66話 鞭の使い方です
現在、おバカな西地方の伯爵家の次男は、王太子のレオナール王子に睨まれておりました。
「おい、東地方の子爵令嬢。こっちに来い。お前のことは、おばあ様に頼んでやるから、安心しろ」
「はい、王太子様の仰せの通りに」
王太子に右手を差し出された、子爵令嬢は、おバカな婚約者から逃げることを選びました。
レオ様の祖母である、先代王妃様は、東地方の侯爵家出身です。東地方の貴族の味方です。
王家の後ろ盾を得た子爵令嬢は、安堵の眼差しを浮かべて、王太子の手を取りましたよ。
子爵令嬢を背中にかばいながら、レオ様は仏頂面になります。
「おい、無知な西の伯爵の息子。お前の所業は、西地方の元締め、王家の分家である公爵家にも報告させてもらう。
将来、我が王家と北国の王家の親戚になる者たちを、卑しい血筋と罵ったのだからな。覚悟しておけ。
近衛兵、この者を捕らえ、王宮の牢屋に連れていけ」
腕組みしたレオ様は、護衛の騎士たちに命じました。王太子の威厳たっぷりです。
後ろに控えていた私は、一応、レオ様にお声をかけました。
「レオ様、牢屋行きは、やりすぎではありませんか? 私ですら、王位継承権のことは知りませんでしたし」
「アンジェリーク秘書官、いや、北地方の女伯爵。お前は、自分の価値が分かっていない。
この者は、我が国と北国の国交を断ちかねん振る舞いをしたんだぞ!」
振り返ったレオ様は、仏頂面からあきれた表情に変えられました。
いとこのラインハルト王子も、困った顔でレオ様の隣に移動します。そして、お二人は、数回瞬きしながら、私を見ました。
……これは、話を合わせろと言う合図ですね。はいはい、無知を装いますよ。
「そうなのですか?」
「アンジェ、あなたの妹のエルは、北国の王子と婚約中です。そして、現在、北地方には北国の使者が来ていますよね?」
「はい。そのまま南下して、今週中に、王宮へ来る予定です」
「他国の使者を出迎える、この大事な時期に、このうつけ者は、騒ぎを起こしてくれました」
「お前のもう一人の妹は、我が国の王家の分家に嫁ぐ。北地方の新興伯爵家は、南北二つの王家と親戚になるんだぞ。
そんな貴族を下賤呼ばわりするアホを、野放しにできるか! 我が国の威厳に関わる!」
「北国の王家の血を持つ者たちを、卑しい血筋呼ばわりですからね。
これは軽視できない問題です。放っておけば、北国との外交問題に直結しますよ」
「……なるほど」
王子たちは、おバカさんに、弁解の余地がないように仕向けました。
私たちの敵である西の公爵は、おバカさんを見捨てますね、確実に。
同時に、西の公爵一派の権力も削げます。
おバカさんの上司である法務大臣と法務大臣の補佐官。それから、父親である西地方の法務支部長。
全員を国王陛下が、部下の不始末を理由に、解任するでしょうからね。
おバカさんが自爆してくれると、本当に手間が省けて楽ですよ♪
近衛兵たちに連行されていく、おバカさんを見送って、レストランの中に入りました。
私たちは、レストランのお客たちに、注目されていました。
外の会話を聞いていたのか、あちこちでひそひそ話が聞こえます。
「……あなた。王家は北地方に肩入れしすぎだと思って、距離を取っておりましたが、北国がらみでしたの?」
「知らぬ。我らのような下位貴族が、王家の思惑など知れぬよ」
「北の侯爵が、あっちの王位継承権を持つことは知っていたが……新興伯爵が受け継いでいたとは」
「法務大臣は落ち目ですね。今後は、北の伯爵に話しかけておいた方が良いと思いますよ」
ひそひそ話の内容から推測するに、東地方の下位貴族ですかね。
現在、南地方の貴族は、全員が王族の味方です。王妃様が、南の侯爵の出身なので。
ですが、東地方の貴族は、足並みが乱れています。東の侯爵が王妃を排出したのは、先代国王のとき。一昔前の話ですからね。
去年の春まで、将来の王妃は西地方の公爵令嬢だと、貴族たちは信じていましたからね。
なので、密かに西の公爵一派と通じる、東の貴族が増えてきています。
もう一人の王妃候補としては、東地方の子爵令嬢が選ばれました。こちらは側室になると、皆が予想しておりました。
東地方の貴族は、表向きは子爵令嬢を担ぎ上げ、裏では公爵令嬢の味方です。
ですが、頭がお花畑の公爵令嬢と、ぶりっ子の子爵令嬢は、自爆しました。
王太子以外の男性、貴族の子息と家で二人きりでお話していたようです。
王太子の婚約者候補の資格を剥奪されて、公爵令嬢は西国へ国外追放、子爵令嬢は修道院行きになりましたからね。
おバカさんたちの王妃教育責任者から解放された私は、とても幸せになれました♪
その後、東のクレア侯爵令嬢が、新しい婚約者候補に選出されました。先代王妃様の弟君の孫娘です。
クレア嬢の選出は、東地方の貴族の結束を固める、王家の思惑があってでしょうね。
メモ。1~66話で約三十万文字。




