73話 寝る前に、悪巧みのお茶会です
七月三連休の最終日。寝る前だった私は、王太子のレオナール王子の部屋に、連れてこられました。
私を強制連行したレオ様は、豪華な外出着から、動きやすそうな寝間着に着替えておられます。
応接間のソファーで待たしていた私の右手を取り、テラスへ移動されました。
「アンジェ、空を見てみろ。星が綺麗だろう? 僕は夏の間は、寝る前のお茶をここで飲むんだ」
言われるまま、見上げると、三日月と星々が輝いていました。思わず、微笑みがこぼれます。
「ロマンチストなレオ様らしい、お茶の飲み方ですね。素敵だと思いますよ」
「……気に入ってくれたようで、なによりだ。ほら、そこに腰かけろ」
口ではなんだかんだと言いながらも、きっちりと私をエスコートして、椅子に座らせてくれます。
この辺りは、さすが王子様ですよ。ご自分が着席したあとは、いつも通りでしたけどね。
「アンジェ、お茶を入れてくれ。僕がお前の部屋に行ってる間に、お湯はわいたはずだ」
「ここに来る前に、秘書官の仕事をしろとおっしゃったのは、お茶を入れろという意味だったんですね?」
「まあな。お前が、僕の秘書官の業務を停止してから、執務室でお茶を入れるのは、新しい秘書官の仕事になってしまった。
仕方ないとはいえ、執務室内で男ばっかりでお茶会をしても、虚しくなる時がある。僕だって男だぞ、たまには女の入れてくれたお茶が飲みたい!」
「室内に控えている、侍女の方々に頼めばいいじゃないですか? それに今日だって、王妃教育を受けるご令嬢たちと、お茶を飲まれたでしょう」
「侍女は、お茶会の輪の中には、入らんぞ。婚約者候補の女とは、気楽に飲めんし。
こうやって、気楽に飲める女なんて、秘書官のお前くらいだ。王太子の秘書官なら、僕の微妙な男心を察してくれ」
「レオ様の男心なんて、秘書官の私にもわかりませんよ! 性別の差異による感覚の違いは、永遠の課題なんですから」
「その感覚の違いを楽しみながら埋めていくのが、恋愛だ。お子様のお前には、まだ分からんだろうがな」
「別に恋愛なんて、興味ありませんから。知らなくても、問題ありません」
「ふっ……お前を嫁にする男は、大変苦労しそうだな。同情するぞ」
小馬鹿にした笑みを浮かべる、レオ様。失礼な王子に、すねた顔を向けましたよ。無愛想を装って、お茶を入れる準備をします。
さりとて、自分に関する恋愛関係の話は、苦手分野です。話題転換しました。
「東のお茶では無いんですね? 最近のお気に入りでしょうに。
まあ、心安らぐ薬草茶が、寝る前には向いていましょう。一年前も、私の部屋で、よく飲んでおられましたよね」
「お前、僕の古傷をえぐって楽しいか?
あの頃は、お前が血を吐いて療養生活になったせいで、王妃教育やら、なんやらが滅茶苦茶になった頃だ。
見舞いがてらにお前に愚痴ろうと思って、部屋へ行ってただけだ。心安らぐお茶くらい飲まんと、やってられなかった」
「あはは……失礼しました」
……話題転換に、失敗しましたよ。私でも、失敗することはあります。
お茶を蒸らす間、無言の時間が流れました。沈黙が重いです。
重い雰囲気をまとったまま、ティーカップに薬草茶をお入れして、レオ様にお出ししました。
仏頂面になったレオ様は、私の入れたお茶を一気に飲み干しましす。
無言でティーカップを差し出し、おかわりの催促を。私は、無表情になって、お茶を注ぎました。
私たちの周囲にいる使用人や近衛兵たちは、ハラハラしながら、様子を伺っているようですね。
二杯めを途中まで飲んだレオ様は、仏頂面を少しやわらげました。青い瞳が、私を見詰めてきます。
「……まあ、あのときは、気の強いお前が、本当は繊細な性格だと知って驚いたな。
あのまま仕事を続けていさせたら、今頃、お前は父上の後を追って、天国に行ってただろう」
「そうらしいですね。と言うか、レストランで去年も、今年も、血をはいたと言いましたよね? 今年は、吐いていませんよ」
「……おい、お前が北国の王家に見初められたとき、倒れただろう?
医者伯爵によると、血を吐く寸前まで行ったらしいぞ。去年と、あんまり変わらん」
「あはは……」
「その辺りの事情もあって、お前の嫁入りを止めさせたんだ。
本当なら、父上の国王権限で強制的に輿入れさせることも、できたんだからな。嫁入りに反対した、僕に感謝しろよ」
「もちろん、心から感謝しておりますよ。『大切な親友を泣かせるわけには、いかない』と言う、心強いお言葉をいただきましたから」
これは本心です。レオ様が反対して下さったから、のんびりと今の生活を続けていられるんですよ。
弟妹たちの婚約と結婚も、見届けられそうですしね。
「……そうだな。僕らは親友だ」
意味深に、ゆっくりと言葉を紡ぐレオ様。ティーカップに残っていたお茶を、一気に飲み干します。
空っぽになったカップに視線を落としながら、続きを語りだしました。
「親友だからこそ、僕に協力して欲しい」
「……なにを、やらせるつもりですか?」
くつろいだ表情から、真剣な顔つきになられました。視線を上げると、身を乗り出します。
一体、私に何を頼む、おつもりなんでしょうか。
「明日からテスト期間に入るだろう? 僕は親友たちを連れて、午後は、四人で東の侯爵家に毎日出かける予定だ。そこでテスト勉強をしてくる。
侯爵家には、東の辺境伯の娘も来る予定だ。だから、それに関する手伝いをしてくれ」
東の侯爵家に行かれる? 毎日、レオ様が?
……心がざわつきました。
なぜか、よく分かりませんが。
すぐに返事ができません。言葉が出てきませんよ。
「おい、アンジェ、聞いてるのか?」
「……申し訳ありません。お土産の手配で宜しいでしょうか? お二人の好みは把握しておりますので」
「うむ。お前は、察しが良いから助かる」
レオ様は喜んでいますので、この返答で良いのでしょう。なにも、間違っていません。
……心のざわめきを、奥底に押しやりました。
今日の私は、疲れているようですね。早めに寝た方が良さそうです。
「それから、護衛の近衛兵は、王妃の側近候補の女騎士を一人連れていく。その辺も考慮してくれると、嬉しいぞ」
「婚約者の騎士団長の子息殿と、堂々と合わせてあげる予定ですか。
年下の夫が、将来のために勉強に打ち込む姿を見せれば、安心されると思いますよ。
子爵家の子息殿は、どうするつもりですか? ついに仲人をされるのですか?」
「いや……将来、外交の中心になるあいつの嫁は、なかなか難しい。それに、あの底抜けに明るい性格に釣り合う女は、心当たりがなさすぎて悩んでいる途中だ。
だから、親友には、僕の将来のために、今は学業優先で頑張ってもらう」
なるほど。レオ様が気軽に異国の言葉を教えてくれるように頼めるのは、ライ様と親友のお二人しか居ませんもんね。
東の辺境伯のご令嬢は、クレア侯爵令嬢に比べると、語学力が乏しいです。
「お前と首位争いをしているクレアは、何も心配はいらないんだが、辺境伯爵の娘はちょっとな……
だから、ライと話し合って、少し助けてやることにした。
ここだけの話にしておいてくれ」
「かしこまりました。レオ様のお心のままに」
この説明には、納得しました。
クレア嬢は、レオ様の奥方に。辺境伯のご令嬢が、レオ様のいとこである、ラインハルト王子の奥方になると私は予想しています。
東の辺境伯のご令嬢は、学業成績は良い方なのですが、語学力がクレア嬢に劣ります。
毎回テストの総合順位が三十番以下なのは、語学力のテストが足を引っ張るからなんですよ。
ですから、ライ様の将来の奥方を、助けて差し上げるのでしょう。
「それから、僕らの演技の練習にも付き合ってくれ」
「演技の練習?」
「うむ。役者であるお前の母上に、毎夜、ライと一緒に演技を習う予定だ。その相手役を頼む」
「なにやってるんですか? テスト期間ですよ? 王妃教育だって、休みなんですからね」
「だからだ! 王妃教育が休みで、毎日、東の侯爵家に行ける夏休み前の今が、一番の勝負どきなのだ!
クレアのガードは硬い。あの鉄壁を崩すのは、至難の技だ。
だから、演出の専門家の力を借りることにした。
恋愛に興味のないお前が相手役で、少しでも心揺さぶられたなら、それは全ての女に通じると思っていいだろう!」
……何を考えてるんでしょうか、このおバカさん王子は。学習能力が無さすぎませんか?
今朝、今までわたしとこっそり練習していた、将来の恋人との過ごし方が、国王陛下に知られたんですよ。
怒られたはずなのに、今度は、堂々と合法的に練習する方向へ、舵を切りましたか。
鉄壁を誇る女性をなんとか口説きおとしたい、その根性には、感服しましたよ。




