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150話 国にも、建前と本音があります

 今は、午前八時前くらいでしょうか?

 朝食を食べ終えた私は、食後のおやつのスコーンを堪能していました。

 北にある雪の国で、王族をしている赤毛のおじ様の膝の上にお邪魔中。

 六年前に父親を亡くした私は、大人の男性に抱っこしてもらえる機会がほとんど無いので、大喜びでおじ様に甘えておりました。


 唯一の不満と言えば、おじ様と春の王太子、レオナール様の会話が聞こえないように、おじ様によって両耳を塞がれていること。

 周囲の皆さんの表情を観察して、どうやら、私の嫁ぎ先に関する、男同士の会話をしていると推測しました。


兄者(あにじゃ)は、春の国家転覆のウワサの再燃を危惧して、春の国の動向に注意していたのだが……まさか、ウワサの内容が真実だったとは思わず、さすがに頭をかかえた。

『春の国で大事にされている、西の公爵王女殿下が、ハニートラップをするように仕込まれた工作員として、育てられていたとは思わなかった』と、感想をこぼしておったよ」

「……ハニートラップ? 確か……色仕掛けによって相手から情報引き出す、諜報活動の事ですよね?」

「うむ。西の公爵殿下が何を思って、一人娘をそのように育てたかは、分からぬ。

将来の春の王妃の足場固めをさせようと、ハニートラップで貴族の弱味をつかみ、忠誠を誓わせるために教え込んだとしたら、とんだ下策よな。

春の国で、数十年ぶりに生まれた高貴なる王女という、唯一無二の武器を下水道へ投げ捨てたのだから」

「それでも、我が国で唯一の未婚の王女なのです。世界に対する価値は計り知れないし、揺るぎありません」

「王太子殿下。世界の現実を見ておくことだな。

わしは雪の王族であるからこそ、世界における西の公爵王女殿下の評価を、はっきり申し上げておこう。

複数の男へハニートラップを仕掛けるような、ふしだらな王女に、なんの価値がある?

夫の子供を産まない可能性のある浮気女を、由緒正しき血筋を次代へ継承する義務のある王子が、わざわざ求めると思うか?

高貴なる王家の血筋を(けが)されないためにも、まともな思考のできる王族ならば、忌避(きひ)する。

忠臣ならば、命をかけてでも、国の将来のために国王へ反対意見を進言する」


 およ? レオ様の隣に座っていた、内務大臣殿が硬直しました。やや青ざめておられますね。

 おじ様、何か衝撃的なことか、嫌味を言ったのでしょうか?


「……それが、世界共通の王家の認識だと申すのですか? 春の国への、とんでもない侮辱だ!

僕は春の国の王族として、正式に抗議させてもらう!」

「わしは、個人的に助言しておると言っただろう? 

お主も王族としてではなく、個人的に受け止めよ。

わしが言っておるのは、世界の常識なのだ。一国の王になるつもりなら、国外にも視野を広げよ。

アンジェリーナから、よく指摘されておる部分では無いのか?

姪は客観的に見ることが得意なため、今のお主の足りぬところを、秘書官として手助けしておるはずだ」

「ぐっ……耳に痛いですね」

「今は、わしが姪の代わりだと思って話せば、少しは気持ちが楽になろう。

良いか? 西の公爵王女殿下が世界に評価されていた理由は、『世界でも数少ない、王女にも王位継承権が認められている国に、数十年ぶりに王女』だったからだ。

だが、王太子殿下との破局で、春の王位継承権を放棄したよな? その経緯とて、誉められたものではない。

いかに春の国が取り取り繕うとも、真実は世界を駆けめぐる。なぜか、分かるか?」

「……情報源は、他国からの留学生ですね?」

「その通り。春の王立学園での公爵王女殿下の常識はずれの行動は、留学してきている、各国の貴族の子供たちに目撃されていた。

春の貴族の息子を何十人も侍らせて、人目もはばからず、真っ昼間から恋の駆け引きに興じていたことは、世界の王家や有力貴族が知っていると思うほうが良い。

浮気癖のある王女との縁談を持ってこられれば、どの国の国王も、断るために全力を注ぐというものよ」


 レオ様は、口を開きません。視線で、おじ様の発言を促しています。

 ねえ、何の話してるの!?


「そして、公爵王女殿下は生まれつき、致命的な弱点を抱えている。

父方の祖母も、母親も、春の貴族出身のため、他国の王族に親戚がいないのだ。後押ししてくれる他国が無いと、言うことだな。

雪の王女のアンジェリーナの縁談の場合、親戚になる海の王族や、戦の王族へ嫁いだわしの義妹が仲人として、後押ししてくれる可能性を持つ。

春の国としか関係を持てない公爵王女殿下と、雪以外に海や戦の国に知己を作れるアンジェリーナとなら、国家関係を重視する他国の王子は、どちらと縁談を望むが明白よな。

ゆえに、公爵王女殿下は結婚相手として、どうしても見劣りする。

その見劣りする部分を補っていたのが、『数十年ぶりに生まれた春の王女』『春の王位継承権を持つ王女』と言う、華々しい肩書き。

今では、この肩書きの半分を失った為、国際的な評価が地面にめり込むほど低いのだ」

「……春の国は、母親の血筋を無視する風習があるので、僕をふくめて、春の王族や貴族たちは、あまり気にしておりませんでした。

けれども……他国では、母親の血筋も重視する。それが、国際常識だとは、僕も習っています。

事実、ラインハルトの母親になった戦の国の宝石姫は、森の国の支援を得て、春の国へ嫁いできた経緯を持つと聞きました。

現在の戦の王妃殿下は、森の国の王女ですからね。よって、一人息子のラインハルトは春の王子でありながら、『戦の国王の孫』であり、『森の先代国王のひ孫』になります。

紅蓮将軍が言うのは、このことなのですね……」

「その通り。宝石姫は、春の王妃になっても、おかしくない存在だった。

それが格下になる王弟妃におさまり、国際社会で問題視されなかったのは、『戦の国が春の国へ戦争をしかけて、負けてしまった敗者の国』という、歴史背景があるからだ。

そして、現在の戦の国王陛下は、戦争を起こした狂える王を、春の先々代国王と共闘して打ち倒した、救国の王子。

戦の国王陛下は、春の国への恭順を示すことで、国家関係を修復したいと国際社会へアピールしたと受け止められておる。

……まあ、春の国王と王弟の兄弟が恋愛結婚したのも、国際社会では有名だからな」

「……ええ。僕の両親の仲の良さは、恋愛歌劇かと思うくらいですからね」

「ははは、思春期を迎えた息子には、辛かろう? わしの両親も恋愛結婚ゆえ、今のお主の気持ちが理解できるよ」


 目を伏せがちにしながら、レオ様は何かを述べられました。

 この様子では、反省するようなことを、おじ様に言われたのでしょう。


「さて、話を戻すが、公爵王女殿下の母親は『西戦争時代に春の国を裏切った高位貴族の出身』とのことだったな。

それに加えて、母方の高祖母(こうそぼ)は平民の血筋なのだろう?

雪の国でも調べておったが……どうにも、ハッキリした情報がつかめなかった。貴族時代の医者伯爵殿が、巧妙に隠したのであろう。

二年前だったか……兄者の養子になった王子たちが『産みの親から「雪の王女のアンジェリーナではなく、足場固めの意味で春の王女と結婚してはどうか?」と言われたが、あの王女の高祖母は、娼婦出身だと調べがついた。

どう考えても、雪の王家の花嫁には相応しくないため、きちんと説明して諦めてもらった』と、言っておってが……まことなのか?」

「娼婦では、ありません!  

ファムの母方のひいおばあ様は、酒場を営む店の看板娘。『平民の商人の娘』が、妥当な言葉だと思います。

この看板娘が、当時の侯爵当主に気に入られて妾になり、生んだ一人息子が、現在の西の侯爵の先代当主に。

その孫が、現当主と西の公爵夫人になりました。ですので、ファムは商人のひ孫になります」

「……ふむ。見事に、何の功績もない平民なのだな。

『酒場の娘』と聞けば、世間知らずの貴族の息子だった養子王子たちが、『娼婦』と勘違いしたのも頷ける。

王太子殿下。養子王子たちの無礼について、雪の国を代表して、お詫び申し上げる。

帰国したら、厳重に処罰するように、兄者に進言すると約束しよう!」

「……雪の王家からの謝罪を受け入れましょう。処罰内容は、紅蓮将軍におまかせします。

まあ、春の国では、養子王子たちのような勘違いは起こりませんね」

「王太子殿下。西の公爵殿下や医者伯爵殿下たちの共通の祖先が、五代目国王の妾の娘になるゆえ、母方の血筋を無視する風習が、春の国で生まれただけであろう?

何度も言うが、春の国でしか通じないのだ。国際社会では、通じない!」


 口パクしていたレオ様は、口を動かすのを止め、目元に力を入れて睨んできました。

 おじ様との男同士の話し合いは、難航しているようですね?


「国際常識の観点から言えば、各国の王位に近い所にいる王子……特にお主のような王太子は、絶対に公爵王女殿下に目を向けぬな。

国家を裏切った貴族出身など、母方の血筋が悪すぎる。

春の王位継承権を放棄したのも、王太子殿下を裏切ったからであろう?

『やはり裏切り者の血筋は、子孫も裏切るのが当たり前なのだ』と、己の行動で、己の血筋の悪さを肯定してしまった。

他国が公爵王女殿下と政略結婚して迎え入れる利点が、何一つ無い。むしろ、汚点にしかならぬ!

『春の王女を花嫁に望むくらいなら、春の国王の甥に当たる王子を婿養子(むこようし)に望む方が、千倍以上価値がある』と考えるのが、現在の国際的な判断なのだ。

ラインハルト王子殿下の母親は、戦の国の宝石姫だからな」


 お向かいに座る外務大臣が、軽く宙を泳ぎました。

 あの大臣殿の視線が揺れ動くと言うことは……国家関係についての話し合いがなされていそうです。

 春の国にとって、大きな損失になることを、おじ様に指摘され、大きく動揺したのでしょうね。きっと。


「今まで指摘した部分から考えると……西の公爵殿下が、大切な一人娘をハニートラップを仕掛ける工作員に育てた理由が、わしには見いだせぬ。

一人娘に必要だったのは、色仕掛けの勉強では無く、将来の春の王妃になるための勉強であろう?

色仕掛けをした結果、春の王位継承権を放棄し、将来の春の王妃の座も追われたのだ。

一国の王子ともあろう者が娘を不幸にして、国家転覆を企てる者を喜ばせる行動をとるなど、雪の王族をしているわしには、理解できぬ!」


 ああ、レオ様の仏頂面は、絶好調です。おじ様に感情を読まれまいと、必死ですね。

 この様子だと、私の嫁ぎ先決定も、間近なんですかね?


「……わしの末の娘は、雪の王弟の一人息子へ嫁がせる予定であった。

将来の王子妃にさせるため、生まれた頃から王子妃教育を始めた。

政治の勉強をさせたことはあっても、色仕掛けの勉強など、一度もさせたことが無い!

だから、公爵殿下の行動が、不思議に思えてならぬ」

「……あなたの末娘は……心から、お悔やみ申し上げます」

「……幼かったゆえ、長い船旅に連れていけず、東の公爵本家に預けた。その結果、内乱に巻き込まれ、命を散らしたのは、王太子殿下もご存知か……。

もしも生きておれば、今年十才になり、雪の王弟の一人息子と婚約発表しておっただろうな。

娘の身代わりに、姪のエルが新たな婚約者に選ばれたのが、せめてもの心慰めだ。

……大きくなったエルを見ていると、娘が帰って来たような気分になる。二人とも、雪花旅一座の血筋を持つためか、顔立ちも良く似ておるよ」

「紅蓮将軍……」


 突然、レオ様の瞳が、悲しみをまとったものに変化しました。

 ……どんな話をしているの?

 私の耳を抑えるおじ様の両手が、力を失ったようです。

 よし! 今のうちに勢いよく顔を左右にふって、耳栓から逃れましょう!


「…… わしは、エルを全力で守るつもりだ。そのために、東の公爵代理の立場を使って、雪の国での後見人宣言を出した!

雪の国で、一番価値のある王女の一人であり、春の国との軍事同盟を強固にしてくれ、春の国で保護されている難民が雪の国へ帰国するときに、未来の心の支えになってくれる、大切な姪だからな」


 ……脱出成功、おじ様の両手が耳の後ろへズレました!

 耳栓から逃れたので、おじ様とレオ様の会話が丸聞こえです。

 正面に座るレオ様たちは、それに気づいたようですが、話すのに夢中なおじ様は、まだ気付いていません。


「エルは雪の王女だが、春の国で生まれ育った。

今は春の国王夫妻に養育されておるゆえ、雪の王女の意識は薄く、春の王女として成長するであろう。

雪の国へ来るときも、春の王女の気分で、嫁いでくるはずだ」


 ……エルの話題? 私の嫁ぎ先に関連して、エルの話が出たの?

 まあ、実の姉妹なので、末っ子のエルも、大いに関係してきますよね。


 レオ様は、「会話に参加するな、絶対に黙っていろ!」と、無言の威圧を寄越してきたので、大人しくしていることに。

 状況把握しないと、私も行動できませんしね。


「エルのように他国へ嫁ぐ王女とは、生まれ育った故郷へ、最大限の恩恵をもたらす存在だ。

自国の国民たちが納めてくれた血税で、生活させてもらっている存在が、王族。支えてくれる国民がおらねば、王族は生きていけぬ。

ゆえに王女は『王族は、国へ最大限の恩恵をもたらし、生活を支えてくれた民へ、恩返しをせねばならん』と教育されて、他国へ嫁に出されるはず。

ろくに教育を施されずに、他国へやられる王女というのは、『厄介払いが目的』であることが多い』」


 ……なるほど。おじ様は「エルにも、きちんと帝王学を施してから、雪の国へ渡せ」と、レオ様へ釘を差していたんですね。

 大丈夫ですよ、私の妹なんですから。姉として、最高の王女に育てて見せます!


「……少し脱線したが、西の公爵王女殿下は、帝王学を全然施されて無いように見受けられる。

世界中の王家も、わしと同じように、判断していると思うぞ」

「それは、想定内です。どの国にも、本音と建前があるのが普通ですからね」

「世界共通の本音と建前を聞きたそうだな?

王太子殿下と破局し、戦の国へ留学した西の公爵王女殿への、建前評価は、『戦の国から宝石姫を送られたお返しをすべく、内定していた春の王妃の座を降りて、戦の国へ入国した』と好意的だ。

だが、各国の王家の本音は『春の国から厄介払いされた、疫病神の王女。我が国に押し付けられなくて、本当に良かった』になるだろう」

「……そうでしょうね。本音にも、建前にも頷ける。

まあ、ファムは、今までの行いを反省して、留学先の戦の国で勉学に励み、王族として視野を広げていると、戦の国王陛下から連絡がありましたからね。

近い将来、国際的な評価が変わると思います」

「……公爵王女殿下が反省だと?」


 レオ様の取り繕うった王子スマイルを見たおじ様は、急に口ごもりました。


 ……うん、あの頭お花畑王女は、西の戦の国でも、色々やらかしておりますものね。

 西国へ派遣していた、私の配下の傭兵たちからも、平民の間で流れている「春の王女のウワサ話」は、聞いていますよ。

 詳しい情報は、お母様たちが握りっており、教えて貰えないので把握しておりませんけど。

 私に不必要な情報だから、教えてくれないのだと思います。


 国家に建前と本音があるように、戦の国王個人にも、本音と建前があります。

 すぐお隣で、親戚関係になる春の王家への報告は、建前を寄越していたようですね。

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