158話 当て馬娘の退場、その1 男爵家の身の程知らず退治の開幕かな?
私が冷たく美しい、雪の天使の微笑みを浮かべていると、赤毛のおじ様は愛想笑いをしました。
おじ様の額に、いくつかの汗が流れていたのは、夏の暑さのせいだけでは無いでしょう。
「……アンジェリーナ。よく似合っておって、愛らしいぞ」
「心のこもっていない、とってつけたような褒め言葉は、要りません」
冷たい微笑みのまま、おじ様の言葉を瞬殺します。
廊下を風が吹き抜け、私のワンピースの裾を揺らしました。
「……風か」
「『風で衣服がふわふわ揺れて、可愛らしさが増している』などと、子供だましなことを、おっしゃらないでくださいね?
私は十六才。もう結婚できる年齢だと、さっきお教えしましたよ。
王子ならば、淑女に対する褒め言葉くらい、ご存知ですよね?」
今までの会話で、おじ様の中では、私は末っ子と同列の子供として扱われていると、察しました。
冷たい微笑みのまま牽制すると、おじ様の額に汗が増えたように見えます。
……おじ様。この場は、最愛のおば様を誉めるように、私も誉めるのが、正解なんですよ?
「……アンジェリーナ。北の名君の庇護下におった頃と、性格や姿が変わっておらぬか?
それが、わしの感覚を一時的に狂わせたのであろう」
「おじ様とは、領地に居たときも一年に数回しか会わず、春の王宮に来てからは一年以上、お会いしておりませんからね。
私の知る大人たちの話を総合すると『自分の子供は、なかなか育たないのに、よその家の子供は、もうこんなに大きくなった!』と、驚くそうですけど」
「うむ。わしの姪たちは、まこと、大きくなった。
お主も、『おしゃま』な娘の仲間入りをしたということだ!」
それ、褒め言葉と違う。
「おしゃま」って、小さな女の子がおとなぶって、背伸びした言動をすることですよ!
豪快に笑うおじ様の目を盗んで、性別を超えた親友レオナール様を見ると「乙女扱いは諦めろ」と、ジェスチャーで返事してきました。
はぁ……中年世代のおじ様に、ロマンチストのレオ様のような言動を求めるのは、無理のようですね。
仕方ありません。今日のところは、見逃してあげましょう。
「……春の王宮には、一人っ子王子様が多いですからね。なおかつ、娘が居ない王族の大人が、ほとんどです。
先代国王陛下をはじめ、猫可愛がりしてくれる人が多いのですよ。
だから、末っ子のエルは、おしゃまさんに成長しています。
まあ、おじ様ならば、幼い頃のお母様の境遇を知っておられるゆえ、私たち姉妹の現状に、ご理解いただけるかと」
「……お主やエルも、春の王族たちに娘や妹扱いされ、着せ替え人形にされておるのか?
戦の国の宝石姫が滞在するまで、春の先代国王夫妻や、先代医者伯爵夫妻はアンたちを……わしの妹たちを、着せ替え人形にしておったからな。
特にアンは雪の王女として、春の王族の花嫁になる運命を背負っておったゆえ、先代たちの淑女教育にも熱が入っておった。懐かしいな」
およ? これは、おじ様のペースに巻き込まれてる?
私の話に乗るふりをして、話題転換しましたよ。
横目でおじ様の視線を辿るに、私の弟たちを見ていますね。
……いや、弟たちの近くにいる、春の将来の王妃候補たち?
「春の王族の花嫁? お母様は、お父様に見初められ、男爵家へ輿入れしましたよ?」
「アンジェリーナ、少し違うな。春の王位継承権を持つ、北の名君の息子に見初められたから、嫁ぎ先が変更になったのだ。
『ラミーロ』が『アンジェリーク』を望んだから、二人の結婚が許されたに過ぎん。
第一、お主の祖父である『北の名君』は、北の侯爵の分家であり、春の先代国王陛下の親戚に当たるのだぞ。
単なる男爵家へ、春の王家に連なる湖の塩伯爵の姫や、雪の王女であるわしの妹が、輿入れするわけなかろう」
「お母様の嫁ぎ先予定は、どこだったのですか?」
「ラミーロに見初められるまでは、春の本家王族に嫁ぐ予定であった。
お主の父親に見初められておらなければ、今頃、アンは春の王妃だな。
アンジェリーナ、お主は国王の娘『春の王女』として生まれておっただろう」
あっ、やっぱり、おじ様の思考誘導です。
私が高貴なる血筋の持ち主だと、おバカな春の貴族たちにアピール中かな?
「わしの母上は、雪の先代国王の後妻……大陸の覇者の花嫁になる予定だったゆえ、父上と駆け落ちしたときには、もう雪の王妃教育は終えていた。
雪の王妃に、そして、雪の国母になると期待されていた王女が母上だ。
王妃教育の成果は、暗殺を避けるために雪花旅一座に預けられた、雪の先代国王の息子たちを育てたことで証明されている。
現在の雪の国王を育て、国王になるための教育を施したのは、他ならぬ母上だからな。
ゆえに、母上の娘を、将来の春の王妃にと望むのも、自然な流れ。
なにより、わしの父方の祖母は、春の北の侯爵の孫娘であり、春の二代目前の王妃のいとこだからな。
わしの妹たちは、春の王妃になれる条件を備えていた」
「……あー、春の王家は、山の塩の採掘権が、よほど欲しかったのですね?
春の王子と雪の王女の結婚ならば、お母様は春の北の侯爵の血筋を、強調しなければなりません。
すなわち、レオ様のひいおばあ様のように、『山の塩の採掘権と雪の王位継承権を放棄して、春の王妃になる』ということが無くなります。
春の王族の悲願である、『陸の塩の採掘権を持った王族』が、誕生する予定だったんですね」
「さすが、アンジェリーナだ。まこと、かしこい娘だのう♪
雪の国としても、隣国の王妃を輩出できるゆえ、悪い話ではなかった。独裁政治の先代雪の国王も、乗り気であったしな。
ラミーロがアンジェリークを花嫁に求めていると、雪の国へ報告されたゆえ、アンは男爵家の花嫁に変更されたのだ」
大きな左手で私の頭をなでる、おじ様。
……やっぱり末っ子のエルを誉めるのと、寸分たがわぬ、褒め方です。
おじ様みたいに中年世代になると、幼子も、乙女も「可愛い女の子」と分類されてしまうのでしょうか?
似たような年代である春の国王陛下たちに、後で聞いてみたいものですね。
「現在では、春の王家の願いである、陸の塩の採掘権をもたらす役目は、アンの娘オデットに引き継がれた。
春の先代国王陛下や医者伯爵の王女殿下が、雪の軍神一族と親戚ゆえ、ローエングリン王子殿下とオデットの婚約が成立したようなものだ」
おじ様が、ちらりと厳しい視線を送っている王妃候補が居ます。
……私の上の妹オデットの恋敵。王太子の婚約者候補でありながら、妹の婚約者である医者伯爵の次期当主へ色目を使っている、東地方の男爵令嬢。
おじ様は、春の王宮で新人外交官のふりをしている間に、王妃候補たちを調べたようですね。
そして、先ほどの春の王太子レオナール様との会談中に責め立てられ、オデットの擁護をするつもりで、思考誘導していると考えられます。
擁護してもらわないと、困りますよ。
おじ様が勝手に世界中の王家に、オデットの婚約を知らせたせいで、日影の王子だったローエングリン様が、世界中から脚光を浴びてしまいました。
そして、春の国内でも注目されるようになり、身の程知らずなオデットの恋敵が出現したのですから!
「オデットとローエングリン王子殿下の婚約は、医者伯爵の王女殿下が推し進めたと聞いておる。
だが、ご子息の医者伯爵当主殿は、反対しておったとも聞いておるが。これらは、まことなのか?」
「……去年の秋、ローエングリン様が春の国王陛下の前で、勝手にオデットとの婚約発表をしたときは、王女殿下はローエングリン様を誉め称えておりました。
お母様を生まれたときから娘と思って可愛がっておられたので、『オデットはわたくしの孫娘です!』と家族の前で言い切ったと、ローエングリン様からお聞きしております。
今、春の王宮でオデットが身に付けている衣装も、小物も、ぜーんぶ医者伯爵の王女殿下がご用意してくださっているんですよ」
困った表情を浮かべながら、おじ様に説明してあげました。
本当は、妹の恋敵である、王妃候補の男爵令嬢に聞かせているんですけどね。
うちの妹が、どれほど医者伯爵家から将来の花嫁として大歓迎されているか、思い知るが良い!
「父親に当たる、王宮医師長殿は、なかなか認めてくださいませんでしたね。
去年の春、私が春の王宮に滞在した影響で、オデットが将来の雪の王妃になることに決まっていたからですけど。
大陸の覇者の花嫁になる王女を、春の国が二人も奪ったと、雪の国王陛下に思われない為に、反対されていたんですよ。
息子が恋愛結婚した代償が、軍事国家を敵に回して、春の国が滅ぼされる事では困りますからね。
ローエングリン様は、どうしてもオデットを花嫁にするのを諦められず、半年かけて私を説得されました。
オデットを心から愛してくださっているのを理解したので、現在の雪の国王陛下が、唯一頭を下げる人物『稲妻将軍』に連絡を取り、オデットが雪の王妃になる未来を阻止してもらったんです」
「……稲妻将軍か。雪の国王である兄者を動かせる存在となると、わしや、『稲妻将軍』『嵐の女船長』くらいしかおるまい。
ローエングリン王子殿下は、『雪の国の伝説の騎士』と呼ばれし稲妻将軍を、春の国の味方にしたことになる。
さすが、歴史に名を残す軍師の家系、医者伯爵家の次期当主だな。人選が、ぬかりないわっ!」
軍人である、おじ様は目を細めて、愉快そうに大笑いしました。
おじ様が笑うと同時に、遠巻きにこちらを観察していた、使用人たちがざわめきます。
「……稲妻将軍?」
「東国を敗北させた、あの稲妻将軍?」
「はい、そうです。倭と雪の国の戦争時代に、倭の王宮まで攻め入り、倭の国王を捕虜にして勝利した『電光石火の稲妻将軍』です。
長らく死亡説がささやかれておりましたけど、彼はまだ生きておられますよ。
四年前、雪の国の内乱が起こったときに、外交船旅に出ていた当時の雪の王太子や、お供をしていたおじ様に、内乱勃発を知らせたのは『稲妻将軍』ですからね」
ざわめく使用人たちの言葉尻を拾って、きちんと答えてあげました。
使用人は、目を見開いて、私を見返します。
「なぜ、私が『稲妻将軍』を知っているのか聞きたい、と言う顔つきですね?
答えは簡単。春と戦の国が戦った西戦争で活躍した、義勇軍総大将『北の名君』が、私の父方の祖父だからです」
「……稲妻将軍も、北の名君も、同時期に起こった戦争で活躍した、戦場の英雄だからな。
大陸中に名を知られた英雄同士が、交流を持っておっても、おかしくない。
アンジェリーナは、北の名君の孫娘だ。北の名君を通じて、稲妻将軍の居場所くらい、把握しておろう」
おじ様、ナイスフォロー!
実は、稲妻将軍は、私の母方の祖父。すなわち、雪花旅一座の座長のおじい様なのです。
世界中をめぐる王族ゆえ、世界中の国の道を知っておりましてね。
雪の騎馬隊を率いて、倭の国へ攻めこんだときも、最短距離を進んで、王宮を制圧したんだそうです。
おじい様の存在は、雪の国の切り札の一つなので、正体が雪の国でも明かされていませんけどね。
だからこそ「伝説の騎士」として、有名なこです。
それから、父方のおじい様は、王都の春の国民に「北の名君は、西戦争で春の国を勝利に導いた、救世主」と思われているようですからね。
王宮勤めの騎士にとっては、平民、貴族問わず、憧れの存在「生ける伝説」です。
そんな生ける伝説の孫が、私であり、私の弟や妹たち。
私の父方の祖父について知らなかった、使用人や侍女たち……私を成り上がりの男爵の娘とバカにしていた、無能な春の貴族たちは顔色が青ざめていきます。
「あ、父方のおじい様は、嵐の女船長の現在地も、知っていますよ♪」
「アンジェリーナ。冗談が過ぎるぞ。
嵐の女船長は、わしの母上だ。お主の母方の祖母。
雪の軍神一族こと、東の公爵家の現当主。そして、雪花旅一座の座長夫人。
雪花旅一座の現在地が、『嵐の女船長の現在地』なのだから、世界中の誰もが知っておるよ」
「てへっ♪」
おじ様は、私をたしなめるように、軽く頭をこづきました。
ごまかすように笑うと、おてんばな姪っ子に、困った視線を向けてきます。
周囲の春の貴族たちは、それどころでは無いようですけどね。
「嵐の女船長」という、思ってもない言葉を聞いて、混乱しているようです。
うーん、母方のおばあ様って、戦争の武勇伝でも、旅一座に嫁いだ経緯でも、世界的に有名人のはずですけど?
「それにしても、騎馬の天才である、おじ様の母親が船乗りなんて、不思議ですよね。
孫の私や弟も、船とは縁遠く、騎馬戦術を駆使した戦いが得意なのですが」
「……ミケランジェロの北地方平定戦での戦いぶりは、部下から報告を受けておるよ。
さすが、北の名君の孫であり、わしの甥だと、雪の国でも絶賛された。
雪の軍神一族の中では、わしの母上が、特別なのだろうな。
稲妻将軍と同時期に、海岸沿いに倭の国へ攻めこんだ、雪の海軍は有名だ。
荒れ狂う海を乗り越え、砂浜から上陸して奇襲をかけた、女将軍の勇ましさと共に」
「……おばあ様を天才船乗りにしたのは、おじい様への愛なのでしょうね。
一目惚れしたおじい様を追いかけたとき、船に乗って国外出奔したと聞きます。
憧れのおじい様に追い付いたのは、倭の国の港町。
そして、雪花旅一座に紛れ込み、駆け落ちして結婚式をあげたのは、『海の国』の神殿。新婚旅行は『海洋連合諸国』の島めぐりの旅と、なにかと海に縁のある人生だったようですし」
「そうだな。幸か、不幸か、母上は船乗りの才能を開花させてしまった。
雪の東の公爵家は、海の古き王家の血を受け継いでおるからかもしれん。
わしが赤毛と赤い目に生まれたのも、『わしを身ごもっておるときに、倭との戦争に身を投じて、祖先である海の古き王族の加護を得たからだ』という、笑い話があるくらいだからな!」
再び、豪快に笑う、おじ様。
海の古き王族は、おじ様のような赤毛と赤い瞳が特徴なので、このような笑い話が生まれたのでしょう。
さて、私が『嵐の女船長の孫娘』と知った侍女……春の貴族の数人は、とうとう気絶してしまいました。
王妃候補たちは、倒れる寸前の顔色です。
……うん。約一時間前、おじ様が『紅蓮将軍』と春の貴族が知ったときも、同じような反応をしている人がいましたからね。もう見慣れた光景になりました。
「おじ様。ローエングリン様は、オデットと婚約することによって、『北の名君』『稲妻将軍』『嵐の女船長』『紅蓮将軍』と、世界に名を馳せる軍人たちと関係を持ったり、親戚になることを選ばれました。
将来、医者伯爵家の当主として、春の国の軍部を束ねる立場の王子としては、ごく当然の選択と申せませましょう。
戦の国との戦争を経験しておられる、医者伯爵家の王女殿下にしたら、オデットは最高の花嫁でしょうね。
名だたる軍人を敵に回して、春の国に戦争を仕掛けようとする、周辺国家はいないはず」
「そうだな。戦争は、民を苦しめる。ゆえに、起こさぬ政策を、春の王族は取ろうぞ。
そこから考えても、ローエングリン王子殿下は、食えぬ男よな。
成人前から、ここまで春の国の未来を見据えて、水面下で動けるとは。
次女のオデットではなく、長女のアンジェリーナを口説き落としておけば、春の国王にもなれたであろうに。まこと、野心が無い男だ。
だからこそ、軍事国家で最も価値ある王女の一人を預けられるほど、雪の国王の信頼を勝ち取ったのだが。
……そうそう、王太子殿下に助言しておかなければ」
ここでおじ様は、さも思い付いたような顔つきになりました。レオ様へ、視線を向けます。
さすが、元舞台俳優の王子様。周囲の人々の興味を引くのが、上手ですね。
おじ様の「助言」と言う言葉に、春の貴族たちは、怖いもの見たさの顔つきになりました。
「……僕に助言ですか?」
「ローエングリン王子殿下に、オデット以外の女の影がちらついておるぞ。なぜ、排除しない?
雪の新人外交官として振る舞い、春の王族や大臣、高位貴族と縁遠かったわしでも、はっきり認識できるほどだ。
わしの知る限り、一人はそこに居る娘。もう一人は、一昨日、わしに暴言を吐いた娘だな。
春の国での身分は知らぬが、雪の王女をないがしろにできるほど偉いのか?」
ちょっと、おじ様! いきなり、何を言い出すんですか!?
打ち合わせも無しに、いきなり恋敵排除に動かないで!
思い付きで行動する、レオ様みたいなことをしないでよ……。
尻拭いする私の苦労を、理解していないでしょう?
レオ様も、想定外の事態に、目をぱちくりしておられます。
すっとぼけた表情の裏で、この事態を切り抜けようと、万能の頭脳を働かせていることでしょう。
「おじ様! 彼女は、春の王妃候補の一人です!
おそらく、ローエングリン様の側室希望……」
「王妃候補だと? なおさら、質が悪い!
春の貴族でありながら、レオナール王太子殿下をないがしろにするなど、言語道断!
雪の国ならば、王太子への不敬罪で、即日処刑になりかねんくらい、重い犯罪だぞ!」
「おじ様。ここは、春の国です。雪の国の考え方を持ち込まないでください。
まあ、ローエングリン様とオデットは、相思相愛の恋人なので、いくらアピールしても、無駄だと断言できますけど」
「アンジェリーナ! もしも、もしも、ローエングリン王子殿下が、オデット以外の娘を選んだら、どうするのだ!?」
「えーと……オデット以外の花嫁を選ぶか、本人に聞いたら良いじゃないですか!」
おじ様が見つけられるように、遠巻きに、こちらを観察していた妹と、将来の義弟を指差しました。
妹をエスコートしていた将来の義弟は、少しひきつった王家の微笑みを浮かべています。
……二人とも、巻き込んでゴメン。お姉様、今回、どう対処して良いか、わかんないの。
ほら、色恋沙汰は苦手だし、私はウワサを操り、戦わずして勝つのが得意な、北の名君の孫娘だから。
目の前で起こった、恋愛がらみの緊急事態、どう対処したら良いか全然わかんないの。
だから、適任者に丸投げすることにした!
ロー様は、歴史に名を残す軍師の家系だから、こういう頭脳勝負は得意でしょう!?
すがるような私の視線に気づいたのか、将来の義理の弟は、軽く肩をすくめながら「何とかする」と頷いてくれました。
「……ローエングリン様」
「オデット、姉君に見つかってしまったね。
皆が、自分たちを待っているみたいだから、出て行こうか」
不安げに見上げてきた婚約者へ、いとおしげに微笑みかけ、ひょいっとお姫様抱っこを。
医者伯爵家の次期当主は、若葉色の肩マントをなびかせ、さっそうと歩き始めました。
主役(ローエングリン王子)は、遅れてやって来るもの。自分だけのお姫様を守るために。
妹の恋敵を追い詰める材料を小出しにしていた、脇役(アンジェリーク秘書官)。
意図せず、主役たちが登場する最高の舞台を、用意してしまった。