表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

90/177

90話 父の愛の告白に、母は泣きました

 うちの両親のなれそめ話は続きます。

 十四才になった父は、旅一座の娘である母と、二年ぶりに北の侯爵領地で再会した所からですね。


「雪花旅一座の侯爵領地公演で、父が目にしたのは、歌劇の主役を演じる初恋相手でした。

母の演技は、本当に天使が舞い降りたみたいだった。歌声は天国にいるような気分になったと、父はことあるごとに熱く語っていましたね」

「それは納得できる。お前の母上の歌声は、素晴らしい。唯一無二の存在だ!

あれほど高く澄んだ美しい声は、王都の歌劇団でも、なかなか聞けないぞ」


 私の話の途中で割り込んできたのは、王太子のレオナール王子です。

 歌劇観賞が趣味の王子様は、機会を見つけては、うちの母に歌をせがみますからね。

 うちの母の子役時代から大ファンである、先代国王夫妻の影響を強く受けているのかもしれません。


「どんな舞台だったのか、気になる! 僕がもっと早く生まれていれば、アンジェの母上の全盛期の舞台を見られただろうに……本当に残念だ」

「……レオ、復活しましたね。あなたは趣味の話になると、熱くなりますから」


 ぼそりとレオ様に突っ込みを入れたのは、いとこのラインハルト王子です。

 ついさっきまで、レオ様の浮気性を私が指摘したことで、落ち込んでいたんですけどね。

 もう歌劇の方に意識がむいています。切り替えの早さは、レオ様らしいですよ。


「いや、待てよ? 外見の予想はできるか。母上とそっくりな娘のアンジェが居るもんな」

「そうですね。アンジェたち姉妹は、子役時代の母上にうり二つだと、おじい様や王宮の古い使用人たちが言っていました」


 じぃっと、意味ありげに青い瞳を向けてくるレオ様と、緑の瞳で見つめるライ様。

 つられたように、教室中の同級生たちが、私を見てきました。


 ……ちょっと、何を期待しているんですか、皆さん。


「姉さん、なにかやってあげたら?」


 空気を察した弟のミケランジェロが、よけいな言葉をかけてきました。完全に傍観者の台詞です。

 自分だって母譲りの顔を持ってるくせに! 性別が違うから、他人事だと思っていますね!?


 仕方ありません。ちょっと小芝居をしましょうか。

 椅子から立ち上がり、視線を伏せ目がちにしながら、左手を軽く握り、口元近くに持っていきます。

 右手は背中に回して、隠しました。顔と体は弟の方へ向けます。

 観客席からは、恥ずかしがっているように見えることでしょう。

 この状態で話しかける相手は、弟です。


「騎士のお兄様、お久しぶりです! 公演をご覧になっていたんですか?」

「えっ!?」


 話しかけられた弟は、慌てました。前髪で隠した目で睨んできましたよ。

 私は父譲りの眼力を一瞬発揮して、視線による会話を交わします。


『姉さん! なんのつもり!?』

『言わなくても、分かりますよね? 自分の軽率さを恨みなさい!』


 傍観者の弟も、巻き添えにしてやります。私を怒らせるのが悪いんですよ。

 兄弟の力関係でいえば、一番上の私が一番強いです。二番目である弟は、私に頭があがりません。

 ミケは腹を決めたのか、渋々小芝居に参加してきました。


「う……その……久しぶり……見てた……とっても可愛いかったよ」

「ありがとうございます。お芝居の方は、どうでした? 初めて、歌劇の主役をやらせてもらえたんです♪」

「初めて?」

「はい。おじい様が、私の初主演は『雪の恋歌』それも、北地方でなければ絶対に認めないと言いましたの。

旅の間、今日という日が来ることを、ずっと楽しみに待っていました♪」


 ここで、無邪気な笑みを浮かべましょう。末っ子のエルが浮かべるような、満面の微笑みを。

 弟は言葉につまると、前髪をかきあげて、素顔をあらわにしました。息をのむ仕草をすると、私を凝視します。

 何か言葉をかけたいが、うまく言えない。そのような表情になりました。


「騎士のお兄様?」


 私が小首をかしげつつ、弟を見下ろすと、弟は感極まった表情を作りましたよ。


「アンジェちゃん! ありがとう、本当にありがとう! ずっと会いたかったよ!」


 声を上ずらせながら、弟は席から立ち上がり、私を抱きしめました。

 観客席が、どよめく気配を感じるので、さっさと皆さんの方向を向きました。


「お楽しみいただけましたか? これが、うちの両親の再会の場面になります」

「おお! 父上の嬉しさが、とても伝わってきたぞ!」

「とっさに、感動的な場面を再現できるなんて、素晴らしいですね」


 弟は私が話しだしたので、すぐに手を離しましたよ。

 レオ様も、ライ様も心を動かされたのか、拍手をくださいましたよ。

 同級生たちも、「さすが、雪花旅一座の血筋」と、褒めてくれますし、小芝居成功ですかね。


「よし、アンジェ。続きを見せてくれ」

「えっ?」

「あんな所で終わるつもりか!? 続きがどうなるか、ものすごく気になるぞ!」

「私も同感です。続きを演じれるのは、子供であるアンジェとミケにしかできませんよね?」


 無茶振りしましたよ、王子様たち。完全に、キラキラした瞳の観客になってますね。


 できなくもないですけど。面倒くさいです。

 私は、ちゃちゃっと話し終えて、帰りたいのに。


「……ミケ、ああ言ってますけど?」

「続きやろうか。お父さんとお母さんの感動を伝えられるのは、子供の僕たちだけだもんね」


 弟は、やる気になりましたか……。再び前髪をかき上げ、素顔を見せながら、いたずらっ子の顔になります。

 なんだかんだで、ノリが良い性格ですからね。この辺りは、母から受け継いだんだと思いますよ。


「はいはい、続きですね。王子様のお心のままに」


 やれやれですよ。演技続行しなければ、王宮に帰れない雰囲気ですから、頑張りましょうか。

 私は驚いた顔になり、父の役をしている弟を見上げました。


「騎士のお兄様? お礼をいってくださるほど、感動されたのですか?」

「……アンジェちゃん、二年前の約束、覚えてる?」

「約束?」

「愛しき姫。我が愛は、すべて君に捧げるって」


 ここで、ハッとした表情を作ります。

 父役の弟を突き飛ばし、あとずさって距離を取りました。


「……ごめんなさい!」

「どうして!? 僕に会うために、来てくれたんじゃ!」


 ここで背中を向けます。父役の弟から離れなければなりません。

 当時の母は、父から逃げようとしましたからね。


「待って!」

「離してください!」

「聞いて! 君に再会したら、告げたい言葉があったんだ!」


 弟は一歩踏み込み、私の手を掴みました。もう一方の手を回して、力強く抱きしめます。

 暴れる私に向かって、雪の恋歌で有名な台詞を、弟は叫びました。


「僕は君に恋をしてしまった。この思いは止められない、君を愛してる!」


 私の左肩に顔をうずめながら、弟は耳元でささやき続けます。


「お願いだから逃げないで。僕は君を守るために、騎士になったんだ。

僕は春の国の王家の血と、ラミーロの名に賭けて誓うよ。

雪の天使、アンジェリークを一生守り、愛し続けると」


 私は抵抗を止め、うわ言のように、呟きました。

 父のささやきを聞いたとき、母は心を揺さぶられたそうです。


「……春の国の王家? ラミーロ王子様?」

「うん。僕はラミーロ。偉大なる善良王の子孫、ラミーロ。

と言っても、母さんが善良王の直系と言うだけで、父さんは農家の子孫だよ。

王子には程遠い、ラミーロ。幻滅した?」


 観客席から見えるように、ゆっくりと首を巡らせます。左肩に顔をうずめている弟に視線を向けました。

 右手を伸ばして、父役の弟の髪にふれます。


「……ラミーロ……騎士のお兄様は、私の王子様?」

「そうだよ。僕は君だけの騎士。我が姫にまた会える日を、ずっと待っていた」


 弟は顔を上げて、私を見ました。

 父譲りのつり目が、前髪の奥から見栄隠れしています。


「僕の愛を受け入れてくれる? 僕だけの天使、アンジェリーク」


 ここで、目に涙を浮かべましょう。

 父の告白を受けて、感極まった母は泣いたそうですからね。


「……はい。ラミーロ王子様」


 一呼吸おいて、小さく返事をしました。観客席に届くような声音で。

 泣きながら、目を閉じて、弟に身を委ねました。


 しばらくそうしていると、あちこちからパラパラと拍手が聞こえ始めました。

 一気に爆発するような音に変わります。


 そろそろ演技を終えても良さそうですね。

 涙をぬぐって、目を開けました。弟の頭をかるくたたき、手を離すように合図します。

 顔を上げて背筋を伸ばした弟は、観客席に向き直りました。

 私に向かって右手を伸ばしてくれたので、私は左手を重ねます。

 二人で歌劇の後のように、揃って頭を下げて閉幕の挨拶をしました。


 観客と化している同級生たちに、軽く手をふって答えながら、席に戻りました。

 ミケは、得意気な表情を浮かべていましたよ。納得のいく演技ができたようですね。


「本当に素晴らしい! 二人が心通わせる最後は、感動したぞ!」

「なんと言っても、ラミーロとアンジェリークですからね。『現代の雪の恋歌』で、歌劇化できそうですよ」

「……今は難しいですね。舞台を見れば、母が悲しむと思います。父を深く愛していましたから」


 レオ様とライ様のことばに、あいまいな笑みを浮かべて返事しました。

 母は自分のことに関しては、恥ずかしがり屋なので、父との恋話をあまりしてくれませんでした。

 恥ずかしがり屋に加えて、言葉にすれば悲しみが押し寄せるとも、口をつぐむ理由だと、今では思っています。


「……そうか。両親は、赤い糸で結ばれた、運命の恋人同士だったもんな」

「……あの美しい母上が悲しむ姿は、見たくありません。私の言葉は忘れてください」


 ロマンチストなレオ様は、眉を寄せると、口を結びました。

 ライ様も顔を横にふって、意見を引っ込めます。


「しかし、父上の告白の途中で、母上が逃げようとしたのは何でだろうな。

あんな情熱的な告白なら、嬉しいと思うんだが」

「レオ、恋の駆け引きとしては、失敗する言葉ですね。押しの一手で、女性を口説けると思わないことです。

あの頃の母上は、恋に恋する少女の年齢ですよ? 実際に告白されたら、戸惑うと思わないんですか?」

「はあ? 告白されて、なんで戸惑うんだ? 運命の相手と巡り会えたら、舞い上がるはずだ」

「……まあ、アンジェの母上は、雪の天使です。雪の天使ですからね。戸惑いも、ひとしおでしょう」


 ライ様は困った顔になって、レオ様を見ました。「雪の天使」を何度も連発します。

 腕組みして、悩むレオ様。しばらくして、何かに気づいたようです。


「あ! アンジェの母上は『雪の天使』、北の侯爵の血を持つもんな!

古風な北地方の風習を、おばあ様から教えられて育てば、突然の愛の告白に戸惑って当然か」

「……だそうですよ、アンジェ」

「おまけに、母は歌劇団育ちです。歌劇のようなことが現実に起こるなんて、思っていなかったんでしょう」


 肩をすくめながら、私を見てくるライ様。何度か緑の瞳を瞬きさせて、合図を送ってきました。

 検討外れのレオ様の答えに、あきれているようですね。

 仕方ないので、ライ様に調子を合わせておきましたよ。


 一般的な「雪の天使」は、北地方の美男美女や、雪の恋歌の主人公を指します。

 ロマンチストのレオ様は、この意味合いで、とらえたようでした。


 春の国の王族や、国王の腹心だけが知る、雪の天使のもう一つの意味は、「雪の国の分家王族」です。

 王位継承権第三位のライ様は、こっちの意味で言ったんですけどね。



 父と再会した頃の母は、自分が雪の国の分家王族だと知っていました。

 王女である自分の婚約者が決まって、雪の国へ会いに行く途中だと思っていたのだと。

 だから、父の愛の告白に驚き、逃げようとしたそうです。


 母は、ぼやいていましたよ。

 まさか、自分の婚約者候補が、春の国の王家の血筋とは思わなかった。

 しかも、小さな頃から知っている、騎士のお兄様だなんて。 


 ……母を驚かせようとして、婚約者候補の父の存在を黙っていた、雪花旅一座のおじい様たちの悪巧みは、成功したわけですね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ