64話 王家の悪巧みに、引っ掛かりました
連休最終日。夕食は、家族揃って出かけるはずでした。
王都の裏通りの美味しいお店へ行くのは、王家の王子たちに反対され、取り止めになります。
そして現在、王家の馬車にゆられて、中央通りを進んでいました。
王太子のレオナール王子と、いとこのラインハルト王子の命令で、家族全員が、舞踏会に出るような正装をさせられました。
前方を行く王家の馬車には、王子たちと分家の医者伯爵の子息殿。それから、うちの弟が、一緒に乗っておりました。
医者伯爵の子息殿は、私の上の妹の婚約者です。うちの上の弟は、妹の婚約者を敵視していますからね。
男同士で話をつけると、王子様たちに連れていかれたんですよ。どんな話をしているのやら、少々心配です。
夕暮れに染まる街中を、馬車の窓から眺めて考え事をしていたら、母が話しかけてきました。
「良いですか、馬車で行く先は、格式の高いお店ですからね。来店している方々は、高貴なる身分です。
雪花旅一座の歌劇を見にきてくださっている、観客の皆様なのです。
私たちは雪花旅一座の名を汚さないように、しなければなりませんよ」
「食事会の舞台だと思って、演じればいいのですか、お母さま?」
「いいえ、二の姫、演じる必要はありませんよ。王宮で過ごすときのように、自然に過ごせばよろしいです。
あなたの婚約者が一緒ですからね。いつものように、お二人で会話をしなさい」
「はい、お母さま」
「母様、僕は?」
「二の若君は、王宮で高貴なる方々との会話にも、なれたでしょう?
将来、旅一座に移ったことを考えて、自分で考えて行動してみなさい。足りない部分は、母が助けてあげます」
「はい、母様。将来の観客を増やせるように、頑張ります」
三番目と四番目は、心配ないですね。うちの母は、旅一座の座長の娘です。
元女優は、自分の持てる演技のすべてを、子供にたたき込みました。
そのおかげで、私たちは、演技力というか、自然に魅せる立ち振る舞いを身に着けております。
常に他人から見られることを意識して、育ってきましたからね。どんな場所でも、堂々としていられますよ。
「末の姫は、先生から教えて貰っているように、食器の音をたてないようにだけ、気をつけなさい」
「あいでちゅの。でみょ、えりゅ、きょー、れーぎちゃほー、ほめりゃれまちたの♪ おーちゃま、にーちゃも、ほめりゃれまちたの♪」
(はいですの。でも、エル、今日の礼儀作法授業で褒められましたの♪ お姉様や、お兄様も、褒められましたの♪)
「あら、そう。皆すごいわね」
末っ子のエルは、昼間の王妃教育の授業のことを言っているようです。
今日の午前九時から昼食まで、ずっとマナー教育でしたからね。
うちの弟妹全員が、授業参観でお邪魔してたんですよ。
弟妹たちは、動作の一つ一つが、自然で丁寧であると講師から誉められておりました。
……旅一座の元女優の母の立ち振舞いは、我が国最古の旅一座で培われたものです。
教育ママのしつけと言いますか、演技指導は、王家のマナー授業よりも厳しいかもしれません。
歌劇の舞台は、本番で失敗が許されません。
なので、徹底的に演技を身に付けるため、常日頃の生活の場でも、本番と同じような立ち振舞いするんですよ。
気品のある魅せる仕草を、日常的に行いますからね。
平民の母の教え子である子供たちは、高位貴族なみの、実践的な教育を、毎日受けたと言うことになるようです。
そうこうする内に、馬車は目的地に到着しました。
馬車についてきた使用人が扉を開けると、医者伯爵の子息殿が見えましたよ。
「雪の天使の姫君、目的地に到着しましたよ」
「ここは、どこなのでしょうか?」
「王家御用達のレストランの一つです。わが婚約者を、一度お連れしようと思っておりました」
婚約者に手をとられ、まず上の妹がおりました。
続いて降りたのは、北国の王子と婚約している、下の妹です。レオ様自ら、お手を取られようとしました。
「将来の北国の王子妃殿下。お手を……少し失礼しますよ」
「きょーちゅくでちゅわ、あーがとごじゃいまちゅ」
(恐縮ですわ、ありがとうございます)
……エルは六才ですからね。馬車から降りる踏み台には足が届かず、レオ様にお姫様抱っこされました。
地面に下ろされた後、妹はスカートの裾を持ち、きちんと淑女の挨拶をしましたよ。
「……エルちゃんって、二才で始めて会ったときから、きちんと挨拶ができますよね。
末っ子でも、あれほど礼儀作法ができていれば、長子のアンジェの仕草が洗練されているのも納得ですよ。
母君の教育には、感心しました。さすが高名な雪花旅一座のご息女です」
「お褒めに預かり、光栄ですわ」
ライ様に手を取られ、馬車を降りる最強の母。王子からの言葉に、優雅に微笑みを浮かべました。
四年前、レオ様とライ様は、北地方にあるうちの領地に来られたことがありました。
北国の内乱の余波で、敗走してきたごろつきたちに支配された、北地方を取り戻す旅の途中に。
当時、まだ二才だったうちの末っ子は、母が演技教育を始めたばかりでした。
母の最初の教育方針は、挨拶とお礼がきちんとできるようになること。
レオ様たち、外部からのお客様を始めて迎えた、うちの弟妹たちは大興奮でしたからね。
ことあるごとに、王子や騎士たちに近づいては、無邪気な笑顔を振り撒きアイドルになりました。
ライ様は、そのときのことを、思い出しておられたのでしょう。
近々、祖父の劇団に入団する下の弟は、王宮の使用人の手を借りながら、踏み台に足を伸ばします。
慎重ながらも、戸惑うことなく、地面に降りました。
降りた直後に、無邪気な笑顔を見せましたからね。こちらを見ていたご婦人が、楽しそうに微笑みました。
周囲の心を掴むため、さっそく弟は演技しているようです。入団したあとは、弟目当てで、さっきのご婦人が見に来てくれることでしょう。
「姉さん、大丈夫?」
「問題ありませんね」
「分かったよ」
上の弟に手を預け、最後に私が降ります。降りる途中で、弟から声をかけられました。
文章を省略した会話です。周囲には、弟が私を心配しているように、聞こえたでしょう。
『姉さん、僕らは、王家に仕える貴族たちに試されるみたいだよ。大丈夫?』
『何も問題ありませんね。私たちは、王家の血筋を持つのですから、試されて当然ですし』
『分かったよ。僕も頑張ってみる』
一般には知られていませんが、うちの母は、北国の王家の血を引く平民でした。
当然、母の子供である私たちも、北国の王家の血筋を持ちます。
王家の若者が、王家に仕える貴族に試されるのは、当たり前のことですからね。
別に、慌てることではありません。弟も、覚悟を決めたようです。
そのまま私たちは、レストランの中に入ります。支配人が、王子たちを出迎えました。
「ようこそ、お越しくださいました。今日は、王族の皆様が来られると、先触れを頂いて、お待ちしておりました」
支配人は頭を下げて、王太子たちに敬意を示します。その後、頭を上げると、私たちに視線を向けました。
「王家以外の方々も、ご一緒にお越しになられたのですね」
「いや、先触れに間違いは無いぞ。僕がエスコートしているのは、将来の北国の王子妃殿下だ。
それから、医者伯爵がエスコートしている婚約者も、将来、我が国の王族の一員だ」
レオ様は、すました顔で、私の妹たちを紹介します。
妹たちは、王家に輿入れしますからね。一般人に、王族の一員扱いをさせても、問題ないでしょう。
「それから、後ろの者たちは北国の王位継承権を持っている、北国の王家の親戚たちだ。粗相の無いように頼むぞ」
ちょっと、レオ様! 突然、何を言い出すんですか!?
……腹黒王子の策略に引っ掛かったと、気付いたときには、遅かったです。




