65話 一悶着起こりました、私は悪くありません
我が国の王太子、レオナール王子は、いとこのラインハルト王子。王家の分家である、医者伯爵の子息殿。
そして、うちの家族を引き連れて、王家御用達のレストランに夕食を摂りに来ました。
レストランには、王族たちが食べに来ると、先触れを出されていたようです。
王子や分家の王子たちが王族として来るのは、納得できるでしょう。ですが、うちの家族を含めて、王族だとレオ様は支配人に説明したんですよ。
一応、上の妹は医者伯爵の子息殿に、下の妹は北国の王子に嫁ぐ予定なので、いずれ王族の一員になりましょう。姉の私も、王族の親戚ですね。
それに加えて、レオ様は、うちの家族が北国の王位継承権を持つと、言い切りました。
私は顔色は変えず、胸中で驚きましたよ。
うちの母は、北国の分家王族、雪の天使の血筋です。
ですが、私は王家の血筋を、人前でひけらかすことは、望んでいません。
同じ雪の天使の血筋である平民、雪花旅一座の親戚全員に迷惑がかかりますからね。
「北国の王位継承権を持つ方々ですか?」
レストランの支配人は、私たち家族をじっくりと眺めます。視線の奥には、不審げな感情が読み取れました。
まあ、私が支配人の立場なら、同じ態度をすると思いますよ。いくら、王太子の言葉でもね。
「……北国の王位継承権?」
「……平民上がりの男爵が?」
あちこちから、ひそひそ話が聞こえます。私たちは、四方八方から視線を浴びていました。
見られることに慣れているうちの家族は、慌てることはありませんけどね。
約二年前、十四才で領主になった私は、母や弟妹と一緒に祖父の旅一座に混ざりました。
歌劇の特別公演をしながら、新領地となった北地方の各地を、一年かけて訪問したんです。
旅一座の座員なら、大勢の人に公演中も、公演後も見られて、話しかけられるのが当たり前。噂話の的になって、遠目に見られるのも、当たり前。
それを一年間、毎日経験した私たち兄弟は、他人に見られたり、噂をされることに慣れてしまったんでしょう。
旅一座の血筋は、一般人が思っているよりも、神経が図太いようです。
一応、レオ様に確認しておきましょう。
「……レオ様。私は北国の王位継承権なんて、知りませんよ?」
「うん? アンジェ秘書官は知らない? アンジェリーク伯爵夫人、もしかして子供たちに伝えていなかったのか?」
「ええ。国外貴族である、私たちにまで、王位が来ることはありません。
名ばかりの王位継承権の肩書きなど、ひけらかす必要もないと思っておりましたからね」
「伯爵夫人。王太子としては、その自覚のない言動は困るな。
お前たちの持つ、北の侯爵の血筋を明らかにしたのは、わが祖父の意思だと言うのに」
「不愉快な思いをさせたのなら、申し訳ありません、王子様。私は先代様のご意志に、背くつもりはありませんよ」
「分かっている。僕は当人たちに、他国の王族の血を持つと言う、自覚が無いのが困ると言ったのだ。
四年前の対談で、雪の国の王位継承権を持つ者が北地方を治めるならと、北国の王家が納得して、我が国から兵士を引き揚げたのだぞ」
「そう言われましても、当時の私たちは単なる下位貴族の男爵家。ましてや、私は元々平民の旅一座の娘でしたもの。
私の祖母の侯爵の血筋は存じていても、侯爵家に流れる高貴なる血筋については、何も存じ上げませんでしたわ」
「……そうだったな、仕方あるまい。嫁ぎ先である、男爵家の侯爵の血筋を伏せていたのは、わが王家だからな」
レオ様に頭を下げて、悠然と答える母を見て、直感しました。
これ、最強の母が一枚噛んでいますね。
今朝、母は味方を増やすために、雪の天使の血筋と微笑みを使えと、私に言いました。
そして母は午前中、国王陛下と面会しています。そのときにでも、この作戦を考えられたのでしょう。
外食話は、うちの母が言い出しっぺです。
おそらく、王子たちが王宮に帰って来る頃を見計らって、外出しようとしたのでしょう。
私たち家族と、王子たちが鉢合わせするようにね。
うちの末っ子のエルは、不思議そうな顔で、レオ様の手を引っ張りました。
「おーいけちょー?」(王位継承権?)
「いいか、エル。お前の祖先は、北にある雪の国の王家の血を持っている。
だからこそ、北国へお嫁に行くことになったんだぞ。分かるか?」
「わかりまちぇんわ」(分かりませんわ)
「……エルには、まだ難しいか」
うちの末っ子と話すレオ様を見ていて、閃きましたよ。
王家は、味方を増やすつもりなんですね。多分。
格式の高いレストランで、王家御用達ともなれば、高位の侯爵や公爵が、普段は利用します。
まあ、今日のような休日の夜は、各家の舞踏会が行われ、外食している暇などないですけど。
舞踏会に呼ばれなかった、低位貴族の男爵と子爵や、中位貴族の伯爵家が、見栄をはって家族で食べに来ることもあります。
現在、このレストランに居る貴族は、男爵、子爵、伯爵の可能性が高いでしょう。
私たちの敵である、王家の分家の西地方の公爵一派はいません。
今日は、公爵家で舞踏会が開かれ、招待されているはず。国王夫妻も、出席していますからね。
邪魔者が居ないうちに、下位と中位の貴族を、私たちの味方に引き込む。
もしくは、西の公爵へ、積極的に協力させないよう、仕向けるつもりなんでしょう。
……国王陛下も、策士ですよ。さすが、レオ様のお父君ですね。
「おい、そこの平民上がり、邪魔だ。すぐに出ていけ!
お前たちのような下賤な血が、入っていい店ではないぞ!」
すぐ後ろから、下品な言葉使いが聞こえました。
最後尾の私と弟は、まだ入り口近くの外に立っていましたからね。邪魔と言えば、邪魔でしょう。
私たちを平民上がりと呼ぶと言うことは、貴族ですね。そう考えながら、振り替えりましたよ。
あー、この人ですか。王宮の問題児の一人。
王宮の外でも、こんな態度をとるんですね。
はっきり言って、嫌いな人種です。
こんな問題児の客、お店にとっても、歌劇団にとっても、害にしかなりません。
レオ様たちが気づいて、騒ぎが大きくなる前に、追い返しておきましょう。
「お断りします。なぜ、あなたの命令を聞く必要があるのですか? 私は、あなたの部下ではありません。
そもそも、あなたのような下品な言葉をする方が、王家御用達のお店に入る資格をお持ちなのか、お考えにならないのですか?」
「下賎の血筋は、口も卑しいな」
「下品な言葉使いをするかたは、頭の作りからして、残念なようですね。
血筋云々以前に、人として最低限の言葉使いができていないと、私は指摘しているのですよ」
「僕たちを平民上がりと呼ぶのでしたら、貴族の模範となるべく態度で示されるべきです。
正しく綺麗な言葉使いは、貴族として、最たるもの。旅一座の役者の母を持つ僕に指摘されるなど、平民以下の言葉使いだと、ご自分で証明されているも同然ですね」
おバカさんへは好意の欠片もなく、敵意丸出しで、話しましたよ。
私も、弟もね。
弟は私をかばうように、前に出ました。
母似の顔立ちのせいで優男に見えますが、腕っぷしは強いです。うちで雇ってる傭兵たちに、四年間、鍛えられてますからね。
相手が何か喚いていたので、私は無視します。反論される前に、こちらの意見は伝えましたから。
同行していたご令嬢に、同情の視線を向けました。
「去年、王立学園で『ご婚約おめでとうございます』と申し上げましたが、撤回させていただきます。
お家のためとは言え、このような方と結婚されるなど、不幸な未来しか見えませんよ。
お父君に、考え直すようにご相談された方が良いと思いますね」
王立学園の一年のときの学友は、少々、青ざめていましたよ。
年上の婚約者から、そろそろと距離を取って。
東地方の貴族は、西の公爵一派と密かに関係を持とうとしているものもいます。
このご令嬢の家も、その一つなのでしょう。関係は持たせませんけどね。
「まったくだ。お前が父上に言いにくいなら、僕が言ってやるぞ」
「レオナール王子!」
「北国の王位継承権を持つ、僕の秘書官に向かって、無礼なことを言った者を、将来の義理の息子にするつもりかとな」
あーあ、入り口の外で繰り広げられる騒ぎに、レオ様も気付きましたか。
穏便に、口攻撃で撃退する予定だったんですけどね。
王族が出てきたら、単なる口喧嘩ですまなくなりますよ。
「……レオ様がお出ましにならなくても、私たちがどうにかしておきますよ」
「アホ言え。今のお前たちは将来の王家の親戚として、王太子の僕が招待した賓客だぞ。
律儀に秘書官の仕事はしなくて良いから、素直に中に入っていろ」
「ですけど、王子のお手を煩わすほどの相手では、ありませんよ」
「職務に忠実なやつだな。だが、悪漢から女を守るのは、男の仕事だ。お前は大人しく守られて、中で待っていろ」
「はいはい、かしこまりました」
「おい、東の子爵令嬢。お前も僕が招待してやるから、中にはいれ。お前の連れは、店に入る資格がないからな。
心配するな。王家が責任を持って、お前を家まで送り届ける」
東の子爵令嬢は、レオ様に尊敬の眼差しを向けていました。
ロマンチスト王子は、世の中の女性が心をときめかす言動を、簡単にやってのけます。
こんな風にね。
「……いやはや、私たち王家の親戚となる者に、ずいぶんと無礼な口を聞きますね」
「ラインハルト王子!? その……入り口を塞がれていたもので、ついつい。言葉のあやです」
「とっさに出る言葉というのは、その者の本質を表すのですよ。
あなたは、北の伯爵家よりも、ずっと卑しい血筋のようですね。
どこの家ですか? 家名を名乗りなさい」
「王子に名乗れるほど、身分が高くはありません。ご容赦を」
「レオ様、ライ様、西地方の法務支部長を勤める、西の伯爵家の次男です。現在、兄君と一緒に法務大臣の補佐官の元で、見習いとして勉強をされています」
「あ、姉君! もしかして……父親の権力を傘にきて、子爵や男爵の法務事務官をこきつかってる、補佐官見習い?
こきつかわれた法務役人が、過労で何人も医務室に運ばれてきてさ。近々、国王様に詳しく調べてもらおうと思ってたんだ」
「それから、一緒に来られているのは、東地方の子爵令嬢です。確か……婿入りする予定で、婚約されていたと思いますよ。今年の冬にご結婚の予定だったと記憶しています」
「そうですか、西の伯爵家の。このような者が、法務大臣の補佐官見習いとは嘆かわしいことですね。
明日にでも、法務大臣に詳しい話を聞かせてもらいますよ」
レオナール様のいとこである、ラインハルト王子も無表情になって、店から出てきました。
王位継承権を持つ者たちが、不勉強な貴族どもに罵られるなど、絶対にあってはならぬこと。
王子たちが知らないと見抜いた、おバカな男性は、言い逃れしようとしましたからね。逃がしませんよ。
攻撃された私が、敵と認識した相手を、無傷で逃がすわけないでしょう。
すぐに家と現在の役職を、教えて差し上げました。将来の義弟である、医者伯爵の子息殿が援護してくれましたしね。
あとは、王子たちに任せておきましょう。
東の子爵令嬢には悪いですが、婚約話も破談になるでしょうね。
「おい、こいつが法務大臣の補佐官見習いなんて、本当か? 王家の血を引くアンジェを、卑しい血筋と呼んだぞ。
北地方の侯爵は、北国の王家の分家である南の公爵と、何度も血をやり取りしているんだ。
侯爵本家の血筋が途絶えた今、北国の王位継承権を侯爵の分家で唯一残った伯爵が引き継いで当然。
法務に携わるなら、王位継承権のことなんて、知ってて当然だぞ」
「王位継承権は、法務どころか、外交の基礎にもなりますよ。
北国の王家が、四年前にアンジェの家の王位継承権を認めたことは、外交会談の内容を勉強すれば、自ずと知れます。
この春にあった北国との婚約話のときに、おじ上が国務に携わる貴族の知識を試していましたけど……。
北地方の侯爵の血筋を持つことを理由に、花嫁候補を挙げた、見所のある貴族は五人だけでしたからね」
「あー、姉君が北国の王家に見初められたとき?
元男爵家で王家と不釣り合いなのにって、いぶかしんでる貴族が多かったからね。
我が国の特徴は一つも無くて、北国の王家の特徴が色濃く出てる一家を見ても、そんな事を言うなんてさ。
どんな目をしてるのか、医者として信じられなかったよ」
「あれには、王太子の僕も、あきれたな。当時、王宮に滞在していた北国の王族と見比べれば、一目瞭然だろう。
髪の色、瞳の色、肌の色は瓜二つ。鼻筋などの顔の造形も、そこかしこが似通っていたと言うに。あれは、血筋のなせるものだろうな」
腹黒王太子は、ペラペラとしゃべります。
王太子の親戚たちも、阿吽の呼吸で、会話を進めていきますね。
当事者である私も忘れていた、春の国の北の侯爵家が持っていた、雪の国の王位継承権の話を。
……なるほど。雪の天使の血筋は、北の侯爵家にも流れていますからね。
そっちを全面的に押し出して、私たちが北の雪の国の王家の血を持つことを、主張しましたか。
雪花旅一座の親戚たちにも、多少迷惑がかかるかもしれませんが、許容範囲です。
しばらく噂の的になって、観客が増える程度でしょう。




