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169話 侯爵家の断罪、その5 ……オソロシヤ、最凶の女性たち……

 キーキーとわめきたてる、西の公爵家のサビナ夫人と、その姪っ子の西の侯爵令嬢。

 あまりの見苦しさに、とうとう春の国の王妃様が、静かにぶちギレたようです。

 わざわざ席から立ち上がり、閉じた扇子で二人を指しながら、王妃命令を出します。


「静かになさい! あなたたちの発言を、王妃の名の元に禁じます!

雪の国の王族の方々が発言されていたと言うのに、許可なく話に割り込み、金切り声でわめきたてるなど、不敬の極みですよ!」

「春の王妃様、ご安心なさって。彼女たちは、野蛮な残虐王の濃い血筋を持つ、女性たちですもの。

人間らしい知的な行動は、最初から一切、期待しておりません。

ですから、人間である王妃様が、野蛮な獣の遠吠えに、いちいち目くじらを立てる必要はありませんわ」

「彼女たちが、野蛮な獣ですか?」

「ええ、教育の行き届いていない、野蛮な獣ですわね。

なんと言っても、彼女たちは裏切り王子の母方の祖父母の血を受け継ぐ、忌まわしき血筋の娘たちですもの」


 雪の天使の微笑みを浮かべながら、おっとり答える、私のお母様。最強の母の本領発揮です。

 レオナール様のお母君は、真顔でうちの母を見つめました。


「ホホホ。そう言えば、裏切り王子は、人間では無く、野蛮な獣でしたね」

「ええ。医者伯爵家のお母様や、王妃のお母様たちのお慈悲で、なんとか生きる事を許された、忌まわしき血筋です。

本来ならば、世間から隔絶されるべき野蛮な獣たちは、西の公爵家の王子様が手綱を握ることで、やっと人間の世界に顔を出すことを、許されているのでしょう?」

「そうですね。野蛮な獣に、人間の常識を理解させるのは、無理でしたね。

ましてや、王宮と言う、人間の集まる場所に、野蛮な獣が適応できるわけありませんね。

……あなたたちには、わたくしの娘たる、春の国の現王妃が黙るように命じたはずですよ。野蛮な獣は、人間の言葉も忘れたのかしら?」

「ホホホ。ムダな事は、止めておきなさい。わたくしの可愛い妹。

『春の国の先代王妃』という貴き身分の人間の言葉が、野蛮な獣たちに理解できるわけありませんからね」


 王家の微笑みを浮かべ、さらりと会話に参加してくる、春の先代王妃様。

 先代王妃様の義理の姉に当たる、医者伯爵家の王女様は、氷の視線を一つ投げ掛けます。

 再び、わめきかけた西の侯爵令嬢は、氷の視線に負けて、顔を青ざめさせながら、口をとざしました。

 西の侯爵令嬢が黙った後、うっかりした表情を作り、右手を頬に当てて見せる、私のお母様。


「あら、いけない! 私としたことが……。

『医者伯爵のお母様』や『王妃のお母様』では無く、『医者伯爵の王女殿下』『先代王妃様』と、お呼びするべきでしたわね?」

「ホホホ。今回の言い間違いは、見逃してあげましょう。

()()には、『あなたは、わたくしの長男の花嫁。すなわち、将来の春の王妃になる娘なのだから、国民の手本になるように、落ち着いて行動するのですよ』と、諭して教えたこともありましたね。

あなたへの淑女及び王妃教育は、人間相手だったから、楽しかったですよ?

そこにいる、野蛮な獣たちを、人間らしく見えるように調教しようとしたときは、本当に(わずら)わしかったです」

「本当に調教は、面倒なだけでしたね。

多少は人間らしくなれるように、わたくしとわたくしの可愛い妹が、直々に人間としての教育を施そうとしたのに、獣らしく歯を剥き出しにして、反抗してきました。

野蛮な獣が、いくら人間のふりをしても、獣臭さを隠せないのだと、実感しましたよ」

「そうですね。敬愛する、お姉様。感情を高ぶらせ、ところ構わず、金切り声で叫んでヒステリーを起こす姿は、本当に獣そのものです。野蛮過ぎて、見苦しいですわ」


 ……怖い、怖すぎる!

 医者伯爵家の王女……いえ、女帝様は、醜いヒステリー魔たちを、とうとう公衆の面前で批難しました。

 先代王妃様も、義理の姉に協力して、侮蔑する視線と態度を。

 義理の姉妹は揃って、西の公爵ネロ当主をジロリとにらみ、冷たい言葉を投げつけます。


「ネロ。あなたが西の公爵家の存続のため、後妻を迎えたいと言ったとき、わたくしが言った事を覚えていますか?

後妻にしたいなら、上流階級のマナーと知識を身に付けた貴族の娘を連れてきて、わたくしたちに紹介しなさいと。

それなのに、行儀見習い中の貴族の娘を後妻に迎えたいと言って、野蛮な獣のサビナを連れてきましたよね?」

「ネロ。あなたが膝をおり、地面に頭を擦り付けて懇願したから、仕方なく、王妃だったわたくしと医者伯爵のお姉様が王子妃教育を施そうとしたのです。けれども、サビナは王子妃教育から逃げました。

あのとき、野蛮な獣が人間になるための教育を、きちんと受けなかった結果が、本日のサビナの態度です。

あなたの監督不行き届きで起こった、この失態。どのように責任を取るつもりですか?」


 ファム嬢の父親は、口を一文字に結び、女帝様と先代王妃様への返事を拒否しました。

 医者伯爵家の女帝様と先代王妃様は、春の王族の重鎮。強い発言力を持ちます。

 いかに分家王族、西の公爵家の当主だろうと、二人に反論はできません。

 重鎮たちの心一つで、年下の分家王族の王子など簡単に平民に落とされることを、ネロ公爵はきちんと理解しているからです。


「あら? 王子妃教育から逃げるような者を、西の公爵様は後妻に迎えたのですか?

王子妃教育なんて、王妃教育や王太子教育に比べたら、赤子の遊びのようなものですのに」

「そうですよ、アン。野蛮な獣であるサビナには、人間を導く立場の王族の役割が、理解できなかったのでしょうね。

あるときは、無断で王子妃教育を休みました。

サビナに教育するため、わたくしは、わざわざ視察公務の時間を短縮させて、昼食後から王宮で待っていたのです。そのまま夕食の時間まで、待ちぼうけをさせられましたよ」

「まあ! 視察公務の短縮だなんて! 春の全国民の母親である、王妃のお母様のお姿を拝見することを、春の国民は心待ちにしておりますのに……。

視察公務は、王族と愛しき民との距離を縮め、民の生の声を受けとる、貴重な機会です!

それを、個人的な都合で台無しにする者が王族の花嫁とは、嘆かわしいですね」

「アン。サビナは、正式な王族の花嫁では、ありませんよ?」

「……ああ、そうでしたわね。王妃のお母様、申し訳ありません。

長らく、政治の表舞台から離れておりましたから、すっかり忘れておりました」

「ホホホ。今回は見逃しましょう。仕方ないですね。アンは政治から二十年近く離れていたのですから」

「そうそう、こんな事もありましたね。サビナは、あるとき仮病を使って、王子妃教育を休みました。

わたくしは心配して、王宮医師長であった夫に頼み、西の侯爵家に訪問していただいたのですけれど……。

わたくしの夫が伯爵階級であったため、サビナの父親は、侯爵の権力を振りかざして追い返したのです」

「まあ! 医者伯爵のお母様、本当ですか!?

王女に頼まれた者……すなわち王女の代理人として遣わされた使者を、貴族が追い返すなんて!」

「サビナの父親の行動は『自分が一番偉いという、あの傲慢な残虐王の思想に基づいて行われたようだ』と、当時の夫は分析しておりました。

この頃から西の侯爵家は『分家王族を乗っ取って、自分たちが春の王族に成り代わろう』と、考えていたのでしょう」


 医者伯爵家の女帝様と、先代王妃様と、最強の母の茶番劇が繰り広げられます。

 存在感がありすぎる女性たちを前にして、春の貴族たちは恐怖にとらわれた表情を浮かべ、ドン引きしていました。

 本能的に、「この三人に逆らってはいけない!」と、悟ったことでしょう。


「オデット姫、こちらへおいでない」


 私の妹の強ばった表情に気付いた王弟妃様は、優しい笑顔を浮かべ、手招きします。

 女帝様と先代王妃様と最強の母を、キョロキョロと眺めた後、オデットは背上げ用の台から降りました。

 手招きしてくれた王弟妃様の所へ、足早に逃げます。


「……お母様が、お母様では、ありませんわ!」

「オデット姫。良く見ておきなさい。王族の女性は、愛しき民を守るためなら、己の命すらかけて戦う勇敢な存在なのです。

残虐王の忌まわしき血筋から、愛しき民を守るために戦っているのです」

「残虐王の血と戦う?」

「……かの極悪非道な残虐王の血は、春の国の西地方の世襲貴族に生まれたならば、誰でも受け継ぐそうですね。

ゆえに、『西地方の貴族は、残虐王の血の誘惑に負けない、正しい心を身に付けるために、由緒正しき紳士や淑女教育を受ける』と、医者伯爵のお母様はおっしゃいました」

「医者伯爵のお母様?」

「オデット姫の将来のおばあ様のことです。医者伯爵のお母様は、厳しい言動をなさる方ですが、その奥底には深い愛情があるのです。

なんと言っても、あの善良王の直系子孫。生まれながらの春の王女なのですから」


 戦場から逃げてきた、私の妹を(かくま)いながら、西の戦の国から嫁いできた王女は言い聞かせます。


「戦の国から送られた人柱の花嫁として、春の国に到着したばかりのわたくしに、『今日からあなたは、春の国の住民です。わたくしが守るべき、愛しき者の一人ですよ』と、笑いかけて出迎えてくださった事は、今でも忘れられません。

わたくしを、戦争を仕掛けた加害者の国の王女ではなく、『未だに発生する、裏切り王子の被害者』と呼んでくださる、慈悲深いお方なのです」

「医者伯爵のおばあ様と宝石姫様は、仲が悪いのでは、ございませんの?」

「いいえ。わたくしとお母様は、とても仲良しですよ?

わたくしの戦の国での名前を、春の国風の発音に代えて『宝石姫』と最初に呼んでくださったのは、医者伯爵のお母様です。

お母様は、オデット姫のお姉様アンジェリーク姫のように、高みを目指して、自分にも、他人にも厳しく接する性格なので、奥底にある慈愛を読み取れない者が居るのかもしれませんね」

「まあ。医者伯爵のおばあ様は、お姉様のような性格なのですか!?

……お姉様のように、自他共に厳しく接する人。それならば、あの言動も、納得できます」


 あのー、オデット? 王弟の奥方様? 何ですか、その比較対象は!

 あなたたちの会話を盗み聞きしていた春の貴族たちが、一斉に私を見てくるんですけど……。


 私を見た後、医者伯爵の女帝様をご覧になり、ウンウンと納得してるじゃないですか!?


「いかに慈悲深い、王族の女性であろうとも、これからの春の国の事を思えば、非情な決断を下すしか無かったのでしょう。

『王家乗っ取りする者は、許せない! 残虐王を信奉する、忌まわしき血筋は、この世から排除する必要がある!』と」

「お母様たちは、残虐王の血に抗う西地方の世襲貴族のために、あの罪人たちを『野蛮な獣』と呼んだのですか?

西の世襲貴族に、残虐王の血に負けた者の末路をあえて見せつけ、裏切り王子のような『野蛮な獣』と呼ばれる未来を回避するために。

私のお母様は、あえて憎まれ役を買って、淑女らしからぬ発言をしてのですね?」

「オデット姫は、聡明ですね。まだ幼き子供なのに、お母様たちの意図をきちんと理解していて、偉いですよ♪

愛しき民のために、忌まわしき残虐王の血と戦う姿を、記憶しておきなさい。将来、オデット姫が担うべき役目になるのです。

この春の国で、唯一生き残った、善良王の直系子孫の娘として」

「お姉様も、妹も、善良王の直系子孫ですわよ?」

「……春の本家王族にも、医者伯爵家にも、王女は誕生していません。

ゆえに、春の国で生き残っている、善良王の直系子孫の娘は、オデット姫と、姉のアンジェリーク……いえ、()()()()()()()()、妹のエル姫の三名のみです。

アンジェリーナ姫は将来の雪の王妃に、エル姫は将来の雪の公爵夫人になる予定ですからね。

将来の春の国では、医者伯爵家に嫁ぐオデット姫しか、善良王の直系子孫の姫は居ないことになるのです」

「将来、私が、唯一の善良王の直系子孫の娘になる……」


 王弟妃様に、膝の上で抱っこされながら、女帝様と最強の母を見つめる妹。

 思い詰めた表情は、小さな体にのし掛かる重圧を、周囲に分からせるには十分でした。


「オデット! 困ったときは、自分(ぼく)を頼って! 自分たちは、将来、夫婦になるんだから!

父方も、母方も、すべての祖父母が善良王の子孫になるオデットに比べたら、スッゴく薄いけど、自分(ぼく)もあそこにいるおばあ様から、善良王の直系子孫の血を受け継いでいるからね!」

「あっ……はい! ローエングリン様、ありがとうございます♪」


 絶妙なタイミングで婚約者に声をかける、軍師の家系の王子様。

 オデットと視線が合うと、右手の拳で自分の胸を叩きながら、左目でウィンクしてみせます。

 思い詰めていた妹の表情は、ゆっくりとほぐれ、一輪の花を思わせる笑顔を浮かべました。


 オデットとローエングリン様の熱い熱いラブロマンスが始まり、王弟妃様は、大人の余裕の眼差しで、若い恋人たちを見守っています。

 ……私は、そっと視線を反らしました。軽く、ため息を吐きます。

 反らした視線の先では、厚化粧したサビナ公爵夫人が、金切り声をあげていましたよ。


「あなた! あの口うるさい年寄りのババアたちを、黙らせてちょうだい!」

「サビナ! 黙るのは、お前だ! 立場をわきまえろ!」


 さんざん野蛮な獣呼ばわりされ、再び噴火したヒステリー魔は、頼れる年上の夫にお願いします。

 ネロ公爵当主は、やかましい妻の口を、自分の手でふさぎました。


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