表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

167/177

167話 侯爵家の断罪、その3 女装おじ様? 誰のこと?

 会議室の真ん中では、西の公爵夫人「サビナ」が、金切り声でうちの母に、真っ向から勝負を挑みました。雪花旅一座の悪口を、金切り声で並べ立てます。

 最強の母は黙りこみ、冷たく美しい雪の天使の微笑みを浮かべました。


 サビナ公爵夫人が、会議室で悪口を言えば言うほど、雪の王族に対する不敬を重ねることになりますからね。

 春の貴族たちが集まり、春の王族が勢揃いしている、会議室での出来事です。

 さすがに夫になる、西の公爵当主「ネロ」にも、妻の発言を無かったことには、できません。

 舌打ちした西の公爵ネロは、席を離れ、妻サビナに発言を止めるように迫りました。


 公衆の面前で、金切り声と低い怒声による、痴話喧嘩が始まります。

 よくできた春の貴族たちは、分家王族のみっともない姿を、見てみぬふりしました。


「オデット!」


 会議室に「裏切り王子」の単語が飛び交う中、私は声を大きく出し、妹のオデットに話しかけました。妹は、不思議そうな顔で振り返ります。


「なんでしょうか、お姉様?」

「先ほど、医者伯爵家の王女殿下が、『裏切り王子』の話題を出したことに、気付いていましたか?」

「いいえ。女装趣味のおじ様が、淑女になりきって、耳障りな金切り声で叫ぶんですもの。他の方々の声なんて、聞こえませんわ。

お姉様は、子供特有の高い音程の声をお持ちなので、私を呼ぶ声が、かすかに聞こえましたけど」

「……なるほど。王立劇場の舞台上で歌って、最後尾の席まで届く、私の声ですら『かすか』なのですか。

目の前の人物のヒステリーな金切り声は、それを上回ると言うことをですね」


 金切り声でヒステリーを起こす、西の公爵夫人に負けないように声を出したので、なんとか妹に届いたようです。


 ……あれ? 妹の発言に、違和感を感じました。念のために、確認しておきます。


「オデット。目の前の人物たちが誰か、分かりますか?」

「ええ、一人は副宰相をしている、西の公爵王子殿下ですわ。

もう一人は、西の侯爵当主の弟ですわね。

お二人は仲が良いとお聞きしておりましたから、親戚の醜態を止めるため、とうとう西の公爵王子殿下は、お出ましになられたようですわよ」


 ……我が妹よ。素で言ってるの? それとも、わざと間違えてるの?

 演技の英才教育を受けている妹からは、秘めた感情が読み取れません。


「西の侯爵当主の戸籍、きちんと見ましたか?」

「ええ。戸籍には、三兄弟で長男、長女、次男の順で記されておりましたわね」

「商務大臣である長男は、どこに居ますか?」

「あそこですわ」


 私の質問に、右手の人差し指で、きちんと商務大臣である、西の侯爵当主を指差します。


「次男は?」

「ここです」


 妹の右手が動き、目の前でヒステリーに叫ぶ、サビナ公爵夫人を示します。

 私たち姉妹の変な会話に気づいたのか、隣の席を突っつき、聞くように仕向ける貴族が増えました。


「……侯爵当主の妹に当たる長女は、どこに居ると思いますか?」

「妹君は、西の公爵家の屋敷ですわね」

「……なぜ、屋敷に居ると?」

「公爵王子殿下の大切な人なのでしょう? 親子ほど年齢の離れた後妻を、一人娘共々大切にしていると、ウワサに聞きますわ。

現在は、春と雪の戦争が起こる寸前。危険な状態の王宮に、連れてくるはずありません。

大切な妻は、安全な公爵家の離宮においてきて、信頼できる騎士に、命をかけてでも守るように託すはずですわ」


 ……あっ、これ、演技だ。妹は、目の前の人物が、西の公爵夫人って察していますよ!

 察しているけど、嫌がらせのために、無邪気で無知な子供のふりして発言しています。

 外見年齢十才の己の容姿を、最大限発揮してね。


 念のため、右隣に座っていた、はとこのジャックにも、確かめます。


「……ジャック。オデットの目の前にいる、ドレスの人物。どのように見えますか?」

「あん? 厚化粧してひげ面を隠して、女物のドレス着て喜ぶ、中年男だぜ!」


 十五才のはとこは、力強く「中年男」と断言しました。


「……オデットも、中年のおじ様に見えるのですね?」

「ええ。どこからどうみても、女装している年上のおじ様ですわ!」


 妹も、こくりと頷き、年上のおじ様と断言します。

 素直な子供たちの発言に、貴族たちが凍りつきました。

 全員が、ぎぎぃと、荷馬車がきしむような音を出しながら、サビナ公爵夫人を見たように思います。


「誰が、女装の中年ですって!?」


 あっ、本人に聞こえちゃった。ヒステリーな金切り声が、会議室にこだまします。

 はとこは、器用に金切り声を聞き流しながら、発言を続けました。


「しかし……春の王宮って、ずいぶん開放的な環境なんだな?

貴族の男が、日常生活で女装するのを、普通に受け入れ、誰も変に思わず、平然と会議して見せるなんてさ。

雪の王宮じゃ、お祭りのときしか男の女装や、女の男装は見られねぇぜ。

あそこまで、似合わない女装して、耳障りな金切り声で女の声を再現さながら、堂々としていられるなんて……本当に素晴らしい役者魂を持ってると思うぜ!

姉貴のじーちゃんに頼んで、旅一座に役者としてスカウトしたら、どうだ?」


 すっとぼけた表情で、無邪気に感心する演技を見せる、はとこ。

 やんちゃ坊主は、子供っぽく振る舞い、あえて空気を読まない発言をしているようですね。

 元女優だった私の母から、演技の英才教育を受けているジャックは、「心底思っている」と周囲の大人たちに思わせました。


「……オデット、ジャック。非常に言いにくいのですが、あの化け物化粧で、女装して見える人物は、西のネロ公爵の奥方、サビナ公爵夫人です」

「にしのこうしゃくふじん?」


 きょとんとした顔つきで、たどたどしく、私の言葉を繰り返す妹。

 意味が分からないと、小首を傾げる演技をします。


「へー、西の公爵夫人なのか。 ……公爵夫人? ……夫人?

えっ、あの厚化粧の中年のおっさん、もしかして女なのか!?」


 私の言葉で、思いっきり目を見開いた演技をする、はとこ。視線を動かして、ヒステリー魔を凝視しました。

 会議室は静まりかえり、ジャックの仰天した叫び声だけが、こだまします。


「女装じゃなくて、女? 男じゃねぇのか!?」

「お姉様……もしかして、国際社会で有名な……?」

「はい。ジャックとオデット、正解です。

『初対面の外交官は、春の国には女装趣味の中年王子様が居ると、先輩に感想をもらし、あれでも一応、王子妃と訂正されて盛大に驚く』と言われる、あの国際社会の有名人です」

「……そっか。雪の国へ留学している奴らが、面白おかしくウワサしてるだけと思って、聞き逃してたけど……事実だったのか」


 私が淡々と教えてあげると、はとこは顔をひきつらせながら、公爵夫人から視線を背けました。


 真剣な眼差しになって、私をみます。


「あのさ、姉貴。ちょっと話があるんだけどさぁ」

「ジャック。神妙な顔で、どうしたのですか?」

「俺さぁ、雪の王立学園に留学してるじゃん?

春の国からの唯一の留学生だから、雪の王族や他国の王族や貴族たちが、話かけてくるんだ」


 落ち着きなさそうに、右手で後頭部をガシガシ引っ掻く、ジャック。

 口を開きかけて、閉じてを、数度繰り返します。周囲からは言おうか、言うまいか、悩んでいると見えるでしょう。


「言いたいことがあるなら、ハッキリ言いなさい!」

「うっ………えーと……。

春の国の、とある王子妃について、『美的センスが破綻していて、中年女のくせに、若い娘のように振る舞う痴女なのは、本当か?』とか、『白塗りの化け物化粧や、目元や口元がひび割れる厚化粧をしているのは、本当か?』って、他国の奴らによく聞かれるんだ。

『まさか、そんなわけ無いじゃん。王族の花嫁になった娘を敵視している春の貴族が、やっかみで流したウワサだろうぜ』って、笑い飛ばしてたんだけどよ……」


 ここで、一旦口を閉ざす、はとこ。再び、ちらりと、ヒステリー魔を見ます。

 醜くい顔つきで、「不敬よ! 死刑にしてやるわ!」などと、叫んでいました。


「実際に、本物を目にした後だと、雪の国で笑い飛ばす自信が無くなったぜ」

「……まあ、そうでしょうね。なにせ、『現代の世界四大ブサイク女』の一人ですからね。サビナ公爵夫人は。

今後は、『外交官として活躍できるように研鑽をつみ、将来、春の国へ来て、自分の目で真実を確かめるように』と、返答したらどうですか?」

「う……ん。姉貴の助言、参考にならないけど、頑張ってみるぜ。

はぁ……あれが、春の国の王子妃なのかよ。王族の女性って、気品と教養にあふれる、すばらしい美人揃いと思ってたんだけど……現実って、厳しいんだな」


『はんっ。やっぱり、残虐王の子孫、西地方の貴族だけあるぜ! みっともないったら、ありゃしない。

死刑にできるなら、やってみろよ? てめぇの方こそ、死刑にして、返り討ちにしてやるぜ!』


 あからさまに、西の公爵夫人から視線を反らす、はとこ。

 絶望に満ちた表情で、現実を直視できない、思春期の少年の演技をしています。

 周囲の大人の貴族は、夢を壊された少年に同情する視線を送っていましたよ


 私には、毒気付く、はとこの心の声が聞こえた気がしますけどね。


「お姉様! あのような品の無い人が、王子妃と申しますの!?

私やお母様が発言している途中で、いきなりに乱入してきたので、てっきり西の侯爵当主の弟が、横やりを入れてきたと思っておりましたわ!」

「……オデット。女装おじ様と思っていたのに、平気で受け入れて討論していたのですか?」

「ええ。歌劇では、女装や男装を普通にしますもの。

現在、王立劇場では王子が侍女に変装する『銀のバラの王子』を公演中ですわ。

ですので、歌劇の王子のマネをして、男の人が女装するのが流行っていると思っておりましたわ」

「……『王族の花嫁ならば』とか、さっき、言っていませんでしたか?」

「公爵夫人になった姉の影武者として、弟が女装して、危険な王宮にやって来たと思っていたんですもの」

「……影武者……なるほど。……影武者ですか」

「ええ。姉を思う姉弟愛を笑っては、失礼になりますわ。似合だていなくても、知らないフリをして対応してあげるのが、礼儀だと思いますの。

王族なら、影武者が居ても、おかしくありません。雪の国の歴史においても、よくあることですもの」


 目をまんまるにして、大げさに自己主張する妹。

 頭の回転の早い、軍師の家系の婚約者が出来たせいか、とっさの言い訳も上手になってきていますね。

 周囲の大人たちは、「子供の目線なら、そんなふうに突拍子もない考えをしても仕方ない」と、納得してくれていますよ。


 妹の外見は、本当に凶悪な兵器ですね。


「……では、あちらの罪人たちは、どう思っているのですか?」

「お姉様。一昨日した、自分で服をめくって、肩を出しながら、ローエングリン様に近づく痴女の話を、覚えていらっしゃいます?」

「顔に傷があるのか、ひび割れるほど厚化粧している、常識の無い女性ですよね?」

「ええ。私、てっきり学の無い、平民の商人の奥方だと思っていたのですけど……西の侯爵当主の(めかけ)だとは思いませんでした」

「……妾?」

「はい。春の王子様である、ローエングリン様が何一つ許可を出してないのに、勝手に話しかけてきて、勝手に近付いてくる人間なんですもの。

貴族でしたら、王宮で王族の許可なく、発言したり、近付いたら、不敬罪に問われることくらい、常識として知っておりますわ。

王宮の常識を知らないと言うことは、平民ということ。そして、貴族の男性のお側近くに居ることを許される平民の女性は、妾か妾の産んだ子供……言わゆる庶子(しょし)ですわね。

少なくとも、ローエングリン様より年上の外見だから、庶子とは考えられません。そうなると、妾以外にあり得ませんわ!」


 「どう? どう? この考え。きちんと考えられた私って、頭良いでしょう♪」と、得意気な顔つきで、ペラペラしゃべる妹。

 十才の外見年齢は、本当に凶悪ですよ。妹は、己の武器を最大限使う方法を知っています。

 どんなに荒唐無稽な発言をしても、子供の言うことだからと、周囲の人々はあきらめてくれますからね。


「誰が、妾よ!? わたくしは、侯爵令嬢でしてよ!」

「……こうしゃくれいじょう?」


 妾と侮辱された、西の侯爵令嬢は、怒声を発しました。妹は、きょとんとした顔つきになります。


「……オデット。彼女は、まだ未成年です。レオナール様やラインハルト様の一つ年下。

ローエングリン様より、二つ年下の十六才ですよ」

「じゅうろくさい? ……十六才!? 全然、見えません! お母様と同い年か、少し年上と思っておりましたもの!」


 妹の驚きの声に、うちの母と西の侯爵令嬢を見比べる人が、続出。

 まだ二十代の娘で通用する、小柄な絶世の美女が、私たちのお母様ですからね。 

 西の侯爵令嬢と見比べた全員が、「アンジェリーク未亡人よりブサイクで、年上に見える」と、視線で語っていました。


「……それから、自分から肩を見せるのは、春の王都の恋の駆け引きの一つらしいですよ」

「あんなハレンチな仕草が、恋の駆け引きですの!? 信じられませんわ!」

「……まあ、彼女は浮気癖で有名な春の王女、あのファム嬢のいとこですからね。

『現代の世界四大ブサイク女』のうちの二人、サビナ公爵夫人の姪っ子であり、春の王女ファム嬢のいとこなのです!

私たちとは違う世界に住む、不思議な生き物だと思っておきなさい」

「……彼女たちは、違う世界の生き物なのですわね。承知しましたわ」


 オデットに諭すように、しみじみと語りました。

 妹は、珍獣を見る目付きになって、西のサビナ公爵夫人や、その姪っ子の侯爵令嬢を眺めます。

 サビナ公爵夫人や西の侯爵令嬢の金切り声など、きれいさっぱり聞き流しておりました。

西の公爵当主の結婚関連は、オペラ「ポッペーアの戴冠」を元にしています。


●西の公爵当主「ネロ公爵当主」

小説では、西地方に領地を持つ分家王族、公爵家の現当主で、春の王女ファムの父親。

アンジェリーク秘書官が、「北地方の貴族を暗殺した、親戚たちの仇!」と見なしている人物。


・暴君として知られる「五代目ローマ皇帝ネロ」が、モチーフ

皇帝ネロは、人類史上初めてキリスト教徒を迫害したり、 初代ローマ教皇・ペトロを逆さ十字架にかけて殉教させたと言われる。

ただし、暴君と呼ばれる原因になったの、後妻の「ポッパエア」が影で動かしていたという説もある。


・ 新約聖書のヨハネの黙示録に、獣の数字「666」について記述があり、この数字は「皇帝ネロ」を指すとされることもある。


●西の公爵当主の後妻「サビナ公爵夫人」

正室亡きあとに後妻になった、ファムの母親。


・皇帝ネロの後妻になった「ポッパエア・サビナ」がモチーフ。

ポッパエアは、最初に、ルフリウス・クリスピヌスと結婚するが、夫は流刑となった。

二回目に結婚した、マルクス・サルウィウス・オトとは、ネロと結婚するために離婚した。(離婚した夫は、後にローマ皇帝の一人となる)

三回目にネロと結婚したことで、とうとう皇帝妃に上り詰める。

一人娘が生まれたが、幼いうちに亡くしてしまった。


・ポッパエアは優れた美貌を持ち、人々を魅了して離さない会話術を備えていたという。

また、「歴史上、最も化粧に時間を費やした女性」と呼ばれることもあり、毎日の身支度に、百人の手を借りたらしい。



●西の公爵当主の亡き正室

皇帝ネロの最初の妻「 クラウディア・オクタウィア」がモチーフ。


・歴史上のオクタウィアは、父親によって、「ルキウス・シラヌス」と婚約していたが、とある事情(自主規制)で、二人の婚約は破棄。

義理の弟に当たるネロと婚約し、12歳で結婚。同じ日に元婚約者は自殺したらしい。


・ネロと結婚した後も、義理の父親は毒キノコを食べさせられて、暗殺。

弟ブリタンニクスも、ネロによって、13才で毒を飲まされ暗殺されたとされる。

自身も、不妊を理由に離婚、島に幽閉された後、残酷な方法で死亡させられる。

死後も、ネロが後妻に見せるためにと首を切断され、ローマに運ばれたなど、幸薄い人物のようであった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ