82話 はいはい、仕事しますよ
テスト最終日終了。夏の暑さは、異常だと思います。北国の使者も、暑さにまいっていましたけど。
三日前。北国の使者が王宮に到着しました。うちの家族は揃ってお出迎えしましたよ。私も王太子の秘書官ではなく、北地方の伯爵当主として。
末っ子のエルが、北国の王子と婚約しましたからね。将来の親戚として、そそのないように、きっちり正装しなければなりません。
……絶世の美女である母譲りの顔を持つ、私たち子供は、王宮の侍女たちに着せ替え人形にされながら、衣装を決めたのは、良き思い出です。
今日は、うちの母が使者殿と面会して、末っ子の婚約者の様子を聞いているはず。
そんなことを思いだしながら、帰宅の準備をしていたら、親友のクレア嬢と東地方の伯爵のご令嬢が話しかけてきましたよ。
「アンジェさん、少々お聞きしたいのですけれど」
「なんでしょうか?」
「アンジェさんが王妃候補に選出されていたって、本当ですの?」
「先日の特別授業のとき、王宮で侍女たちが噂しておりましたわ。
テスト期間中だったから、余計なことは考えないようにしましたけど。
テストが終われば、お互い影響はありませんわよね」
……なにゆえ、このような場所で尋ねますか? 周りに同級生たちが、たくさんいるのに。
これ、うまく切り抜けないと、えらい騒ぎになりますよ。分かってて、仕掛けてきたんでしょうけど。
「私も、詳しくは知らないのです。国王陛下が王妃候補に挙げて、王太子が拒否したと、レオナール様ご本人から、四日前にお聞きしたばかりなので」
「……国王様が推挙しましたの?」
「個人的には、北国の王家へ輿入れさせるつもりで、王妃教育を施すのが目的だったのだと思っています。今のうちの末っ子みたいに」
本気半分、建前半分です。
北国ではなく、ラインハルト王子の側室にする予定だったので、王妃候補にあげたのだろうと、推測しています。
「アンジェさんは、北国の王家に見初められたとき、レオナール様が反対されたから、エルちゃんが輿入れすることになったではありませんか!」
お二人とも、王妃候補ですからね。私と言う、思わぬ伏兵の出現に、手を打ちたいといったところでしょうか。
面倒くさいですね。徹底的に叩き伏せましょうか、親友のよしみで見逃してあげましょうか?
今後のこともありますし、悩みますね。
「あのですね。去年の今頃、血をはいて生死の境をさ迷い、見初められた直後だって倒れるような貴族令嬢を、他国の王家へ輿入れさせられると思いますか?
もしも、お二人が王妃だったらと仮定したとき、同じ状況になれば、どんな判断をなさいますか? 冷静に考えてください。
ヒントは、北国は我が国よりも寒く、夏でも王都の秋ほどの温度にしかならない生活環境です」
面倒なので、正攻法で行きましょう。
王妃候補の二人ですからね。王妃様の立場になって考えてもらうのが、一番手っ取り早そうです。
「わたくしが王妃様でしたら? ……あり得ませんわね。輿入れした体の弱いご令嬢が、過酷な環境に慣れずに、すぐに亡くなれば、外交問題になりますわよ。両国にいらぬ火種が生じますわ」
「正解です。さすが、知識の深さで王妃様に認められた、ご令嬢ですよ。
王族の花嫁に求められるのは、第一に跡継ぎを残すことです。東国はそれが顕著で、世嗣ぎを生んだ側室が正室になりますからね」
「ええ、その風習は存じておりますわ。東国から行商に来た商人が、『ようやく王子が生まれて王妃が決まった』と言っておりましたから」
先に答えたのは、伯爵家の娘。東国との国境を守る、辺境伯のご令嬢でした。
父君の手伝いをしているのか、国政に関する知識を、ある程度保有しています。辺境伯のご令嬢だけあり、国外の情報にも詳しいですよ。
「東国の? 私が帰国する前に、お世嗣ぎがお生まれになられて、王都中が幸せに包まれてましたけど。
ようやく一才のお誕生日を迎えて、正式な正室に決まりましたのね」
遅れて口を開いたのは、東地方のクレア侯爵令嬢です。
クレア嬢は、一年前まで、東国へ語学留学しておられましたからね。懐かしいのでしょう。
「わたくし、東国のあの文化は、現地で見て、とても驚きましたけど。王族に限らず、高貴な男性は、何人も側室を持たれておりますもの。
側室なんて、なりたくありませんわね。たった一人の妻を愛する男性に輿入れしたいですわ」
……およ? そこで「レオナール様に」と続けないんでしょうか。
クレア嬢は、将来の王妃、筆頭候補なのに。
まあ、今は聞き流しておきましょう。
王妃候補云々を蒸し返して、また絡まれたら面倒です。
少し話題が、それてきましたし、相づちをうっておきましょう。
「あー、それには共感しますね」
「……アンジェさんが、共感しますの? 現実主義ですのに?」
「ご自分の恋愛には、興味がないのでしょう?」
ちょっと、なんですか! 二人して、その反応は!
自分の恋愛に興味無いのは認めますけど、うちの両親は恋愛結婚なんですよ?
万年熱々夫婦を、幼い頃から毎日見てたら、結婚とはこんなものと、心に刷り込まれもしますよ。
「自分の恋愛に興味は、ありませんが、うちの両親は障害を乗り越えて、恋愛結婚したんですからね!
一人の妻を愛する男性の姿は、父が生きているときにずっと見ていました。
恋愛結婚の醍醐味も、その後の熱々の夫婦関係も、知っていますよ!」
啖呵を切ったとたん、二人は静まりました。じいっと、私を見てきます。
クレア嬢の瞳が輝いてきました。辺境伯のご令嬢は、にっこり笑います。
「ねぇ、アンジェさん。障害を乗り越えたって、ご両親はどのような恋愛をなさいましたの?」
「熱々のご夫婦って、どのような感じですの? お話しを聞きたいですわ♪」
あ、二人の恋愛スイッチを押してしまった。
恋に憧れる、年頃の女性たちですからね。恋話に興味がひかれたのでしょう。
かくゆう私も、恋話は好きですけどね。
「平民と男爵の恋愛ですよ? 高貴な貴族である、お二人にお聞かせするような内容でもありません」
「あら、身分を越えた恋なんて、これほど素敵な響きはありたせんわよ!」
「本当ですわ。まるで恋愛歌劇のよう、ぜひお聞きしたいですわね♪」
あー、なるほど。
貴族のご令嬢は、恋愛歌劇の内容に酔いしれる観客ですからね。興味をそそられるとは思います。
いやいや、冷静に分析している場合じゃありません!
早く逃げないと、長々と話しをさせられますよ。私は空腹なんです!
「えーと、また今度にしませんか? ほら、お互い、帰って食事をしないといけませんし」
「食事でしたら、家から取り寄せますわよ。
アンジェさんのご両親のお話しは、わたくしも聞きたいですわ」
「わたくし、新作の茶菓子を持ってきておりますの。執事を廊下に待たしておりますから、お茶会の準備をさせますわ。
これ、聞こえましたね? すぐに準備をしなさい」
「かしこまりました、お嬢様」
あれ? なんで、同級生のご令嬢たちが、集まって来ているんですか?
私たち三人の会話を、遠巻きに聞いていたはずですけど。
教室の机や椅子が勝手に動かされ、あれよ、あれよと言う間に、お茶会の会場に。
「アンジェさんは、そこに座って」
親友の一人である、王妃の側近候補の豪商のご令嬢が、いつの間にか指揮をとっていますし。
教室の入り口を塞がれた私は、完全に逃げ場を失っておりました。
「さあ、聞かせてくださいませ!」
……同級生のご令嬢たち、全員が集まっていませんか?
ご子息たちも、さりげなくお茶会に混ざっていますよ。男性も、恋話好きなんですか?
平民の生徒も、貴族の後ろの方で固まってお茶のごちそうになっていますし。ちゃっかりしていますね。
「あのですね。さっきも言ったとおり、人の心を惹き付けるような話ではありませんよ。単なる平民と男爵の恋愛なんですから」
「それこそ聞きたいですわ!」
お願いです。唱和して、訴えないでください。
そのキラキラした眼差しを向けらないでください。
私の両親のつまらない話を聞かせて、ガッカリさせる未来が見えていますのに。
誰か、助けてくれませんかね。うちの弟でも……いや、一緒に話させられる気がします。
あと頼れるのは、一緒に帰る予定の王子たち。
王太子のレオナール王子は、ロマンチストなので論外。
ラインハルト王子ならば、助けれくれるはず!
「おい、アンジェ。帰るぞ」
「そろそろ、迎えの馬車が来ますよ」
「姉さん、なにやってるの? もう帰るのに」
来た! 天の助け!
「いや、うちの両親の恋愛話を聞きたいと、皆さんがおっしゃいまして。
王宮に帰るのなら、また今度ですよね?」
「おお、あの奇跡の恋愛か! お前の両親の話を聞いたから、父上も母上を正室にしようと決意したらしい。赤い糸で繋がった、運命の恋人を選んだんだ」
「おじい様が、アンジェの両親の結婚式の仲人でしたね。歌劇のような結婚式の内容を聞いて、うちの父上も結婚する気になったんですよね。
レオの父上が愛する娘を妻に選んでくれなかったら、私の母上がレオの母上になっていたかもしれません。
運命というのは、どこで繋がっているか分かりませんよ」
あれ? これ、まずいパターン?
頼みのラインハルト王子が、感慨深げに目を閉じて、頷いていますよ。
「アンジェ、僕も聞きたい。帰るのは遅らせて、聞くぞ!」
「息子のあなたも、ご両親の話を知っていますよね? アンジェの不足部分を補ってください」
「はい、殿下の仰せのままに」
……望みは潰えた。弟は、私の徒なりに腰をおろしました。
王子は二人とも、クレア嬢の近くに座りましたし。話が終わるまでは、テコでも動かないですね。
あー、すっかり忘れていましたよ。クレア嬢をめぐって、三角関係になっていますもんね。
恋愛話を聞いた直後の男女は、仲人しやすいって、仲人王子のレオナール様は言っていましたもんね。
うちの両親の恋愛話は、乙女の恋心をあおる、格好の材料のようです。
はいはい、王太子の秘書官として、上司の恋を応援する仕事をしますよ。




