91話 父と母は、喧嘩別れしました
まるで恋愛歌劇と揶揄される、うちの両親の恋話。
八才の父が、六才の母に初恋をしてから、六年後。子供だった母も、恋を知り、父と心を通わせました。
両思いになった二人が結婚するまでに、様々な困難が降りかかります。
「二年ぶりに再会した、両親ですが、一月ほどですぐに離ればなれになります。
父は領地を持つ男爵家の長男で、母は一ヶ所に定住しない旅一座の娘ですからね」
「お父さんは、十五才になれば、春の国の王立学園に入学する話が出ていました。
平民の祖先を持つ男爵としては異例ですが、母親は春の国の王家の子孫。
文武両道武であるべきが、おばあ様の実家、湖の塩伯爵の家訓だったので」
弟の言葉を頷きながら聞いている、王太子のレオナール王子。
うちの祖母と同じ、六代目国王の子孫ですからね。
王族の思考回路として、最高の知識を持ち、最高の武力を身につけるものと考えているのでしょう。
「善良王の子孫足るもの、民を助けるために努力して当然。
だから、国王である父上は、アンジェやミケを王都に呼び寄せたのだ。
僕ら以外で唯一生き残った、もう一つの善良王の血筋に、王族の心構えを学ばせ、北地方の民を救うために」
ロマンチストのレオ様は、熱弁をふるいます。六代目国王の善良王を尊敬していますからね。
母君の王妃様が、善良王を排出した、南の侯爵出身なのも、影響していそうですけど。
「レオ様、うちの父の話に戻りますよ?」
「うむ」
「母が旅立つ別れ間際に、父は来年から春の国の王都に行くことを告げました。
二年後、侯爵領地で会えないかもしれない。けれど、雪花旅一座が、王都公演に来たときは、必ず見に行くからと」
「待っていて欲しいと、約束したわけですね?
心を通わせた運命の恋人同士なら、離ればなれになっても、待っていてくれるでしょう」
恋の駆け引きの得意な、レオ様のいとこ、ラインハルト王子。
にこにこと王家の微笑みを浮かべながら、私たちの話を聞いておられました。
「王都に出て来て、北の侯爵の屋敷に住まわせてもらった父は、王立学園に通い始めます。色々と試練が訪れました。
父は北地方の田舎育ち、しかも、騎士の修行に明け暮れた少年時代でしたからね。
王都の文化に慣れなかったんですよ」
「よくわからん。どういう意味だ?」
「王太子様。早い話が、現在の僕の状態です。
王都育ちの同級生たちの恋の駆け引きに、翻弄されたと言うか、気圧されたと言うか……」
「ミケ、苦労してるなら言ってください。恋の駆け引きのあしらい方法くらい、私が教えてあげます」
「ライ様、弟に変なことを教えないでください!」
ゴニョゴニョと言葉を濁した弟に、王家の微笑みを向ける、王子様。
真面目な弟が、不真面目になったら困るので、ジト目で睨んでおきました。
「アンジェ、それより続きだ」
「はいはい。王宮勤めの父の同級生から聞きましたが、どうも、父は人気者だったようです。
入学した直後に『家督は姉に任せて、家を出て騎士になるつもりで、王都に勉強に来た』と、自己紹介したようで。
『婿養子になって欲しい』と子爵や男爵の跡取り娘が迫っていたのを、何度も目撃したと」
「あー、分かる気がするな。跡取り娘たちは、守ってもらいたかったんだろう。
お前の父上、つり目のたくましい顔つきで『これぞ武闘派の騎士!』って、説得力に溢れる外見だったと聞いている。
美しいお前の母上と並んで立つと、『姫と騎士』と誰もが納得できる組み合わせだったそうだ」
「……詳しいですね。両親の仲人をしてくれた、先代国王陛下からの情報ですか?」
「まあな」
うちの両親が婚約できたのは、初代仲人王子の先代国王陛下のお蔭ですからね。
孫のレオ様も、話を聞いてみたことがあるのでしょう。
「迫られても、父には母という恋人が居たので、きちんと断り続けたようです。
断れば断るほど、声をかけてくる女性が増えたみたいですけど。
迷惑なことに、堅物の父を口説けた者が、一番色気がある娘だと証明できると、影で競ってたようですね。父の同級生の証言です」
「色気……無理だろう!? どう考えても、勝者の居ない戦いだぞ!
運命の恋人がいるのに、なびくわけない。なんで、そんな不毛なことをするんだ」
「あー、レオ。たぶん、恋の駆け引きに乗らない、真面目な性格が好まれたんだと思いますよ。
跡取り娘は、出来のよい婿養子を探すのに、必死ですからね。
ほら、あなたが今までに仲人した入り婿は、真面目な性格が多いですよね」
「……そうか。遊び心でやってるのかと思ったが、本人たちは大真面目に、入り婿を得ようとしてたのか。
おじい様に相談してくれれば、ぴったりの相手を紹介してくれただろうに。
まあ、年頃の女としては、恋愛結婚したかったんだろうな」
腕組みしてうなる、二代目仲人王子のレオ様。
跡取りが生まれず、お家断絶するのは、貴族にとっても、王家にとっても困りますからね。
王太子が仲人を買ってでるのは、お家断絶をさせないため。
「とにかく、父は一部の女性に人気者になった状態で、十六才になりました。
二年ぶりに王都に雪花旅一座がやってくる時期に、なったんですよ。
父の状態を知らない母は、ウキウキしながら、舞台に立ちました。
そして、舞台後に父と大喧嘩します」
「あー、あの話? お母さんは可哀想だったけど、お父さんは被害者だよ」
「大喧嘩? 両親に何が起こったのですか?」
「殿下、間が悪かったんだと思います。
お父さんに言い寄っていた女の子の一人が、偶然、お母さんの舞台を見に来てて、観客席のお父さんを見つけて……。
公演終了後に、お父さんに話しかけてきて、いつものように恋の駆け引きをしかけながら、両親に思い人だと紹介したんです。
その瞬間を、お父さんに会いたくてたまらなかったお母さんが、舞台袖から目撃したって」
「……本当に、間が悪すぎましたね」
「はい。お母さん、思わず我を忘れて、舞台衣装のまま、幕の前にでてしまった。
主演女優がいきなり再登場したから、帰りかけた観客の注目を集めたって」
「……世に言う、三角関係の修羅場ですか。
場所が場所だけに、父上も逃げ場が無さそうですよ」
冷や汗が、ライ様の額に浮かんでいます。
なかなか、恐怖心をあおる内容ですもんね。
ちょっとイタズラを思い付いたので、脅かしてみましょうか。
出来るだけ低めに、ドスの聞いた声を出しました。
「ラミーロ王子様、お久しぶりです。王子様に会える日を、とても楽しみにしておりましたのよ?」
「わっ! アンジェ。脅かさないでくださいよ」
「脅かす? お慕いしている王子様の心に残ることをするのは、当然です。
雪の天使の私は、春が来れば消え去る定めですから」
「……雪の恋歌の台詞ですか?」
「ラミーロ王子様には、春が訪れましたのね。
さよなら、私の王子様。私は雪の国に帰ります。
一冬の恋など、雪解けと共に消えましょう」
ここで、母から教えてもらった、冷たく美しい微笑みを浮かべます。
怒ってるとわかるのに、惹き付けられてやまない、雪の天使の微笑みを。
「お楽しみ頂けましたか、皆様?
勝手にアンコールに応えたら、父に怒られますからね。今回は特別ですよ」
スカートの裾を持ち、頭をさげて、淑女の礼をしました。
さて、顔を上げて、ライ様の様子を見ましょうか。
「どうでした、ライ様? こんな調子で、母は父に一方的に別れを告げたんですよ。
母の怒りを察して、動けない父を無視し、さっさと舞台裏に戻りました」
「……こわいですね。雪の恋歌なのに、悲恋に終わる気がしましたよ」
「悲恋かもしれません。母は、これ以降、四年間も父に会わなかったので」
「四年!? 母上は、相当ご立腹だったんですね。
父上は、誤解を解かなかったのですか?」
「父が慌てて楽屋に訪問しましたけど、母は決して会いませんでした。泣き顔を見られたくないと。
自分だけの王子様が、他の女性と仲良くしていた所を見たんです。
この世から消えてしまいたいと思うほど、衝撃を受けました。
心を閉ざして無口になり、そのあとの王都公演では、まったく舞台に立てなくなったんですよ」
「………愛が深いほど、裏切られたときの苦しみは大きいからな。
もう二度と恋なんてしない、人を愛そうなんて、思わなかったことだろう」
腕組みしたまま、遠い眼差しになるレオ様。
愛そうと努力していた、前回の婚約者候補たちに、逆ハーレムを作られて、裏切られた経験をお持ちですからね。
そっとしておきましょう。
「旅一座の座長は、どんな対応を?」
「ライ様。座長のひいおじい様は、父から事情を聞きましたよ。
でも、何を説明しても、心を閉ざした母には届きませんでした。
北の侯爵家に手紙を書いて、婚約の話は白紙に戻すしかなかったようです」
「最悪ですね。父上と母上がきちんと話し合えば、解決できたと思うのですが」
「無理です。父にとって、最大の敵は、母の妹でした。
姉を泣かした、悪い人と認識したようで、王都の滞在中、ことごとく父が母に近づくのを邪魔しました」
「……分かる気がする。姉を慕う妹って、ものすごい行動力を発揮するからな」
遠い視線のまま、天井を見上げる、レオ様。
二月前にうちの末っ子に、私をいじめた悪い人と認識されて、徹底的に嫌われた体験をしましたからね。
うちの父の状況と、ご自分の体験を重ね合わせているんでしょう。
そっとしておきましょう。
「そのまま、旅一座が王都を離れる日が来て、父と母は再会することなく、離ればなれになりました。喧嘩別れです」
「それで、四年間も、会わなかったんですね?」
「はい、ライ様。母は、ひいおじい様に連れられ、雪の国に向かいました。
何百年も前から、旅一座をひいきにしてくださっている、雪の国の王族、南の公爵家に預けられたんですよ」
「雪花旅一座は、春の国を巡業しますからね。
座長は、母上を春の国から引きはなそうと考えて、雪の国の信頼できる者に預けましたか」
数回瞬きしながら言葉をつむぐ、ライ様。
春の国の王子のライ様は、雪花旅一座が「本当は雪の国の分家王族」と知っています。
母が預けられた経緯を、同級生たちに怪しまれないように、軽く情報操作してくださいました。
「療養生活に入った母は、同い年だった南の公爵令嬢の一人と仲良くなり、親友になります。
そして、公爵令嬢に誘われるまま、一年後に、雪の国の王立学園に入学しました。
流れる生活だった母にとって、一ヶ所に定住する暮らしは新鮮で、あっと言う間に三年が経ちます。
王立学園を卒業する頃には、父のことは吹っ切れ、今後の身の振り方を考えて、旅一座に戻ろうと思ったようですね」
「母上は、友人に恵まれましたか。四年かけて、立ち直れたんですね」
安堵の微笑みを浮かべる、ライ様。
最後は、父と母が結ばれるハッピーエンドと分かっていても、心を閉ざした母の行方にハラハラしたようです。
「父上は、どうだったんですか?」
「お父さんは、お母さんが王都から旅立った直後に自害しようとして、ちょっとした騒ぎを起こしたようです」
「なんてこと、するんですか! 騎士の英才教育を受けた、貴重な人材ですよね?」
「だって、人生をかけて花嫁を手に入れようと、頑張って来たことが、水の泡になったんですよ、殿下。
おじい様は、命賭けで花嫁を手に入れた人ですからね。
お父さんは、その息子だから、今まで面倒を見てくれた北の侯爵に申し訳ない、命でお詫びをすると決断したみたいで」
「……一応、助かったんですよね? 息子のミケが生まれていますし」
「はい。お父さんの自殺未遂の連絡を、北の侯爵家から受けたおばあ様が、ついに動いたんですよ。
馬を乗り継いで、丸一日で王都にやって来ました」
「ミケの領地から王都までは、馬車で二日間くらいですよね。
女の身で、馬を丸一日駆りますか。さすが、私と同じ、善良王の子孫ですね」
おおっと。さりげなく、善良王の血筋をアピール中です。
ライ様も大人しそうに見えて、善良王の戦記に憧れる王子様ですからね。
こう言う、ふっとしたときに、やんちゃ王子時代の面影が見られます。
まあ、私の上の弟のミケランジェロと会話中なので、私は見守りましょうか。
「王都にやってきたおばあ様は、こんこんと湖の塩伯爵家に伝わる心得を、寝込んでいたお父さんに改めて言い聞かせます。
お父さんが元気になったあとは、根性を叩き直すと言って、徹底的に打ちのめしたようですね」
「おやおや、手厳しいですね」
「おばあ様は、嫁いできた人なので、あまりおじい様の教育方針に口を挟みませんでした。
でも、命をたとうとしたお父さんの行為について、重い腰をあげたんですよ。
塩伯爵家にとっては、戦いに生き残り、善良王の子孫を残すことが使命の一つです。
その使命に背いたお父さんを、おじい様と二人まとめて教育し直したって、お母さんに笑って語ったことがありました」
「……なるほど。勇猛果敢な騎士の塩伯爵家だからこそ、退き時も、きちんと教えているんですね」
ライ様は、コメントに困ったようです。
耳障りの良い言葉を選びながら、誤魔化しましたよ。
祖母は、王家の血筋に誇りを持つ、女騎士ですからね。
孫の私たちは、雪の国の王女である母の他に、祖母からも王家の考えなるものを、学びました。
父の教育に一度失敗したから、孫は成功させると意気込んだのでしょう。
「えっと、根性を叩き直されたお父さんは、お見合いすることを考え始めます。
おばあ様に言われたように、子孫を残そうと思ったようで。
でも、見合い用の姿絵を見ては、相手に会う前に断る。
迫ってくる跡取り娘たちとも、何度か遊びに行ったけど、結局、ふられて終わる。
お父さんの同級生から聞きました」
「……難しいでしょうね。どれだけ他の娘に目を向けようと、心から愛した娘が、頭の中をチラついていたはずですよ」
「結局、お父さんの王立学園時代は、相手が見つからずに卒業しました。
その後、王宮の騎士団で二年間修行したけど、やっぱり相手が見つかりません。
二十才になったとき、北地方の騎士団に配属されて、故郷に戻るんです」
「……独身貴族で帰郷しましたか。
予想がついたと言えば、つきましたけど、吹っ切れた母上と対極の人生ですね。四年間、引きずったようですから。
初恋相手とケンカ別れしたら、ずっと心に重くのしかかるでしょう」
……ライ様は、やけに含みを持たせた言い回しをしますね。
もしかして、昔、何かあったんでしょうか?
お聞きしたことが無いので、私の想像に過ぎませんけどね。
2018年9月24日、指摘のあった部分を修正しました。




