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74話 星空の下で、赤面しました

 王太子の私室に連れてこられた私は、テラスでお茶を入れておりました。

 私の上司、レオナール王子は、思い付きで命令をする常習犯ですからね。

 またかと言う気持ちになっていましたよ。


「レオ様、お話は終わりでしょうか? そのお茶を飲み終わったら退室しますので、早く飲んで下さい」

「情緒のかけらも無いやつだな。こんなに綺麗な夜空なのに、もう少し見ていたいと思わないのか?」

「星空が綺麗なのは認めますけど、時間帯を考えてください。明日からテストなんですよ? お互い早起きして、テスト勉学をしなければならないでしょう」


 仏頂面のレオ様と、ジト目の私の視線が火花を散らします。

 ロマンチストと現実主義者の意見がぶつかり合うと、いつも平行線を辿りますからね。


「お前、普段は自分の意見を押し殺して、我慢するくせに……。なんでこんなときだけ、自己主張するんだ?

婚約者候補のやつらとは、こんなことをして過ごせないから、たまにはのんびりしたいのに!」

「なにが、『たまには』ですか。舞踏会の時に、いつも婚約者候補の方々と、テラスで夜空を見上げてらっしゃるでしょう」

「あのときは、正装をしているだろう? しかも、舞踏会と言う、きちんとした会場だぞ。気合いを入れている。

今は、気楽な寝間着で、しかも僕の部屋だ。息抜きしてるんだ!」

「……それもそうですね。失礼しました」


 レオ様の言い分に納得しました。くつろいでるときに、お説教をされたくないですよね。

 私は邪魔をしてはいけませんので、退室しましょうか。


「では、私はそろそろ眠たいので、自室へ戻ります」

「え? 僕の話を聞いていたのか?」

「はい。息抜きをしたいんですよね? 邪魔はしませんので、どうぞ心行くまで星空をご覧になってから、お休みくださいませ。

私は早朝のテスト勉強をしますので、お先に失礼します」


 私は夜更かしせずに、寝ることにしましょう。明日からテスト期間に入りますし、早朝に起きて、テスト勉強しませんとね。


 椅子から立ち上がり、一礼をしたあと、レオ様の脇を通り抜けようとしました。


「お前、付き合いが悪いぞ! こんな素敵な夜に、一人ぼっちでお茶を飲むのが寂しいから誘ったのに……気を利かせろよ!」


 レオ様は怒鳴りながら、手を伸ばして、私の腕を掴みました。

 部屋に連れてきて来たときのように、力を込めて引っ張ります。

 当然のごとく、私はバランスを崩しましたよ。レオ様の方に倒れかかります。


「捕まえた、逃がさないぞ♪」

「なにするんですか!? 危ないでしょう!」


  倒れてきた私を、両手で抱きしめるレオ様。楽しげな声で笑う相手を、つい睨んでしまいましたよ。


「そんなに怒るな。ほら、これで機嫌を直せ」


 急に顎を持ち上げられ、視界が動かされました。いたずらっ子の笑顔になったレオ様が見えます。

 そのあと、レオ様は目を閉じ、私の顔に近づいて来ました。すぐに離れます。


「どうだ、直ったか? 頬に口づけてやったんだぞ」


 レオ様が頬に口づけされた? ……え? えー!?


 ……突発的過ぎて、なにも対処できませんでした。理解した私の時間が止まります。

 ただ、顔に血がのぼるのだけは、理解しました。


「婚約者候補たちも、これで機嫌が直るんだから、お前も……おい、アンジェ? なんで、赤くなるんだ?」


 レオ様の声が聞こえますが、何を言ってるのか分かりません。

 驚きすぎて、体から力が抜けたようです。ズルズルと視界が下がって行きました。


「おい? ちょっと待て、腰が抜けたのか? おい、アンジェリーク!」


 なんとなく、レオ様の声が焦っている様子です。

 何を言ってるのか、やっぱり理解できませんけど。


「おい、おいってば! えーと……あ、椅子に運んでやるから、じっとしてろ!」


 急に視界が揺れて、体がふわふわした感覚に包まれました。

 ふわふわ、ふわふわです。


「アンジェ、ソファーに座るぞ、分かるか? 手を離すからな」


 ふわふわが終わると、体が倒れる感覚がしました。


「げっ、まだ腰が抜けてるのか? 仕方ないな、ちょっと体を支えるぞ。隣に座るからな。

ぼ、僕が悪いわけじゃないぞ。腰を抜かしたアンジェが悪いんだからな!

……と言っても、心、ここにあらずか。参ったな」


 倒れた感じがしていた体が、また動きました。視界が揺れていないので、どこかに落ち着いたようです。


「おい、気付けの水を持ってきてくれ、アンジェに飲ませる」

「王子、この状態で水を飲ませるのですか? ムセるような気がしますが」

「む? それもそうだな……仕方ない、気が付くまで、しばらく待つか」


 誰かの声が聞こえます。誰か分かりませんけど。

 何となく、肩や背中の方が暖かいですね。


「……それにしても、あれぐらいで、真っ赤になったり、腰を抜かしたりするか?

僕は、いつものように、やったただけだぞ。お前は、どう思う?」

「どう……と申されましても、アンジェリーク秘書官は、この状態ですからね。

秘書官にとっては、王子のご行為が、刺激的過ぎたとしか思えません」

「刺激的と言っても、普段通りだぞ? なんでだ?」

「さあ……自分にはなんとも」

「うーむ……そうか。こいつは、純真無垢なお子様だったのか!

さっきも、あの言葉を知らんかったし、それならば合点がいく」


 ……あ、少し思考回路が戻って来ました。

 えっと、どんな状況なのでしょうか? 全然分かりませんね。耳を澄ませると、レオ様の声が聞こえましたよ。


「なるほどなぁ。恋の駆け引きを知らない、純真無垢な女は、こんな反応をするのか。

いつも気丈なアンジェが、こんな風になるなんてな。斬新だぞ」


 ちょっと、レオ様! 何をしてるんですか?

 いきなり顎を捕まれ、無理矢理動かされました。レオ様のお顔が見えます。


「ふーん……ずいぶんと、可愛い一面があるじゃないか」

「レオ様、お戯れが過ぎますよ! ……と言うか、なんで、こんな風になってるんですか!?」

「おお、やっと気がついたか! ハラハラさせないでくれ。

お前が僕の知らない一面を見せたから、こんな風になったんだ。気にするな」


 この腹黒王子! 嘘つき、嘘つき!

 口には出さず、心の中で悪態をつきましたよ!


 私は恥ずかしくなると思考停止して動け無くなることを、レオ様は、とっくに知っております。

 知っていた上で、偶然を装って、頬に口づけたんですよ!


 こんな大勢の前で実行するなんて、きっと何か、企んでいます。

 ……それが、何かは、まだ検討がつきませんけど。きっと、ろくでもないことですよ。


「このまま意識が戻らなかったら、僕の部屋に泊めないといけない所だったんだ。寝間着姿のお前を泊めたら、さすがに言い訳しにくいから焦ったぞ!」

「言い訳? 私がこの姿でレオ様の部屋に泊まると、何か問題が起こるのですか?」

「いや、その……真顔でそんな反応をされると、僕も返答に困る。

……うーむ、お子様のお前を見ていたら、本当に将来が心配で堪らなくなるぞ」


 思わず、小首を傾げてしまいました。

 レオ様は、どうして、このような話をなさるのでしょうか。

 将来の心配をしてくれなくても、私はしっかり者だから、平気ですよ?


「……アンジェ、無防備にそんな表情をするな。不意討ちでやられると、エルみたいにかわいくて、理性が吹き飛びそうになる」

「どうして、私が首を傾げただけで、理性が吹き飛ぶんですか?」

「……逆に聞くが、僕の理性が無くなったら、どうなると思ってるんだ?

「もしも理性を失われたら…? えーと、歌劇みたいに駆け落ちするなんて、言いだす?」

「……駆け落ちか。お前となら、悪く無いかもしれん」

「もう、レオ様! 私をからかうのは、いい加減にしてください!

あなたは王太子なんですから。冗談でも、駆け落ちして職務放棄するなんて、絶対に言ってはなりません!」

「あー、うん。分かってる、分かってるから、怒鳴るな。……しかし、怒った顔も可愛いな」

「怒鳴るのは、秘書官として、苦言を申し上げてるからです!」



 現在のレオ様は、まともに私の言うことを聞いてくれそうにないので、怒ってこらしめておきましょう。

 私が父譲りの眼力を発揮して苦言を言えば、レオ様はいつも嫌そうな顔になりながらも、一応話を聞いてくれますから。


「きちんと話を聞いて下さい!」

「聞いてる、聞いてる。心配するな」


 本当に聞いてるんですか?

 眼力を発揮したままジト目になって、レオ様を凝視しましたよ。


「そんなに見つめてくるな。お前の青い瞳に、惹き付けられてしまうだろう?」

「何、世迷いごとをおっしゃるんですか!」

「うーむ、上目遣いも、エルそっくりで可愛いな。お前はエルの姉だもんな、当然か。

……エルが大きくなれば、お前みたいになって、さらに成長すれば、お前の母上のようになるのか。あの絶世の美女の母上のように……うーむ、ロマンだな」

「ロマン? 何がロマンなんですか? レオ様ってば!」


 レオ様は、ご自分の妄想の世界に、浸ってしまわれたようです

 ぼんやりとした表情の相手に送る感情は、「あきれ」しかありませんよ。

 私はむくれた表情のままで、レオ様の意識が現実世界に戻ってくるのを待ちました。


「はっ! いかん、いかん! 意外な一面を見たからと言って、一時の感情に引きずられてはいかんぞ!

こいつは、僕の秘書官。王妃候補ではなく、王妃の側近候補なんだ。どうやっても、嫁にするわけはいかない」


 およ? 思ったより早く、戻って来ましたね。


 ……私を王妃候補ではなく、側近候補として、きちんと認識しているようです。

 おそらく今日の昼間に、父君である国王陛下から、私を側室にすることは諦めるように言われたのでしょう。


 ようやく、将来の王妃になる、クレア嬢に意識を向けるつもりになったんですね。良きことです。


 ……良きこと? 再び心がざわつきました。


 良きこと……のはずです。この国の将来のためなんですから。


「おい、アンジェ。強気な性格と口うるささに隠れがちだが、お前は母親似の美少女なんだ。

もう少し、言動に気をつけろ。僕は、お前の意外な一面を知ってしまったからな。

普段とのギャップがありすぎて、ふっとした瞬間の破壊力が半端ないぞ!」

「ギャップなんて言われても、私は私ですよ? いつも通りです!」

「あー、うん。その憎まれ口の叩き方は、いつも通りなんだが、その母譲りの顔がな」

「顔は関係無いですよね? 外見よりも、内面を見るように、常々申し上げていますよ!」

「……その内面を見たから、問題が起こってるんだ。お前は、理解してないようだが」

「理解云々より、そろそろ顎の手を離して下さい。なんで、肩も持ってるんですか!」

「……成り行きだ、成り行き。腰を抜かしたお前を支えるためだ。深い意味は無いから、安心しろ」


 ソファーに座って私の隣に座っていたレオ様は、ようやく気付かれたようです。

 口元をへの字にしながら、私の顎や肩から、手を離してくれましたよ。


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