83話 うちの家族は歌劇っぽいですか?
恋話が好きな同級生や上司のおかげで、王宮へ帰れません。
少なくとも、王太子のレオナール王子と、いとこのラインハルト王子が納得しなければ、帰宅の馬車は出して貰えないでしょう……。
「うちの両親の恋愛話を語るのは良いとして、何を聞きたいのですか?」
「そりゃ、もちろん……」
「全部などと、抽象的なことを言わないでくださいね。会話の内容に困りますので」
「うっ……」
上司のレオ様が嬉々として口を開きかけたので、先手を打ちました。
ロマンチストの意見をまともに聞いていたら、話が終わりませんよ。
「アンジェさんのご両親の馴れ初めは、いつですの?」
瞳を輝かせて、将来の王妃、筆頭候補のクレア嬢が尋ねてきました。
放課後のお茶会を開催するきっかけになった、一人ですね。
「なれそめは、うちの父が八才になったとき、北地方の侯爵家のお茶会に初参加するため、侯爵領地に行った時だそうです」
「あら、お父様のお茶会デビューですの。その場で、お母様に?」
「いいえ。母は平民ですよ?」
「あら、旅一座がお茶会に招かれて、歌劇を披露したのではありませんの? お茶会デビューですわよね?」
「……母は、まだ六才の子供でしたからね。若座長だった、当時の祖父が招かれたとしても、母は参加しませんよ。
貴族の御前で劇を披露する場合は、座員の実力を重視して派遣しますからね」
……価値観の違いを、実感しました。
生まれついての高位貴族、侯爵家のクレア嬢と、下位貴族の男爵令嬢として生まれた私の意識の違いを。
貴族の子供のお茶会デビューくらいで、自宅に歌劇団を呼ぶんですか!?
いくらすると思ってるんでしょうか。
旅一座出身の母を持つ私は、王族よりも、庶民的な価値観に近いですからね。
顔には出しませんでしたが、心の中は動揺していました。
確か……座長の祖父は、貴族の家へ一回出張すると、王立劇場で一回公演するのと同じくらいの稼ぎになると言っていましたよ?
うちの旅一座は、国内外で有名な歌劇団らしいので、他の歌劇団よりは相場が高いとは思いますけど……。それでも、法外な値段です。
「それでしたら、どうやって、お知り合いになりましたの?」
「雪花旅一座の巡業が北の侯爵領地で行われていて、領地に帰る前に父が舞台を見たのです」
「お母様が子役で出演していましたのね?」
「はい。まだ六才なので台詞はありませんけど、国王陛下役の祖父にくっついて、侍女見習い役として出演していたと聞いています」
私とクレア嬢の会話を聞いていた弟が、少しだけ口を挟みました。
クレア嬢の「歌劇団をお茶会に呼ぶ」発言のときに、机の下で私をつつきましたからね。弟も驚いたようです。
表情は、平常心そのものでしたけどね。母仕込みの演技力を発揮していますよ。
「六才だったら今のエルくらいかな、姉さん? エルは、お母さんの子役時代にそっくりって、先代国王陛下もおっしゃっていたし……」
「まあ、エルちゃんの外見ですの? ……もしかして、お父様は一目惚れですの?」
「はい、初恋だと言っていました」
「エルちゃん、お人形さんみたいに可愛い子ですもね……お父様の初恋も納得できますわ」
納得してくれて、何よりです。
そろそろ、帰宅できるでしようか?
「初恋の相手と結婚するなんて、夢物語みたいですわね♪
ご両親は、どのような、お付き合いをされましたの?」
……まだ帰れませんか。クレア嬢の親友で、放課後のお茶会のきっかけ、二人目が口を開きます。
王妃候補の一人である、東地方の辺境伯のご令嬢も、将来の王妃を目指していますからね。
いずれ、王妃の秘書官になる身としては、無視できません。
もう少し、話すべきでしょう。
「二人が付き合うまでには、十年以上の歳月を要しました。
何度も言いますが、父は貴族の男爵家の長男で、母は平民の旅一座の娘です。
幼き頃は、旅一座の子役と観客として会話ができても、結婚を考えるとなると話は別です。
貴族のご令嬢なら、ご理解できますよね?」
「ええ……貴族の殿方が平民をめとるとなると、側室ですわよね。
正室の貴婦人が、側室をいじめる歌劇は、数多く存在しますもの。お母様は苦労を……」
「期待を裏切るようで悪いですが、うちの母は正室です。
父は、母以外の妻は迎えていません」
「まあ、純愛を貫きましたの!? 本当に歌劇のような恋物語ですわね♪」
「身分を越えた、真の愛か。素晴らしい、素晴らしいぞ!
アンジェ、その辺りの話を、もっと詳しく聞かせてくれ!」
辺境伯のご令嬢だけでなく、ロマンチスト王子の心を、震わせてしまいましたか。拳を握りながら、レオ様は見てこられます。
これは、受け答えに失敗しましたかね。
弟が不思議そうな顔で、私を見てきましたよ。
「えーと、そんなに感動することなのかな?
男が好きな子を口説いて、妻に迎えるなんて、普通だと思うけど? 常識だよね、姉さん」
「うちの家族を見ていたら、普通だと思っていたのですが……王都の貴族の常識は違うようですよ」
「なんで!? 男は好きな子にアタックし続けて、相思相愛になり、結婚するもんだって、お父さんもおじい様も言ってたよ!」
……うちの弟は、今年の春に王都に来たばかりですからね。
田舎の常識と都会の常識の違いに、戸惑うことが多いようです。
かくゆう私も、一年前の春に王都に来たときは、王太子の婚約者ではなく、複数の婚約者「候補」の存在に戸惑いました。
「おい、この世間知らず! 恋愛結婚なんて、王侯貴族じゃ、夢物語なんだぞ!
僕の両親は、その夢物語を実現させたから、王都の貴族に理想の夫婦として語り継がれているんだからな!」
恋愛結婚に憧れながらも、恋人を得られていない王太子は、怒鳴りました。
なぜか女性運が悪い人ですからね。思わず、同情の視線で見てしまいましたよ。
「……いいですか、王族の妻と言うのは、恋愛感情だけでは決められません。国を代表する者としての美貌や知識が必要だからです。
美貌や知識以外にも、立ち振舞いや血筋など、数々の条件が必要なのですよ」
困った顔で助言をしてくださったのは、ラインハルト王子です。
ライ様も、婚約者が居ない王子ですからね。
弟は、一瞬、天井を見ました。その後、私の目を見つめてきます。
最近、少しだけしっかりしてきた眼差しは、父に似てきていました。
そんな弟と、会話による視線を交わしましたよ。
『……うちの妹たち、王族の花嫁になるけど、大丈夫だよね?』
『美貌と血筋は、クリアしています。立ち振舞いは、お母様のおかげですね。
知識はこれから身に付ければ、なんとかなるでしょう』
『……そっか。やっぱり、生まれつきのものばかりじゃなくて、身に付けるものもあるんだね。
二人に努力するように、僕も言い聞かせておくよ』
弟の視線による疑問は、姉として納得いきます。
上の妹は我が国の王家の分家へ、下の妹は北国の王家へ嫁ぐ予定ですからね。
王子から王族の花嫁の条件を聞けば、心配にもなるでしょう。
「おい、話がそれたぞ。早く、身分差の恋物語の続きを聞かせてくれ!」
ロマンチスト王子は、話が聞きたくてたまらないようです。
腕組みして不機嫌な顔になりながら、私たちを急かしましたよ。
「申し訳ありません。そんなに期待されるほどの話ではありませんけど。
えーと、父が母との結婚を意識し始めたのは、十二才の頃。出遅れた下位貴族の跡継ぎも、花嫁を考え始めるぐらいの年齢ですかね。
母も十才になって、『雪の恋歌』の主役を演じれるようになった頃です」
「もしかして、母上の演じる『雪の天使』を観賞して決意を? 最後の結婚式は、感動的ですからね」
「んー、どうなんでしょうね。最終幕を演じていたのは若座長夫婦、つまり母の両親ですからね。
ただ、母は祖母と似た外見となので、花嫁の舞台衣装を見た父が、未来を想像をしたのかもしれません」
なにげに、ライ様もノリノリで聞いてきます。男性も、恋話が好きなのでしょうか?
むしろ、自分の参考にしようとしているのかもしれませんね。
レオ様とライ様は、クレア嬢をめぐる恋のライバル同士ですから。
「殿下、お父さんは、お母さんに一途だったのは間違いないです。
うちの小さな男爵領地には、旅一座の巡業がなかなか来ないので、侯爵領地まで毎回見に行ったって言っていました。
侯爵領地は大きいので、必ず二年に一度、巡業でめぐって来ていましたから」
「侯爵領地に? 北地方はそこそこ広いですし、大きな領地も他にあるでしょう?」
「あー、北の侯爵領地は特別だったんですよ。うちの母の祖母は、侯爵当主の孫娘です。
侯爵領地の巡業は、母方の親戚に挨拶参りの意味合いがあったと」
「ああ、あなたの母方のひいおばあ様は、侯爵の分家の男爵令嬢でしたね。旅一座が、親戚に挨拶するのは、当然でしょう」
「あとの理由は、雪深い北地方は夏にしか巡業に行けないって、お母さんが言っていたかな?
避暑地として侯爵領地に訪れている貴族のために、公演するのも目的だったようです、殿下」
「……そう言えば子供のころ、雪花旅一座の熱狂的なファンのおじい様とおばあ様が、避暑中にお忍びで公演を見に行っていた記憶があるな。
僕も同行して、あれから歌劇が好きになったんだ」
交互に話す私と弟の合間に、のんきに頷くライ様と、懐かしそうな目になるレオ様。
王家の離宮は、北地方の侯爵領地にもあって、避暑のために訪れていたとお聞きしたことがあります。
なかなか進まない話に業を煮やしたのか、今度はクレア嬢が急かします。
「ライ様、レオ様、アンジェさんのご両親の続きを聞きましょう!」
「はいはい。クレア嬢の期待に応えますよ。
うちの父が旅一座の娘の母を伴侶に迎えたいと言ったとき、一悶着起きました。想像できますか?」
「そうですわね……きっと、お父様の両親が反対したんですわ! 身分差がありますもの」
「半分正解です。男爵家の跡取りが、平民を正室にはできないと。
『花嫁に欲しいなら、人生をかけて口説き落とせ! 貴族であることを捨てて、旅一座に入団しろ』と言ったようです」
「まあ……豪快なお父様ですわね?」
「祖父も、北地方の伯爵令嬢だった祖母を、人生をかけて口説き落として、花嫁にしましたからね」
「人生をかけて口説く? 不思議なお話しですわね」
クレア嬢は、ソバカスの目立つ顔を傾けました。青い瞳は、不思議そうな光に満ちています。
うちの弟も、祖父の武勇伝を思い出そうと、自然と眉を寄せていましたよ。
「おじい様の男気に惚れたって、おばあ様は、寝る前によく話してくれてたかな?
確か……おじい様は、恋敵と決闘をしたんだったよね」
「そうですね。負ければ、家督は弟に任せて、自分はその場で自害するつもりで挑んだと。
決闘の名乗り前に、相手にも同じ条件を突きつけて、自害の介添えを立会人に頼んだと言ってたはずですよ」
「介添えを頼まれた、ひいおじい様も、たまったもんじゃないよね。
農民の子孫の男爵家なのに、騎士に憧れて弟子入りした、おじい様らしいけどさ。
弟子入りした師匠の娘を花嫁にする辺りも、おじい様らしいよね」
「……命惜しさに、決闘を放棄した相手になど、おばあ様もついて行かないと思いますけど。私も、そんな軟弱な相手に、嫁ぎたくないです。
おばあ様に一途だったおじい様だから、二人は夫婦になったんだと思いますよ」
私と弟が幼い頃、祖母の話してくれた内容を思い出していると、レオ様が唸っていました。
「決闘によって結ばれた二人か……アンジェの家は、両親だけでなく、祖父母も歌劇みたいだな」
「えー、そうですか? 不戦勝ですよ? 歌劇なら、相手に勝利して結ばれます。
相変わらず、レオ様は、ロマンチストな思考をなさいますね」
「そうですよ、王太子様。騎士の家柄なら、決闘物語なんて、いくらでも聞ける内容だと思いますよ。
うちの祖父母なんて、普通ですよ。ありふれた話です」
私と弟が返事をすると、レオ様は微妙な顔をして、ライ様を見ました。
「……おい、ライ。価値観の違いって、恐ろしいと思わないか? 僕らと生きる世界が違うぞ」
「そうですね、レオ。歌劇のような家庭に育つと、歌劇のような世界が当たり前になるんですね」
「うーむ、祖父母ですら、これだ。両親の続きが気になる。
アンジェ、早く続きを聞かせてくれ!」
……残念。うちの祖父母の話だけでは、満足してくれませんか。
まだまだ、帰れそうにありませんね。
2017年12月6日追記
冬の寒さによる体調不良で、執筆が不安定です。そのため、しばらく不定期掲載になります。
病院で薬をもらったので、早めに復帰したいのですが、体調との兼ね合いになるので、気長にお待ち下さい。




