90話 父の愛の告白に、母は泣きました
うちの両親のなれそめ話は続きます。
十四才になった父は、旅一座の娘である母と、二年ぶりに北の侯爵領地で再会した所からですね。
「雪花旅一座の侯爵領地公演で、父が目にしたのは、歌劇の主役を演じる初恋相手でした。
母の演技は、本当に天使が舞い降りたみたいだった。歌声は天国にいるような気分になったと、父はことあるごとに熱く語っていましたね」
「それは納得できる。お前の母上の歌声は、素晴らしい。唯一無二の存在だ!
あれほど高く澄んだ美しい声は、王都の歌劇団でも、なかなか聞けないぞ」
私の話の途中で割り込んできたのは、王太子のレオナール王子です。
歌劇観賞が趣味の王子様は、機会を見つけては、うちの母に歌をせがみますからね。
うちの母の子役時代から大ファンである、先代国王夫妻の影響を強く受けているのかもしれません。
「どんな舞台だったのか、気になる! 僕がもっと早く生まれていれば、アンジェの母上の全盛期の舞台を見られただろうに……本当に残念だ」
「……レオ、復活しましたね。あなたは趣味の話になると、熱くなりますから」
ぼそりとレオ様に突っ込みを入れたのは、いとこのラインハルト王子です。
ついさっきまで、レオ様の浮気性を私が指摘したことで、落ち込んでいたんですけどね。
もう歌劇の方に意識がむいています。切り替えの早さは、レオ様らしいですよ。
「いや、待てよ? 外見の予想はできるか。母上とそっくりな娘のアンジェが居るもんな」
「そうですね。アンジェたち姉妹は、子役時代の母上にうり二つだと、おじい様や王宮の古い使用人たちが言っていました」
じぃっと、意味ありげに青い瞳を向けてくるレオ様と、緑の瞳で見つめるライ様。
つられたように、教室中の同級生たちが、私を見てきました。
……ちょっと、何を期待しているんですか、皆さん。
「姉さん、なにかやってあげたら?」
空気を察した弟のミケランジェロが、よけいな言葉をかけてきました。完全に傍観者の台詞です。
自分だって母譲りの顔を持ってるくせに! 性別が違うから、他人事だと思っていますね!?
仕方ありません。ちょっと小芝居をしましょうか。
椅子から立ち上がり、視線を伏せ目がちにしながら、左手を軽く握り、口元近くに持っていきます。
右手は背中に回して、隠しました。顔と体は弟の方へ向けます。
観客席からは、恥ずかしがっているように見えることでしょう。
この状態で話しかける相手は、弟です。
「騎士のお兄様、お久しぶりです! 公演をご覧になっていたんですか?」
「えっ!?」
話しかけられた弟は、慌てました。前髪で隠した目で睨んできましたよ。
私は父譲りの眼力を一瞬発揮して、視線による会話を交わします。
『姉さん! なんのつもり!?』
『言わなくても、分かりますよね? 自分の軽率さを恨みなさい!』
傍観者の弟も、巻き添えにしてやります。私を怒らせるのが悪いんですよ。
兄弟の力関係でいえば、一番上の私が一番強いです。二番目である弟は、私に頭があがりません。
ミケは腹を決めたのか、渋々小芝居に参加してきました。
「う……その……久しぶり……見てた……とっても可愛いかったよ」
「ありがとうございます。お芝居の方は、どうでした? 初めて、歌劇の主役をやらせてもらえたんです♪」
「初めて?」
「はい。おじい様が、私の初主演は『雪の恋歌』それも、北地方でなければ絶対に認めないと言いましたの。
旅の間、今日という日が来ることを、ずっと楽しみに待っていました♪」
ここで、無邪気な笑みを浮かべましょう。末っ子のエルが浮かべるような、満面の微笑みを。
弟は言葉につまると、前髪をかきあげて、素顔をあらわにしました。息をのむ仕草をすると、私を凝視します。
何か言葉をかけたいが、うまく言えない。そのような表情になりました。
「騎士のお兄様?」
私が小首をかしげつつ、弟を見下ろすと、弟は感極まった表情を作りましたよ。
「アンジェちゃん! ありがとう、本当にありがとう! ずっと会いたかったよ!」
声を上ずらせながら、弟は席から立ち上がり、私を抱きしめました。
観客席が、どよめく気配を感じるので、さっさと皆さんの方向を向きました。
「お楽しみいただけましたか? これが、うちの両親の再会の場面になります」
「おお! 父上の嬉しさが、とても伝わってきたぞ!」
「とっさに、感動的な場面を再現できるなんて、素晴らしいですね」
弟は私が話しだしたので、すぐに手を離しましたよ。
レオ様も、ライ様も心を動かされたのか、拍手をくださいましたよ。
同級生たちも、「さすが、雪花旅一座の血筋」と、褒めてくれますし、小芝居成功ですかね。
「よし、アンジェ。続きを見せてくれ」
「えっ?」
「あんな所で終わるつもりか!? 続きがどうなるか、ものすごく気になるぞ!」
「私も同感です。続きを演じれるのは、子供であるアンジェとミケにしかできませんよね?」
無茶振りしましたよ、王子様たち。完全に、キラキラした瞳の観客になってますね。
できなくもないですけど。面倒くさいです。
私は、ちゃちゃっと話し終えて、帰りたいのに。
「……ミケ、ああ言ってますけど?」
「続きやろうか。お父さんとお母さんの感動を伝えられるのは、子供の僕たちだけだもんね」
弟は、やる気になりましたか……。再び前髪をかき上げ、素顔を見せながら、いたずらっ子の顔になります。
なんだかんだで、ノリが良い性格ですからね。この辺りは、母から受け継いだんだと思いますよ。
「はいはい、続きですね。王子様のお心のままに」
やれやれですよ。演技続行しなければ、王宮に帰れない雰囲気ですから、頑張りましょうか。
私は驚いた顔になり、父の役をしている弟を見上げました。
「騎士のお兄様? お礼をいってくださるほど、感動されたのですか?」
「……アンジェちゃん、二年前の約束、覚えてる?」
「約束?」
「愛しき姫。我が愛は、すべて君に捧げるって」
ここで、ハッとした表情を作ります。
父役の弟を突き飛ばし、あとずさって距離を取りました。
「……ごめんなさい!」
「どうして!? 僕に会うために、来てくれたんじゃ!」
ここで背中を向けます。父役の弟から離れなければなりません。
当時の母は、父から逃げようとしましたからね。
「待って!」
「離してください!」
「聞いて! 君に再会したら、告げたい言葉があったんだ!」
弟は一歩踏み込み、私の手を掴みました。もう一方の手を回して、力強く抱きしめます。
暴れる私に向かって、雪の恋歌で有名な台詞を、弟は叫びました。
「僕は君に恋をしてしまった。この思いは止められない、君を愛してる!」
私の左肩に顔をうずめながら、弟は耳元でささやき続けます。
「お願いだから逃げないで。僕は君を守るために、騎士になったんだ。
僕は春の国の王家の血と、ラミーロの名に賭けて誓うよ。
雪の天使、アンジェリークを一生守り、愛し続けると」
私は抵抗を止め、うわ言のように、呟きました。
父のささやきを聞いたとき、母は心を揺さぶられたそうです。
「……春の国の王家? ラミーロ王子様?」
「うん。僕はラミーロ。偉大なる善良王の子孫、ラミーロ。
と言っても、母さんが善良王の直系と言うだけで、父さんは農家の子孫だよ。
王子には程遠い、ラミーロ。幻滅した?」
観客席から見えるように、ゆっくりと首を巡らせます。左肩に顔をうずめている弟に視線を向けました。
右手を伸ばして、父役の弟の髪にふれます。
「……ラミーロ……騎士のお兄様は、私の王子様?」
「そうだよ。僕は君だけの騎士。我が姫にまた会える日を、ずっと待っていた」
弟は顔を上げて、私を見ました。
父譲りのつり目が、前髪の奥から見栄隠れしています。
「僕の愛を受け入れてくれる? 僕だけの天使、アンジェリーク」
ここで、目に涙を浮かべましょう。
父の告白を受けて、感極まった母は泣いたそうですからね。
「……はい。ラミーロ王子様」
一呼吸おいて、小さく返事をしました。観客席に届くような声音で。
泣きながら、目を閉じて、弟に身を委ねました。
しばらくそうしていると、あちこちからパラパラと拍手が聞こえ始めました。
一気に爆発するような音に変わります。
そろそろ演技を終えても良さそうですね。
涙をぬぐって、目を開けました。弟の頭をかるくたたき、手を離すように合図します。
顔を上げて背筋を伸ばした弟は、観客席に向き直りました。
私に向かって右手を伸ばしてくれたので、私は左手を重ねます。
二人で歌劇の後のように、揃って頭を下げて閉幕の挨拶をしました。
観客と化している同級生たちに、軽く手をふって答えながら、席に戻りました。
ミケは、得意気な表情を浮かべていましたよ。納得のいく演技ができたようですね。
「本当に素晴らしい! 二人が心通わせる最後は、感動したぞ!」
「なんと言っても、ラミーロとアンジェリークですからね。『現代の雪の恋歌』で、歌劇化できそうですよ」
「……今は難しいですね。舞台を見れば、母が悲しむと思います。父を深く愛していましたから」
レオ様とライ様のことばに、あいまいな笑みを浮かべて返事しました。
母は自分のことに関しては、恥ずかしがり屋なので、父との恋話をあまりしてくれませんでした。
恥ずかしがり屋に加えて、言葉にすれば悲しみが押し寄せるとも、口をつぐむ理由だと、今では思っています。
「……そうか。両親は、赤い糸で結ばれた、運命の恋人同士だったもんな」
「……あの美しい母上が悲しむ姿は、見たくありません。私の言葉は忘れてください」
ロマンチストなレオ様は、眉を寄せると、口を結びました。
ライ様も顔を横にふって、意見を引っ込めます。
「しかし、父上の告白の途中で、母上が逃げようとしたのは何でだろうな。
あんな情熱的な告白なら、嬉しいと思うんだが」
「レオ、恋の駆け引きとしては、失敗する言葉ですね。押しの一手で、女性を口説けると思わないことです。
あの頃の母上は、恋に恋する少女の年齢ですよ? 実際に告白されたら、戸惑うと思わないんですか?」
「はあ? 告白されて、なんで戸惑うんだ? 運命の相手と巡り会えたら、舞い上がるはずだ」
「……まあ、アンジェの母上は、雪の天使です。雪の天使ですからね。戸惑いも、ひとしおでしょう」
ライ様は困った顔になって、レオ様を見ました。「雪の天使」を何度も連発します。
腕組みして、悩むレオ様。しばらくして、何かに気づいたようです。
「あ! アンジェの母上は『雪の天使』、北の侯爵の血を持つもんな!
古風な北地方の風習を、おばあ様から教えられて育てば、突然の愛の告白に戸惑って当然か」
「……だそうですよ、アンジェ」
「おまけに、母は歌劇団育ちです。歌劇のようなことが現実に起こるなんて、思っていなかったんでしょう」
肩をすくめながら、私を見てくるライ様。何度か緑の瞳を瞬きさせて、合図を送ってきました。
検討外れのレオ様の答えに、あきれているようですね。
仕方ないので、ライ様に調子を合わせておきましたよ。
一般的な「雪の天使」は、北地方の美男美女や、雪の恋歌の主人公を指します。
ロマンチストのレオ様は、この意味合いで、とらえたようでした。
春の国の王族や、国王の腹心だけが知る、雪の天使のもう一つの意味は、「雪の国の分家王族」です。
王位継承権第三位のライ様は、こっちの意味で言ったんですけどね。
父と再会した頃の母は、自分が雪の国の分家王族だと知っていました。
王女である自分の婚約者が決まって、雪の国へ会いに行く途中だと思っていたのだと。
だから、父の愛の告白に驚き、逃げようとしたそうです。
母は、ぼやいていましたよ。
まさか、自分の婚約者候補が、春の国の王家の血筋とは思わなかった。
しかも、小さな頃から知っている、騎士のお兄様だなんて。
……母を驚かせようとして、婚約者候補の父の存在を黙っていた、雪花旅一座のおじい様たちの悪巧みは、成功したわけですね。




