156話 やり過ぎて、怒られました
雪の国の使節団……と言うより、赤毛のおじ様との朝食会が終わりました。
私はおじ様の膝から降りて、自分の席に戻り、室内から出ていく人々をお見送りしていました。
皆さん、固い表情の人が多いですね。春の国の内務大臣と外務大臣とか。雪の国の副使節団長とか。
雪の王族である私とおじ様が、たくさん疑惑をバラまいてあげたので、色々と思うことがありましょう。
まあ、現在の私の目標は、最初から一貫して、春の国の西地方に領地を持つ、侯爵家を排除することですけど。
西の侯爵家は春の分家王族である、西の公爵家の政治基盤の要。コレを潰せば、必然的に西の公爵家の権力は傾くはず。
分家王族の王子妃になる、公爵夫人を輩出した西の侯爵家は、世襲貴族と新興貴族の橋渡し的な存在でした。
侯爵家を継いだ先代当主が平民の妾の子供でして、王家に近い高位貴族でありながら、平民の血を持つためです。
平民の農家や商人を祖先に持つ新興貴族たちは、同じような平民の血を持つ西の侯爵家を旗印にして結束し、西の公爵家の傘下に入ったわけですね。
……結束した悪影響の一つが、王家の血を持たない新興貴族たちも、北地方の貴族を嫌うようになったことです。
元々、西地方の世襲貴族と、北地方の世襲貴族は犬猿の仲で、お互い嫌いあっていました。
西の侯爵家は、平民の血筋を利用して、傘下に取り込んだ新興貴族もあおって、北地方の貴族を嫌うように仕向けたんでしょうね。
現在の北地方の貴族は、我が家だけ。ゆえに西地方の敵対心を一心に集めているのを、私は王都や王宮、王立学園でヒシヒシと感じていました。
うっとうしいったら、この上ないですよ。
そこに、今回の騒ぎが起きました。
西地方の貴族の結束の要である侯爵家に、国家転覆を企む反逆者の疑惑をかけることで、西地方の世襲貴族と新興貴族へ、大きく揺さぶりをかけることができます。
平民の血を持つ世襲貴族、西の侯爵家がクッションになることで、世襲貴族と新興貴族がまとまっていたんです。そのクッションが、根底から無くなれば?
きっと、バラバラになりますよね。
西地方の貴族の足並みが乱れば、見所のある貴族を、元貴族である医者伯爵家がさりげなく、傘下におさめてくれるはず。
歴史に名を残す、軍師の家系の王子様たちならば、先ほどの非公式会談の書記官の記録を読むだけで、私の狙いを察してくれるでしょう。
そして、私の予想以上の作戦を立てて実行し、成功させてくれると思います。
人生経験の浅い子供の私では、医者伯爵の思惑や、計画の全容を察することはできませんけど。
もしも、この場に私の父方のおばあ様が居たならば、全てを見ぬいたでしょうけどね。
*****
春の国の王太子、レオナール王子にエスコートしてもらいながら、私も朝食会の会場から退室しました。
「甘いジャムやレモンカードを塗ったスコーン、とっても美味しかったです♪
東地方の視察から王宮に戻ってきたら、再び食べさせてくださいね!」
退出ついでに、使用人や侍女たちに愛想を振り撒いて、おやつ欲しいアピールを忘れません。
廊下を移動し始めると、レオ様があきれた口調で話しかけてきました。
「……アンジェリーク王女殿下は、国政や外交の話をするときと、素で話すときのギャップがありすぎますね」
「当たり前です。雪の王族の一員である以上、きちんと王族として振る舞わなくてはなりません!
私の一挙一動が、雪の王家の品格に、ひいては雪の国の国際社会の評価に直結しますからね。
おじ様が同じ室内にいて、目を光らせているのに、失敗できませんよ。
性別を超えた親友であるレオ様と話すときと、春の王太子殿下を相手に国家間の話し合いをするときでは、態度を変えますって」
ええ。本当に気をつけて、態度を変えておりますからね。
どきどき、子供っぽさを全面的に押し出して、百戦錬磨の大人たちを油断させ、出し抜くために。
「……そうやって、得意気に話すあたりが、子供っぽいゆえんですかね。
あなたのおじである、紅蓮将軍が、こっちを見張っておられますよ?」
「えっ!? えーと……あはは……おじ様、まだ居るなら居ると言ってくださいよ♪
レオ様も、レオ様です。知っておられたのなら、早く教えてください!」
「僕が敬語を止めていない時点で、気付いて欲しかったですね」
レオ様の指摘で、ようやく前方で立ち止まり、私たちを見ているおじ様に気付いたふりをしました。
驚いた表情を作り、あわててエスコートしてくれていたレオ様の左手を離して、背後に隠れます。
春の王太子の後ろから、ちょこんと顔だけ出して、おじ様を観察する姿勢を取りました。
「王女殿下。僕の後ろに、隠れないでいただきたいのですが……」
「何言ってるんですか!? 心優しいお兄様なら、かわいい妹を助けてくれるものでしょう!」
レオ様は、空いていた右手を口元に添えて、軽く笑いながら、「盾にするな」と言いました。
怯えた表情を作りながら、わざと「お兄様」呼びすると、一人っ子王子様は笑い声のまま、おじ様に話題をふります。
「くっくっ……紅蓮将軍。このような場合、おてんばな妹を持つ兄は、どのように対処したら良いですか?」
「わしの経験上、兄として、一緒に怒られるべきだな。そして、妹が同じ失敗をしないように見張り、フォローする」
「ご助言、ありがとうございます。兄として、おてんばな妹の面倒をしっかり見ると、約束しましょう」
おじ様も笑いながら、レオ様の茶番劇に付き合ってくれます。
廊下のあちこちで、使用人や侍女や騎士といった、春の貴族たちが強ばった顔で二人を観察していました。
そのうち、安堵のため息を吐いて、顔つきが柔らかくなる様子を、レオ様おじ様も見届けたことでしょう。
一時間ほど前ですかね? 私が「西の侯爵家が雪の王族を侮辱して、春と雪の戦争寸前」情報を、大声でバラまきました。
春の王宮内では、短時間でウワサが一人歩きして、尾ひれと背びれのついているはず。
戦争寸前の情報に、春の王太子が雪の国の使節団と朝食を共にした情報も、追って広がっていると考えられます。
朝食会を兼ねた、二国間の公式会談の結果は、誰もが気になるはず。
案の定、公式会談の出入口を見ることができる場所には、大勢の貴族が集まっていました。
緊張状態の中で、注目の人物たちが、軽口を叩きながら笑うところを見れば、悪い結果にならなかったと推測しましょう。
ついでに、大役をこなした春の王太子の評価は、上がると言うものですよ。
「アンジェリーナ、こっちに参れ。レオナール王太子殿下に、迷惑をかけてはならん」
貴族たちに注目される中、おじ様が手招きしました。「演技のやり過ぎ」と、言外で注意されます。
私は泣きそうな顔を作り、レオ様の背中から離れて、ソロソロとおじ様に近づきます。
私が立ち止まったのを確認して、おじ様はしゃがみこみ、私と目線を合わしてくれました。
「良いか? お主は王家の品格について、きちんと理解し、実行できておるのは、誉められる点だ。
しかし、王族として、国民の模範になるべき態度を、長時間維持できない。そこは欠点だな
まだ成人前の子供ゆえ、仕方ないと言えば、仕方ないが……。ここまで理解できるか?」
「……はい」
「アンジェリーナは、雪の分家王族である、東の公爵家の血筋に加えて、春の古き王族、湖の塩伯爵の血筋まで、色濃く引いておる。
今のお主は、雪の軍神一族の王女にして、湖の塩伯爵家の女当主と言う、歴史ある肩書きを背負っておるのだ。
お主の立ち振舞いは、雪の王家だけでは無く、春の王家にまで影響するのを忘れてはならぬ。
王家の品格を落とすと言うことは、国際社会における国の品格と、信用度を低下させかねない。
ここまでの内容は、理解できるか?」
「……はい」
「今回は、春と雪の橋渡し役としての緊張感から解放されて、気が緩んだ末の発言のようだから、見逃そう。
次回は見逃さんからな。言動に気を付けるのだぞ?」
「……はい」
しおらしく返事すると、おじ様は雪の天使の微笑みを浮かべながら、大きな右手で頭を撫でてくれました。
立ち上がると、私たちの会話を見守っていた、レオ様へ視線を向けます。
「レオナール王太子殿下。見苦しい所をお見せした」
「お気になさらず」
レオ様の目の前でしかられ、しょんぼりした私を慰めるように、おじ様は抱っこを始めます。
横座りのお姫様だっこではなく、大人が小さな子供にするだっこですね。
軍人であるおじ様は、力持ちなので、難なく私を持ち上げてくれました。
「わぁ、高い高い♪ レオ様が私より小さいです!」
思わぬ贈り物。高くなった目線に、大はしゃぎしてしまいます。
だっこしてもらえる機会なんて、十才でお父様が亡くなってから、どれほど減ったか。
しかも、弟や妹が居るので、長子である私は、お父様が生きている間も我慢を強いられましたしね。
「姪のアンジェリーナには、春と雪の王位継承権保持者として、帝王学をすべて学ばせたはずなのだが……結果は、見ての通り。
まだまだ、遊び盛りの子供ゆえ、おてんばが過ぎることもあろう。どうか見捨てず、気長に付き合ってやって欲しい。
いずれは、大人の落ち着きを体得して、王女と呼ぶにふさわしい、立派な淑女に成長すると思う」
「はい、気長に付き合います。この表情を見たら、子供だと実感できますね」
グリグリと、おじ様に信愛の頬擦りをしました。
せっかく、トレードマークのひげをそってくださっているので、姪っ子サービスです♪
同時に、紅蓮将軍として恐怖の対象に祭り上げられやすい、赤毛のおじ様が、血の通った人間だと、見ている人々に理解してもらうためでもあります。
約一時間前、おじ様を救世主にするため、頑張ったことを活かすためにも!
「紅蓮将軍。一つ簡単な質問をしても良いでしょうか?」
「……答えるかは、内容によるぞ」
「公式会談のときから気になっていたのですが……あなたの姪の本名は『アンジェリーナ』なのですか?
本人からも、家族からも、一度もそのような話は聞いたことが無いのです」
「雪の王族の戸籍には、『アンジェリーク』として登録されている。
『アンジェリーナ』は、雪の国での愛称だな。偉大なる祖先にあやかって、わしの父上が呼び始めた。
父親は湖の塩伯爵の孫『ラミーロ』で、母親は雪の天使を演じた『アンジェリーク』。
おまけに、わしの父上は、雪花旅一座の座長ときている。否応なしに、あの歌劇の有名人を連想しようぞ」
「……塩の王子ラミーロと、雪の天使アンジェリークの娘とくれば、『王家物語のアンジェリーナ王妃』ですね。善良王レオナールの伴侶。
彼女も『雪の国での本名はアンジェリーク』なのですが、母親と名前がかぶるゆえに、『小さな天使ちゃん』という意味の『アンジェリーナ』の愛称で呼ばれていたと聞きます。
善良王の革命時に、雪の国からきた援軍によって名前が広がり、春の国ではアンジェリーナ王妃として、歴史に名前が残されたと、王家の歴史で僕も習いました」
「……先に言っておくが……お主の花嫁にするために、アンジェリークと名付けて、アンジェリーナ呼びをしていたわけでは無いからな!」
「知っています。アンジェリーク王女殿下は、生まれる前から結婚相手が決められており、雪花旅一座の将来の座長夫人として育てられていたと。
ラミーロとアンジェリークを両親に持つ女優が演じる、『王家物語のアンジェリーナ王妃』を、誰だって見たいでしょうね。僕だって、是非とも見たいですよ!」
「わしとて、見たい! 心から見てみたいと思う!」
歌劇が大好きな王太子は、無意識に右手に拳を作りながら、力説していました。
レオ様やおじ様の最後の言葉は魅力的だったのか、遠巻きに観察していた貴族たちが、ウンウンと同意の頷きをしています。
「だが、現在のアンジェリーナは、湖の塩伯爵家の女当主!
領地が荒れた今の状態を放置して、雪花旅一座に入団することは無いゆえ、幻の舞台だな。まこと、残念よ」
「……本当に残念です」
ウンウン貴族の数人が、盛大にガッカリしました。
彼らを眺めながら、おじ様の思考誘導に感心します。
廊下に出てから、わざと私とレオ様を「アンジェリーナ」「レオナール」と、呼んでいました。
これを聞いた春の貴族の何人かは、六代目国王夫妻を連想したかもしれませんね。
子供っぽい私に、理論立てて説明する場面も、周囲に見せました。
「雪の国の王族は、立派な教育を施している」と思わせたかったのでしょう。
私たちが春の国から排除したい悪党たちと、無意識に比べさせるためにね。
そして、諭す内容には、私の祖先の血筋が混ぜられておりました
「雪の軍神一族の王女」とか、「湖の塩伯爵家の女当主」とか。
……どうやら、私は国際社会において、「湖の塩伯爵家、現在の当主」と正式に認識されているようです。
春の国では、単なる新興伯爵家の女当主扱いなんですけどね。
少なくとも、「湖の塩伯爵」と聞けば、春の国の世襲貴族は、反応を示しましょう。
春の六代目国王夫妻、善良王レオナールと王妃アンジェリーナの直系子孫だとね。
まあ、おじ様にだっこされて、大喜びしている私が、頭の中でこのように考えているなど、誰も想像しないでしょうけど……。
「それにしても、アンジェリーナ。今日はかわいらしい衣装を、着ておるではないか。新しく作ったのか?」
あっ! 春の国王陛下から頼まれていたことを、すっかり忘れていましたよ。
おじ様の質問に、なんて答えましょうかね?