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154話 雪の国と春の国の事情です

 先ほど、私は爆弾発言をしました。

 春の王族の正室たちが、毒薬を飲まされていたはずだと。

 私の意見を聞いたおじ様は、苦虫を噛み潰した顔つきになります。


 おじ様が言えないのなら、私が言ってあげますよ。春の国の王太子、レオナール様へ声をかけました。


「レオ様。雪の先代国王の最初の正室が亡くなり、若き娘が新たな正室になったことは、ご存知ですよね?」


 言葉を切って、口角だけを上げました。

 冷たさと美しさを併せ持つ、雪の天使の笑みを。


「……アンジェ。それは、禁句じゃないのか? 紅蓮将軍が、ものすごい顔つきで見ている」

「私は禁句だと、思っておりません。王家乗っ取りを企てる反逆者が、春の国にも居ると分かったのです。

ならば、善良王の直系子孫として、正義の警鐘を鳴らして当然。

私が沈黙するときは、雪の王女として春の国を見捨てるとき、春の国の最後と思ってください」


 雪の天使の微笑みを深めました。どこまでも冷たく、目を引いてやまない笑顔。

 冷たく美しい雪そのものを思わす、微笑みをね。


「……アンジェリーナの意志は固いようだな。善良王の子孫を強調されれば、わしも沈黙はできぬ。

王太子殿下よ、少し昔話に付き合ってもらうぞ。

雪の国の先代国王の側室や生まれた子供たちが、次々と亡くなったとき、流行り病の他に、毒殺が疑われてな。

分家王族が進言したが、『我が国には、優秀な医者がおるから、毒薬はあり得ないのだ』と愚王は突っぱねたよ。

独裁政治の先代国王は、わしの祖父母を含む分家王族たちの言うことを聞かず、お気に入りの医者の言うことだけを信じた」

「お気に入りの医者?」

「春の医者伯爵殿とは比べ物にならぬ、腕の悪い医者であったよ。

王宮医師の一人になれたのは、北の公爵本家出身だったからだ。『分家王族の王子』と言う血筋だけで役職を得た、ヤブ医者だな」

「春の国に当てはめると、西の公爵家の親戚と言うだけで、商務大臣になった、西の侯爵当主殿と同じ立場。

頭が悪くて無能としか評価されないくせに、権力を得る野望は人一倍あり、本家王族を乗っ取ろうと考える、反逆者ですね」


 雪の天使の微笑みを崩さずに告げてあげると、春の国の王太子は片眉をあげました

 レオナール王子は、私の最後の台詞に、多いに刺激されたようです。


「愚王の盲信の果てに、正室まで死亡して……世継ぎを得るために、改めて正室を選ぶ話になったのだ。

お気に入りの医者が北の公爵の出身で、後に娘が先代国王の正室に登り詰めたと聞けば、誰でも納得できよう?

すべては、北の公爵家が王妃を輩出し、政治の覇権を握らんとしたが為」

「現在の雪の国王陛下と王弟殿下は、雪の先代国王の最後と最後から二番目に生まれた子供たちです。

兄や姉になるべき子供たちが、毒殺されたから、唯一生き残れていた双子の彼らが、国王の息子として表舞台に立つ運命を背負ったのです。

つまり、レオナール様やラインハルト様と同じ立場ですね」


 ……レオ様は眉をよせて、不快感をあらわにしました。

 結果を聞けば、一族ぐるみの野望だったと理解できます。


「雪の北の公爵の血筋には、重大な欠点があった。医者伯爵殿が『血の(よど)み』と呼ぶものだ。

雪の国では最後に誕生した分家王族なのだが……何百年もの歴史で、高貴なる雪の王家の血筋を保たんと、血族結婚を繰り返したため、非常に子が生まれにくくなった。

子が生まれても、成人まで成長しにくいしな。王族として、致命的な弱点を持つに至る。

例にもれず、新たな王妃が生んだ子供は、たった一人で、幼子のうちに死亡した。

ゆえに、北地方の貴族から優秀な子供を引き取り、養子王子にする方向へ、本家王族乗っ取り計画を転換したのだろう。

それが、四年前の雪の内乱に繋がるのは、言うまでも無いな」


 雪の分家王族、北の公爵家は、子供が生まれにくいと言うのがミソです。

 娘を王妃にした医者は、親戚になる先代宰相と結託して、戸籍改編を行い、王家の血を一滴も持たない北の地方の貴族の子供たちを「親戚の子供」と偽り、もうろくした独裁政治の国王をだまして、王太子と養子縁組させました。

 当の王太子が、おじ様と一緒に、南の海洋連合諸国へ、外交船旅に出ていたから出来た、養子縁組ですね。

 独裁政治ゆえ、他の分家王族に知らせず、いち早く養子縁組。それを知った南の公爵が、先代国王を倒そうと内乱起こしたんですよ。

 ……やり方がマズかったですけど。彼らも、王家乗っ取りを企てる反逆者だったのでは、仕方ありませんよね。


「待ってください。雪花旅一座も、雪の王家の血が濃くて、親族結婚が多かったはず!

ですが、子供の数が多いですよね? しかも、成人前に亡くなることは、ほとんどありません」

「わしの実家か? 世界を巡る雪の王族ゆえ、世界中の王家へ、相手が望むときに雪の王家の血を提供できた。

そして、血を提供した見返りに、雪の王家の特徴の出た子供を返してもらう歴史を繰り返したのだ。

わしの祖母が春の貴族であったり、わしの実の兄者の奥方……雪花旅一座の若座長夫人が、海の王家に生まれた金髪碧眼の海の王女であるように」

「なるほど……血脈を保ちながら、外部の血筋も取り込むことで、計画的に血の淀みを減らしたのですか。

特に雪花旅一座は『春と雪と海の三つの古き王家の血を持つ』ため、婚姻関係を結びやすいですよね」

「そして、今の春の国では、医者伯爵殿が、同じ事を成そうとしているよな?

『王族にふさわしい血筋』『血の淀みを発生させぬこと』『陸の塩の採掘権を得ること』まで考えて、わしの姪を花嫁に選ぶあたり、まこと、頭のキレる軍師の名がふさわしい一族よな」


 ……陸の塩があるから、春の国は、軍事国家の雪の国と共存できたのですよ。

 春の軍隊の頭脳として動いてきた、医者伯爵家は、きちんと軍事同盟の意味を理解しています。


 春の国王は、北の侯爵の血筋経由で、雪の国へ山の塩の採掘権を差し出して、見返りに雪の王女を受け取り、国家間の軍事同盟を維持しました。

 そして、春の国が、西国、東国、南国から戦争をふっかけられるたびに、軍事国家の軍隊を貸してもらうことで、春の国が生き残れる政策を取ってきたのです。


「……紅蓮将軍。そこまで医者伯爵の思惑を理解していて、姪を嫁にやれるのですか?」

「親戚だからな。親戚ならば、安心して嫁にやれるというもの。

……その顔では、理解しておらぬか。春の国の北地方の貴族は、血族意識が強いのは、承知しておろう?

わしの祖母と先々代王妃は、いとこ同士。北の名君の高祖母とわしの祖母も、いとこ同士だ。

よって、医者伯爵家へ輿入れされた王女殿下は、オデットの父方の祖父、母方の祖父と親戚になる。

だから、雪花旅一座は、オデットが雪の王族ではなく、春の貴族として輿入れ予定でも、文句をつけんのだ。

由緒正しき血筋を繋ぐのは、王家の責務と理解していておるから、春の国へ協力しようと思ってな」


 雪の国へ、山の塩の採掘権を差し出した、春の国のもう一つ利点が、私のお母様やおじ様みたいな人物ですかね。

 春の北地方の貴族は、血族意識を強く持つ特性がありました。

 今では北の侯爵の孫娘だった先代座長夫人経由で、孫のお母様やおじ様、ひ孫の私たちにも、引き継がれています。

 雪の王族として表舞台に立っているおじ様がなんだかんだ言いながら、春の国へ情報提供してくれたり、味方の発言をするのは、春の本家王族たちを親戚扱いしているからですよ。


 おじ様は、レオ様が上手く立ち回れるかも、試しているようですけど。

 「無能な王太子」と判断すれば、オデットが嫁ぐ医者伯爵殿の次期当主を、次代の春の国王にするため、暗躍する予定でしょう。


 さて、おじ様の話は続きます。


「兄者の話にもどるが……兄者と王弟、顔の似ていない双子王子は、東の公爵の分家が輩出した、側室の子供だ。

東の公爵は、本来ならば本家から正室を輩出する予定だったのだが……駆け落ちしたゆえ、分家から輩出したと聞いている」

「駆け落ち?」

「ふぅ……わしの母なのだ。雪花旅一座の現座長夫人にして、東の公爵家の女当主。

どうも、母上は命の危機を感じて、家出をしたらしい」

「命の危機……ですか」

「雪の国王の正室選びなのだ、大陸の頂点に立つことができる。激化して当然だな。

南の公爵は、最有力とされた娘を暗殺されて、正室争いから脱落した。

母上も何度か命を狙われて『殺されたくない』と、とうとう家出して、正室争いから逃亡。

簡単に連れ戻されないために、船に乗って国外脱出する、念のいれようだ。

ただ、国外に出たものの、行く宛がなくて、一目ぼれした父上の所へ押し掛けたらしいな。

父上たちも、泣きじゃくる母上を雪の国へ送り返せず、しばらく雪花旅一座へ置いた。

毎日顔を合わせば、父上とて母上に情が移る。そして、父上は、雪の国の婚約者が苦手ときているから、なおのこと、母上にひかれた」

「……もしかして……いや、まさか……」

「おそらく、王太子殿下の想像はあっておるよ。父上の本来の婚約者が、先代国王の側室になった。

『平民みたいな生活をする分家王族の王子妃より、国王の花嫁になりたい。世継ぎを生んで国母になる。それが女として最高の幸せ!』と、婚約者である父上の前で、わざわざ言うような最低の性格だったゆえ、父上が見限った。

父上との婚約が解消され、望み通りの所へ嫁にいき、兄者を生んで国母の称号を得たよ」

「国母ですか……今でも王妃に匹敵する、権力を持ちそうですね」

「……実の息子たちは、権力を持たさない方針を貫いておる。

兄者と王弟は生みの親と認識はしているが、息子を権力を得る道具扱いしたうえ、育児放棄した相手を、母親と思っておらんよ。

意気揚々と、生まれた直後の双子を連れて謁見室に乱入、『私こそ王妃に相応しい』と宣言して、二番目の王妃に玉座を明け渡すように迫った、浅ましい女だ。

貴族の人望は、処刑された二番目の先代王妃と同等なくらい低いな」

「育児放棄は?」

「……生まれたての双子を押し付けられ、乳母に任命されたのは、わしの母上だ。

長男を出産した直後で、動けるはずが無いというのに。あの女は嫌みな自慢するためだけに、わしの両親を王宮へ呼びだした!

東の公爵家の屋敷から通えとか、馬鹿げたことを抜かしおってな。

母上が、きちんと雪の淑女としての女子力で黙らせたらしい」

「ほう、淑女として? さすが雪の国の王女殿下ですね♪」


 ……レオ様。座長夫人のおばあ様は、軍事国家で軍神と呼ばれる一族の本家出身ですよ?

 雪の紳士の権力は、おじ様を見れば分かるように、武術の実力と直結。

 ならば、雪の淑女の権力も、武術の実力と直結していると考えないのですか?

 おばあ様の女子力(物理)は、おじい様の元婚約者より優れていますって。


「兄者は、生まれた直後から育ててくれた乳母を、実の母親と信じて育った。今でも貴族の前で『敬愛する母上』と呼び慕っておる。

生みの親の方は『側室殿』と呼んで、他人行儀に付き合っておるよ。王家の公式行事で顔を会わせても、徹底的に無視するしな。

兄者の実の娘すらも、父親を見習い、実の祖母を『先代側室様』呼びして一線を引いておるよ。

そして、父を育ててくれた養祖母には『大好きな、おばあ様♪』と言って、国民の前で嬉しそうに抱きつき、尊敬を向ける始末。

はっきり言って、父上の元婚約者が求めた、『女としての最高の幸せ』とやらは、男のわしには一生理解できぬ」


 おじ様のドスのきいた声に、触ってはいけない部分を聞いてしまったと、室内の全員が察しました。

 レオ様は冷や汗をかきながら、慌てて話題転換をします。


「西の公爵は?」

「西の公爵は、南の公爵の娘が死に、東の公爵の娘が逃げ出したのを見て、辞退したな」

「……見事に、北の公爵が、王妃の座を簒奪(さんだつ)したのですね」

「まあ、不妊で有名な北の公爵家の娘だからな、子が生まれないし、成人する前に死ぬ可能性が高かった。

三方の公爵は、それも見越して、王妃の座を明け渡したのだろう。

予想通り、世襲貴族や、平民たちから不安の声が数多くあがり、国王交代の世論が生まれたと聞く。

ゆえに、北の公爵は仕方なく、東と西の公爵から側室を排出する提案をして、平民の不安を和らげた。

先代王妃も宰相も、側室の懐妊は予想外だったようだな。自分たちが子供が生まれにくい血筋ゆえ、側室がたった一度で子供を授かるなど、夢にも思わなかったらしい。

ここから、後宮で権力争いする、女の戦いがはじまる」

「権力争いですか……熾烈ですね、きっと」

「わしも、権力思考の女の醜さは知っておるよ。

夜会のダンスで足を踏まれたのを、笑って許しただけで、それを口実に翌日からダンス会に誘われまくる。

王宮で足をくじいた娘を、横抱きにして馬に乗せ、家まで送り届けただけで、お礼をしたいと何度もデートに誘われる。

どれもこれも、男として当たり前のことだ。デートの口実にも、ならんだろう?」

「そうですね。困っている婦女子を助けるのは、男として当然です。

僕も紅蓮将軍と同じことをしますが、その後の付きまとい攻撃に、うんざりすることもありますね。

王子の花嫁になりたい野望が透けてみえますから」

「同感だな。わしのように、赤毛という、雪の王族の特徴を持たぬ男に、雪の貴族の娘が言い寄る理由などあらぬよ。

十中八九、兄者たちの花嫁になりたい娘が、わしを踏み台にするためだな。

言い寄られることに嫌気がさして、最終的に婚約者に選んだのは、気心が知れ、妹扱いしておった幼なじみの娘だった。

やはり、自然体で過ごせ、軍の演習で留守にしても、家の経営を任せられる、政治に強い才女が最高の花嫁だ!

王太子殿下も、妻を決めるときは、よく吟味することだ。お主の場合は、わし以上に責任が重い。ろくでもない娘を選ぶと、春の国が滅ぶぞ」

「……肝に命じておきます」


 しみじみ言い放つ、おじ様。レオ様の後ろにいた侍女たちが、「白馬の王子様がいる!」と、口パクしていたのが見えなかったんでしょうか?


 ヒゲをそった、おじ様の素顔は、美男美女揃いの雪花旅一座の血筋らしく、思いっきりハンサムですからね。

 おまけに、旅一座で俳優をしていた経験を持つので、そんじょそこらの貴族の追随を許さない、洗練された立ち振舞いなのですよ。

 若い頃は、純粋にモテていたと、姪っ子の私は推測しています。

 

「兄者たちの話に戻るが、生まれた双子は国王の判断で、雪花旅一座に押し付けられた。

愚王も、後宮の女の争いを見て、ようやく『雪の国内にいては、息子たちが殺されるかもしれない』と考えたのだろう。

王妃と宰相は、野たれ死ぬことを期待したようだが、雪花旅一座を甘く見すぎだ。

国母になった娘も、父上たちへの嫌がらせ目的で、双子をすんなり預けることに同意したしな。

息子たちを預けた件は、『愚王と呼ばれる先代国王が、唯一正しき判断をくだした』と、高く評価されている」

「……雪の国王陛下は、雪花旅一座で帝王学を身につけ、世界各国の王家と知己を作って、凱旋帰国したのですね?」

「雪の国王の子供で成人したのは、兄者たち二人しか居なかったゆえ。二人は後継者として、雪の国へ呼び戻され、わしがお供した。

兄者の母親は東の公爵分家ゆえ、先代王妃と二分する形で、東の公爵が政治の覇権を握ったな。

わしも、母上が東の公爵本家の娘だったのが影響して、『王太子の右腕』と呼ばれる立場に祭り上げられたよ。

ちなみに、内乱で、東の公爵の血筋が真っ先に殺されたのは、船旅中の兄者とわしの後ろ楯を無くすためと、首謀者の南の公爵は白状した。

後ろ楯が無ければ、兄者を潰すのも簡単だと思ったようだ。

南の公爵の分家である雪花旅一座の力を、本家の公爵が見誤まったのが、内乱失敗の最大の要因であろう」


 雪の国王と王弟の双子って、母方の祖父母が育てたんですよね。おばあ様は乳母になるのですが、生まれたときからの付き合いだから、親子同然。

 双子の後から生まれた私のお母様やおじ様は、雪の国王兄弟と兄弟同然。


 はっきり言って、現在の雪の国王兄弟は実の父母より、座長の養父母を両親と思って、敬意を払っていると思いますよ。

 そして、おじ様を弟、お母様を妹と認識して可愛がっているので、お母様の娘である私を、力づくで雪の国に連れていくことができないんだと思います。


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