15頁.終幕1
二人は、艸木アリスの部屋に足を運ぶ。
病室は静かなものであり、少女のバイタルを表すモニターが電子音を鳴らすのみだった。
チカは少女の身体を軽く触ると、魔力操作で包帯を切断した。
「ちょっと」
小声で制止しようとするアカネを、チカは無視して包帯を捲る。そこに事故の傷は無かった。
手術痕すら完治しかけており、医師の口にしたガラス片による傷は皆無。健康体そのものの少女を見て、チカは確信した。
「やっぱり……」
そう口にした時だった。部屋の奥から声が響く。
「いつから気が付いてたんだ?」
声の主は医者だった。
彼は、取り乱す訳でもなく二人の前に立つ。
アカネは医者の行動に警戒するが、チカも医者も落ち着いているのを見て、ウエストポーチの中で銃を握り締めたまま様子を伺う。
チカは、彼女の行動を横目に話し始めた。
「最初に子供の傷を見た時から何となく。アナタの傷、子供を庇ったときの傷だろうなって最初に思ってたら、何か子供の全身に傷が有るみたいだったから。もしかして、事故の傷と偽って手術跡隠してるんじゃないかなって」
襲撃現場で襲われたと証言した医者の追った傷は、背中に集中して腹部をや胸には無かった。だから、チカは初めて医者を見た時に子供を抱き締める形で庇ったので、腹部や胸に傷がないのだと考えていた。
だから、子供の様子を見に行った際に違和感を覚えた。子供の全身が包帯で覆われていたからだ。一見、父親よりも傷が酷いように見える。無論、医者が子供の事を庇えたかったとも取れるので、この時は追及せずに放置した。
だが、コンビニの監視カメラを確認したときに確信した。医者は確かに娘を庇う事に成功していた。
その時、チカは子供の怪我は擬装であり、彼女にコードを移植した事を隠す為に包帯で全身を隠したのだと思い至った。
「何でこんな事をしたんですか?」
アカネが恐る恐る訊ねると、医者は二人の顔を交互に見た後にチカを見つめる。
「坊主なら判るんじゃないか?」
「まぁ、可哀想だとは思う」
チカは子供を見た。包帯で最初は気が付かなかったが、その身体は痩せ細っている。それはまるで、何らかの障害でも抱えている様にも見えた。
「え?」
唯一事情を察していないアカネが困惑していると、医者は娘の頬を撫でて呟く。
「私は、娘のものを取り返しただけだ」
「娘さんの物……それは、ドラゴン・コードのことですか?」
会話の流れから、アカネは今回の事件と結び付けた。
一方、チカは軽く辺りを見渡す。
「病院って事は、秘匿結界あるよね?」
「ああ」
秘匿結界とは、電波や微弱な魔力を制限する事で通信を遮断する特殊な結界である。
魔術が医療分野にも進出した現代では、一部の道具にも魔術が付与されている。秘匿結界は、それが魔力を感知して誤作動を起こしたり、外部から意図的に事故を誘発することを阻む為のものである。
その副次効果として、病院内では通信が遮断される。
チカは、メールに術式を込めて追跡魔術を使用出来る。追跡魔術に精通している彼だからそこ、疑っていることがあった。実は、警察組織に自分達の行動が監視されているのではないのか。少なくとも、腕輪持ちの彼は監視されている。そんな人の前で真実を語ってよいのか。
秘匿結界の中ならば、そう言ったことを気にする必要はなく会話できる。
アカネは、自分の話を無視された様に思い眼を細める。
「あの、質問に答えて欲しいんですけど。ドラゴン・コードってドラゴンから採集出来るものを人間用にしたものですよね?それで、何で娘さんが……」
医者は、何処から何処まで話すべきかと思案し、一息付いて説明を始める。話すとするなら、やはり最初。根本的な部分以外有り得ない。
「日元では、先天的な魔術師が産まれる事はない。それが何故か判るか?」
「それは……文化とか歴史的な?」
日元に魔術が浸透したのは近代に入ってからである。それまでは、この国が島国であり外界と隔離されていた為、魔術文化を取り入れる機会が少なく、発展する事がなかった。
一方、海外では古来より魔女や魔術師の話しは一般的であり、戦場を左右する力として重宝されていた。
アカネが思い浮かべたのはそう言った歴史的背景。
しかし、彼女が言葉を言い終えるなり、チカは口を挟んだ。
「幼少に産まれ持った魔導器官を抜かれ、調整用のコードが移植されるから」
「その通り。日元では五歳から十二歳の間にコードの調律と称して産まれ持った魔導器官を摘出され、民間人用に培養されたノーマル・コードが移植される。だが、娘はノーマル・コードを受け付けなかった」
この国には、銃刀法がある。にも関わらず殺傷能力を持つ魔術が野放しになるのはおかしい。
また、封印と言う形で隔離されたこの国では、外界から物資や燃料が至急されない。石油等の燃料はすぐに底をつくが、魔力の様に肉体で精製できる燃料は無限に産み出すことが出来る。
その魔力を産み出す力を危険水準未満に抑えつつ、かつ日常生活にも使える最低ライン以上にするためにコード調律は行われる。
しかし、体内に有った器官を抜き取り、別の物を移植するとなれば当然拒絶反応を起こす者もいる。
「つまり、適合しなかったと」
「子供のコード拒絶反応と言ったら、発達障害かな」
「認知機能の低下や生命維持機能の低下。中学に上がる前に、心臓の動きは止まるだろう。娘はもう、母親の顔を覚えていないし、私を父親として認識していない」
魔力は生命力。拒絶反応で魔力が体内で暴走したり、体内を循環しなくなればそれだけ身体に支障をきたす。免疫不全になる者や、狂犬病の様に脳機能が麻痺する者、症状は様々。医者の娘が発症しているものの中には記憶障害、つまり脳機能に関係するものがある。それだけ事態は急を要する
事情を察したアカネは、ウエストポーチの中に納めていた手をそっと引っ込める。
「あの、それでドラゴン・コードを移植しようとする理由が判らないんですけど」
その疑問にチカが答える。
「魔獣由来のコードは直接そのまま人体に移植することは出来ないよ。だから、人間の魔導器官と合成する必要がある。その時、素体になる魔導器官は若ければ若い程良い。移植するなら、老人の心臓より子供の心臓が良いのと一緒だよ」
コードの素体に子供の魔導器官が選ばれる理由は他にもある。
素体の役割は、あくまで人の身体に魔獣の魔導器官が馴染みやすくするための補助。そのため、素体となる魔導器官は無垢である方が好ましい。
ある程度成長した人の魔導器官は、その人自身の個性や癖、好みが染み付いている可能性がある。その個性が魔獣の特性を相殺してしまうかもしれないからだ。
「娘が偶然ドラゴン・コードの素体に選ばれなければ、こんな事はしなくて済んだ」
コードの拒絶反応が表れたのなら、元々産まれ持った魔導器官を移植し直す。単純明快な答えだ。問題は、その魔導器官が軍用コードに成ったこと。
アカネの様に、軍用コードを移植することは可能である。しかし、今回は特殊なドラゴン・コード。また、病弱な小学生の少女が軍用コードを移植できる程の実績を獲得出来る筈がない。
「他のコードを移植しなかったんですか?市販のコードとか確認すれば、適合するかもしれませんよ」
医者は力無く首を横に振る。
「娘は妻の血を濃く引いている。妻はブリタニア出身、日元人のコードは受け付けない。鎖国状態の日元では、海外のコードは先ず手に入らない。娘は、余命宣告を受けたのと同じだ」
無論、国中を探せば適合するコードが見付かる可能性はある。しかし、この国に存在するコードを一つ一つ調べる余裕なんて少女には残されていなかった。
医師は、娘に布団をかけ直す。
「妻は、事故で死んでしまった。娘が、娘だけが私に残された家族だった」
不意に、窓の外で何かが明滅したのをアカネは見逃さなかった。一瞬、信号を送る為の光なのかと思ったが、戦闘に身を置いていた彼女の生存本能が警笛を鳴らした。




