白い夢光
忘却の淵にほど近い灰色の廃墟地帯は、まるで死んだ世界の底のように重く淀んでいた。赤黒く濁った上層からの微かな光が、厚い埃と煤の混じった空気を不気味に染め上げている。カビと錆の臭いが鼻を突き、冷たい湿った空気が肌を刺す。地面には無数の抜け殻たちが、まるで捨てられた人形のように折り重なって倒れ伏していた。遠くで廃墟の鉄骨が軋む「ギギ……」という音が、絶え間なく響き続けていた。
その中心で、鮮やかな蒼青色の長い髪を乱れさせた少女が、背中を崩れた壁に押しつけられていた。
ミライだった。輝く翠緑色の瞳には恐怖の色が浮かび、細い肩が小刻みに震えている。色褪せた青と黄のパッチワークが施された粗布のドレスは、ところどころ破れて埃と煤に汚れ、彼女の華奢な体に張りついていた。
「ゴオオ……」
二人の夢光採取官がゆっくりと近づいてくる。黒革の制服に身を包み、腕に赤紫の夢光を纏わせた男たちは、残忍な笑みを浮かべていた。赤紫の光が鞭のように長く伸び、地面を這うように揺らめいている。
「大人しく夢光を差し出せ。下層の抜け殻が生意気だぞ」
採取官の一人が、低く嘲るような声で言った。もう一人は舌なめずりをするように笑っている。
ミライは壁に背中を強く押しつけ、両手を握りしめた。翠緑の瞳に必死の光が宿る。
「絶対に渡さないのです!」
ビュンッ!
赤紫の鞭が空気を裂いて振り下ろされた。ミライは咄嗟に身を捻って避けたが、鞭の先端が肩をかすめ、焼けるような激痛が走る。
「うっ……!」
グシャッ。
衝撃で廃墟の壁にヒビが入り、大量の埃が舞い上がった。冷たい空気の中で白く凍る息を吐きながら、ミライの小さな体は限界を迎えようとしていた。
(もう……逃げられない……)
その時、路地の奥の暗がりから、一人の少年が無表情に状況を眺めていた。
カイ。
埃にまみれた銀白色の髪が湿った風に揺れ、薄青色の瞳はほとんど感情を映さない。瘦せこけた体に灰色の粗布をまとっただけの姿で、素足が冷たい瓦礫の上に立っている。彼はただ、静かに見つめていた。
採取官がミライの細い腕を乱暴に掴んだ。
「この上質な夢光……上層に献上すれば出世間違いなしだ」
ズズズズ……
赤紫の光がミライの体から引きずり出されようとする。不快な振動が空気を震わせ、廃墟の壁にさらにヒビが広がった。ミライが激しく身をよじる。
「やめて……!」
その瞬間、カイの薄青色の瞳がわずかに細まった。銀白色の髪が埃っぽい風に揺れる。彼はゆっくりと拳を握りしめた。
ギュッ。
次の瞬間、カイは影から飛び出した。
タンッ!
素足が瓦礫を蹴り、灰色の布を翻して採取官に向かって突進する。
「離れろ」
低く、しかしはっきりとした声が廃墟に響いた。
ミライが驚いて振り返る。翠緑色の瞳が大きく見開かれた。
「あなたは……!?」
カイは迷わず拳を振り上げ、採取官に飛びかかった。
ドンッ!
しかし、採取官は軽く手を振っただけで赤紫の衝撃波を放った。カイの瘦せた体はあっけなく吹き飛ばされ、廃墟の壁に激突した。
ガァンッ!
激しい音が響き、カイは地面に倒れ込む。無表情の顔に、しかし内に激しい怒りが渦巻いていた。
「逃げて! あなたまで巻き込まないでなのです!」
ミライが必死に叫ぶ。声は震えていた。
採取官は嘲笑しながらカイに近づいてきた。赤紫の夢光が掌に集中する。
「ククク……下層のガキが英雄気取りか。笑わせてくれる」
「……邪魔だ」
カイは歯を食いしばって再び立ち上がり、採取官に体当たりを仕掛けた。
ドンッ!
だが、採取官の膝が容赦なくカイの腹に深く突き刺さった。
「グハッ!」
カイの体がくの字に折れ、埃が爆発的に舞い上がる。彼は膝をつき、銀白色の髪が汗と埃で張り付き、薄青色の瞳に痛みの色が走った。
ミライが手を伸ばした。
「もうやめて……!」
採取官はさらにカイの頭を踏みつけようとした。
その瞬間——
ギシギシッ!
赤紫の夢光がカイの体を包み込み、激しい痛みが彼を襲った。銀白色の髪が逆立ち、薄青色の瞳が大きく見開かれる。
視界がぼやける中、灰色の記憶の断片がフラッシュバックした。
(……夢は……)
「カイ……! しっかりなのです!」
ミライが泣きながら駆け寄ってくる声が遠く聞こえた。
その時、カイの胸の奥で何かが熱くなった。
キュンッ。
薄青色の瞳に、白い光の粒が一瞬浮かんだ。
採取官が嘲笑しながらとどめを刺そうとする。
「終わりだ、下層のガキ」
ミライがカイを抱きかかえようとしたその刹那——
フワッ。
カイの体から、わずかに白い夢光が滲み出した。
そして、次の瞬間。
ドゴオオオッ!
容赦ない赤紫の攻撃がカイを地面に叩きつけた。銀白色の髪が血と埃にまみれ、薄青色の瞳が虚ろになる。
しかし。
その奥底で、白い光が再び膨らみ始めていた。
ミライがカイを守るように立ちはだかった。蒼青色の長い髪を乱し、翠緑色の瞳に強い決意を宿して。
「カイを傷つけないで……なのです!」
採取官が不気味に笑う。
「ククク……」
その時だった。
カイの体に、白い光の紋様が浮かび上がった。
キラッ。
次の瞬間、白い夢光が爆発的に溢れ出した。
ドオオオンッ!!
凄まじい光の奔流が採取官たちを吹き飛ばし、廃墟全体を白く染め上げた。倒れていた抜け殻たちがその光に照らされ、まるで一瞬だけ命を取り戻したかのように浮かび上がる。
「白い夢光だと……!? これは上層に報告せねば……」
採取官たちは驚愕の表情を浮かべて後退し、逃げていった。
白い光が徐々に収束していく。
シュウ……
カイは力が抜けたように膝をついた。ミライが慌てて彼を支える。
「……そうか」
カイは小さく呟いた。無表情に戻った顔の中で、薄青色の瞳の奥に、強い意志が静かに宿っていた。
ミライが涙を浮かべながらも、精一杯の笑みを浮かべた。
「あなた……すごいのです!」
廃墟の奥から、遠く上層の巨大な構造物がぼんやりと浮かび上がるように見えていた。
その方向から、何者かの視線がこちらを捉えているような——不穏な気配が、微かに漂っていた。
ゾワッ。
カイはミライに支えられながらゆっくりと立ち上がった。灰色のスラムに、白い光の残滓が淡く漂っている。
彼は自分の手を見つめた。そこに残る、白い光の粒子。
(これは……俺の……?)
ミライが優しく微笑みかけた。
「きっと大丈夫なのです!」
しかし、カイの薄青色の瞳は、遠く上層の方角を静かに見つめていた。
(……これは始まりだ)
最下層のスラム全体を見下ろすように、灰色の世界に一筋の白い光が差していた。その光の中心に立つカイと、寄り添うミライの姿は、まるで灰色の世界に生まれた一つの希望のように見えた。
だが、上層の巨大な都市は静かに、しかし確かにその光を捉えていた。
遠くで、浮遊監視眼が不気味に「ジイイ……」と低く唸る音が響いた。
カイは拳をゆっくりと握りしめた。
この白い夢光が、彼らに何をもたらすのか——まだ、誰にもわからなかった。




