170話 侯爵家の断罪、その6 真実の暴露。平民の妾夫人と名ばかりの王女でした
春の王太子のレオナール様は、ぎこちない動きで、私の方をご覧になられました。
ぎぎぃと、荷馬車がきしむような音が響いた気がします。
「おい、アンジェ。お前の母上、強いな?」
「……レオ様のおばあ様こそ、お強いですよ。うちの母に淑女教育を施して下さった一人は、レオ様のおばあ様ですからね?」
「……うむ、そうだったな。おばあ様は、春の王族の重鎮だから、はくりょ……発言力がありすぎる」
今、「迫力がある」と言いかけて、「発言力がある」と言い直しましたね?
遠い視線になりながら、レオ様は短く感想をもらします。
私は、本領を発揮し続ける、最強の母の姿を見て、珍しく現実逃避したくなりました。
先ほど気になったことを、レオ様に聞いてみます。
「ファム嬢のお母君って、『春の王族の正式な花嫁』では無いのですか?」
「うむ。春の国の法律上、ファムの母上は公爵家の正式な奥方として扱われない」
「えーと……法律上という事は……正室では無くて、側室扱いでしたっけ?」
「何を言っている? 正式には『平民の妾』だろうが。ファムの母上は『平民の妾』として、西の公爵家の戸籍に記載されているぞ」
遠い視線のまま、ボソッと発言される、王太子。
ショッキングな事実を知らされ、目を丸くしながら思わず叫ぶ……演技をしました。
「えっ! サビナ夫人が、本当は平民の妾!?
平民の妾って、平民の妾って……一人娘のファム嬢は『本当は春の王女』では無く、『西の公爵家の庶子』と言うことですか!?」
「えっ!? アンジェ、知らなかったのか?」
「知りません! 西の公爵家の戸籍は、春の国王陛下が断固として、見る許可を出してくれなかったので、存じ上げませんでした!
庶子ってことは、貴族よりも下の地位で、平民より少し上……すなわち、準貴族と言うことですよ!?」
私の大きな声に、あわてふためくレオ様。私に負けず劣らず、青い瞳を見開いて、見返してきました。
「……お前、仮にも雪の王族だろう? それも、将来の雪の王妃! それなのに、知らなかったのか?」
「はい。初耳です! まあ、昔からファム嬢の王位継承順位が、おかしいとは思っていましたけど……残虐王の血が濃いから、意図的に下げられていたと思っていました。
春の国内だけで見ても、男爵令嬢である私より低くて、最下位でしたからね」
「そうか……知らなかったのか。情報通の北の名君の孫が、知らなかったと言うことは、お前の周囲の大人たちが隠したんだろうな」
嘘です。知っていました。庶子と知っていたから、あえて本人や人前で、「王女殿下」とか「様付け」で呼ばなかったんですよ。
あんな、おバカで悪魔の血筋の持ち主、しかも平民の妾の子供ごときが、尊き王女扱いされるなんて、冗談じゃありません!
春の王女と呼ばれると言うことは、生まれついての雪の王女である私と、同列扱いですよ!?
雪の王女として、厳しい教育を受け、王位継承保持者として相応しい帝王学を身につけた私。
甘やかされてワガママに育ち、気品あふれる王女らしき言動が一つもできない、頭お花畑のおバカさん。
こんな二人を一緒にしないで! 一緒にされる私は、大変迷惑です!
「……まあ、僕の個人的立場として、ファムを『王女』と呼ぶのは、賛成できん。
あんなにアホで浮気性で傲慢な言動しかできん女が、偉大なる春の王女であるローのおばあ様や、麗しき戦の王女であるライの母上と、同列のわけなかろう!」
私の心の声に同調してくれたのか、レオ様は本音を語ってくれました。
レオ様の味方である、南地方の貴族たちは深く頷きます。
国王派の東地方の貴族も、半分くらいが納得した顔つきです。
ファム嬢の影響を受けやすい、西地方の貴族は、いたたまれなくなったのか、視線を反らしました。
「ついでに言えば、去年、ファムが王位継承権を放棄しても、最下位の継承者だったから、春の国にも、世界にも、何の影響も無く済んだ。
はっきり言って、分家王族の庶子の王位継承者なんて、居ても、居なくても変わらんぞ!
『貴族より下の地位で、平民よりは少しマシな王位継承権保持者』と見なされるんだからな。
僕の親戚になる、南の侯爵家の血筋には、ファムよりも継承順位が高くて、国王に向いているヤツがゴロゴロいる」
「確か……そこにいる、西の辺境伯の孫殿や、外務大臣の子息殿も、春の王位継承権保持者ですよね?」
「そうっす。自分の母上は、南の侯爵分家出身っすからね。ファム様より、自分の方が、継承順位が遥かに高いっすよ。
アンジェ秘書……いや、湖の塩伯爵の血筋のアンジェリーナ王女に比べたら、遥かに低いっすけどね」
「当たり! ボクの母方のおじい様は、南の侯爵家本家から伯爵家に婿養子に入ってるからね。その伯爵家から、子爵家に嫁いだのが、ボクの母上。
南の侯爵家の持つ、王位継承権は、家から出ても孫までは認められるから、ボクも王位継承権保持者の一人になるんだ。
ボクら二人が、レオ様の側近に選ばれたのは、王太子の予備候補でもあったからだよ」
レオ様の近くに控えていた、王太子の側近たちを指差すと、王宮騎士団長の子息殿と外交官の子息殿は、にこやかに笑いました。
「そこ、驚かない! というか、春の貴族失格です!
王位継承権は、国家を成立させるための基本。
外交文章に記されていた、私の持つ湖の塩伯爵の血筋を知らないだけでも、貴族の位を取り上げられるほどの、大失態ですよ?
春の国民なのに、善良王の直系子孫を知らないってことなんですから。
これに懲りたら、ご家族揃って、上位三十名の春の王位継承権保持者くらいは確認して、把握しておいてくださいね?」
下位貴族……東西の地方の男爵と子爵たちは、驚きの声をあげました。
ざわめく人々に、右手の人差し指を突き付け、牽制しておきます。
「宿題の期限は、私が東地方の視察から戻るまでです。
きちんと三十名答えられない場合は、勉強したばかりのうちの六才の末っ子を講師に任命し、きっちり覚えるまで、何度も何度も教えさせるで、そのおつもりで!」
うちの末っ子をしかるつもりで怒ったら、彼らはコクコクと頷いていました。
六才児に勉強を教わるなんて、貴族のプライド木っ端微塵になりますよ。
必死で調べて、覚えてくれることでしょう。
「レオ様、話を戻しますけど……サビナ夫人は、西の侯爵家の令嬢でしたよね? それが、なぜ、平民に?」
「……ファムの母上は、王子妃教育を受けている段階で、身ごもったらしい。
婚約すらしていない状況だったので、僕のおばあ様や大おば上は激怒して、両親である西の侯爵先代当主夫妻を、王宮に呼び出した。
結局、ファムの母上は『ふしだらな娘』の烙印を押され、貴族の戸籍を剥奪されて、平民に落とされたのだ」
へー、医者伯爵家の女帝様と先代王妃様を、激怒させたんですか。あの最凶の女性たちをねぇ。
そりゃ、平民におとされますよ!
「なるほど。では、実家を追い出され、平民になった娘を哀れに思い、公爵閣下は自分の家に招いたのですね?
サビナ夫人は、西の公爵家に半年ほど身を隠し、ファム嬢を産んだとお聞きしておりますからね」
「……いや、真実は違う。ファムの誕生経緯は、医者伯爵家が情報操作して、隠していたんだろう。西地方の赤っ恥だからな。
こんな事態になったから説明するが……ファムの母上は、子供を産むまでは、王都にある西の侯爵家の屋敷に軟禁され、出産後に遠くの修道院送りになる予定だったらしい。
だが、ファムの母上は張り役の使用人や騎士といった、侯爵家に仕える男たちに色目を使って虜にし、実家から逃げ出した」
「……はい? 侯爵家の男性たちを、虜にした?」
「うむ。それぞれの男に、『お腹の子供の父親は、あなただ』とか言って、だましたらしいぞ。
そして、実家から逃げ出して、こっそり馬車で向かったのが、西の公爵家の離宮。
馬車が離宮の前に到着したとたんに、サビナ夫人はお腹を押さえて苦しみだし、紆余曲折あって西の公爵家に運び込まれた。
そして、公爵家に半年立てこもり、ファムを産み落としたそうだ」
レオ様は遠い視線のまま、腕組みして、話を続けます。
「生まれた赤子が娘だったばかりに、春の国は大混乱に陥った。
なんせ、数十年ぶりに生まれた、春の王女の可能性が出てきたからな。
ファムの母上が『子供の父親は、婚約予定だった西の公爵のネロ王子』と言い張ったせいで」
「……サビナ夫人に、子供の父親だと騙されていたっぽい、西の侯爵家の使用人や騎士たちは?」
「侯爵令嬢を逃がした不始末を問われ、西の侯爵家から暇を出されて、それぞれの故郷に帰ったとは、聞いている」
あー。これは、西の侯爵家に始末されたんですね? 死者に口無し。
父親候補が軒並み殺されたから、父親の特定ができなくなり、婚約者になるはずだった、ネロ公爵の子供で通ったと。
「まあ、医者伯爵家の次期当主、ローエングリンからの極秘情報だと……ファムの父親候補は西の侯爵家の使用人以外にも居て、全部で三百人近くだったらしい」
「三百人!?」
「ファムの母上が軟禁される前に、男から貢ぎ物を受けとるため、会う男、会う男、全員に『実は身ごもっていて、お腹の子供は、あなたの子供なの』と伝えて、貢ぎ物を脅し取っていたことが原因らしい。
脅し取っていたから、おばあ様たちが懐妊を知ることになったわけだが。
その三百人の中に、西の公爵当主も含まれていて、ファムが生まれてから、『自分の子供だと認知』した」
「……王子が認知したら、子供に王族の戸籍を与える必要が出てきますよね?」
「うむ。だが、ファムの髪や瞳の色は、春の王族の特徴を受け継いでいなかった。
それどころか、どちらの両親にも全然似ていない茶色だから、東と南地方の貴族が、王族扱いに猛反発してな。
ファムが生まれて半年後に、医者伯爵家の王子たちが『森の王家の先祖返り』と最終判断をくだして、東と南の貴族をなだめた」
えっ? なに、その経緯? ファム嬢って、冗談抜きで、父親候補がたくさんいたの!?
思わず、目を見開いて、サビナ夫人を凝視しましたよ。
さっき、非公式会談の最後に、嫌がらせ目的で、サビナ夫人の不貞疑惑のウワサの種をまいたのに……。
真実に近いウワサとして、春の国どころか、世界中を駆け巡ることになりそうですね。
おそらく『世界四大ブサイク女』のウワサも、国際社会で活発に流れることでしょう。
「ファムの両親の結婚を巡り、西地方の貴族は、真っ二つに割れた。
残虐王の血筋を嫌悪する世襲貴族と、西の侯爵家に洗脳され、残虐王を信奉するようになった新興貴族に。
新興貴族と、裏事情を知らない春の国民の世論に勝てず、国王である僕の父上は二人の結婚を仕方なく許した。
ようやく、ファムの母上は『平民の妾』、一人娘のファムは『庶子』として、西の公爵家の戸籍に登録されたそうだ」
「お待ちください! 我々は、残虐王の信奉者ではありません!」
「むっ? 西の新興貴族は、西の侯爵家の味方をして、ファムの両親を結婚させたと聞いているぞ」
「我々は、被害者です! あの忌まわしき血筋の者に、騙されたのです!」
レオ様の発言の途中で、不敬と知りながらも、割り込んだ者がいました。視線を向けると、新興貴族の跡取り息子ですね。
春の王太子に、残虐王の信奉者扱いされれば、お家断絶させられます。お家の未来を守るために、跡取り息子はイスから立ち上がって、必死の形相でしたよ。
……ちょっと助けてあげましょうか。
新興貴族を西の侯爵から引き離し、私たちの味方にするのに、利用できそうですからね。
「レオ様。少なくとも、農家から貴族になった者たちは、被害者です。
むしろ、商人から貴族になった者が、残虐王の信奉者の可能性が高いですね」
「……アンジェ。そう判断する根拠は、なんだ?」
「雪の王族の帝王学で学んだことが、根拠です。
商人と言うのは、あちこちを移動するので、情報収集を得意とするものです。
対して、農家と言うのは一ヶ所に定住するので、情報収集が苦手ですね。
ゆえに、農家は洗脳しやすく、商人は洗脳されにくい。
戦争を優位に運ぶなら、戦場周辺の敵国の農家を洗脳し、仲間に引き入れます。こちら側の食料調達を楽にし、敵国を苦しめられますからね。西の侯爵家は、これを利用したのでしょう」
「雪の王族の常識なのか……軍事国家らしい帝王学と言うか……。
冷静に考えると、ものすごく嫌な戦法だな!? ますます、雪の国と戦争をしたくないぞ!」
「ちなみに商人の中にも、騙されている被害者は居るとは、思いますよ?
西の侯爵当主は『商務大臣』と言う、商人に大きな影響力を与える、重要な役職についていましたからね」
とある戦術を、大幅にはしょって説明してあげたら、春の王太子は仏頂面になりました。
王太子の視線を盗み、新興貴族の跡取りを息子をみやります。跡取り息子は、珍獣を見る目付きで、私を見返してきました。
「……北地方の貴族なのに、西地方の味方を?」
「おい! このドアホ、口を慎め!
アンジェは、善良王の直系子孫、湖の塩伯爵のひ孫だぞ。春の国の民は、自分が守るべき民と心得ている。
残虐王の直系子孫で、民を苦しめてばかりだったファムと、同列に考えるな!
だいたいなぁ。お前たちが善良王の直系子孫のアンジェを、そのような色眼鏡で見るから、僕とて『残虐王の思想に染まっている』と、判断せざるを得なくなるんだぞ?
善良王の思想に同調すると言うのなら、相応しい態度をとれ!」
レオ様が仏頂面で一喝すると、跡取り息子は、目の前の机に額をくっつけるほど頭を下げて、平謝りしてきました。
いやはや。「善良王の直系子孫」の肩書きは、春の国民に良く効きますよ…。
「謝罪は受けとりましたので、もう顔を上げてください。
……あっ! そう言えば、あなたの家は、秋の豊穣祭に向けて、荷馬車を新調するための補助金申請をしていましたね?」
「……そうですが?」
「昨日、王太子の所に嘆願書が提出されていたのですが、書類の不備があったので、差し戻ししました。
法務大臣所属の書記官たちに、正式な書類の書き方を習い、再提出されることです。将来、あなたがお家を継いだときに、役立つと思いますよ」
「……はあ」
「それから、荷馬車申請は、同じように申請してきた西地方の新興貴族の家が十軒ほどあったので、連名で嘆願書を出すのも、一つの方法です。
現役領主である、私の経験上、連名の方が許可が出やすいですね。ただ、連名だと補助金の金額が下がるので、ご注意を。
連名か単独、どちらを選ぶにしても、お母君とよく相談してから、嘆願書を提出することですね。
あなたは跡取り息子に過ぎず、最終的な決定権を持つ現在の当主は、あなたのお母君なので。
当主の意向を無視して勝手に行動すれば、あなたは失望され廃嫡、弟君が跡取りになるかもしれません。
少なくとも、世襲貴族ならば、よく起こる事ですからね。ご理解できましたか?」
「あ……はい……ありがとうございます」
私の話題転換に、顔を上げて、鳩が豆鉄砲を食らった表情になる、跡取り息子。たどたどしく、返事をしてくれました。
跡取り息子の周囲では、驚いた顔つきで、西地方の新興貴族がひそひそ話を初めました。
私に関する話題か、補助金申請の話題かは、さすがに聞こえませんけどね。
まあ、口達者な私にかかれば、跡取り息子一人を丸め込むくらい、簡単ですよ。
そして、一人が傾けば、周囲も引きずられる可能性が高くなります。
西の侯爵派の新興貴族が、仲間割れを起こすのも、時間の問題ですね♪
これにて、三日連続掲載は終了します。三週間ほど、投稿できなかったので…。
来週からは、再び週一回の投稿に戻る予定なので、気長にお付き合いいただけるよう、お願い申し上げます。
……機械のトラブル、怖い。
四万文字近く、一気に消えて、心折れそうになった……。