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166話 侯爵家の断罪、その2 女帝は、優雅に微笑みます

 

「田舎貴族の男爵の息子が、分家王族の西の公爵家の王子に決闘を申し込むなんて、普通じゃ実現しないよね?

けれども、北の名君には、実現可能だった。なぜか、分かる?」

「……ああ。北の名君のひいおばあ様は、北の侯爵出身。僕のひいおばあ様も、北の侯爵出身。

北の侯爵の血筋を介して、北の名君の父親は、当時の王妃とはこと関係になる。

分家王族の王子が、国王経由で婚約者を賭けた決闘の話を持ってこられたら、さすがに断れないだろうな

断ったら、『臆病風に吹かれて、婚約者を手放した、情けない王子』と、白い目で見られて人望を失い、政治への影響力を低下させることになるから。

まあ、みっともない王族は、目の前から永遠に消えて欲しいと思うとき、あるからな」

「……レオ。男として、最後の一言は、思っていても、口に出したらダメですよ」

「ライの言うとおりだよ。あと、視線を向けたらダメだよ。失礼になるからさ」

「うん? 誰も公爵夫人とは、言ってないぞ?

僕が、もう二度とみたく無いと思ったのは、僕を裏切った王女のファムくらいだ」


 澄ました顔で、いけしゃあしゃあとのたまう、王太子。

 いとこのラインハルト様とはとこのローエングリン様は、顔を見合せ、苦笑いを浮かべました。


 レオ様の視線の先では、西の公爵夫人対私の母と妹の攻防戦が繰り広げられています。

 さっきまで、公爵夫人の礼儀作法の悪い点を、妹が指摘して、母が見本を見せていました。

 二人の口うるささに我慢できなくなった公爵夫人が、ヒステリックに叫びだし、母と妹があきれ、軽蔑の言葉を投げ掛けていますね。


 上流階級の女性の戦いを、世襲貴族は面白おかしく眺めていました。

 ほとんどは元舞台女優である、うちの母の仕草に魅了されているようですけどね。


 三割くらいの貴族は飽きたのか、春の王子様たちの会話に、真剣に耳を傾けていました。

 王太子ですら知らなかった、北の名君の秘話は、興味深いのでしょう。


「……では、ロー。北の名君は、決闘に負けたら自害する条件を、決闘開始直前に突きつけたのでしょうか?

単なる宰相の孫と、義勇軍を率いた騎士が戦ったら、どっちが勝つかなんて、私でも予想はつきます」

「そうだよ、ライ。湖の塩伯爵当主が立ち会いと言う形で、王家は裏切り者の逃亡を防ぎ、その場で決闘に負けたと見せかけて、処刑する予定だったんだ。

決闘に負けて死んだなら、『婚約者への愛を最後まで連ぬき、新たな英雄になった騎士へ、婚約者を託して死んだ高潔なる王子』として、面目を保てるでしょう?

春の王家としても、西の公爵家としても、穏便に裏切り者を処分する落としどころだったんだよ」

「なるほど。予想外だったのは、裏切り王子が条件に怖じけづき、決闘に応じず、不戦敗を選んだことでしょうかね?

国王になろうとした権力の権化が、自分の体裁を投げ捨ててまで、生きることを選ぶなんて、思わなかったのでしょう。

相手が決闘に応じないのなら、北の名君に裏切り者を切ることはできませんからね」

「ふむ。一旦、政治の表舞台から退き、再び力をつけたのち、戻ってくるつもりだったんだろうな」

「レオ。裏切り王子なら、決闘の現場に自分の手の者を紛れ込ませ、北の名君を背後から切りつけて決闘に勝利するくらい、やりそうじゃありませんか?」

「だから、それを防ぐため、湖の塩伯爵当主が決闘の立ち会い人になったんだってば。

さすがに、善良王の直系子孫に敵対しようとする騎士は、西の地方の貴族と言えども、いないからね。

湖の塩伯爵当主が亡くなれば、軍事国家の雪の国を抑えられる者がいなくなるって、敵対心を持つ西地方の世襲貴族にも、さすがに理解できていたからさ」


 ふむふむと話を聞く貴族の中には、西の公爵派も混ざっていました。西地方の貴族は、北地方の貴族が嫌いです。

 けれども、西地方の新興貴族は、戦争であれた西地方を復興するときに、平民から貴族になった人々。

 農家の息子でありながら、義勇軍を率いて戦争を終結させた北の名君に、憧れを抱く者も多いのです。

 北の名君が現在も生きており、北地方の貴族として暮らしていると知れば、秘話に興味を覚えるでしょう。


「……裏切り王子が不戦敗を選び、生き延びたことは、春の王族にとっても、誤算だったみたい。

人の皮を被った化け物、悪魔の申し子を、野放しにしてしまうんだから」

「面白い昔話をしていますね、ローエングリン?」

「お、お、お、おばあ様! ぼ、ぼ、ぼくの話し方に、何か問題が?」


 ロー様の父方の祖母。先代国王陛下の姉は、愉快そうに口角を上げ、声をかけてきました。

 鋭い目付きは、全然笑っていませんけどね。ロー様は、恐怖で後退りします。

 

「あの当時のわたくしは、お父様たちに、立腹しました。

お母様の親戚になる北の名君を利用して、あそこまで追い詰めておきながら、裏切り者を逃してしまったのですから!」


 春の王族の重鎮が発言したことで、注目してくる貴族が、さらに増えました。

 固唾を飲んで、王女様に注目します。


「裏切り王子が戦争を引き起こした結果、春の国の西地方を荒廃させ、多くの騎士と民の命が奪われました。

その上、親戚になる公爵の分家と自分の異母兄弟を、なんの戸惑いもなく殺しました。あの残虐王のように。

それも、『王位継承権を持つ者を減らし、自分の王位継承権順位を上げるため』と言う、実にどうでもよく、道端の石ころ以下のくだらない理由で!」


 王女様の激昂した声が、会議室に響きました。

 ヒステリーを起こし、かなきり声をあげる公爵夫人とは、違う声だったので、一部の貴族は声の主を探そうとキョロキョロします。


「春の国の面子とか、国際社会での地位とか、全部投げ捨ててでも、春の王家の裏切り者をわたくしの手で処分する! 不当に命を奪われた者の仇を打つ!

それが春の王女として、善良王の直系子孫として生まれた、自分の役目!っと、固く心に誓ったのです」


 ものすごく物騒な言葉を、平然と口にする王女に、聞いていた貴族たちはどよめきます。


「幸い、わたくしを守ってくれた嫁ぎ先は、戦の国に親戚を持つ、医者伯爵家です。

軍師の家系として名高い、夫の一族は、全面的にわたくしを支援してくれました。

まず、湖の塩伯爵の姫を……春の国王の地位を、戦の国へ売り渡した、西の侯爵家の罪の告発から、わたくしの戦いは始まったのです」


 そこから、淡々と紡がれる、ロー様のおばあ様の思い出話が始まります。

 王族は、威厳を保つため長々と話す傾向が見られるので、最後の方は聞き流しましたけど。


 短くまとめると……。

 狂える王を打ち倒し、現在の戦の国王になる、英雄王子が、北の名君の情報提供を元に、狂える王の娘を捕らえ、春の国へ連行してきた。

 狂える王の娘は、「裏切り王子はロー様のおばあ様と結婚して春の国王になったあと、さっさとロー様のおばあ様を殺して、春の王妃にしてくれる約束をした」と、春の国民の前で白状する。

 医者王族が、湖の塩伯爵の姫の潔白と、狂える王の娘と裏切り王子の不貞を告白。

 この出来事をきっかけに、ようやく裏切り王子とその関係者は、全員死刑にできた。


 春の国王は、分家王族の不始末の責任をとり、退位して隠居生活へ。弟である王太子は、新たな国王に即位。

 戦争で、うやむやになっていた王太子の婚約者選びは、才女と名高い東の侯爵令嬢と結婚する事で決着。

 新しい国王夫妻は、軍師の医者伯爵が暗躍することで、春の国内と国際社会での立場を強固なものにした。


粛清姫(しゅくせいひめ)、それくらいに。当時の姫様の素晴らしいご活躍を、我らは、今も忘れてはおりませぬよ。

姫様がおらなければ、春の国は、残虐王の再来と呼ばれし裏切り王子によって、今頃、生き地獄と化していたでしょうからな」


 長く苦しい思い出話を止めたのは、ご高齢の農林大臣でした。

 朗らかに笑いながら、同年代の王女をなだめます。


 粛清(しゅくせい)とは、厳しく取り締まって、不純物などを取り除き、清めて整えることです。

 農林大臣の笑顔を見るに、ご隠居世代にとっては、反逆者の貴族や王族を国内から徹底的に排除した王女を、褒め称える言葉なのかもしれません。


「ホホホ。懐かしいあだ名ですね。『北の名君』『西の狼』と共に、『粛清姫(しゅくせいひめ)』も、広がったはずなのですけれど。

いつの間にか、愛しき民たちから、忘れ去られてしまったわね。

アンジェリーク……いいえ、雪の天使()()()()()()()()

あなたの祖父『北の名君』が、恐怖を呼ぶ、わたくしのあだ名を消したのかしら?」

「医者伯爵家の王女殿下。尊き姫を守ることこそ、騎士の誉れにございます。

春の国が世界に誇る騎士、『北の名君と西の狼』の忠義、だまってお受け取りただきたく」

「ホホホ。()()()()()()()()は、騎士の中の騎士、湖の塩伯爵家の最後の娘だけありますね。騎士の忠義を重視すると?」


 顎の下で優雅に扇子を広げながら、私を見てくる、王女……いえ、女帝様。

 なんなんでしょうか、この威圧感。私の言動を、試されているような気がします。


「医者伯爵の王女殿下は、お遊びがお好きなご様子。最初から、私の答えなど、分かっておられるでしょうに」


 あはは……。どうしよう、なんて返事しよう!?

 想定外ですよ、この展開は! 無茶ぶりしないでぇー!


 仕方なく、外交用兵器「父譲りの眼力」を発動しました。

 女帝様の威圧に匹敵するものなんて、私にはこれしかありませんからね。


「私は、湖の塩伯爵家の現当主でありますが、同時に雪の王女でもあります。

雪国は軍事国家。騎士の忠義を重んじる国。特に私の属する東の公爵家は、軍神一族と呼ばれ、雪の国では騎士の中の騎士として知られる血筋。

騎士の誇りを魂に刻みこみ、この世に生まれし私に、『騎士の忠義を重視する?』と問うこと自体が愚問でございますよ」


 医者伯爵家の王女……いえ、女帝様は、合格とばかりに、優雅に微笑みを浮かべます。

 私の支離滅裂な解答は、女帝様に気に入られたみたい。良かった……本当に良かった!

 表情には出さなかったけれど、背中に冷や汗をかいて、慌てていしたからね。


「……今も、昔も、ラミーロとアンジェリークの間に生まれた娘『アンジェリーナ』は、勇ましい王女ですね。

それでこそ、『アンジェリーナ』を名乗る資格がありますよ。ホホホ」


 女帝様の高笑いは、会議室にこだましました。

 貴族たちは、罵詈雑言を止めて、女帝様に視線をむけます。


「アンジェリーナ姫。あなたは、王族に必要な、高潔な精神を持ち合わせていますね。

春の国の恥さらしの王族、西の公爵家とは、大違いです。

命をかけて春の国を守ってくれた、西地方の騎士の忠義を踏みにじり、貴族から平民に落とした、裏切り王子の血筋とは、比べものになりませんよ」


 生まれついての春の王族は、視線の集め方や、民主心理掌握の仕方を、勉強しておりますからね。

 貴族たちの注目が大きくなったと感じたとたん、勝負をしかけましたよ。


「静粛姫と呼ばれていた当時、わたくしは一つ間違いをおかしました。春の王族が減っていたゆえに、間違いをしたのです。

西の公爵家のお家存続を許し、侯爵家の庶子に家督を継がせてしまいました。

今になって強く思います。裏切り王子に繋がる血筋など、すべて処分しておけば良かったわ!

そうすれば、裏切り王子の甥っ子になる、現在の公爵当主が、裏切り王子のいとこを父親に持つ娘を、後妻として迎えることはなかったのに……。

あの裏切り王子と同じ血を持つ娘、ファムが生まれることも、無かったのに!」


 裏切り王子の甥っ子。裏切り王子のいとこの娘。

 これらは、私がさっきから、西の侯爵家を平民に落とすために、口に出していた事実です。


 春の王族の重鎮である王女……いえ、女帝様が真似して、わざわざ口にしたことで、さっきまで罵詈雑言に夢中で、私の話を一切聞いていなかった世襲貴族に、大きな衝撃を与えました。


「……裏切り王子? 裏切り王子って、あの裏切り王子?」

「公爵様が、裏切り王子の甥っ子!?」

「いわれて見れば、確かに甥っ子に当たる……」


「裏切り王子のいとこの娘? 平民の娘じゃあ無かったのか!?」

「平民の孫娘だって、聞いたぞ? もしかして、俺たちは、騙されていた……?」


「ファム様が、裏切り王子と同じ血を持つ?」

「あの裏切り王子と同じ? そうか……だから、ファム様は、レオナール様を裏切ったんだ!」


 あちこちで、『裏切り王子』の単語が飛び交いはじめまします。

 気付かないのは、ヒステリー魔神と化して、うちの母や妹を敵視している、西の侯爵の夫人くらいかな。

 西の公爵当主は、女帝の発言をきいて、舌打ちしているようでした。


 それから、「騙されて、侯爵の娘と公爵当主の結婚の後押しをさせられた」と叫んでいる、新興貴族殿。

 騙されたのではなく、医者伯爵家や世襲貴族が反対していた理由を、「お貴族様が嫌いな、あなたたちがきちんと確かめなかった」だけでしょう?

 まあ、自分勝手な怒りは、責任転嫁して、西の公爵や侯爵にぶつけれくれるなら、感激してあげますよ。



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