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164話 春の国の貴族は、頭の回転が鈍いですね

 現在地は、会議室の近くの小部屋。

 緊急会議に遅れて参加するため、春の王太子レオナール様の近衛兵たちに守られながら会話をして、時間潰しをしていました。

 レオ様と王妃様の親子の会話を、近衛兵たちはこっそり教えてくれます。


「なるほど。王妃様は、私が東国から来る王子や、東地方の騎士団の騎士に見初められることを、恐れているようですね。

王太子のレオ様に守れと命じる辺り、よっぽど、切羽つまっているのでしょう」


 えっと……なんで、無言で私の肩を叩くの? その生暖かい眼差し、なに?


「アンジェリーク秘書官、いえ、アンジェリーク姫様。

我らは、レオナール様の味方であり、姫様の味方です。お二人が並び立つ日を、楽しみにしております!」


 騎士たちの言葉の意味が分からず、眉を寄せてしまいます。


「雪の天使の姫、そろそろ会議室へ移動なさってください」


 そつこうするうちに、レオ様の親戚になる、王太子の新人秘書官殿が呼びに来ました。

 はとこのジャックにエスコートされ、会議室に入場します。


 ……なんと言うか、思ったより穏やかですね。もっと紛糾していると思ったのですが。

 北と東と南地方の国王派貴族連合と、西地方の西の公爵派貴族の戦場と化していました。

 西の公爵派代表は、西の侯爵家出身の公爵夫人。

 貴族連合のリーダーを努めるのは、私の母と妹でした。


「下等な血筋は、おつむも弱いのね。しょせん田舎貴族の子供ですもの。育ちがしれるというもの、オホホ!」

「こらっ! 王族の花嫁が、下品な笑い方をしてはいけません!

大きな口をあけて、歯を見せながら笑うなんて、言語道断ですよ!」

「よろしいですか? 今は扇子を持っていないのですから、左手を扇子の変わりに使いながら笑うのですの。

人差し指から薬指は軽くそろえ、親指と小指は自然に開きます。

そのあと、口元を隠しながら、笑います。ホホホ」


 背上げ用の台の上に陣どり、公爵夫人に右手の人差し指を突きつけて、厳しく注意する妹。

 失望のため息をはきながら、わざわざ左手を顔の近くまで、持ち上げて、指使いを教えるお母様。


 さすが、元舞台女優! 母の淑女の微笑みは、気品と育ちの良さを感じさせる、完璧でなものした。

 見守っていた人々から、感嘆のため息がもれています。


「さあ、あなたもやってください。こらっ! 指先使いが違いますわよ!

小指は揃えるのではなく、軽く開くと、お母様はお教えしました。やり直しなさい!」


 ……なんだろう。想像していたのと、全然ちがう。


 ここ、会議室だよね? 戦争突入寸前で、緊急会議中だよね?

 正解を求めてキョロキョロしていたら、死んだ魚の目になった弟ミケランジェロと、赤毛のおじ様を見つけました。


「あ、姉さんにジャック、やっと来てくれたんだ。

西の侯爵家に謝罪を求めてたはずなんだけど……お母さんとオデットが、『曲がりなりにも貴族を名乗るなら、国際社会で通じる、正式な謝罪をしろ。そんな謝罪の仕方では、雪花旅一座の血を引く、世界中の王家が納得しない』って、激怒してさ」

「……世界中の王家ですか」

「アンジェリーナ。アンとオデットは、やり過ぎだと思う。そこまで必要なかろうに」

「いえ、外交面から考察しますと、私は必要だと断言します。

現在、雪と戦と森と海の四つの国の王家には、雪花旅一座の血筋を持つ、現役の王族たちがいますからね。

具体的に例を上げれば、森の次期国王と名高い、第一王子。戦の次期王妃と注目される王女。

海の先代国王陛下。雪の国は、言うまでもなく、東の公爵家に属する私たちです。

少なくとも、戦と森の国は無視しできません。次期国王や王妃が被害者になるのですよ?

もしも、曖昧な謝罪をさせれば、将来の春の国王になられる、レオナール様の治世において、西の国々との間に大きな溝がうまれます。

最悪の場合、大陸全土を巻き込んだ、世界大戦に発展するまで可能性がありますね」


 淡々と説明してあげたら、会議室は、静寂に包まれました。

 大半の貴族の大人たちは、あっけにとられた顔をしたあと、子供の戯れ言と、馬鹿にした視線を向けてきましたけどね。


 春の国王陛下と赤毛のおじ様は、少し考え混む表情したあと、嫌そうな顔つきになりました。

 あえて、私がぼかしたことを察したようです。


 春の国の王子様たち、レオナール様、ラインハルト様、ローエングリン様は経験が浅いゆえか、顔を付き合わせて、意見交換をはじめました。


「うーむ。将来の雪の王妃になり、大陸の調停役を担うはずだった、外交手腕に優れる、アンジェ……リーク王女殿下の分析だ。無視はできまい」

「そうですね。百年に一人の逸材の意見ですからね。大陸全土を巻き込んだ戦争は、にわかに信じがたいですけど。

軍事方面は、ローが強いですよね。ローは、どう思いますか?」

「んー、森の次期国王が即位すると同時に、戦の国が軍事同盟結んで、春の国に攻めてくる可能性は、大いに考えられるかな」

「戦の国王のおじい様が、攻めてくるんですか? 娘の母上と、孫の私が居るのに?」

「ライのおじい様や、自分(ぼく)の親戚になる医者王族以外の分家王族だよ。

あんまり国際社会の表に出ない情報なんだけど、森の第一王子の祖母って、実は雪花旅一座の出身。現在の座長の姉なんだよね。

つまり、今の森の国は、雪の国との国境近くにある、山の塩の採掘権を主張できるってわけ」

「他国にある、陸の塩の採掘権か!」


 合点のいったレオ様は、眼光を鋭くし、叫びました。

 王太子の声に驚いた春の貴族は、目をぱちくりさせます。

 ライ様は、ため息をはき、困ったように軽く左右に頭をふりました。


「盲点だった。我が国から、北の侯爵本家が消えたから、アンジェたちを見て、雪の東の公爵だけが持っているものだと思い込んでいた。

言われてみれぱ、座長の兄弟や、紅蓮将軍のいとこは、山の塩の採掘権を、死ぬまで保持できる人物になるぞ」

「……なるほど、そうきましたか。戦の国が、森の王家を利用して、春の国へ進軍する可能性が浮上しましたね。

戦の国は、いくつもある分家王族が、国王を輩出し、政治の主導権を握ろうと常に牽制しあっています。

もしも、現国王のおじい様が寝込むことになれば、その隙をついて、先走った分家王族が、春の国へ軍隊を送ってくるかもしれません。

陸の塩の採掘場を手に入れた分家王族こそが、戦の本家王族と名乗れ、未来永劫、政治の覇権を握れると、戦の王族たちは信じていますからね」

「……権力争いなら、自国内でやってよ。勝手に他国を巻き込まないで欲しいね。

あーもー、西戦争で、どれだけ西地方が被害受けたと思ってるのさ!」

「西地方の被害は、戦の軍隊を領地に密かに招き入れた、裏切り王子のせいですよ。

当時の国王と王太子を戦争の混乱に乗じて殺し、自分が国王になろうと考えた、西の公爵家の裏切り者!」

「国王になるためには、婚約者だった湖の塩伯爵の姫が邪魔だったから、西の侯爵家の協力を得て、戦の国へ売り渡したんだよね。

そして、本家王族の王女を手にいれようとしたから、当時の国王は、王女を急いで医者伯爵家へ輿入れさせた。

湖の塩伯爵の姫が、戦の国に囚われていたから、そっちの救出にも兵が必要になって、戦争が長期化し、西地方が荒廃する原因になったんだ」

「湖の塩伯爵家は、春の王位継承権を持っているからな。

もしも塩伯爵の姫が、戦の王子でも生まされていたら、春の国を征服する大義名分を、戦の国に与えるところだった」

「そう。それを防ぐために、我が医者伯爵家は、西地方を……自分たちの親戚や故郷を切り捨ててでも、春の王家の血筋を守ることを選んだ。

国のための剣であり、盾であるのが、武官の世襲貴族だからね」


 春の王子様の会話を聞いていた春の貴族は、段々と顔色が悪くなりました。

 やっと、私の分析が夢物語ではなく、起こり得る未来の話だと、理解できたようです。


「……春の王家の方々。陸の塩の採掘場を手放す決断は、しないのですか?」

「却下する! 昔は、北地方の陸の塩と、アンジェの領地の藍染反物だけで、春の税収に占める割合が、三割をこえていたんだぞ。一年の国家予算の三割だぞ、三割!

春の経済の要として、歴代の国王が守ってきた宝物を、僕の代で手放しでたまるか!」

「レオナール様。一部間違いを指摘しますと、現在、陸の塩は、ほぼ雪の国の物になっています。

二つの陸の塩の採掘権を持つ、私たちは雪の王族ですからね。雪の国力の前では、春の貴族の爵位なんて、単なるお菓子のオマケのようなものですよ。

そこで、弟のミケランジェロが湖の塩伯爵家を受け継ぎ、春の北地方に定住することで、湖の塩が。

妹のオデットが医者伯爵家へ輿入れするさい、北の侯爵当主に封じられることで、やっと山の塩が、春の国へ戻るのです。

私たちの心がけ一つで、春の国の陸の塩は、完全に雪の国のものになることを、お忘れなきように」

「……お前、本当に外交交渉に強いな? 味方にすると頼もしいが、今みたいに敵に回すと、絶望しか浮かばん。

外交才能が皆無のファムではなく、天才のアンジェが、春の王女として生まれていれば、即刻、僕の嫁にしていたぞ。

春の未来は安泰だっただろうに。本当に残念だと思う」


 ジト目になって、きっちり指摘してあげると、レオナール様は仏頂面になりました。


「……僕の可愛い妹は、本当に口達者だな。もう少し、甘い口調で話してくれても、無礼と思わんぞ?」

「自慢のお兄様は、夢見がちです。地に足をつけた生き方をして欲しいので、厳しく申し上げる

もう少し、現実に目を向けてくださいませ、レオお兄様」


 夢見がちなロマンチストお兄様と、沈着冷静な現実主義の妹の視線が、火花を散らします。


「……現実に目を向けろだと? では聞くが、北地方の街道が完全復旧するのは、いつになる?

陸の塩が、輸出できるようになれば、他国からの税収が増えて、国内の税率を二割は減らせる計算だぞ!」

「じゃあ、あそこにいる商務大臣をクビにして、きちんと街道復興費用を出してくれる、商務大臣を任命してください。

それから、街道修復のために必要な石畳を販売している、東地方と西の地方の領地を全部、私にください。

現在の領主たちは全員、無能な商務大臣の手先で、石畳の提供をお願いすると、石畳一つにつき八割の課税を要求してきました」

「はあ? 八割の課税だと? おい、商務大臣、どういうことだ!?」

「商務大臣と、手先たちは法外な課税をして、脱税し、私服をこやしているんですよ」


 レオ様の質問に、澄ました顔で答えると、室内の貴族がどよめきました。

 

「おい。北の名君は、脱税した金の流れを、つかんでいるよな?」

「もちろんです。彼らが脱税したお金で、いつ、どのような品物を、どんな値段で、誰から買い取ったか。

そして、その品物がどうやって準備され、どのような方法で、春の国まで運ばれてきたかまで、全部把握できますよ」

「ふむ。ならば、五年前から復興資金にするため増税した税金を、王家におさめず、脱税している貴族も、全員把握しているんだな?」

「はい。財務大臣以下、見習い会計員の方々が、協力してくださったおかげです。

現在、国王陛下の許可を得て、王家に背き脱税している無能な貴族の家へ、制裁を与えている最中ですよ。

秋が来る頃には、五つの貴族が没落して、春の国の貴族の戸籍を失うことになるでしょうね」

「あい、わかった。頼もしいが、没落させられた貴族は逆恨みするかもそれんから、気を付けろよ」

「私を誰だと思っておられるのですか? 軍事国家の雪の国で、軍神と呼ばれる一族の孫娘です。

身の程知らずが逆恨みをして、行動を起こそうとすれば、即刻潰してみせますよ」

「……後始末まで見越して、準備しているのか。本当に、敵に回したくないヤツだ」


 そりゃまあ、売られた喧嘩は買って、きっち倍返しするのが、私ですからね。


「……姉君って、品物が作られた場所まで、特定できるんだ?」

「戦争から久しく遠ざかっている、春の貴族の方々は、お忘れになられたかもしれませんね。

西戦争時代、医者伯爵の軍師が、北の名君をなんと呼んでいましたか?」

「ウワサを操る、知将だね、姉君」

「将来の義弟殿。医者伯爵家のあなたが、答えを言ったら、謎解きにならないじゃないですか!」

「あはは、怒らないでよ。答えたくなる年頃なんだって♪

えっと、北の名君と聞くと、騎馬を指揮する将軍の才能を思い浮かべる人が多いかな。

けれども、彼の最大の特徴は、大陸の覇者に匹敵すると言われる、素晴らしい情報収集力なんだよ」


 戦の国に連れ去られた、湖の塩伯爵の姫の居場所を、正確に把握していたのは、北の名君だけでした。

 北の名君の情報提供がなかったら、医者伯爵の軍師と言えども、無傷の救出作品は難しかったと思いますね。

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