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163話 軍師と政治の駆け引きを

 春の国の分家王族、医者伯爵家のローエングリン様は、目立たないように十八年間暮らしておられました。


 大人しくて、穏やかな王子様。

 政治に疎く、 見所が無い王子様。

 表舞台に立てない、日陰の王子様。


 これが春の貴族が抱く、感想でございましょう。


 ですが、現在のローエングリン様は、冷酷な笑みを浮かべ、人々の視線を集めておられます。

 医者見習いの王子様は、心理学を駆使した話術で、瞬く間に、この場の空気を支配していきました。


 もう一つの分家王族、西の公爵家に暗殺されないよう、才能を隠して、生きてこられた軍師の王子様。

 今まで見くびっていた春の貴族たちは、「ローエングリン王子」という存在を、心に強く植え付けられたことでしょう。


「ふむ……歴史に名を残す、軍師の家系。それが、医者伯爵家のもう一つの姿だ。まこと、敵に回したくない一族よな。

将来的に、わしの親戚になってくれることを、雪の王族として心強く思うよ」

自分(ぼく)も、武官の王族として、軍事国家の軍神一族と親戚になれるのは、大変喜ばしく思います」


 軍事国家で暮らしている、赤毛のおじ様は、臆せずロー様の支配する領域に踏み込みました。

 春の貴族が固唾(かたず)を飲んで見守るなか、ロー様は感情の読めない王家の微笑みを浮かべて、返答します。


 軍師の王子様と対等に話せるのは、将軍の王子様。

 将軍の王子様と対等に話せるのは、軍師の王子様。

 ……と言うことですかね?


「紅蓮将軍、会話の続きは会議室で行いませんか?

現当主である我が父も、紅蓮将軍との会話を、心より楽しみにしていると思います」

「医者伯爵の当主殿とは、武官の王族として、個人的に話をしたいと思っておった。

雪の王子の身分を隠して春の国に来た手前、叶わぬ願いのはずであったが……未来とは、どう変化するか分からぬものだな」

「はい。同感ですね。それから、アンジェリーク王女殿下は、先に会議に参加しておられます」


 ……今、なんて?

 最強の母を、緊急会議に参加させた!?


 私も、弟も、妹も、はとこも、おじ様も、一斉にロー様を見ました。

 あなた、何言ってるの?という表情で。


「ローエングリン王子殿下。アンを、一足先に会議に参加させたのか?」

「そうです、紅蓮将軍。アンジェリーク王女殿下は、西の侯爵家に侮辱された、雪花旅一座の出身ですからね。

なおかつ、北の男爵家に嫁がれ、侯爵家の家督相続権も持っておられるので、春の貴族として会議での発言権も認められます」

「………そうか。 わしも、北の侯爵家の家督相続権を持っておるゆえ、会議での発言権はあるな?」

「もちろんです。本来ならば、兄である紅蓮将軍を先に会議にお招きしたのち、妹のアンジェリーク王女殿下をご招待するのが、筋ではありましたが……。

我が国の王太子レオナールと、公式会談をする運びになりましたので、案内する順番が狂ったことは、お詫び申し上げます。

そして、緊急会議には、大臣だけでは無く、開戦寸前と言うことで、持ち場を離れられる貴族当主や当主代理たちも参加しています」

「……国王陛下は、透明感のある会議で決着をつける、おつもりか?

春の貴族たちに、事の重大さを分からせるには、手っ取り早い方法だが」


 私たちの心情を察していないロー様は、優雅にお詫びの紳士の礼をしました。

 言葉につまったおじ様は、諦めの境地に達したのか、苦し紛れの発言をされました。

 おじ様に抱っこされている妹のオデットは、会議室の方向を見つめ、ポツリと呟きます。


「……お姉様。急いだ方が、よろしいですわ。

子供の私に発言権はありませんけど、伯爵家当主のお姉様は、春の貴族としての発言権をお持ちですもの」


 妹よ。無茶ぶりしないで!

 お母様を止める自信は、お姉様にもありませんよ!?


 お母様の最強ぐあいを、春の王族たちは知っているはずなのに……。

 会議での発言権を認めるなんて、命知らずですよ!


 雪の国王すら手玉に取る、最強の母が野放しになっている会議室に、行きたくない……。

 私たちが放心している間に、ロー様は周囲の騎士たちに王子命令を下しました。


「医者伯爵家のローエングリンの名の元に命ずる。

分家王族である西の公爵と医者伯爵家のお家乗っ取りを企てた反逆者とたちを全員捕縛し、国王様の前に連行せよ!」

「はっ!」


 たった一言で、春の騎士団を動かせる者。それが、武官の王族です。

 ローエングリン様専属の近衛兵は、すぐに敬礼しました。

 一拍遅れて、廊下を警備していた騎士たちも敬礼し、動き始めます。

 廊下警備の騎士たちは、目配せしあった後、二人が進み出て、ラインハルト王子の近衛兵と役目を変わり、ずぶ濡れの東の男爵令嬢を、両脇から抱えるようにして立ち上がらせました。


 ロー様の命令を受けた騎士の先導に、無表情になったおじ様が続きます。

足枷でもついているような、非常に重い足取りでしたね。

 抱っこしている妹は、そのままおじ様に連れていかれるようです。

 遠ざかる背中に向かって、声をかけました。


「オデット。会議の間、私の持つ『湖の塩伯爵当主の権限』を預けます。

春の国は、政治の才能が重視されるお国柄です。 春の貴族として、正々堂々と反逆者と会議で戦ってきなさい」

「お姉様?」


 おじ様は、重そうな足取りを止め、背後を振り返りました。

 抱っこされたオデットは、キョトンと数回瞬きします。


 私は表情を引き締め、威厳ある王女の姿勢を取り、妹を見つめました。


「今頃、反逆者たちは、緊急会議で自己保身に満ちた発言をして、罪から逃れようと悪あがきしていることでしょう。

相手は、春の分家王族の親戚、西の侯爵家ですからね。一筋縄では、いきません。

緊急会議の様子が、予測できていますか?」

「……ええ。西の侯爵家は、西の公爵夫人の実家ですもの。

分家王族の西の公爵家の怒りを買うことを恐れ、伯爵、子爵、男爵の貴族は、擁護(ようご)に回るか、意見を出さない中立を保とうとするはずですわ。

領地を守り、血筋を未来に繋ぐのが、貴族の義務の一つですもの。

爵位を取り上げられ、お家断絶に繋がる可能性の高い、王族に嫌悪される行動は避けますわね。

西地方と北地方の世襲貴族が、爵位を取り上げられ、平民に落とされた前例がありますもの。

どちらも、西の公爵家が爵位を取り上げる案を出して、実際に行われてしまいましたわ」

「その通りです。春の貴族は、西の公爵家に逆らえば、自分たちの未来が無いと思い込んでいる節が見受けられます。

それは、大きな間違いです。春の貴族や王族のトップは、春の国王陛下です。国王陛下!

春の貴族が従うべきは、西の公爵家の決定では無く、春の国王陛下の決定です!」


 私の簡単な質問に、妹はスラスラと政治的模範解答をしました。

 先ほどまで、ローエングリン様が支配していた空気を、今度は私たちの色に塗り替えてやりましょう。


「王家の権力は、国民の幸せのために使うものです。

反逆者を守るために使うものではありません。

オデット。春の王位継承権を持つ『湖の塩伯爵家』の『当主代理人』として発言してきなさい。

善良王の直系子孫として、残虐王の思想をあがめる、反逆者に負けることは許しませんからね」

「はい、お姉様!」


 発破をかけると、こくんと頷き、力強い返事をしてくれる妹。


 秘技『面倒なことは、適任者に丸投げ』


 会議で、最強の母の発言を止めながら、西の公爵一派と戦い、中立貴族を国王派に傾ける。

 そんなストレスで胃が痛くなるような作業、絶対にしたくありませんよ!


 その点、オデットはお母様を止めず、助力を仰ぐでしょう。

 反逆者は、妹の恋敵とその一家です。そして、最強の母にとって、娘の幸せを邪魔する敵。

 母娘は手に手を取り合い、全力で邪魔者を排除しますね。

 私の胃は痛まず、最強の母のうっぷんばらしと、妹の恋敵たちへの断罪ができる、一石二……三鳥の作戦です♪


「ローエングリン様。私は少し遅れて会議を見学します。

私が赴けば、雪の王女としての発言で一瞬で決着がつくでしょうが……これは、妹の戦いですからね。

頼りにしていますよ、将来の義弟殿」

「分かりました。どうぞ、ゆっくりと会議室にお越し下さい。将来の姉上」


 ロー様へ、淑女の礼をして、妹のことを頼みました。

 軍師の王子様は、紳士の礼では無く、右手を胸に当てる、騎士の敬礼を返してくれましたけど。


 ちらりと視線を動かし、上の弟へ声をかけました。


「ミケランジェロ。オデットと共に会議に参加し、春の国の出方……貴族たちの様子を観察してきなさい」

「僕も?」

「会議の後、湖の塩伯爵の当主代理は、あなたになります。

場合によっては、春の貴族の爵位を返上しなくては、なりません。

愛しき民の幸せな未来のために、春の王位継承権を持つ、雪の軍神一族を名乗りなさい。

その判断は、会議を観察したミケランジェロに任せます」


 ここで言葉を区切り、春の国へ圧力をかけておきます。

 私たちが軍事国家の王族と言うことを、忘れられては困りますから。


「それから、私の私兵を動かす権限も、預けておきます。

春の国に忠誠を捧げ、湖の塩伯爵の教えを受けた彼らにかかれば、春の王都と王宮を制圧するくらい、一日あれば十分でしょう。

反逆者をかばうような、残虐王の思想をあがめる者は、春の国の未来のために、根絶やしにする必要が出てくるかもしれませんからね。

善良王の直系子孫の私たちが、悪に屈するわけにはいいかないのです!

私が東地方の視察から戻ってくるまで、頼みましたよ」


 姿勢を正して、真剣な顔つきで会議に向かう弟妹や、おじ様を見送ります。

 軍師のロー様は、周囲を弁論で丸め込むのが得意な私に、一瞬だけ鋭い視線を投げ掛けて、この場を離れていかれました。

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