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92話 父は母の消息を知りました

 うちの両親の恋話は続きます。


 母が十四才のとき、すれ違いを起こしました。

 一方的に別れを告げた母は、雪の国で、四年間を過ごします。

 雪の国の王立学園を卒業する頃には、父のことは吹っ切れ、実家の雪花旅一座へ戻ろうと考えました。


 春の国に残された父は、母を忘れることができなかったのでしょう。

 恋人も作らず、独身貴族のままで、故郷へ戻ります。


「お父さんが故郷へ戻ったとき、もう二十才になっていました。

周囲が心配する年齢で、親戚たちが色々と声をかけてきたって」

「婚約者も、恋人も居ないですからね。男爵家の跡取り息子が、そんな状態では困りますよ」


 私の変わりに説明していたのは、弟のミケランジェロです。

 相づちを打つのは、宰相の子息殿、ラインハルト王子。


 二人の会話に混ざってきたのは、東地方の貴族の総元締め、東の侯爵家のクレア嬢でした。


「北地方なら、総元締めの北の侯爵の顔が利きますわよね。

お父様の花嫁を探すのは、すぐだったのではありませんの?」

「……いいえ、東の姫君。ものすごく難航したようですね。

『婚約を解消させてでも、娘を嫁がせたい』と言う親戚たちが、北の侯爵家や塩伯爵家に殺到したって、おじい様やおばあ様から聞いています。

孫の僕も、同じようなことになるかもしれないから、花嫁選びは焦るなと忠告されていました」

「難航? 男爵家の花嫁ですのに?」


 弟の答えに、不思議そうになるクレア嬢。

 クレア嬢のとなりで腕組みした王太子のレオナール王子は、冷静に分析しておられました。


「クレア。僕が仲人するにしても、厳選する。

騎士の名門、塩伯爵家の血を受け継ぎ、北の侯爵が手塩にかけて育てた、将来有望な騎士だ。

最低でも、王立学園を卒業した、伯爵階級以上の女から選ぶな」

「まぁ……仲人って、そこまで考えないといけないんですの?」

「これは、最低限の考えに過ぎんぞ。踏み込めば、もっと条件は増える。

まあ、僕としては、運命の相手を見つけてやってるだけだが」

「クレア、レオの目の付け所は、絶妙なんですよ。

必要な条件を満たしつつ、運命で結ばれた二人を引き合わしますからね」


 レオ様が仲人したら、周囲が不釣り合いと評価していても、なぜか相思相愛で幸せなカップルになるんですよ。

 身近な所では、私の上の妹と、医者伯爵の子息殿のお見合いですかね。

 ライ様も、私と同じ考えに至ったようですよ。


「医者伯爵家のローエングリンを見たら、納得できるんじゃないですかね?

貴族のすすめで、お見合いしては断るのを、五年間も続けていたんですよ。

それなのに、去年、レオがアンジェの妹のオデットを紹介したら、一発でまとまりました」

「医者になる王子には、医者になりたい女が、嫁として最適だ。僕の見立てに狂いはない。

ローは、病気で兄上を亡くしている。オデットだって、父上を病気で亡くしている。

二人とも、家族を病気で失う悲しみを知るから、医者を目指しているんだ。

同じ目標を持ち、共に医学を歩める相手だぞ。相性バッチリだろう」

「それに加えて、オデットは、王族の正室の条件を二つ満たしていますからね。

『伯爵以上』については、善良王の子孫で、春の国の王位継承権を持っているので、問題ありません。

『他国の言葉を一つは完全に話せる』についても、私のおじい様の親友の言語学者から、雪の国の言葉を学んで、お墨付きをもらっています。

この辺りも、レオが仲人した理由じゃないですか?」

「まあな。王太子の立場からすれば、未婚の王子には、優秀な正室になれる女を押すぞ。

嫁にするだけなら同じ条件で、すぐに結婚できる年齢のアンジェを、紹介すれば良い。

たが、親友としては、運命で結ばれた相手を、引き合わせたつもりだ。

ローの医者伯爵の家柄を考えれば、医者になりたい妹のオデットが相応しいだろうが」


 レオ様の力説に、教室内の同級生たちは、感心していました。

 むすっとしてるのは、うちの弟くらいじゃないでしょうか。

 騎士の修行をしている弟は、よく知らない相手に、妹を嫁にやりたくないようですからね。

 医者伯爵の子息殿……ローエングリン王子の人柄に納得すれば、二人の婚約を祝福すると思いますけど。


 あっ。弟の不機嫌を察したのか、レオ様とライ様は話題転換しましたね。


「おい、ミケ。待たせたな。そろそろ両親の続きに戻ってくれ。

運命で結ばれた、素晴らしい二人の話を!」

「二人の息子であるミケも、同じような情熱的な恋をするかもしれませんね。

身近に気になる娘が居るんじゃないですか? 恋の駆け引きの仕方を教えてあげますよ」

「か、からかわないでください! そんな人居ません!」

「おい、ライ。人の恋路を邪魔すると、馬に蹴られるぞ」

「はいはい、分かっていますよ、レオ。

ミケ、冗談を真に受けず、聞き流してくださいね。それでは、続きをお願いします」

「……はい。えっと、故郷に戻ったお父さんは、お見合いすると決めたんです。

ちょうど、北の侯爵家に雪の国から花嫁が来る時期だったので、北地方の親戚が集まるときだったから。

その時に、お見合い相手と会うつもりだったって、久しぶりに会ったお母さんに白状したみたいです」

「……北の侯爵家には、北国の南の公爵家と血をやり取りする伝統があるからな。

雪の王族との結婚だから、北地方の貴族は全員集まるし、国王も参加する。結婚式を見た直後だと、婚約も成立しやすい。

僕のおじい様も、その機会を利用して、お前の父上の仲人をするつもりだったそうだ」

「先代国王陛下が仲人を? 恋仲だった、うちの母がいるのに?」

「さすがに国王の立場としては、旅一座よりも、先に高位貴族の娘を押すぞ。

お前の父上は、王宮で騎士の修行をしたし、王家の親戚である塩伯爵の孫だから、僕のおじい様も知っている。

お前の母上は、雪の国へ行ってしまい、消息不明だったしな。

とびきりの花嫁を紹介しようと、三人ほど嫁候補を考えていたようだ」


 ……なるほど。塩伯爵のひいおじい様も、北の侯爵も、先代国王陛下も、雪花旅一座から花嫁をとらせたくなかったようですね。

 春の国に対する、雪の国の影響力が増しますからね。

 先代国王陛下としては、避けたかったことでしょう。


「レオ。たびたび横槍をいれないでください。話が進みません!」

「すまん、ライ」


 ライ様は真顔に戻ると、きつい口調でレオ様に注意なさいます。

 うちの両親のなれそめを、ウキウキと聞いておられますからね。早く続きを聞きたくて、仕方ないのでしょう。

 ライ様の希望に応えて、弟は言葉を紡ぎます。


「えっと……雪の国から、南の公爵令嬢が家族で北地方に来たとき、実は僕のお母さんも同行していました。

南の公爵家は、贔屓にしている雪花旅一座に、結婚式を盛り上げてくれるように頼んでいたんです。

お母さんは旅一座に戻るつもりだから、ちょうど良いと公爵令嬢が連れてきたみたいで」

「南の公爵は、雪の王族ですわよね?

警備を厳しくする時期に、王族の移動という一大事に、旅一座の平民を同行させるなど、危険なことをなさるなんて。

お母様を疑うわけではありませんが、平民が良からぬことを企み、何かあっては困りますわ!」


 ……東の辺境伯のご令嬢。

 王妃候補の一人なのに、雪花旅一座の秘密を知らないんですか。

 国内のことを良くご存じなだけに、情報通のご令嬢だけに、意外でした。


 雪花旅一座は、雪の国の分家王族です。

 うちの母は、雪の王位継承権を持つ、雪の国の王女の一人になります。

 祖先を同じくする南の公爵家は親戚だから、母が同行したのは、ごく自然な事なんですよ。


「弟を補足しますと、うちの母は、雪の王女の話し相手として同行しました。

南の公爵家の王女と同い年で、四年間を共に過ごした親友ですからね。

異国へ嫁ぐ王女は、とても心細かったはずです。ライ様の母君と同じ立場なのですから。

心細さから親友で、嫁ぎ先の親戚でもある、うちの母を頼るのは、当たり前の思考ですよ。

ライ様の母君の場合は、将来の夫となる、春の国の第二王子を頼りましたけどね」


 一気に捲し立てて、辺境伯のご令嬢を、丸め込んでおきました。

 西国の王家からやってきた、ライ様の母君を引き合いに出せば、さすがに黙るでしょうか。


 さて、東の辺境伯のご令嬢が、私に論破されたと受け取った弟。

 ご令嬢の発言を待たずに、話しはじめました。

 

「同行していたお母さんは、親友から頼まれて、結婚式の最後に歌を贈りました。

雪花旅一座のお家芸とも言える歌劇、『雪の恋歌』の最後の曲『喜びの歌』です。

本当は、おばさんが歌うはずだったのに、お母さんが座長のひいおじい様に直談判して、変えてもらったって聞いています」

「母上は、親友のために頑張ったんですか。

舞台に立てなくなるほどの状態から、よく人前で歌えるようになりましたよ」

「はい、殿下。お母さんが歌っていたって、お父さんはすぐに気付いたようです。

結婚式のあとの宴のときに、旅一座のひいおじい様の所にやって来て、お母さんが帰っているなら、ぜひ会わせて欲しいって頼んできたって」

「いやはや、四年間離れていても、すぐに分かるものなんですか!

母上は、本当に素晴らしい歌声だから、すぐに判別がついたのでしょうね」

「えっと、北地方の貴族は、分からなかったみたいです。

旅一座のひいおじい様に、おばさんの名前をあげて誉めていたみたいだから。

お母さんとおばさんは、顔が似てるし、歌い方も似てるから、区別がつかなかったんだと思います」

「おやおや、誰も気付かない中で、父上だけが?

運命の相手と言うのは、本当に惹かれ合うものなんですね」

「まったくだ。赤い糸で繋がっているというのは、このような状態を指すのだろう」


 ロマンチストのレオ様は、綺麗にまとめようとしますね。


 別の方向から考えると、塩伯爵のひいおじい様や北の侯爵、先代国王陛下の考えたお見合い作戦は、運命の赤い糸に負けたことになります。


 母がすぐ近くにいることを知った父が、お見合いに興味を向けるはずがありません。

 四年前に喧嘩別れした、初恋相手への思いが、心の中を満たしたはずですからね。

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