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162話 当て馬娘の退場、その5 軍師の本領発揮です

 春の王太子レオナール様の様子を伺ったあと、赤毛のおじ様に視線を戻しました。

 おじ様は、抱っこしている私の妹オデットと、ヒソヒソ話をしております。


『国家転覆の証拠は、北の名君が集めていたのか?』

『座長のおじい様の間者にも、協力していただきましたわ』

『やはり、父上の情報網も使ったのか』

『おじい様たちの情報収集力は、世界でも屈指ですもの。医者伯爵家以上かもしれませんわね』

『ふむ……まさか、あの医者伯爵家が、未だに反逆者どもの情報収集中だとは、予想外だがな』

『……医者伯爵家の情報網も広いようですけど、今は西地方の安定に割り振っているようですわね。

東地方の情報収集まで、十分な手を伸ばせなかったみたいですわ。

ですから、わざとローエングリン様に接近させて、監視する作戦を実行しておられましたの』


 妹が眉を寄せて、気難しい表情をしています。二人は何を話しているのでしょうか?

 私の視線に気付いたのか、妹が見下ろして来ました。


「お姉様? どうなさいました?」

「おじ様と、何の話をしていたのですか?」

「なぜ、このような方が王妃候補に選ばれたのか、心底不思議だと、雪の言葉でお話ししておりましたの。

年下の私より、知識も、立ち振舞いも、格段に劣る方ですのに」


 おじ様に抱っこされているオデットは、敵対心を丸出しにして、恋敵の東の男爵令嬢を見下ろします。


「まず『上流階級の常識』と言うものが、一切見受けられませんわね。

貞淑な淑女でしたら、王家の公式な式典会場で、肩を出す痴女の真似事のような衣装は着ませんわよ?

春の国の儀典書にも、雪の国の 儀典書にも、『女性の式典衣装は肩から肘まで覆い、なおかつ、手袋を装着して、肌を見せないのが望ましい』と載っておりますもの」

「……そうですね。これに関しては、オデットが正しいです。

『季節や場所の関係で、どうしても肌を見せる場合は、薄手の上着やストールなどで肩や上腕を隠す』のが、世界中の王宮の常識です。

ですので、今日のオデットは薄手のストールを肩にかけ、私はレース編みのボレロを着用しています」

「温かな南の海の国や、海洋連合諸国でも、公式式典では、薄手の上着を着用しますわ。

最低限の礼儀作法も知らないなんて、王妃教育を真面目に受けていなかった証拠ですわね。講師の方々に失礼でしてよ!」


 勝ち誇った顔付きで、恋敵に正論と右手の人差し指をつきつける妹。

 ……外見年齢が十才くらいなので、子供が得意気に大人をやり込めているようにしか、見えませんけど。


 周囲の方々が、チラチラ私を見ては「正論で敵を叩き伏せる、小さな女傑の妹だけある」と、視線で語ってくれました。


「私が一番許せないのは、ローエングリン様の目の前で、お姉様の名を語り、気を引こうとしたことですけど」

「私の名前? 東の男爵令嬢は、私と同じ『アンジェリーク』ですので、自己紹介はかぶりますよ?」

「ローエングリン様に話しかけるとき、『わたくし、雪の天使アンジェリークですもの』と何度か言っているのを聞きました。

この世で、本物の『雪の天使アンジェリーク』は、お母様とお姉様しかおりませんのに!」


 私の話の持って行き方が悪かったのか、くすぶっていたオデットの怒りの火種が、天高く立ち昇る火柱に変わった気がします。

 妹の変化を察したのか、弟のミケランジェロとはとこのジャックが、顔をひきつらせて、少し後退りしました。

 騎士見習いとして鍛えている、軍事国家の王子二人が後退りするくらいの威圧感です。

 その他の人々の反応は、言うまでもありません。


「春の国における『雪の天使』の定義とは、『塩の王子ラミーロと雪の天使アンジェリークの子孫で、陸の塩を守る、北地方の貴族のこと』です。

春の王子のローエングリン様の前で『雪の天使アンジェリーク』を名乗れるのは、北の侯爵の血筋のアンジェリークお母様と、湖の塩伯爵の血筋のアンジェリークお姉様だけですわよ!」


 ……うん。妹の理論展開は、間違っていません。

 春の王位継承権保持者として、ごく当たり前の指摘をしております。


「お姉様に似ても似つかない顔なのに、厚化粧したあげく、お姉様のふりをするなんて、許せません!

もしも、本当にお姉様がローエングリン様に恋をなさったのなら、私は身を引きます。

けれども、お姉様の偽物を語る反逆者になんて、絶対に負けませんわ!」


 オデットの台詞に釣られて、春の王子様三人を含めて、周囲の人々は私と東の男爵令嬢を見比べました。

 私を見たあと、男爵令嬢に視線を戻した人々は、哀れみの視線を向けます。


 床に座り込んでいる男爵令嬢は、先ほど、おじ様の命令で頭から水をかけられて、全身濡れネズミです。

 顔の化粧が、ところどころハゲて、まだら模様になっておりました。

 それから、公式式典では、常識はずれとなる、お色気を追及した肩出しワンピースは肌に張り付き、体型とか丸わかりです。

 特に目がいくのは、胸の詰め物とか。胸の詰め物とか。胸の詰め物とか。

 私と同じくらいのようですね、あの男爵令嬢は。


 ……いや。これから成長の見込める私の方が、絶対に上ですね!

 微かな優越感にひたりながら、余裕の雪の天使の微笑みを浮かべ、男爵令嬢を見ました。


「……えっと、なぜ、その男爵令嬢が、王妃候補に選ばれたかって、話だったよね?

大きく話題がそれてるよ、オデット」


 人差し指でほっぺを軽く引っ掻きながら、ロー様は会話に割り込みます。

 とたんに、周囲の視線がロー様に集中して、男爵令嬢から離れました。


「ローエングリン様。このような者に慈悲を与えて、わざわざ視線を反らさせる必要はありませんわ!」

「やだな、反逆者じゃなくて、愛するオデットのためだって。

いくら反逆者をさばく為とはいえ、年下の女の子に任せるなんて、男がすたるよ。

ここは、僕に任せて、オデットは後ろで見ててね」


 王家の微笑みを浮かべながら、ロー様は妹に近付きます。


「怒る顔なんて、可愛い可愛いオデットに似合わない。

自分が大好きなのは、掛け値なしの笑顔だから、ねっ? 」


 男爵令嬢を指差していたオデットの右手を、両手で包み込むと、手の甲に口づけを落とされました。

 恋する純情乙女オデットは、真っ赤になって、口をパクパクしました。


「あー、照れてる今のオデットも可愛いな。世界最高の美人!

やっぱり花嫁にするなら、 オデットみたいな純情で可憐な女の子だよね♪」


 口づけを止めて顔を上げたロー様は、とろけるような笑顔を浮かべました。


「……まこと、生前のラミーロを見ているかのようだな」

「あれ? 紅蓮将軍でも、そう思うのですか?

よく皆から指摘されています。オデットの父上、今は亡きラミーロ男爵当主にそっくりだって」


 半ば、あきれたようなおじ様の声に、ロー様は余裕の微笑みで返事します。


「えーと、じゃあ、東地方のアンジェリーク男爵令嬢が、王妃候補に選ばれた理由を教えようか。

王宮務めの者なら覚えていると思うけど……」


 甘い空気を切り替えるように、軍師の王子様は、キビッと振り返りました。オデットを守るように、前に立ちます。


「四年前、王太子になる前後にレオが『男爵家のアンジェリークが好きだから、花嫁にしたい。ファムより、アンジェの方が、僕にふさわしい』とか、『結婚するなら、雪の天使のアンジェリークが良い』って、よく言ってたよね?」


 ロー様の変化に戸惑っていた周囲の人々の視線が、レオ様に移ります。

 仏頂面の王太子は身動(みじろ)ぎせずに、軍師の家系のはとこ王子を見つめていました。


「キーワードは、『男爵令嬢』『雪の天使』『アンジェリーク』の三つ。二人の共通点だよ。

東地方のアンジェリーク男爵令嬢は、北地方の男爵家に生まれたアンジェリーク王女殿下と勘違いされて、王妃候補に選ばれたんだ」

「勘違い? お姉様と、似ても似つきませんわ!」

「うん。オデットは、本物の雪の天使アンジェリークを知っているから、そう思うよね。

でも、春の王宮務めの者って、『男爵家のアンジェリーク』と聞けば、クレアやテレジアの幼なじみ、東地方の男爵家のアンジェリークを、真っ先に思い浮かべるんだよ。

ライとクレアが恋人だった影響で、レオと顔合わせの回数が多かった、男爵家のアンジェリークだからね」

「納得がいきませんわ!」

「自分も、納得がいかないよ。

王都の貴族は、『雪の天使を色白の娘を指す言葉として使う』から、ますます馬鹿げた勘違いって思ってしまう。

でもね、王家乗っ取りと合わせて考えれば、つじつまがあうかな?」


 ここで、王家の微笑みを深める、軍師の家系の王子様。


「濃い春の王家の血を持つ、『北地方のアンジェリーク男爵令嬢』を思い浮かべられると、都合の悪い者たちがいる。

だから、『王家の血が薄い、東地方のアンジェリーク男爵令嬢』と考えるように誘導したんじゃないかって、自分(ぼく)は個人的に考えているんだよ」


 ロー様の持論に注目していた春の貴族たちから、ざわめきが広がります。

 隙をぬって、赤毛のおじ様と視線で会話を交わしました。


『どう思います? 無理やりこじつけたようにしか、聞こえませんよね』

『ふむ。西の侯爵家の罪状を増やす気満々だな。

横槍を入れるか? 西の公爵の罪が軽くなるぞ』

『ですよねぇ』


 というわけで、ロー様の邪魔をすることにしました。


「将来の義弟殿。何をおっしゃっているのですか?  その理論は、飛躍しすぎて、説得力がありませんね。

そもそも、レオ様が私を花嫁に望む理由が見当たりません!」

「レオは王太子になる直前に北地方に行って、アンジェリーク王女殿下に王家の腕輪を渡して求婚したって、聞いたよ?」

「待て! 僕は求婚などしていない!

第一、四年前だぞ!? お子様の戯れ言を真剣に捉えるな!」

「その通りです。レオ様のお古の腕輪を譲っていただいただけで、求婚になるわけないでしょう!」


 仏頂面で叫ぶ王太子。私は無表情になって、将来の義弟をにらみました。


「……オデットに聞いたけど、レオってば、雪の恋歌のプロポーズの場面を再現しながら、アンジェリーク王女殿下の右腕に、王家の腕輪をはめたんだってね?」

「子供の戯れ言と言ってるだろう!」

「えー、でも別れる間際に、春の国の王宮に呼び寄せる約束までしたんだって?

アンジェリーク王女殿下も、レオとの約束守って、三年間、ずっと春の王宮からの使いを待っていたらしいじゃないか」

「雪の国に行けば、ボンクラの養子王子と結婚させられるんです。避けて当然ですよ!」

「はいはい。今のレオと姉君の立場じゃ、全面否定するしか無いよね。

春の王太子が、将来の雪の王妃を花嫁に望めば、春と雪の軍事同盟は破綻すると、二人とも理解しているからね」


 レオ様は、とうとう氷の眼差しになりました。

 私も、外交用兵器「父譲りの眼力」を発動させます。


「やだなぁ。レオと姉君、視線が怖いよ? わかったって、二人の話は、もうしないよ。

でも、どうしようかな……このままだと、悪事を暴けないんだよね」


 軽く肩をすくめる、軍師の王子様。お手上げと言うように、両手を開いて、胸元までひきあげました。


「あ、別方面から説明しようか。オデットの父方の祖母は、春の王位継承権を持つ、湖の塩伯爵の娘。

言わずと知れた、善良王の次男の直系子孫の血筋だよ」

「ロー、いい加減にしろ!」

「レオ、なに怒ってるの? 自分は、婚約者のオデットの話をしてるだけだよ?

王家乗っ取りを企てた反逆者の悪事を暴くんだから、邪魔しないで!」


 軍師の王子様は、ヘラヘラ笑いながら話して、表情を上手く隠しております。

 ちっ! 敵に回すと、本当に厄介な相手ですね。


「それに加えて、オデットの父方の祖父は、あの『北の名君』。

北の名君は、平民の藍染農家の子孫なんだけど……実は父方のひいおばあ様が、北の侯爵の孫娘なんだよね。

北の侯爵の三代目当主は、湖の塩伯爵出身の善良王の孫娘を花嫁にしたんだ。

だから、北の名君も、善良王の子孫ってわけ」


 腹立つ! 表情が読めなければ、ロー様を丸め込むのが難しくなりますよ!

 私の外交戦術は、顔の表情から相手の気持ちを読み取り、こっちに有利な方向へ誘導していくのです。

 軍師の王子様は、それを知っているので、ヘラヘラ笑って、対策しているんですよ。


「ここからは先は、西戦争終結後に、二代前の春の国王と、医者伯爵家が計画した作戦で、最高機密になるんだけど……」


 マズイ! 先手を打たれたら、逆転が難しいですよ!

 周囲の貴族たちは、興味津々で、完全に聞き惚れています。

 軍師の、のらりくらりとしたペースに巻き込まれました。


「ロー様! 春の国の最高機密をもらすなんて、何を考えているんですか!?」

「姉君。王家乗っ取りの反逆者が暴かれた今、もうなりふり構っていられない!

でも、最後の手札のオデットが、まだ生き残っている。自分(ぼく)は、医者伯爵の次期当主として、作戦を実行しなければならない!

オデットは、春の新たな分家王族を創設するために、雪の国の軍神一族から春の国へ渡された、人柱の花嫁だから!」

「ローエングリン様、何てことを!」


 このおバカさん王子! 私がずっと妹に内緒にしていたことをバラしやがりました! 私は急いで妹の様子を伺います。


「……お姉様。知っておりましたわ。

私が春と雪の軍事同盟を強固にするため、雪の国から春の国へ渡される人柱の花嫁の運命を、生まれる前から背負わされていると。

それくらい察せなければ、軍事国家の王女は勤まりませんもの」


 妹は小さな子供の外見からは、想像も付かない、儚げな雪の天使の微笑みを浮かべます。

 悲しいほど美しい、見るもの全てを惹き付ける、天使の微笑みを。


「私は、父方のいとこが許嫁でしたの。すなわち、母親が湖の塩伯爵の孫娘で、父親が北の侯爵先代当主の弟ですわね。

私たち五人兄弟ほど濃くはありませんが、善良王の直系子孫の血を持つ、春の高位貴族です。

同時に、雪の王族の血も受け継ぐ存在。雪の国王の後ろ楯を得て、国際社会にも通じる春の分家王族を作ることができる権力を、生まれ持っておりましたわ」

「オデットの結婚の時、春と雪の国王公認で、新たな春の分家王族を設立して、国際社会にお披露目する予定だったんだけど……彼が六年前に亡くなって、計画は大幅に狂ったんだよね」

「雪の国の力を借りなければ、国家も、王家も存続が難しいほど、春の国力は落ちていたという、証拠ですわね」

「……戦の国との西戦争を引き起こした反逆者たちのせいで、春の王族は殺されまくったからね。

でも、急激な王族の人数減少に伴い、医者伯爵が分家王族に格上げされたから、二代前の国王……自分(ぼく)のひいおじい様の悲願である、『善良王の血を持つ分家王族の創設計画』は継続可能だったんだ。

人柱の花嫁オデットは、医者伯爵家がもらって、医者伯爵の善良王の血筋を濃くする計画に、六年前に変更した。

オデットの結婚相手は、年齢が釣り合って、善良王の血を持つ春の王子なら、誰でも良かったんだよ。誰でもね」


 ロー様は、目尻は下げず、口角だけ上げて王家の微笑みを浮かべます。


「春の国の分家王族に求められるのは、初代国王の創始王の血筋を、子孫に受け継ぐことのみ。

そういう点では、オデットも、自分(ぼく)も、春の国の政治を円滑にする道具にすぎない。

国民の幸せを守るために、国を存続させるためだけに、一生も、命も、己の存在意義すべてを捧げる。それが王族と言うものだからね」


 国民に知られている、穏やかな王子様の姿は、どこにもありません。

 私たちの前には、冷酷な笑みをたたえた軍師が、君臨されておりました。


 ロー様は冷たい笑みのまま、王妃候補の前に移動します。


「さて、東地方の貴族の総元締め、東の侯爵家のクレア。君の幼なじみの男爵令嬢の家は、どんな血筋だい?

ほら、医者伯爵家は西地方の貴族だったし、自分(ぼく)の母上は南地方の出身だから、東地方の貴族にうとくてね」

「……五代前に、子爵家の庶子として誕生した子供が、領地を分割相続されて成り立った家ですわ」

「子爵家の庶子ってことは、平民が祖先にいるってことか。

北の名君の血筋みたいに、東の侯爵から花嫁や婿養子を迎えているわけ?」

「……いいえ。わたくしの家と親戚だった記憶は、ありませんわ」


クレア嬢は、ロー様の強い視線に耐えられず、うつむきます。

 将来の王妃筆頭候補の面影は、何一つ感じられません。


「東地方の貴族の総元締め補佐、辺境伯家のテレジア。もしかして、君の家と親戚?」

「違います」

「ふーん、他の伯爵階級の血筋が入ってるのかな?

だったら、かろうじて王子の正室になることもできると思うけど」

「わたくしの記憶にある限り、男爵や子爵階級としか、結婚しておりません!」

「つまり、王家に近い血筋は、入ってないってことか。二人ともありがとう、参考になったよ」


 テレジア嬢は女騎士らしく、ハキハキと答えました。

 王子スマイルを浮かべて、東の貴族令嬢たちに、お礼を言うロー様。

 ずぶ濡れの東の男爵令嬢令嬢の前に移動すると、おもむろにしゃがみます。


「あのね。雪の国の東の公爵家は、『春の三代目国王の娘、善良王の母親の子孫』と公言していて、世界中の王家が認めているんだ。

いわば、他国に生き残っている、春の分家王族みたいな存在なの。

父親から善良王の直系子孫の血筋を、母親から春の三代目国王の血筋を受け継ぐのが、オデット。

春の国のためによこされた人柱の花嫁である、雪の王女を押し退けて、自分(ぼく)の花嫁になろうとするなんて、君たち一家は何を考えていたの?」


 無表情で淡々と尋ねる、王子様。

 ずぶ濡れの男爵令嬢は、首を左右にふりながら、後退りしようとあがいているようです。


 しばらく眺めて、興醒めしたのか、ロー様は優雅に立ち上がりました。

 ダンディな父親を思わせる口調で、言葉をつむぎます。


「春の国の王子として、諸君に問う!

春の王太子のレオナールと、湖の塩伯爵の血を受け継いだアンジェリーク王女殿下との結婚話が無くなって、一番喜んでいるのは誰だ?

分家王族の次期当主の自分(ぼく)と、善良王の直系子孫のオデットの婚約を邪魔したいのは、誰だ?」


 軍師の王子様は、ゆっくりと首を巡らせ、貴族一人一人の表情を確かめて行きます。


「諸君は春の貴族として、善良王の直系子孫と残虐王の子孫、どちらを春の王子の花嫁に望む?

善良王の血が濃い隣国の王女と、王家から遠ざかった血筋の男爵令嬢、どちらが春の王子の花嫁に相応しいと思う?」


 古き春の王家の特徴を宿した、王子様の金の瞳は、貴族たちの心を見透かしているようでした。


 軍師の家系は、同時に医者の家系です。

 医者伯爵の王子様たちは、心理学を駆使して対話を行うのです。


「諸君が、今、心の中で思ったことがあろう?

それこそが、王家乗っ取りを企てる反逆者が、一番迎えたくない無い、春の国の未来なのだ!」


 威厳ある口調で、周囲を見渡す、ローエングリン様。


 将来、春の国の軍事のトップになる王子様は、見事な話術で、この場にいる春の貴族たちを、医者伯爵家へ忠実な家来へと変えて行きました。




アーサー王伝説のローエングリンは「白鳥の騎士」と呼ばれ、聖杯を守っている。

ちなみに父親のパーシヴァルは、円卓の騎士の一人で、聖杯発見に成功した人物の一人として、名前をあげられることも多い。


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