103話 引きずっている件
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サーシャのエリカ達に対する説教は1時間以上続いている。
俺らは、部屋の中で夕食を食べながらそれを聞いている。
3階まで声が聞こえてくるのだ。
この宿の壁の問題かもしれないが、その声の大きさはサーシャの怒り、転じて愛情の大きさを示しているのだと思う。
夕食はフィッシュ&チップス。
簡単に作れて高カロリーな、労働者の味方である。
急に説教が始まって、退散する機会を失った俺たちに気付いたのか、
「エルンさん達は、部屋に戻ってください。エルンさん達の部屋に、夕食が置いてあると思います。私がレストランの店員に頼み込んで、料理の持ち帰りをさせてもらいました。ゆっくり休んでくださいね。明日の朝、9時の時報がなるまでに集合してください」
と、ニッコニコで言った。
本当に、恐ろしい。
俺たちはペコッと頭を下げて、逃げるように部屋に戻り、今に至る。
空気は最悪。
なんでかって?
言い争いの件を引きずっているからである。
言い争いに参加していなかったヴァントは、フォークで刺したチップスを口元に運ぶも、食べられない様子だ。
時々、腹をさすっているところから考えると、胃が痛いのだろう。
そんな胃に、油まみれのジャンキーな食事など、入るはずがない。
胃に入らなかった夕食を全て俺の皿に移すと、薬袋を覗き込んで、ため息をついた。
胃薬を持ってきていなかったようだ。
そして、ヴァントは胃の痛みに抗う事を諦め、腕時計を弄って横になった。
「ねぇ、お兄さん。ボクが間違ってたのかな。お兄さんみたいに簡単に諦められたら、こんな空気にならなかったのかな」
床で体育座りをしている人型のアカリは、部屋の壁を見つめながら言った。
「諦めたくない、って気持ちは罪なのかな」
「時と場合によるんじゃない?」
俺のこの言葉は、魔法の使えない俺が使える魔法の言葉である。
ほとんどの事象に、絶対はない。
時と場合によるのである。
「ボクは、お兄さんを凄く優しい人だと思ってる。初めて会った時、ボクを気色悪がらずに、すぐに受け入れてくれたよね。『メモメモ』の話を沢山したよね。『切り裂きジョージ』の時だって、1人で戦いに行ったのは、ボクやソフィアを守るためだと思う。ヴァントに『死』について考えさせたのも、ヴァントを守るためだよね。いっつも誰かの事を考えて動いてた。なのに、何で?何で諦めようとしたの?」
違う。
違う!
俺は、誰かのことをいつも考えてるわけじゃない。
全部、自分のためなんだ。
自分が後で後悔しないためなんだ。
後悔しないために動いた結果、誰かを助けたり怒ったりしただけなんだ。
……なら、何で諦めようとしたんだ?
後悔の素になるかもしれないじゃないか。
なんだ?
諦めることが、後悔になるのを防ぐとでもいうのか?
おい、俺。
説明してくれ!
フッ
暗いはずの部屋が、一瞬、真っ白な光に包まれた気がした。
まさか、お前の仕業だと言うのか?
前世の俺よ。
「わからない」
「だったら、お兄さんは無意識のうちに諦めようとしてたってこと?」
「多分」
口ではそう言ったものの、あの時の俺は無意識ではなかった。
アイツらが無事ではないと悟り、諦めようとしていたのだ。
アイツらが帰ってこなかったら、それこそ後悔しか残らないはずなのに。
「……もう、やだよ!そんなお兄さんを見たくないよ!戻ってよ!優しいお兄さんに戻ってよ!毒のせい!?私のせいで、お兄さんに毒が回ったせいなの!?」
アカリの声は、少し鼻声だ。
泣いているのか?
本当に、優しいよな。
お前は。
☆
胸糞悪い。
俺は、誰かに操られるのが嫌いだ。
例え、前世の自分にであっても。
アカリは、数時間の捜査、言い争い、そして、泣き疲れによって寝てしまった。
月明かり………失礼、ヴィルヘルムに月はないよな。
衛星明かりによって、シーザーは明るく照らされている。
それを、窓から眺める俺。
「はぁ」
なんて、ダサいんだ。
いくつかの建物は焼け落ちてしまっている。
恐らく、俺らが至る所の地下室で放火したせいだろう。
サーシャの説教は終わったようで、外は静か。
恐らく、俺の部屋がこの街で1番うるさかったに違いない。
「はぁ」
もう一度ため息をつくと、急に目から涙が出てきた。
サラサラしていて、少しだけ甘みのある涙だ。
なぜだろう。
俺は、悲しい、若しくは嬉しいらしい。
この気持ちが、寝て無くなればいいが。




