168話 侯爵家の断罪、その4 浮気癖の王女って、単なる疫病神ですね
春の国の王太子であるレオナール様は、先ほどの私と妹オデットの会話の中で、気になる言葉があったようです。
金切り声をあげる、ヒステリー魔たちを無視して、いとこ王子に話しかけられました。
「現代の世界四大ブサイク女って、なんだ? 二大ブサイクは、聞いたことあるが」
「……何でしょうね? 世俗のウワサには疎いので、そのような言葉があること事態、初めて聞きました」
「ライも、知らないのか。ブサイクと言うくらいだから……見た目の問題なのだろう。少なくとも、ヒステリー魔になっている姿は、美しいと思えんが」
「レオ、何言ってるわけ? ヒステリー魔と正反対の美人が、この場にいるじゃないか!」
春の王族有数の色男、ラインハルト王子は言葉を濁し、男の株を下げる発言を回避しました。
軍師の家系のローエングリン王子が、横槍を入れましたけど。
はとこ王子を見て、色男は何かを悟ったようです。にこやかな王家の微笑みを浮かべました。
「……居ましたね。世界一の美人が」
「そう、世界一の美人! 一緒に口に出さない?」
「良いですよ。せーので、言いましょう」
王子様たちの会話を聞き付けて、何人かの春の国の貴族たちが視線を寄越してきました。
春の王子様たちが、いたずらっ子の雰囲気をまとった事に、注目した大人たちは気付いていませんね。
「せーの! 自分の婚約者、雪の国のオデット王女殿下だよ♪」
「せーの! 私が心から愛するクレアが、世界一の美人です!」
「ライ、間違っていない? 自分の婚約者のオデットが、世界一の美人だよ!」
「ローの方こそ、間違えていませんか? 私が心から愛するクレアが、世界一の美人ですって!」
「えー、オデットだよ! 将来の美人間違いなし、掛け値なしの美少女!」
「クレアです! 麗しい淑女へ成長途中の美少女!」
「おい、お前ら! 勝手に何を言っている!? 美人って言ってたじゃないか。美人ってことは、大人の女のことだろう?
クレアやオデットなら、世界一の美少女の枠組みになるぞ!」
親戚たちのいたずらに乗り遅れた王太子は、軽い怒声を発します。
言い争いになりそうな雰囲気を、機転を効かせて回避します。
「あ……うん、そうだね。オデットの外見なら、美少女だね」
「クレアは、美人ですよ? 成人前ですけど、私の妻になれば、一人前と認められますから、美人で問題ありません」
「おい、ライ! お前、どさくさ紛れに、何を言っている!?」
「クレアは私の花嫁にします、レオには渡しません。
ローは、世界一の美人と言い切るほど溺愛している、オデット王女と結ばれるんですよ?
私だって、心から愛するクレアと結ばれたいです!」
「ちょっと待て、ライ! クレアは、将来の王妃筆頭候補だ。僕の嫁にするのが、筋が通っているだろう?」
「そんなことありません。レオがクレアを諦めて私に渡し、次点候補のテレジアを婚約者に選べば、円満に解決しますね」
「はあ? 国民が期待している将来の王妃は、クレアなんだぞ? アホなこと、言うな!」
「私は本気です。四年前に引き裂かれ、一度は諦めたクレアが、今、私の目の前に花嫁候補として居るのです。今度は、絶対に諦めないし、手離しません!
国を揺るがす事態になろうとも、私はクレアを譲る気は無いです!
レオは潔く、クレアを手放して、テレジアを口説いてください!」
「お前が、テレジアを口説けよ! あんだけ、貴族の女たちに愛をささやいていたくせに!」
「浮き名を流していたのは、貴族の娘に嫌われるためですよ! 浮気性の王子に嫁ぎたい、物好きな娘は、なかなか居ませんからね。
クレアと結婚できるなら、私は自分の名誉くらい投げ捨てます。手段は選びません!」
……本人たちは内緒話をしている、おつもりなのでしょうか?
私を含めて、聞き耳を立てている者には、丸聞こえなんですけどね。
「ライ。手段を選ばないって、僕に王位継承権を放棄させるつもりか?
僕が王太子で無くなれば、ライが王太子になれるもんな。そうなれば、王妃筆頭候補のクレアが自動的にライの婚約者になって、ゆくゆくは王妃になれるからな!」
「ご冗談を。王太子は、レオが続けてください。私が欲しいのは国王の位では無く、花嫁のクレアです!」
「……あくまで、クレアなのか? 国王では無いのか?」
「国王の息子のレオを差し置いて、王弟の息子の私が国王になるなんて、考えられませんよ!
王位継承順位が揺らげば、私たちの子供の代で、王位争いが起きるのは目に見えています。
四年前、北の雪の国で起こった、王位簒奪を発端とする内乱を知っていれば、誰だって回避しようと方法を考えますよ」
「……ライは、無欲だな。僕と同じように、王太子になるための勉強をしてきたのに」
「私より、ローの方が、国王に近いと思いますけど?
本人がその気になれば、今すぐにでも、王太子の地位を簒奪できるのが、医者伯爵家の次期当主ローエングリンですからね」
「……まあな。医者伯爵家は知謀に優れる家系だし、簒奪できる手段を手に入れつつあるからな」
真顔でキッパリ、ハッキリ宣言する、王弟の一人息子。腕組みして、はとこ王子を見やりながら、国王の一人息子も同意しました。
子供たちの不穏な会話に、春の本家王族の大人たちは、ピリッとした空気をまといます。
「ちょっと! 自分は、有事でも無いのに、春の国王になるつもりなんて無いよ!?」
「今は有事だろうが。どこかのドアホな貴族が、隣国の王族を侮辱したせいで、戦争開幕寸前だぞ。
医者伯爵家の王子たちが、ちょっと本気を出せば、戦争開幕寸前を理由に、王太子を入れ換えることも容易い状況だ」
「うっ……それは否定しないけど。春の国で戦争に一番強い王族は、軍師の家系の医者伯爵だからね。
だけど、自分が本気で国王になるつもりなら、次女のオデットじゃなくて、長女のアンジェを口説いて、去年のうちに結婚しているって。
善良王の直系子孫で、今すぐ結婚できる年齢になっている、唯一の女の子なんだからさ」
「よく言うな? 王太子になるつもりだったから、六年前に僕より先に、ファムと見合いしたんだろう?」
「ファムとのお見合いは、ファムをレオの花嫁にするための裏工作目的だって。
昔も、今も、ファムと結婚して子供を作る未来なんて、絶対に考えられないよ!」
王位継承問題に関して、深刻な表情をしている王太子と、分家王族の次期当主。
医者伯爵家の大人たちが、じいっと若き春の王子たちを観察していました。
「ロー。お前、そこまで、ファムを嫁にしたくなかったのか?」
「自分とファムの子供なんて、絶対に得たくないね」
「ふむ。ローも、ファムが浮気する可能性があるから、嫁にしたくないって、思っていたのか」
「違うって! ファムと結婚して子供を作る未来が、絶対に考えられないだけ。
自分が言った事は、そのままの意味で受け取ってよ」
「ローは、『浮気性のファムは、ファムの母上みたいに婚約前に身ごもって、子供を生む。
そして産んだ子供の父親は、王子と言い張って、強引に結婚する』と思ってるんだろう?」
「なに、そのねじ曲がった解釈!? 自分が言った事は、そのままの意味で受け取ってよ!
昔も、今も、ファムと結婚して子供を作る未来なんて、絶対に考えられないって、言ってるでしょう!」
「……レオ、ロー。堂々巡りしていますよ」
なに? このループする会話。おかしな方向に行き始めましたよ。
ライ様は、いとこ王子とはとこ王子の愉快な会話に、ボソッと突っ込みを入れました。
「あのね。ファムは、この世で一番残虐王の血が濃くて、あの裏切り王子と同じ血を持つ、残虐王の直系子孫なんだ。
そして、西の公爵家は、西地方に領地を持つ王族だから、西の公爵って呼ばれているわけ。
我が医者伯爵家も、元々は西地方に領地を持つ、世襲貴族だったの。
ここまで説明したら、自分の言いたいこと、理解してくれる?」
「……ローは、血の淀みを警戒しているのですか?」
「ライ、正解。医者伯爵家の祖先にも、残虐王が居るわけ。
もしも、自分とファムが結婚していたら、生まれてくる子供は、どれだけ濃い残虐王の血を受け継ぐと思う?
だから、自分は、春の貴族たちに『不出来な王子』と見られる事が分かっていても、ファムと婚約することを拒否したんだよ!
変わりに、残虐王の血を抑えられる可能性の高い、善良王の直系子孫のレオを、ファムの婚約者にしようとしたわけ」
「おい、ロー。もしも、僕とファムが結婚したとしても、ファムの産んだ子供の父親は、僕じゃないと思うぞ。
僕と婚約寸前だったのに、他の男に色目を使いまくり、自室に引き込んで二人っきりでも過ごすような、浮気性の女なんだからな!」
……さて、そろそろ口を挟みましょうか。
春の王子様たちの内緒話に見せかけた情報操作も、上手くいっているようなので。
ちょっと耳をすませば、離れた席の私にも聞こえる音量です。
最初から春の貴族に聞かせるつもりで、王子様たちは内緒話をしていたんですよ。
「レオナール様。ファム嬢の産んだ子供なら、誰が父親でも、問題無かったのでは?」
「はあ!? アンジェ、何を言うんだ!」
「人数の少ない春の王族を増やすなら、一番最善の方法だったかと。
王女の産んだ子供は、確実に王家の血を受け継ぎ、王位継承権を有します。
それが適応され、雪の国の分家王族で、一番王位継承順位が高い一族が、私の属する東の公爵家。
父親と子供の色が一致しなくても、王位継承権を認められるんですよ。その代表格が、海の王家の先祖返りである、おじ様。東の公爵家の女当主の次男として生まれた、雪の王子です」
王子様の内緒話に割り込み、緊急会議を観察している、赤毛のおじ様を、澄ました顔で指差してあげました。
私が割り込んだことで、内緒話は普通の雑談になります。耳を傾ける春の貴族が増えるはず。
「紅蓮将軍は、確実に座長の血を引くぞ。座長のおばあ様は、雪花旅一座へ嫁いだ、海の国の王女なんだから。
ひいおばあ様の色が出たのが紅蓮将軍だと、医者伯爵家が医学的根拠に基づいて発表している以上、十割の確率で、紅蓮将軍は座長の息子と断言できる。
ゆえに、雪の王位継承保持者としても、なんら問題は起こらないはずだ。
ファムの子供の場合、大きな問題がまとわりつく」
「現在の春の国で早急に必要なのは、生まれついての春の王族である、春の王位継承保持者のはず。
春の国内に定住する王位継承保持者のうち、六人が雪の王族なのは、大問題ですよ。
雪の国が国際社会を扇動し、春の王太子を入れ替え、雪の王子や王女を春の王太子に仕立て上げることが可能だからです」
「現状、それは起こり得ないと断言できるな。雪の国で、春の王太子になれる最優力候補が、他でも無いアンジェ、お前自身だからだ!
もしも、お前が僕の変わりに春の王太子になるとしたら、僕は安心して、潔く身を引けるだろう」
「……春の王太子が引退を匂わすのは、どうかと思いますが?」
「お前は、雪の王女であるが、春の国で生まれ育った湖の塩伯爵のひ孫。
春の国に残された、最後の善良王の直系子孫の娘なんだ。
お前の産んだ子供は、絶対に善良王の直系の血を受け継いでくれる!
子供の産めない王子の僕やラインハルト、ローエングリンには、善良王の直系の血を残せる確実な方法が無い。
だから、ローは、善良王の直系の娘を嫁に迎えて、血筋を残す方法をとったんだぞ。僕も協力して、お前の妹との見合いを準備した」
「春の王太子として、善良王の直系の血筋を最優先事項に挙げる、おつもりですか?」
「そうだ。浮気性のファムなら、僕の血を一滴も持たない子供を生んで、僕の子供と言い張るぞ!
下手をしたら、いとこになる西の侯爵家の息子と交わって子供を作り、僕の子供だって言い張る可能性があった。
ファムと西の侯爵家の息子の二人なら、裏切り王子以上に残虐王の濃い血を持つ、子供が生まれることになる。それだけは、絶対に避けねばならん!」
「あー、なるほど。残虐王の直系子孫が、春の国王に成り代わるのを、レオ様は阻止したいわけですね?
善良王の直系子孫の祖母と、南地方の貴族出身の母親を持つ、ローエングリン様ですら、父方の祖父からわずかに受け継ぐ、残虐王の血を嫌悪され、ファム嬢との結婚を拒否されましたから。
現在の西の侯爵家は、裏切り王子の母方の祖父母の直系子孫たちです。
裏切り王子の弟を父方の祖父に持つ、ファム嬢と、西の侯爵家の跡取り息子の間に生まれた子供なんて……ねぇ」
「うむ。理解してくれたようで、何よりだ!」
王太子の切羽詰まった声につられ、聞き耳を立てていたご隠居世代の春の貴族が身震いしていました。
戦争を経験したご隠居世代の貴族にとって、戦争を引き起こした裏切り王子は、悪魔そのものですからね。
その裏切り王子以上に濃い残虐王の血など、この世に必要無い。
ましてや国王になるなど、生き地獄の始まりと、受け取っていることでしょう。
「と言うか、ファム嬢が浮気することが、大前提なのですか? 仮にも、幼なじみの王族として、レオ様と共に育ってこられたのでしょうに」
「……幼い頃から見てきて、ファムの性格を熟知している。だからこそ、歩み寄ろうと努力してきたぞ!
婚約内定してから、どれだけ大切にしてきたか。あいつの機嫌を損ねヒステリーを起こされて、貴族たちに迷惑をかけないように、気を配ってきたか。
それを先に裏切ったのはファムで、あいつは貴族の男……」
「はい、ストップ!レオ様の言う大切にしてきたは、『心を通わせる恋人として、大切なお姫様扱いをしてきた』ですよね?
ファム嬢の場合、大切にされると言うのは『豪華に見える衣装に身をまとい、春の貴族や近隣諸国の王族からうらやましいがられ、自分が優越感にひたれる』状態に置かれることです。
お互いの前提条件が違うのですから、常にスレ違いが起き、婚約者として上手くいくはず無いでしょう!」
私の発言をどう受け取ったのか、愚痴り始める、王太子。
愚痴り始めると長くなるのを知っているので、強制的にストップさせました。
「去年、王都に来て間もない頃、レオ様に散々ご助言申し上げましたよね?
『ファム嬢も、ルタ嬢も、貴族の男性から贈り物をされなれており、品物の値段と品数でしか、相手の愛を確認できないご令嬢です。
ゆえに、貴族の男性より優位に立ち、お二人の記憶に残る王子様になるには、それぞれの好みに会う高価な一点物を厳選して、贈り物にするように』とね」
「父上やおじ上は、婚約者時代の母上やおば上に、自分で庭園から花を選び花束を贈ったっていたときいた。
アンジェだって、僕が手作り花束を贈るたび、大喜びしてくれたじゃないか。
お前の部屋に行くたびに、枯れるまで部屋に飾り続けてくれる様子を見て、心から嬉しく思ったんだぞ♪
それなのに、あいつらは……あいつらは!」
「そもそも、ファム嬢も、ルタ嬢も、レオ様が花束を渡す段階まで到達しておりませんよね?
花束片手にお忍び訪問するたびに、他の貴族の男性がファム嬢やルタ嬢の私室にいて、二人きりっで過ごしていたって、レオ様がおっしゃっておりましたよね?」
「……そうだ。今となっては、心貧しき女どもに花束を贈らんで良かったと、心から思っているぞ!」
わざわざ小首をかしげて尋ねてあげると、レオ様は仏頂面になりました。
憎々しげに吐き捨てたあと、どこぞの歌劇の主役のように、左手を胸にあて、右手の手のひらを上にした状態で私に向かって伸ばしながら、小難しい話を始めます。
「こうして考えると、僕がつんだ花たちは、幸せもの揃いだったようだ。
アンジェみたいな心優しき娘に受け取られ、大切にされたからこそ、枯れるまで……いや、枯れた後もドライフラワーとして、美しく永遠に咲き誇ることができたのだから! なっ♪」
妄想の世界にひたったレオ様が暴走するのは、いつもの事です。
私は無言になり、雪の天使の微笑みを浮かべて、生暖かく見守ってあげました。