向かう。
十五歳の少女には少し長い道のり。
けれど、モニカにとってはいつものことだった。
街へ入り、しばらく歩く。
すると、道の端にある小さな食堂から、焼きたてのパンの香りが漂ってきた。
モニカのお腹が、また小さく鳴る。
「……いい匂い」
思わず足を止めた。
すると――。
「おや、モニカちゃん」
店先から、ふっくらとした身体の女将さんが顔を出した。
「おはようございます」
モニカが笑顔で挨拶する。
「今日も学園かい?」
「はい」
「朝飯は?」
「……」
モニカが一瞬だけ黙った。
その様子を見て、女将さんは何かを察したようだった。
「ちょっと待ってな」
「え?」
女将さんは店の奥へ戻り、しばらくすると紙に包んだものを持ってきた。
「パンしかないけど……持っていくか?」
「……!」
モニカの目が少しだけ大きくなる。
「いいんですか?」
「ああ。売れ残りだしね」
そう言って、女将さんは笑った。
「学園で食べな」
モニカは両手で大切そうにパンを受け取った。
「ありがとうございます!」
その笑顔は、先ほどまでの疲れた表情とはまるで違っていた。
「そんなに嬉しいかい?」
「はい!」
モニカは嬉しそうに頷く。
「今日のお昼が楽しみです」
「そうかい。じゃあ、気をつけて行くんだよ」
「はい!」
モニカは何度も頭を下げると、パンを胸元に抱えて歩き出した。
その背中を、女将さんはしばらく見つめていた。
「……あの子が、本当に伯爵令嬢なのかねぇ」
小さな呟きは、朝の街に消えていった。
モニカはそんなことも知らず、王立学園を目指して歩いていく。
今日もいつもと同じ一日。
――そう思っていた。
この日が、モニカ・ハーマンの人生を大きく変える一日になることなど。
まだ、誰も知らなかった。




