152話 反逆者と軍師では、見通せる未来が違いますよ
……目の前で、頭の痛くなる会話が繰り広げられています。
春の国のおバカさん王女、ファム嬢が、他国でも、迷惑をかけまくっているのですから。
西の戦の国で、次期王太子と呼ばれる王子様へ、色仕掛けで取り入ろうと頑張っているようです。
ファム嬢の抑え役に回っていた戦の王女は、最近、寝込んでしまったとの事。
……去年の春の国で、ファム嬢の抑え役に回っていた私が、血を吐いて寝込んだときと、そっくりな状況になりつつありますね。
お花畑の思考回路は、「今度は上手くいって、戦の次期王太子の婚約者になれる」とでも思っているのでしょうか?
ファム嬢の故郷、春の国の王太子であるレオナール王子は、引きつった王子スマイルを浮かべておられました。こめかみには、青筋が。
王族の恥は、国の恥に直結し、国の品位を落として、世界における国の威信を地に落とします。
問題児の王女を押し付けられた戦の国で、春の国の評価は急降下していっていることでしょう。
レオ様は、私のおじ様へ、呼び掛けました。
「紅蓮将軍。雪の国は、どのような対策をされる、おつもりですか?
更なる情報を僕に与えると、あなたは先ほどおっしゃいました。
すなわち、春と雪の軍事同盟に基づく、共同作戦を考えていると捉えて良いですよね?」
「春の国の王太子として、その言葉を言えるか?
年若きお主は、国王陛下の許可なく、そのような発言をする意味を分かっておるか?
わしの前で、軍事同盟を強調すれば、大陸の運命を背負うことになるぞ!」
低くなったおじ様の声は、大陸最強の軍隊を率いていた、軍事国家の王子としての立場がにじみ出ていました。
年上の軍人としての威圧が、室内の空気をふるわせます。
「……場合によっては、大陸中を巻き込んだ戦争が起こりますね。
もしも、ラインハルトのいとこ王子が、あなたの姪に見切りをつけて婚約を解消し、新たなる婚約者にファムを選べば、戦の国は雪の国を敵に回すことになる。
ファムの故郷である、我が春の国は、雪と戦の国から責任を問わます。
雪の国王陛下の答え方しだいでは、春の国は生き残れません。
だから、軍事同盟を強調しているのです。我が国には、あなたの妹一家が住んでおりますからね」
「正しく現状を認識しては、おるようだな。
雪の国と春の国の戦争になれば、戦の国は、春の国を助けぬよ。
大陸揺るがす戦争を招いた、戦の王子殿下と、春の国の西の公爵王女殿下を処刑し、別の王子が戦の王位を継ぐことになろう。
春の国も、雪の属国になり、雪の王族が新たな王として、派遣されるな」
「派遣されるのは……紅蓮将軍、あなたになりますね?
春の北の侯爵の血筋を祖母に持つ、山の塩の採掘権保持者にして、善良王の直系子孫である、雪の王子ですから。
大陸最強の軍隊を指揮する紅蓮将軍に、戦争を仕掛けようと考える者はおらず、地位は安泰ですね」
おお! レオ様は、きちんと道筋が見えておられるようです!
万能の頭脳の持ち主ですから、これくらいは朝飯前でしょうけど。
……西の戦の国には、次期王太子を引きずり下ろしたい王子様が、おりますからね。
あの王子の狙いは、私と妹たちです。陸の塩の採掘権を持つ、雪の天使。
西国と春の国の戦争の原因は、すべて陸の塩を手に入れようと、西国が進軍してきたからと言われております。
だから、戦の王子が、陸の塩の採掘権を持つ私たちを手に入れて妻にすれば、実力主義の戦の国で、確実に王太子に指名されますね。
歴代の戦の国王が、誰一人として成し遂げられなかった偉業になるので。
狙われる当事者の私としたら、野心を持つ人間なんて、この世から滅びて消え失せろ!って心境ですよ。
「わしは、春の王位など望まんが、わしの周囲がそうなるように仕向けるだろう。なにせ、兄者が後見人になるからな。
わしの実家、雪花旅一座が春の十四代目国王を排出しており、その子孫が、現在の春の国王として血筋を繋いでいる。
よって、祖先を同じくするわしが、春の王位を継ぐ、明確な根拠になり得るのだ」
「加えて、あなたの祖母は、春の国の貴族出身でもあります。
後ろ楯になる雪の国王陛下の力を持ってすれば、国際社会を納得させるには、充分でしょう」
「……わしの即位の代償は、お主を含む、春の王族と貴族の皆殺しだな。貴族が赤子だろうと、兄者は容赦せぬ。
四年前、雪の国の分家王族、南の公爵家を全員処刑したことで、実証済みだ。
反乱分子になり得る存在は、すべて抹消。大陸の火種は根絶やしにする。
それが『大陸の覇者』と言う、雪の国王の役目だからな」
レオ様の隣にいた、内務大臣と外務大臣や、壁際の使用人たちは青ざめました。
使用人の隣に立っていた侍女たちは、小さく震えはじめます。
雪の国王の右腕と呼ばれる、おじ様が、「皆殺し」と断言したわけですからね。
四年前、雪の分家王族が処刑された実例がある以上、確実に行われると、春の貴族たちが悟ったわけですよ。
そんな中で、悠然と会話を進めるのが、私の王子様です!
「……おそらく、春の国家転覆を企む者は、目先の利益しか見ていないですね。
『もしも、ファムが戦の国母になれば、親戚として、国際的地位を得ることができる。
失敗すれば、ファムを切り捨てて、勝手にやったことにできる。
どちらにしろ、春の国でも、国際社会でも、地位は安泰』と考えているはず。
軽はずみなファムの行動が『大陸の火種』になるとか、少しも考えていない。
春の国内での地位さえ安定しておけば、自分たちは大丈夫と思っているようだ。
これには、紅蓮将軍がファムの弱点と評した、『外国の王家に親戚がおらず、春の国内にしか親戚がいない』部分が、大いに関係しているのでしょう」
「戦の次期王太子の婚約者が、わしの姪と言うことは、さすがに知っておると思うがな。
それでも、ちょっかいを出したのは、王女殿下の実家の春の西の公爵家へ責任が問われることになり、わしの怒りも、公爵家へ向かうと予想したのであろう。
あわよくば、西の公爵家がつぶれることまで考えて。
そうすると……公爵王女殿下の王位継承権放棄は、大いに喜んだのではないか? 王太子殿下は、どう考える?」
「……一人娘のファムが王位継承権放棄したことで、西の公爵家は、お家断絶が濃厚になりましたね。
けれども、西の公爵家は、新たな分家王族になった医者伯爵家から花嫁を貰う約束をしているので、医者伯爵家に王女が生まれ次第、分家王族として存続することが、可能になります。
公爵の分家にあたる西地方の世襲貴族から養子縁組して、医者伯爵の王女が嫁げば、二人の子孫は皆、王位継承権を持つことに……」
レオ様の話の途中で、おじ様の声が割り込みました。
「待たれよ。医者伯爵家からの嫁入りは、戦争時代の話では無かったのか?」
「いえ、今も約束は有効です。
そして、養子縁組するのは、高位貴族から選ぶはずなので、西の侯爵家の息子か、将来生まれる孫息子が、最有力候補になります」
「ふむ。そうなると、西の侯爵家の娘が、医者伯爵家の次期当主の花嫁になろうとしていたことにも、説明がつくな。
王族である西の公爵家への輿入れとなれば、医者伯爵家の中でも分家の王女よりも、本家の王女を優先するであろう。
西の侯爵の娘が、次期当主の花嫁になれば、医者伯爵本家の子孫は、すべて西の侯爵の血を持つことになるな」
「ええ。養子縁組により、西の公爵の血筋は、西の侯爵家のものに置き換わります。
そして、医者伯爵からの花嫁も、西の侯爵家の血筋を持つとなれば……西の侯爵家は、平民の濃い血筋を持つ貴族でありながら、春の王族へ成り上がることになりますね」
「ずいぶんと、回りくどい方法を取ったものだ」
……回りくどい方法になったのは、西の侯爵当主も予想外だったからでしょうね。
西の侯爵当主の中では、娘がレオ様に見初められて王妃になり、孫は王太子や、新たな春の分家王族になる未来を描いていたはず。
ファム嬢の後釜に座った娘が、まさか、王太子の婚約者候補の資格を剥奪されるとは思わずに。
あのね。あのファム嬢のいとこですよ、同い年のいとこ!
いとこと言うことは、ワガママ三昧のおバカな王女の親友役を割り振られ、小さな頃から側で過ごしてきたはず。
おバカな王女を見ていて、「これが王族の振る舞いであり、貴族の中でトップに立つ、侯爵令嬢の自分にも許される」と勘違いして育った節が見受けられましたからね。
私の目から見れば、王妃候補の座から転がり落ちるのも、時間の問題でした。
「このような王家に勘づかれにくい方法を取れるのなら、三年前のウワサを流すという、下策をしなくても良かっただろうに。
王家の悪口を流すことで、流した犯人は将来の王妃の座を狙う貴族だと、自分で言いふらしたのも同然。
公爵王女殿下の後釜に座った高位貴族の娘が、ウワサを流した犯人と疑われると、考えられなかったのか?」
「ウワサを流して、国民感情を操り、ファムを将来の王妃の座から蹴落とす作戦が、北の名君の横槍で通用しなかったから、方向転換したのでしょう」
「ふむ、春の王家が捜査していることに気付いて、とかげのしっぽ切りをしたようだな。
本人たちは、上手く逃げたつもりでも、北の名君とわしの父に突き止められたが。
春の国王陛下は知ったうえで、あえて泳がしておき、医者伯爵殿に対応を任せたのだろう。
医者伯爵殿は、西の侯爵家の味方と思わせる行動をとって油断させ、効率よく活動を封じ込めておったと推測できる」
「ええ、王太子の婚約者候補の資格を剥奪するのは、最初から計画済みでした。
家の名声にも、娘本人の名誉にも、大きな傷がつきますからね。
以前の計画は、雪の国で内乱が起こり、余波が我が国に押し寄せた影響で、頓挫しましたけど。今度は、上手くいきましたよ♪」
爽やかな王子スマイルを浮かべながらも、背中から「悪どいオーラ」を沸き上がらせる王太子。
……以前の計画? 雪の内乱以前となると、四年前ですよね。
えーと、えーと……もしかしたら、ライ様とクレア嬢の仲を引き裂いた、婚約騒動かな?
普通では、先代王妃の親戚の娘を押し退けてまで、欠陥人間の西の侯爵令嬢を、王弟の息子の婚約者に推す必要は、ありませんよね。
医者伯爵の現当主殿と弟たちが、四年前に西の侯爵令嬢を、王弟の息子ラインハルト王子の婚約者に推したのは、レオ様の政治の邪魔になる、西の侯爵家の身動きを封じる作戦の一環だったようです。
当時は、「ファム嬢が春の王妃になるという絶対的な前提条件」があったため、親戚になる西の侯爵家が政治で権力を得るのは、避けられませんでしたから。
そこで、西の侯爵令嬢を一時的にライ様の正室にしておき、東の侯家のクレア嬢を、ライ様の側室にさせることで、国王陛下と王弟殿下は、西の侯爵家に悟られないように排除計画を進められると。
頃合いを見て、西の侯爵令嬢の醜聞をでっち上げ。春の国中に広めて、西の侯爵令嬢を政治の表舞台から蹴落とす方向へ持っていく。
だんだんと正室と側室の評判と立場が、国民や貴族たちの後押しで入れ替わる。
そうなると、クレア嬢は「戦の国へ輿入れする王女の母親の座」に相応しい名声を手に入れますよね。
クライマックスは、公衆の面前で、西の侯爵令嬢は婚約破棄か、婚約撤回を告げられ、世界中の笑い者に。
ついでに親戚の西の公爵も被害をこうむり、ファム嬢の王妃の資質や血筋も、問題視されるはず。
そして、その場で、次代の王妃に指名されるのは……私かな……。
春の国で、一番濃い春の王家の血筋を受け継ぐ子供ですからね。
なおかつ、春の英雄、六代目国王の直系子孫の肩書きを背負っています。
極悪非道な残虐王の直系子孫のファム嬢と比べれば、高貴なる血筋に雲泥の差が。
四年前の私は家督を継いでおらず、単なる春の国の男爵令嬢なのですが、雪の国の王女の戸籍を持っていますからね。
まだ北地方の父方の親戚たちも生きているし、雪の国で王族をしているおじ様や、海と戦の王家の親戚たちもおりますので、国内外に強力な後ろ楯が。
春の王女のファム嬢を退けることは、容易にできる立場でした。
最終的に、レオ様は有能な私を花嫁として手に入れ、春の国の未来は安泰。
ライ様は、幼なじみの恋人、クレア侯爵令嬢とラブラブ生活突入へ。
医者伯爵家は、私の妹を次期当主夫人に迎え、分家王族の地位を強固にさせて、西の公爵以上の権力を手に入れると。
このような、「春の未来はハッピーエンド作戦」を、軍師の家系の医者伯爵は、立てていたような予感がします。
ちなみに、政治の思惑の絡んだ正室と側室の入れ替わりって、一見難しそうに見えますが、医者伯爵家には簡単なんですよ。
「先代当主へ輿入れした本家王族の王女」「現国王の親戚になる王子たち」と言う、王族としての切り札がありますからね。
生まれついての春の王女が、「西の侯爵令嬢の行動は、王子妃に相応しくない。将来の戦の王妃の母親など、もってのほか!」と厳しく意見を挙げれば、東と南地方の全部の貴族が賛成しますね。
そして、北地方の貴族たちも、私の祖父母も賛成します。
春の王位継承権を持つ、湖の塩伯爵と南の侯爵家が、西の侯爵家の敵に立つと。
王位継承権保持者たちが、全面的に西の侯爵令嬢を否定すれば、分家王族の西の公爵当主とて、姪っ子をかばうのは難しいでしょう。
ファム嬢のいとこの醜聞は、ファム嬢の評価も下げるので、将来の王妃の座が危うくなります。
一人娘を守るために、西の公爵当主は切り捨てる判断をするかと。
西の侯爵家が権力を落としして、没落した頃を見て、ファム嬢の将来の王妃の資質を問い詰め、こちらも王妃の座から追い落とし、西の公爵を没落させる。
軍師の医者伯爵は、そこまで結末を予想して、長期計画でじっくりと動いていたはず。
あの軍師一族は、大陸の覇者である、雪の国王ですら利用しようとする、抜け目の無い人々ですからね。
「……紅蓮将軍。おそらく、ファムの母親の公爵夫人も、王族へ成り上がるために送り込まれた、西の侯爵家の手駒だったんだと思います。
そうでなければ、ファムが自室で僕以外の男と二人っきりになる状況を作ることは、できませんよ。
父親の公爵当主は、副宰相として、ほぼ毎日、王宮で仕事をしており、ファムの教育には関わっておらず、母親が全面的に取り仕切っておりましたからね」
「ほう? 西の侯爵家出身の母親が、娘の教育を?
なるほど、ハニートラップを仕掛ける工作員に育てたのは、母親なのか!
ようやく、合点がいった。娘に王族の帝王学を受けさせなかったのも、余計な知恵をつけさせないためか。
母親が実家の指示を受けて動かす、操り人形にするためであろう!」
おおげさに驚く、おじ様の大きな声が、頭上からふってきます。うるさくて、たまりません。
おじ様の膝の上に座って、春と雪の非公式会談を盗み聞きしているので、文句言えないんですけどね。
「……西の侯爵家は、まこと、極悪非道な残虐王を信奉する家のようだな。
娘を、王家へ送り込むために、春の王族を暗殺するとは!
ためらいなく赤子や正室たちを殺すなど、冷酷無比、悪魔のごとき所業なり!」
「……赤子と正室を殺す?」
おじ様のドスのきいた低い声に、レオ様はいぶかしげな声を出しました。
「ああ、年若き王太子殿下には、ご自分が生まれる前のことなど、考え及ばぬか。
おそらく、お主の兄や姉になるはずだった者たちは、この世に生まれる前、王妃殿下の腹の中におるうちに殺されておるよ」
「なっ……本当ですか!?」
おじ様の意見を聞いたレオ様は、両手を机にたたきつけ、身を乗り出します。
勢いがあったため、座っていたイスが後ろに倒れて、室内に大きな音が響きました。