172話 西地方の没落劇、その2 ロリコン中年……いえ、強大な敵をあざむきながら、会話するのは、本当に大変ですよ!
春の国王陛下と王太子レオナール様による親子の会話に、会議室は揺れ動いていました。
先ほど春の王妃様が、「レオナール様が私に求婚した」とか、「王妃様の後継者にするため、私を教育していた」とか、揺さぶりをかけたのが原因だと思います。
揺さぶりに乗っかって、口を挟んだのが、私のおじ様でした。北の雪の国で、「国王の右腕」と呼ばれる立場の王子様です。
「春の国王陛下。春の国は『軍事同盟を破棄して、雪の国との戦争を望んでいる』……と、言うことだな?
わしの目の前で、『わしの姪を息子の嫁にしたい』と、おっしゃったのだ。今さら、言い間違えとは主張できぬぞ!」
「大陸最強の騎士」の異名を持つ、おじ様。低い声はドスが効き、迫力ある目付きで、睨み付けておりました。
軍事国家の王宮で過ごす、おじ様の姿が垣間見え、おじ様に目をやった春の貴族は、震え上がります。
ついでに、会議室の中央に引っ張り出されていた罪人たちも、悪態を止めて、顔を青ざめさせました。
西の侯爵一家とか、その親戚の西の子爵家とか、子爵令嬢と婚約中の男爵家の一家とかね。
罪人の彼らは、分家王族の権力を借りて、威張っていた雑魚に過ぎません。
親戚である西の公爵家の権力を、自分達の権力と勘違いしていた、大根役者のおバカさんたちです。
とうとう演技力の無さが露呈して、大物役者との差を、公衆の面前にさらしました。
「紅蓮将軍は、なにか勘違いをされているようだな?
我が国の王は、軍事同盟を破棄するとは、一言も言っておらぬよ。
息子との会話で、一国の王であることを止め、一人の父親としての顔を覗かせただけ。父親として、息子の恋を応援してやりたいと言っただけだ」
春の国の副宰相こと、分家王族の西の公爵家当主、ネロ王子が口を開きました。
思わぬ参戦に、春の貴族は目を丸くします。次いで、期待の視線を送りました。
ちっ、面倒な! ネロ公爵は、あんな雑魚たちとは、別格の大物です。
大物役者のおじ様と雑魚の共演では、圧倒的な演技力の差で、観客は退屈します。
実力の拮抗した大物と大物の共演にこそ、大興奮するもんですよ。
おじ様とネロ公爵当主の共演の末、ネロ公爵が勝利すると、春の貴族は願い始めそう。
この場の空気がネロ公爵に味方すれば、空気に飲まれて、おじ様が負けるかもしれませんね。
「西の公爵閣下。時間稼ぎするだけムダですよ? 会議室の外に集結させている騎士を、解散させて、撤退させる事をオススメします。
雪の王族である私たちを、この場で殺せば、時間稼ぎはできましょう。
けれども、春の国が周辺国家から攻撃され、滅亡する未来は避けられませんね」
にっこり笑って、火花を散らすおじ様とネロ公爵に割り込みました。
虚をつかれた顔つきで、春の貴族たちが、私に視線を向けます。
ネロ公爵当主と私は、会議室の中央広場に居ましたからね。
嫌でも彼らの視界に入り、耳を傾けて、集中してしまいますよ。
「春の副宰相をしておられる、公爵閣下ともあろう者が、『北地方の貴族が居なくなれば、春の王族が陸の塩の採掘権を、すべて手に入れられる』と主張する、西の侯爵家の甘言を、未だに信じておられるのですか?」
軍事国家の王女の雰囲気をまとい、外交用兵器「父譲りの眼力」を発動させました。
そのまま、西の公爵当主をみやります。大人相手に堂々と交渉、いや、相手を格下に見せるほど、威厳ある王女に見えるようにね。
「実際に、四年前、春の王族の大人全員が、同じ甘言に惑わされ、西の侯爵の手のひらで踊らされましたよね?
残虐王の信奉者の望むように、善良王の子孫になる、北地方の貴族は見捨てられました。
そして、西の侯爵家が担ぎ上げている、西の公爵家の発言力は、急上昇。同時に、サビナ夫人の実家になる、西の侯爵家の発言力も急上昇。
その直後、善良王の子孫を失った反動が、春の国を襲いました。
雪の国との軍事同盟は破綻。大軍が送られて、春の国は滅亡寸前になったでしょう?」
「今は、そのような話を……」
「話をすり替えないで、いただきたい!
副宰相なら、ご理解されているはず。陸の塩の採掘権は、春の国が、国家を維持するために必要なもの。
春の国が、国として五百年もの歴史を維持できたのは、陸の塩の産地を、春の国家の領土として保有し続けていたからです。
陸の塩の重要性は、春の王族なら、生まれたときから叩き込ませれて育ちます。
私は、最後の善良王の直系子孫の娘です。二つの陸の塩の採掘権を受け継ぐ、最後の娘!
私を失うと言うことは、雪の国に対する抑止力を失い、春の国が雪の国に滅ぼされると言うことですからね」
強引に、公爵当主の発言を、ことごとくさえぎる戦法に出ました。
むこうが、心地よい重厚な大人の男性の音程を出すのなら、あえて低く作った私の音程をぶつけて、対抗してやります。
むこうが、王族として威厳のある発言の仕方を習っているのなら、私はすべての観客をとりこにする、役者の台詞回しで対抗してやります。
討論において本気を出した私に、簡単に勝てると、思わないことですね。
「陸の塩がいかに重要な物か、公爵閣下の父方のおじになる、裏切り王子が証明していますよね?
自分が国王になるため、湖の塩の採掘権を利用し、戦の国との戦争を引き起こしてみせたのですから」
「春の国を乗っ取ろうとした、雪の国に言われくないな。レオナールが……」
「ええ、その点に関しては、公爵閣下の指摘通りです。
レオナール様が、私を春の王宮に呼び寄せなければ、私が春と雪の王太子を兼ねる形で、合法的に春の国を雪の国の一部にできました」
自分の発言を次々に塗りつぶされ、西の公爵当主は、軽い苛立ちの感情を瞳に浮かべました。
もっと感情的になれ! もっと冷静さを見失え! 私の付け入る隙ができるのだから。
「レオナール様が、私を呼び寄せた方法を、ご存知ですか?
『春の国が滅びる。すぐに王宮にきて、僕を助けてくれ。春の王族を助けてくれ!』と信頼できる者へ伝言をたくし、私に届けるように依頼していたんです。
それも、ファム嬢とレオナール様の婚約の儀式に参加するため、湖の塩伯爵の女当主であった私の父方の祖母が、春の王宮へ向かうに直前にね」
「なに?」
「この伝言を聞いた私は、祖父母に相談し、王宮からの迎えの馬車に祖母の代理人として乗り込み、春の王宮に向かいました。
先ほど、春の国王陛下は、雪の国の乗っ取り計画を阻止するために私を呼び寄せたと、ご子息のレオナール様をおほめになられておられましたけど……。
レオナール様にとっては言葉の通り、『自分自身を助けて欲しい』と言う意味も、『春の王族……すなわち、春の本家王族や医者伯爵、そして公爵閣下も助けて欲しい』と言う意味も、込めてあったのだと思いますよ」
「……わしを助けるとな? 面白いことを言う」
私の発言に虚をつかれたのか、少し間をあけてから、小バカにした笑みを、ネロ公爵は浮かべました。
隙あり! 私の勝利への道が開けましたよ!
「はっきり言って、レオナール様は、万能の頭脳の持ち主です。私ですら、あの方の頭の中身は読めません。
だからこそ、万能の頭脳で、来るべき未来を察していたんでょうね。
ファム嬢と婚約すれば、間もなくファム嬢が身ごもり、ご自分は毒で暗殺され、突然の病死として処理されると。
レオ様の病死に継ぎ、ファム嬢が子供を産み落とすまでの間に、春の王族全員が同じように殺されましょう。
唯一生き残った、春の王族の血を持つ者。すなわち、西の公爵家の一人娘、ファム嬢の生んだ子供が、この世に生まれてすぐに、春の国王になれる未来が訪れたはずですよ。
西の侯爵当主こと、商務大臣の描いていた、春の王家乗っ取りシナリオではね。
その病死が相次ぐ春の王族の中には、ネロ公爵閣下。あなたも含まれるのです」
私の荒唐無稽な発言に、あんぐりと口をあける、春の貴族たち。
西の公爵当主も、さすがに虚をつかれたのか、次の発言をするまでに、少し間隔があきます。
その間隔を利用して、思考誘導を仕掛けてやりました。
「もしも、生まれたての赤子が、国王になったとき、後ろ楯の宰相になって代理政治を行うのは、誰ですか? ファム嬢の子供の場合は、ネロ公爵閣下ですよね?
今でも副宰相という、政治の中枢を担う立場で、子供の母方の祖父。それも王族になるんですから。
では、公爵閣下が亡くなっている場合は? 春の王族の戸籍に登録されている者がサビナ夫人とファム嬢以外、全滅しているときは、誰が宰相に?
少なくとも、サビナ夫人とファム嬢には、政治を行えませんよ。名ばかりの宰相に就任しましょうね。
では、その名ばかりの宰相が一番信頼し、助言を求める相手は? 宰相を傀儡として、思い通りに操れる者は?」
視線を動かして、西の侯爵当主を見ました。私につられるように、春の貴族が『商務大臣』を見ます。
「私の話を『子供の妄想』と皆さんはお考えになり、あざ笑いますか?
現実主義として知られ、『外務大臣に匹敵する外交の才能を持つ』と、春の王妃様と王太子が認めている、私の想像を?
そして、ついさっき春の現国王陛下が、『春の国王になれる器を持つ』と高く評価した、雪の王女である私の話を?」
無言で、私の話を聞いていた、西の公爵ネロ当主。
ようやく少し険しい顔つきになり、ゆっくりとサビナ夫人の兄へ、視線を向けました。
小バカにして聞いていた私の話を、改めて吟味。
子供の妄想どころか、にわかに現実味を帯びた話と、思ってしまったんでしょうね。
一瞬でも、悪い考えが浮かべば、振り払うのは難しくなります。わずかでも、疑心暗鬼になってしまいます。相手を信用していない場合は、特にね。
つまり、現在のネロ公爵当主にとって、妻の兄である商務大臣は、信用に値しない相手なのですよ。
用心深い相手が、私の狙い通りに動いてくれて、本当に助かりました♪
「十八年前、当時の商務大臣を担当していた医者伯爵家が、貴族から王族に格上げになると同時に、役職から降りて空席ができましたよね?
そして、新たな商務大臣を選ぶときに、西の侯爵当主が、手を上げて立候補したと聞いていますよ。
商務大臣って、表立って政治に関与しないから、すごく地味な役職に見えます。
権力志向の強い世襲貴族は、絶対になりたがらない、不人気の大臣職なんですよね」
鉄面皮に見える、ネロ公爵当主の表情ですが、観察力のある私には、頬が一瞬ひきつる様子が見てとれました。
副宰相をしているからこそ、商務大臣の重要性を、再確認してしまったのでしょうね。
「春の国庫財政を握るのは、財務大臣と思い込んでいる、世襲貴族も多いことでしょう。実際は、商務大臣と半々なんです。
春の国内で売買した商品には、春の国に納める税金が課せられます。その税金の率は、商務大臣が決める権限を持っているのですよ。
すなわち、商人の個人収入が増やせるか、減されるかは、商務大臣のさじ加減次第。
平民の商人から貴族になった、西地方の新興貴族の方々は、商務大臣の権力の強さを、一番よく知っていると思いますよ?」
ここで、わざとらしく西地方の新興貴族に、視線を移します。
特に、二回目のレオナール様の花嫁候補を選出するときに、娘を候補として出すことができた、商人の家系の新興貴族たちを。
「実は十八年前から、西地方には、特殊な仕組みが存在するんですよ。
新たな商務大臣になった西の侯爵当主へ賄賂を渡して、自分の領地の税率を下げてもらえるほど、領主の個人収入が増え、お家の財産を増やせる仕組みがあるんです。
まず蓄えた財産は、『西地方の戦後の復興資金』名目で、西の公爵家へ寄付して、ネロ公爵閣下の覚えをめでたくすることに使います。
その後、商務大臣の妹のサビナ夫人や、姪っ子のファム嬢への貢ぎ物に使い、ご機嫌伺い。そのときに、サビナ夫人から、公爵閣下に助言してもらえるようにお願いします。
『復興資金を寄付をした功績として、西の公爵預かりの領地や爵位を小分けして、新しく与えるように』とね。
領地を失わないように、必死で春の国へ税金を納める世襲貴族をあざ笑い、農家の新興貴族をバカにした、この賄賂のカラクリを、どう思います?
商人の新興貴族に、とぉーても有利な仕組みでしょう?」
私の話を耳にした世襲貴族や、農家から貴族になった西の新興貴族たちは、「はあ!?」と言うような表情になりました。
心当たりがあるのか、新興貴族の商人の家系の何人かは、目線が泳いでいます。
悪党の手先になった、新興貴族って、おバカさんの大根役者揃いですね。
自分には無関係って、顔をしておけば、怪しまれないのに。
演技の英才教育を受けている私が、賄賂を送っていた彼らの立場なら、最後まで無関係を貫き通せ、自分の一家だけは助かる道を選べますよ?
「去年の夏、商務大臣へ差し出しされた新興貴族の賄賂は、最大の金額に達して、最大の還元をされたようですね?
『サビナ夫人の助言で、ネロ公爵閣下に自分の娘を王太子の婚約候補に推薦してもらい、運良く婚約が内定したら、西の公爵家と養子縁組して、憧れの王族の親戚になれる』と言う形でね。
私の仮説を裏付けるように、サビナ夫人の助言を受けて、公爵閣下が推薦した西地方の新興貴族のご令嬢って、全員が商人の家系でしょう? 農家の家系は、一人も居ませんよ」
私の発言で、会議室が何度目かの、真冬の温度に到達しました。
現在の王妃候補として残っている、商人の家系の新興貴族の子爵家や、伯爵家に冷ややかな目線が集中していきます。
……ええ、一つは、うちの弟ミケランジェロの花嫁候補の家。強気な赤毛の伯爵令嬢の家なんですよ。
まあ、彼女と彼女の弟は、後でなんとか助けてあげましょう。悪いのは、悪党の手先になった、彼女の父親ですからね。
「西地方の貴族の爵位や領地管理は、ネロ公爵閣下に一任されており、春の国王陛下の許可を必要としません。
そして、公爵閣下の奥方には、商務大臣の妹サビナ夫人がおさまっているので、実行できたカラクリのようですね。
……まあ、普通の世襲貴族なら、こんな賄賂を増やすための仕組みなんて思い付かないでしょうけど。
西の侯爵先代当主殿は、酒場の娘を母親に持ちます。言い換えれば、平民の商人が、現在の西の侯爵家のルーツなんですよ。
法律の隙をつき、貴族をあざむきながら財産を蓄えるのは、商人が得意としますからね」
調子に乗って、ペラペラしゃべっている私に、ネロ公爵は、ドスのきいた声を投げ掛けました。
「……アンジェリーク王女よ。その仕組みとやら、証明する事ができるのか?」
ネロ公爵当主は、冷静な鉄面皮に見えて、怒りに震えている雰囲気をまとっていますね。
「自分は、だまされていない! 小娘には、証明できない!」と思っていることでしょう。
「私には証明できませんね。
けれども、十八年前に西の侯爵当主が商務大臣に就任してから、会うたびに賄賂を請求され、そのたびに拒否している高潔な精神の持ち主なら、ご紹介できます」
片眉を跳ね上げながら、西の公爵当主は、ゆっくりと顔を動かし、私をにらみます。
うーん。思ったより、あんまり怖くない、にらみ方ですね。
泣く子も黙る、残虐王の直系子孫のつもりで、にらんだのでしょうか?
本気で怒鳴ったときの、赤毛のおじ様の睨みの方が、よっぽどこわいですよ。
「……賄賂を拒否している人物?」
「はい。戦後処理で、裏切り王子が処刑されたあと、西地方に莫大な復興資金を寄付し、感銘を受けた公爵閣下のお父君によって、初めて貴族の爵位『男爵』を与えられた商人です。
現在では、新興貴族の先駆けとも呼ばれる、有名人ですね」
慌てず動じず、雪の天使の微笑みを浮かべて、対応します。
鉄面皮の睨みに怯まない私に対して、公爵当主は軽い苛立ちを覚えているようでした。
春の王族の席では、春の若き王子様たちが、私の謎かけを解こうと、首をひねっていましたよ。
「……新興貴族の先駆け? うーむ。そんな話は聞いたことある気がするが……こう名前が出てこないぞ……おい、ライ!」
「私も聞いたことありますけど……フ……フ……なんとかだった気がします。
とっさに言われても、すぐにはフルネームが出てきませんね。
西地方の貴族なら、ローエングリンの方が、詳しいと思いますよ」
「おい、ロー!」
「えーと……フリードリヒ一世男爵と……フリードリヒ二世伯爵……かな?」
「フリードリヒ?」
「うん。父親も、息子も『フリードリヒ』って、名前。
父親の方は、戦後から姿を表してたみたい。領地を持たない、名ばかりの男爵だよ。
息子は、紆余曲折の末、領地持ちの貴族の仲間入りをして、伯爵の爵位を贈られたんだ」
「ほう。息子の代で、えらく出世したんだな?」
「うちのおばあ様が、領地を持つように直接説得したから、とうとうフリードリヒ親子は折れて、息子が領地持ちの貴族になってくれたみたい。
おばあ様が説得しなかったら、今でも流れの商人で、名ばかりの男爵だっただろうって、父上が言ってたかな」
「……ローのおばあ様が説得か……発言力が段違いだぞ」
「……まあね」
レオ様とロー様の簡潔な感想は、ごもっとも。
なんせ、うちの最強の母に淑女教育を施してくれた、医者伯爵の女帝様ですからねぇ。
「んと、フリードリヒ一世は、不思議な人間と言うのが、西地方の貴族の一致する意見みたいだね。
ある日突然、みすぼらしい旅姿で、ふらりと西の公爵家や医者伯爵家の西地方の領地の館に現れては、『西地方の復興に役立ててくれ』と片言の春の言葉で伝えて、門番の騎士にポンっと大金を預けて去ってたみたい。
だから、『西地方で暮らしていたときは、一度も姿を見たことが無かった。領地持ちの貴族になるように説得するとき、初めてフリードリヒ一世を見た』と、おばあ様は言ってたよ」
「みすぼらしい旅姿? 多額の復興資金を出せるのに、ぜいたくしないのか? 商人が?」
お決まりの腕組みポーズになり、軽くうなって見せる王太子。
お金があるのに、自分のぜいたくに費やさず、善意の寄付をする商人なんて、西の新興貴族や、春の王宮で商売している者では、見たことありませんからね。
レオ様にとって、想像を越えた謎の人物に思えたようです。
「そんなことが、何度も続けば、西地方でウワサになるよ。
ある日、とうとう西の公爵先代当主が、多額の復興資金を渡してくれる商人を捕まえた。
それは春の古き王族の特徴、琥珀の髪と瞳を持つ、若者だった。
彼は平民の子孫だと笑ったけれど、とても不思議な人間だったみたい」
「ロー。さっきから、不思議を連発しますね? どんな風に不思議だったんですか?」
「えっとね、ライ。それまで、門番の騎士に見せていたのは、仮の姿だったんだ。平民の立ち振舞いで、片言の春の言葉をだったからね。
だけど、話しかけてきた相手が、西の先代公爵当主と知ると、一転して態度を改めたみたい。
丁寧な紳士の礼は、非の打ち所がなく、高位貴族や王族並み。
片言だった春の言葉は流暢になり、春の王宮で大臣クラスが話すような高度な政治の話題を、軽い世間話としてふってきた」
「……それ、本当に平民の子孫なんですか? もしかして、没落したばかりの西地方の世襲貴族じゃありません?」
「自分は、西の公爵の血筋かなって、推理してるよ。
裏切り王子の処刑された後から、姿を表しているからね。そして、王族並みの立ち振舞いと話題ができるってことは、裏切り王子の虐殺から逃れて身を隠した、西の公爵の……」
「ラインハルト様、ローエングリン様、不正解です。
フリードリヒ親子は、西地方の世襲貴族の血を、一滴も持っていません。
そして、彼らの父方の祖先は、間違い無く平民です。商人と言えば……商人の家系ですかね? 少々、特殊な商人ですけど」
春の王子様たちが、勘違いしたまま話を進めそうだったので、横槍を入れました。
謎の新興貴族、フリードリヒ一家の話題に、会議室が引っ張られはじめます。
ネロ公爵当主は、雑談に興じる私へ、不信な眼差しを向けました。
当初の話題から、どんどんそれてるように、見えるかもしれませんね。
けれども「フリードリヒ親子」は、西地方の貴族に対抗するための、私の切り札の一つでした。
大いに話題にして、春の貴族たちの関心を集めておきましょう。
フリードリヒ二世伯爵正体が判明した瞬間、西地方の新興貴族に、大きな亀裂が入ることでしょう。
場合によっては、西地方の世襲貴族の一部すら、西の公爵の目の前で、春の国王陛下に絶対忠誠を誓うかもしれません。
それほど、取って置きの切り札でした。
それを、この場で使おうと決意したのは……ネロ公爵当主が、強大な敵だからです。
西の侯爵家を蹴落とすためだけに、切り札を、早くも一つ使う羽目になりました!
ちっ! 本当に予想外の事態になりましよ。
最後の敵は、最後の敵らしく、ドーンと構えて大人しくしておけば良いものを。
再婚するときに、幼女趣味を暴露した、どこかのロリコン中年王子が、元幼女で、厚化粧の女装おじ様に育ってしまった夫人を見捨てず、しゃしゃり出てるくるから、ややこしくて、面倒な事になったんです!
私は、冷たく美しい、雪の天使の微笑みの仮面の下で、裏側の帝王を目指すロリコン中年王子……いえ、ネロ公爵当主へ、罵詈雑言を、ぶつけてしまいましたよ。