171話 西地方の没落劇、その1 復讐計画は少し狂いましたが、実行開始です!
私の母方の血筋、雪花旅一座を『平民で底辺の血筋』と侮辱してくれた、春の国のおバカさん貴族に、そろそろ自分たちの立場をわきまえてもらいましょう。
彼らの権力の拠り所は、分家王族の西の公爵へ妾として入った現在の当主の妹サビナ夫人と、その娘として生まれたファム嬢です。
この二人を、西の公爵家から切り離すのが、西の侯爵家を平民に落とす近道になりそう。
……西の公爵家の権力を、間接的に落とす予定だったのに、直接的に落とす必要が出てきました。
おバカさんの侯爵家が「王家乗っ取り」なんて、おバカな事をやってくれたお陰ですよ。
余計な仕事が増えて、私の復讐計画に、少し狂いが生じたじゃないですか!
今後、警戒する西の公爵当主ネロを逃がさないように、雪の国の監視網を強化する必要がありそうですね。
まあ、母仕込みの演技力を使って、春の王太子レオナール様を動かす事に成功しましたからね。
このチャンスを活かして、おバカさん母娘を、権力者の座から蹴り落としてやりましょう!
まず、雪の国王の右腕と呼ばれる、赤毛のおじ様に話しかけました。
「おじ様! 分家王族の後妻であるサビナ夫人が『実は平民の妾』とか、一人娘のファム嬢が『本当は庶子』とか、初耳です。おじ様は、ご存知でしたか?」
「むっ? 雪の本家王族の間では、常識だぞ? アンや北の名君は、お主に教えておらんかったのか?」
「おばあ様からは、『西の公爵家の娘に出会っても王女とか、様付けで呼んだり、頭を下げてはダメ!
残虐王の血が一番濃い娘に、善良王の血が一番濃い娘が、負けてはダメ!』と教えられていました」
「……北の名君の奥方の教えか。あの湖の塩伯爵の姫君は、残虐王の血を引く者たちの一番の被害者でもあるからのう。
裏切り王子の祖父になる当時の春の宰相によって、裏切り王子と政略結婚目的で婚約させられた上、西の侯爵家の者によって、戦の国に売り渡された経験を持つ。
裏切り王子と同じ血を受け継いだ、公爵王子殿下の一人娘を強く警戒し、可愛い孫娘に発破をかけて育てても仕方あるまいて」
しみじみと感想をもらす、おじ様。
さりげなく私の父方のおばあ様の人生経験を語り、ファム嬢が裏切り王子と同じ血を持つとアピールして、私を援護してくれます。
「湖の塩伯爵の姫君の教えを、アンジェリーナは、どう感じておったのだ?」
「春の国の法律に基づけば、春の王位継承順位は、善良王の直系子孫の私が上で、残虐王の直系子孫のファム嬢は下になります。
ゆえに、残虐王の子孫である格下の王位継承権保持者へ、気軽に頭を下げるなと、教えられているのだと」
「春の国の法律上か……確かに、そうなるのう」
「それから国際社会においても、春と雪の王女では、国としての歴史が長い『雪の王女の方が格上の存在』として扱われます。
ゆえに、格下の春の王女のファム嬢が先に私に頭を下げて、ご機嫌うががいの挨拶をしてきてから、雪の王女である私が言葉を返すべきと考えておりました」
「まあ、国際社会の観点で……考えれば、そうなるか」
「で、す、が!」
私の主張は、まだ終わっていません。ここからが、重要です。
サビナ夫人とファム嬢の地位を地面の底へ落として、春の貴族から見放されるように、仕向けてやりましょう!
不思議そうに瞬きしながら、おじ様は発言権を私に譲ってくれます。
「ですが?」
「はい。ですが! 初対面のファム嬢の態度や言葉使いを見て、『王族として不合格。王女扱いする必要は一切無い』と、判断しました。
当時五才だったうちの末っ子のエルや、十才だった四番目のラファエロと比べても、王族らしさが皆無ですからね。
ゆえに、ファム嬢を『王妃教育名目で、きちんとした王族の一員にするための教育を施して欲しい』と、春の国王陛下から頼まれたのだと受け止めて、王妃教育の責任者を引き受けました」
「……王族として不合格と判断した根拠は、なんぞ?」
「んー、歩き方、扇子の広げ方と言った、常日頃の立ち振舞いが、完全に下位貴族の娘ですね。
原因は言うまでもなく、ファム嬢に淑女教育を施した、母親のサビナ夫人でしょう。
国王陛下が差し向けた淑女教育の講師を、サビナ夫人がことごとく追い返したと、今朝、春の王族の方々が申しておりました。
『講師の淑女教育を受けさせるくらいなら、娘を連れて他国へ亡命する!』と、春の国王陛下を脅したようですね」
「春の国王陛下が差し向けた、淑女教育の講師を追い返したとな?
国王陛下が直々に動くとなれば、将来の王妃にするために、王妃教育を行う予定だったのでは、あるまいか?」
私の発言に、おじ様は軽い疑問を示しました。もちろん、おじ様も演技して、不思議そうな表情を作っています。
雪の王族であるおじ様は、講師が追い返された事実くらいは、知っていると思いますよ。
「その通りですよ、ウィリアム。サビナの教育に失敗したので、せめてファムくらいはマトモに育てようと、わたくしが講師役を買って出たのです」
「いっ!? い、い、医者伯爵の母上の事でしたか!
母上が、アンに行ってくださった素晴らしき淑女教育に、わしの実の母上も感心して、称賛しておりましたぞ!」
「そうですか。雪の国の女系王族の長である、雪の王女のお言葉ですか。
雪の東の公爵家と言えば、『世界最高の淑女、王女の中の王女』と称えられる、素晴らしき血筋ですからね。
その現在の長から称賛されるとは、身に余る光栄です。ホホホ」
おじ様の疑問に答える形で、医者伯爵の王女……いえ、女帝様が名乗り出ました。
大慌てで取り繕う、おじ様。世界中の国々から「大陸最強の騎士、紅蓮将軍」と恐れられているおじ様が、一瞬ですが、恐怖の表情を見せましたからね。
春の貴族の方々は、「女帝様に絶対服従する眼差し」を送りましたよ。
「サビナは、貴族令嬢として礼儀作法を習う期間である、行儀見習い中にネロに見初められ、貴族としての基本的な礼儀作法を身に付けられませんでした。
なおかつ、生まれついての春の王女である、わたくしの王子妃教育からも逃げ出したのです。
このように、王族の礼儀作法を知らない者が、娘に王族の礼儀作法を含む、由緒正しき淑女教育を施すことができると思いますか?
結果は、見ての通り。十才も年下である、雪の国のエル姫に劣る娘に育っています」
ゆっくりと会議室を見渡す、女帝様。天才であるうちの末っ子と、おバカさんのファム嬢を比べました。
「愛しき民に視線を向けるのは、王族として最も大切なことです。
エル姫の日頃の言動を、思い出してみなさい。
庭園を散歩したあとは、没落貴族の庭師であろうとも、『庭園を美しく保ってくれて、ありがとうございます』と、淑女の礼をして、感謝の言葉を口にし、笑顔を向けていますよ。
平民出身の料理人相手であろうとも、わざわざ調理室に足を運び『ジャガイモのスープ、美味しかったです。作ってくれて、ありがとうございました』と、お礼をのべるのです。
驚くべきは、この次の発言ですね。『王宮勤めの使用人や侍女の人々にも、スープをわけてあげることはできませんか? 幸せは、わけあうものでしょう?』と、民を気づかい、相談を持ちかけました。
エル姫は、まだ六才です! まだ六才! 六才なのに、このような大人びた言動ができるのですよ」
六才を強調する、女帝様。うちの妹の天才ぶりを、アピールしてくれます♪
この場にいる春の貴族は、春の王宮勤めの者が多いので、効果的にファム嬢の印象を悪くしていきますね
「これに対して、サビナそっくりに、野獣のごとき金切り声をあげて、わめき散らすのが、十六才のファムです。
王妃教育の後、レオナールとのお茶会では、『お菓子が、わたくしの言い付けた物と違うじゃない! 打ち首になりたいの!?』と言って、手当たり次第に近くに居た侍女へ、扇子やクッションを投げつける姿を見せました。
これでも、ファムは十六才です。十六才の娘。
六才のエル姫より、十才も年上で、王妃教育を受けているのに、このような事をするのですよ?
ワガママしか言えないヒステリー魔のどこが、気品あふれる王女だと言うのですか!? 野蛮な獣、そのものです!」
目をこらして、よく見ると、女帝様の机の上には、春と雪の国家会談記録のような紙の束が置かれていました。
……非公式会談の所には、留学の名目で国外追放されたのに、懲りずに西の戦の国で自由気ままに振る舞う、ファム嬢の様子が書かれているはず。
会談記録を読まれた女帝様は激怒され、ファム嬢を春の王族から切り捨てる決断をされたようですね。
最終目標は、春の王族の戸籍から完全に追放して、西の公爵家の庶子という事実すら、無くす事だと推測しました。
春の王族の戸籍から追放されれば、ファム嬢は『ただの平民』に成り下がります。
戦の国に住む私の親戚回りのおば様が、戦の王族として、無礼な平民のファム嬢を拘束、処罰することができますからね。
女帝様に、全面協力させていただきますよ!
「分家王族のお二人に、上流階級の常識が無いことを裏付けるように、サビナ夫人とファム嬢を見る機会が多かった年若い西地方の新興貴族は、正式な貴族の礼儀作法が行えませんからね。
ファム嬢と年代が釣り合う、あなたの妹君とか。そこに居る、西地方の子爵家の王妃候補とか。
身分差に厳しい雪の王宮で国王夫妻に披露すれば、即座に不敬罪として牢屋にとらわれるほど、残念な淑女の礼しかできておりませんよ」
ここで、先ほどレオ様に意見陳情を行った、西地方の新興貴族の跡取り息子を見ます。
まだ、鳩が豆鉄砲を食らった顔つきのままですね。再び、私の矛先が向くなんて、思っていなかったのでしょう。
私は席から立ち上がり、会議室の中央の広場に移動します。
「ファム嬢の行う、淑女の礼を、覚えていますか?
左足を斜め後ろの内側に引き、右足はそのままで膝を軽く曲げ、背筋を伸ばしたまま、相手にあいさつをします。
これは、『高貴なる相手にひざまづき、敬意を示す』と言う意思表示として雪の王宮で生まれ、世界中に広まったものですけど。
実際に行えば、このような感じですかね?」
春の王族の方の席を向き、説明したままの動作を行ってみせました。
跡取り息子に視線を向けると、「ウンウン、そうそう!」とうなずいております。
「これは『簡易的な淑女』のあいさつになります。
先ほど、医者伯爵の王女殿下が申していた場面……うちの末っ子が、没落貴族の庭師や、平民の料理人に感謝を示したりするときに使う、気軽なあいさつですね。
うちの末っ子は、まだ六才です。行儀見習い中で、正式な礼儀作法とされる『丁寧な淑女の礼』を習得できていません。行儀見習い中だから、簡易の淑女の礼をしても、許されているのです。
間違っても、あなたのような正式な貴族が、春の国王陛下に向けるあいさつでは、絶対にありませんよ!」
えっ!?と言う顔になる跡取り息子や、他の西地方の新興貴族たち。
新興貴族は、平民の農家や商人が、戦後の復興資金を出して、その功績で貴族に成り上がった家柄ばかりです。
それも、下位貴族の男爵や子爵がほとんど。よって、上流階級の常識にうといのが当たり前。
なおかつ、この場にいるのは当主か当主代理ができる跡取りで、男性が多いですからね。
新興貴族の男性たちは、淑女の礼に「簡易と丁寧」の違いがあることすら、知らなかったようです。
「正式な礼儀作法である『丁寧な淑女の礼』は、先ほどの足の動かし方に加えて、両手でスカートの裾をつまみ、軽くスカートを持ち上げます。
その上で腰を曲げて、頭をゆっくり深々と下げ、膝をより深く曲げて行うのです。
少なくとも、新興貴族の方は、王家主催の夜会で西地方の世襲貴族の女性の方々が、国王陛下に向ける正式な礼を見たことがあるはずですよ? あれを思い出してください」
今度は、ふわふわ広がるワンピースの裾を両手で持ちながら、説明した通りの淑女の礼を見せます。
左足を後ろに下げると言うことは、姿勢が不安定になると言うことです。
そして頭を下げると、前屈した姿勢になり、上半身のほとんどの体重が、右足にかかります。
私のワンピースは膝丈なので、淑女の礼のときに足の動きが丸見えになります。今回はドレス姿のように手抜きして、ごまかすことができません。丁寧に淑女の礼をしました。
「まあ! まだ子供なのに、ぜんぜん身体を揺らさず、長く深く頭を下げられるなんて!」
「さすが、王女の中の王女、雪の女系王族の王女ですね……。うちの娘に、見習うよう言い聞かせませんと」
ふっ! 努力のかいあって、女帝様をはじめとする春の王族の方々や、公式式典に出席するため、夫や父親に同伴していた東地方の世襲貴族の女性たちから、お褒め言葉と拍手をいただきました♪
身体を揺らさないようにして、ゆっくり腰と膝を曲げ伸ばしすのは、至難の技なんですよ。
個人的に、腹筋や足腰の筋力が問われると思います。
「そこに居る、春の王妃候補の中で、一番美しい模範的な丁寧な淑女の礼ができるのは、東の辺境伯のテレジア嬢。
王妃の側近候補では、西の辺境伯の孫殿と婚約している、西地方の伯爵令嬢ですね。
お二人は幼い頃から、ダンスの名手として知られる、運動神経バツグンで、バランス感覚の素晴らしいご令嬢たち。
王妃教育のマナーの初授業で、講師が彼女たちの淑女の礼を一回見ただけで絶賛したウワサは、王宮勤めの者なら一度は耳にしたことあると思いますよ」
……このウワサの情報源は、うちの末っ子なんですけどね。
たった一回の礼で先生から絶賛された、姉の私や二人のご令嬢たちに尊敬の眼差しを向けて、あちこちで「スゴい、スゴい!」と言いふらしました。
騎士の家系のお二人は、私同様に女騎士の修行を受けており、身体の筋力があるから、運動不足なご令嬢たちと比べて、美しい丁寧な淑女の礼が取れるのです。
「男性の方々。後で、この姿勢をやってみてください。か弱い女性が、いかに厳しい体勢を強いられるか、実感できると思いますよ。
だからこそ、先ほどのような、背筋を伸ばしたまま行う、簡易の礼が発生したのです。うちの末っ子みたいに、正式なあいさつを練習中の幼い子供が行う、淑女の礼として。
おそらく、サビナ夫人は行儀見習い中に、丁寧な淑女の礼を習得できなかったのでしょう。
なので、幼い子供が行う簡易の礼を『正式な淑女の礼』と勘違いしたまま大人になってしまい、一人娘に教えてしまった可能性が高いですね」
「……ファムとファムの母上は、上流階級のマナーを知らない、西地方の新興貴族に配慮して行っていたのでは、無いのか?
僕や父上たちは、礼儀作法にうとい西の新興貴族に配慮して、ファムたちの無礼なあいさつを見逃してやっていたんだが」
「違いますよ、レオナール様。ファム嬢は、丁寧なあいさつ自体、知りませんでした。
王妃教育の初日に、私がレオ様のお母君である、春の王妃様に先ほどの丁寧な淑女の礼をして『本日よりお願いします』と申し上げたところ『なんですの? その罪人みたいな礼の仕方は。下等な血筋に相応しいと思いますけど』って失言して、王妃様を激怒させたお話、ご存知ないんですか?
この後、王妃様の担当する授業はファム嬢が脱落するまで、頭を下げる丁寧な淑女の礼の姿勢を保持したまま、外交に関する話を行っていたと説明したでしょう?」
「アンジェを『下等な血筋と呼んだ』部分は聞いている。『罪人みたいな礼』の部分は、知らんぞ?
……おそらく、アホなファムの代わりに、母上がアンジェに謝罪して、ファムの常識はずれな言動を不問にするように動いたんだろうな。
高貴なる雪の王女のアンジェを再び侮辱したから、母上が担当する王妃教育の授業は、アンジェに謝罪させるために、ずっと淑女の礼をさせているのかと思っていた。
外交に関する話題は、南地方の貴族の得意分野で、南の侯爵出身の母上が大得意とするから、授業内容に選んだと僕と父上は判断していたぞ」
私の発言中に、春の王太子のレオナール王子が割り込んできました。
こちらも、鳩が豆鉄砲を食らったような雰囲気をまとっていましたよ。
空気を読んだのか、レオ様の母親も乱入してきましたけどね。
「間違っていませんよ、レオナール。ファムが春の王妃になるのなら、将来の雪の王妃になるアンジェリーナ姫の御前で、頭を下げることになりますからね。
格下になるファムが、丁寧な淑女の礼の姿勢を保持したまま、すなわち頭を下げ続けたまま話すことは、必ず必要になります」
「……ファムが格下ですか。確かに、母上が指摘するように祖先の血筋も、王族としての立場も、春の王位継承順位も、すべてにおいて、ファムはアンジェより格下になりますね。
それで、あのような王妃教育を行われたのですか?」
「ええ。ファムには、外交の才能がありませんでした。少しでも外交の話ができるように、教育しようとしていたのです。
あのまま春の王妃にしたのでは、『将来的に外交が得意な雪の王妃アンジェリーナに、外交の才能の無いファムは負けて、春の国が雪の属国にされる未来』が訪れましたからね。
レオナールが機転を利かせて、アンジェリーナ姫を雪の国に渡さず、春の王宮に呼び寄せてくれたから、属国にされるまでの時間稼ぎはできましたけど」
「……アンジェの外交に関する思考回路は、成人前の現在でも、母上に匹敵しますからね。
ファムに外交才能を身につけさせるつもりなら、ファムだけに王妃教育を行えば良かったのですよ。
それなのに、天才のアンジェを同席させて、一緒に勉強だなんて。
母上のおかげで、春の王宮到着直後は外務大臣の補佐官クラスだったアンジェの外交才能が、一年後の今では外務大臣や王妃の母上に匹敵するほど、飛躍的に成長を遂げた事を、理解しておられるのですか?」
「ええ、理解していますよ。わたくしは、出来の悪いファムに見切りをつけ、アンジェリーナ姫をわたくしの後継者に選び、春の王妃にするつもりで教えておりましたからね」
王妃様の爆弾発言に、王妃様の思惑を知らなかった東と西地方の貴族たちが、ピリッとした表情を浮かべました。
南地方の貴族たちや、東の侯爵当主や辺境伯当主、それから西の辺境伯当主は、何一つ表情を変えませんでしたけど。
「王妃様の思いに、全面的に賛同している」と、お顔が語っていました。
「……僕が、アンジェを嫁にするのを諦めたことは、ご存知でしょう?
春の王太子として、春の王族の血筋存続を重視し、平民と何ら変わらない立場の庶子のファムを、仕方なく嫁にする覚悟を決めて、婚約内定に異論を唱えなかったと言うのに。
それから、去年の夏、父上から『アンジェを婚約者にしてはどうか?』と言う問いかけに、『将来の雪の王妃を嫁にすれば、軍事同盟が破綻する』と断ったことを、お忘れですか?
春の王太子の僕が、雪の王妃を奪う形になれば、確実に軍事同盟は破綻します。我
外交に長ける母上が、雪の国との外交関係を損なう発言をしないでください!」
「求婚した娘をあきらめるとは、何事ですか! それも、雪の恋歌のプロポーズの台詞を言いながら、王家の腕輪を渡した娘を!
春の王子が、未婚の娘に王家の腕輪を渡すと言うのは、生涯で唯一の愛を捧げる行為なのですよ!?」
「……ですから、アンジェに贈ったのは、子供の戯れ言だと申し上げて……」
「わたくしはアンジェリーナ姫を、将来の娘として認めます!
あんな残虐王の血が濃い庶子のファムより、由緒正しき雪の王女、それも善良王の直系子孫のアンジェリーナ姫を王太子妃に迎える方が、春の国の未来のためになります!」
氷の視線で母親からにらまれた、レオ様。根負けして視線を反らし、父親の国王陛下をご覧になりました。
お二人は、父と息子の会話を始めます。国王陛下に注目して、春の貴族が鎮まったため、男の会話が丸聞こえですけどね。
「……父上。母上が暴走しております。春の貴族たちに、ファムとアンジェ、どちらを将来の春の王妃に迎えたいか、問うてみますか?」
「問うて、どうする? 幻の王妃を問うて、どうするのだ?
数多の花が咲き乱れる春の国と言えど、決して手にすることができない幻の花が、アンジェリーナ姫。
そこら辺の道端に生えておる、雑草のようなファムとは、次元が違う。
春の国どころか、森や海の王子ですら、手にいれることができなかった、世界最高の王女なのだ」
「……父上も、アンジェを高く評価しているのですね?」
「うむ。『将来の雪の王妃』の呼び名は、伊達や酔狂では無いな。
まだ成人前の子供だが、今すぐ雪の王妃になっても、王妃の公務をすべて完璧にこなせると、私は見ておる。
そして、大国の雪の国では才能が埋もれてしまい、王妃に甘んじるであろうが……中堅の我が春の国でなら、国王にすらなれる逸材だな。
春の王位継承権を持つゆえ、実現可能なのが、またおそろしい。
レオナールとて、同じ判断をしておるから、アンジェリーナ姫を雪の国に渡さぬのであろう?」
「……父上も、人が悪い。こんな時まで、僕の王太子の資質を試すなんて。
去年、アンジェを雪の国に渡していれば、雪の新国王との養子縁組が成立。アンジェが雪の王太子にされ、紅蓮将軍の息子が婚約者になっていたと思います」
「そのように判断した根拠は、なんぞ?」
「アンジェは、世界的に見ても、春の王位継承順位が高いですからね。
雪の新国王が持つ権力を総動員すれば、春の国から僕やラインハルトを排除し、アンジェを王位継承順位第一位に押し上げ、春と雪の王太子を兼ねさせる事もできました。
すなわち、雪の国は『合法的に二つの陸の塩を、春の国土と国王の地位ごと手にいれる事が可能』だったんですよ。
春の王太子ならば、それくらい読み取れますって! きちんと、父上の期待通り、アンジェを呼び寄せたでしょう?」
「なんじゃ、気づいておったのか! 雪の国の思惑を読み取り、私の期待に応えられたことは誉めよう。王太子として合格点だ。
しかし、答え方が可愛いげのない息子だな。アンジェリーナ姫やエル姫は、あれほど可愛い返答すると言うのに。ちいっとは見習わんか!」
「僕は息子です! 娘のような、愛嬌は期待しないでください!」
雪の国による、春の国乗っ取りシナリオを、さらりと口にする春の国王と王太子。
王太子に具体的に指摘され、ようやく気付いた春の貴族たちが、顔色を変えて私を見てきます。
ちょっと! 警戒を向けられると、私の作戦が、また狂うじゃありませんか!