149話 この場で知らないのは、私だけ
雪の国で暮らす、赤毛のおじ様の膝の上で、抱っこされていました。
おじ様は雪の王族で、雪の国王と義兄弟の契りを結んでおり、「雪の国王の右腕」と呼ばれるくらいの立場と責任を背負っています。
春の国の王太子、レオナール王子と男同士の会話をするためか、私の耳を大きな両手でふさいできました。
会話内容が聞こえない私は、おじ様に軽く腹を立てて、ふてくされた表情を作りました。目の前に座る、レオ様の表情を観察するしかありません。
「春の国の国家転覆の兆候は、三年前に一度あった。王家の目が届きにくい、地方が標的にされていた。
地方住まいの下位貴族や田舎の平民、地方から地方を移動する行商人を狙って、春の王家をおとしめるウワサが流されておったのだ。
……その表情では、やはり王太子殿下へ、知らされていないと見える」
「姪の耳をふさいだということは、アンジェリーク王女殿下も、知らないのですよね?」
「知らぬ。子供に聞かせられない内容が含まれているゆえ、北の名君が教えないと判断したのだ。
そして、報告を受けた春の国王陛下も、『子供には聞かせられない』と考えたから、王太子殿下にも黙っていたのだろうな」
「……父が僕に教えなかったことを、他人のあなたが教えると言うのですか?」
「王太子殿下は、来年、成人する身であろう? 三年前のような子供ではない。
なにより、今は婚約者を選ぶ、重要な時期にきておるゆえ、自分の身を守る意味でも、知っておいた方が良いと思う。
ゆえに、わしの独断で、話すわけだ」
「独断は建前で、雪の国王陛下が必要と感じたから、僕に教えるのですよね?」
「勘違いしないで欲しい。わしは雪の王族として、春の国へ政治介入するつもりは、無かった。
身分を隠して春の国へ来ていたのが、その証拠と思って欲しい。
だが……妹一家が春の王家と深く関わりを持つ以上、妹一家の話を持ち出そうとすると、どうしても政治介入の形になってしまう。
よって、わしが個人的に忠告した形で、王太子殿下に受け止めて欲しいのだ」
「……紅蓮将軍のお気持ちは、理解しました。
あなたは春の北の侯爵家の血筋として、また善良王の直系子孫として、同じ祖先を持つ年下の僕に、忠告してくれたことにしておきましょう。
今の発言の記録も、忘れるな。紅蓮将軍は、雪の国の政治介入ではなく……北の名君の親戚として、春の国の言葉で、僕と会話を始めたと」
レオ様の口パクに合わせて、書記官たちが頭を下げたので、なにやら王太子命令がおりたようです。
気になります! 後で、内容を聞かないと。
「王太子殿下、最初に流れ始めたウワサは……
『春の王女が「男遊びが大好きな痴女」として育てられていた。
嫁入り前なのに何人もの男に媚びて、体をゆだね、快楽に溺れたあげく、純潔を失った王女らしい』
総合すると、概ね、このような内容だったようだ。
破廉恥な言葉が並ぶゆえ、精神的に幼い、アンジェリーナたちに聞かせられぬ。
一年間、側で見てきた王太子殿下にも、心当たりがあると思うが……」
「おい、書記官! 同時進行で、子供にも見せられる内容の記録書を、作っておいてくれ!
好奇心満載のお子様は、なにがなんでも、僕と紅蓮将軍の会話を知ろうとするはずだからな。
さすがに『大人の恋愛』を思わす内容など、絶対に教えられん!」
「わしからも頼む。姪は、間違いなく、『体をゆだねるって、どうやるの?』とか、『快楽に溺れるって、どんな風になるの?』とか、この場でわしらに聞いてくる。
清楚な王女ならば、結婚して初夜を迎えるまで、一切知るはずの無い言葉ばかりをな」
「……かしこまりました。アンジェリーク王女殿下にも見せられる書類を、お作りしておきます」
レオ様が慌てた様子で、書記官たちに視線を走らせました。
なにか、おじ様が重要な発言をしたようですね。後で私にも、教えてくれるのでしょうか?
「……しかし、一国の王女が、痴女扱いされたウワサが流れるなど……。
さすがに、春の国王である我が父も、慎重に対応しましょう。ウワサが他国へ流れれば、我が国の威信は地に落ちます。
同時に、雪の国も対策しましょうが。あなたの甥や姪たちは、春の王家の濃い血筋を持つゆえ、同類に見られてはたまらないと考えるはず」
「……雪の国では、春の王家の血筋を受け継ぐ分家王族、雪花旅一座が一番強く反発した。『善良王の子孫は、そんな事をしない!』と。
三年前の旅一座は、春の北地方へ向かうため、戦の国の王都から春の西地方経由で移動していた時期だな。
先ほどのウワサを負うように広まったウワサを、わしの父上たちは直接、酒場で耳にしたようだ。
『春の王家の血筋の娘は、手に負えない娘らしい。男遊びに興じる、ふしだらな娘ばかりだ。
その中で、娘に手を焼く西の公爵は、春の王子の権力を振りかざし、春の国王の一人息子と結婚させて、ごまかすつもりらしい。
春の王太子は、まこと可哀想な被害者よ。誰か、救ってくれる者が居るといいのだが』だいたい、このような内容だったらしい。春の王家の血筋の娘とつけば、雪花旅一座が激怒して当然であろう?」
「……僕の母の実家、南の侯爵家も激怒しますね。三代目国王の子孫で、春の王位継承権を持つ娘たちがいるのですから。
雪花旅一座の目の前でウワサをしたのは、国境を超えて、あちこち旅する旅一座が、ウワサを広めるのに、うってつけの存在だと思ったのでしょうね。
まさか、春の王家の血筋を持つ、雪の国の王族たちとは思わずに。
ウワサをばらまいた不届き者たちは、侮辱されたと勘違いした、雪花旅一座の座長殿下が秘密裏にとらえたのでしょう?」
「その通り。だが、父上が捕らえたのは末端の捨て駒で、ウワサをばらまく指示を出した首謀者は、判明しなかった。
ゆえに、父上は、春の国で信頼できる『北の名君』に協力をあおいだようだ。
お互いの目的は、濃い春の王家の血を持つ、可愛い孫たちを守ること。
利害が一致しておるゆえ、結束は強く、電光石火で首謀者を割り出した」
「……北の名君は、世界各国に藍染反物を販売してきた、商人でもありますからね。
そして、あなたの父親は、世界中を旅する旅一座の座長です。
二人とも、平民から貴族や王族まで、幅広い付き合いがあり、独自の情報網を持つ。
その二つの情報網を利用し、春の国内に集中して使えば、一月足らずで犯人を割り出すくらい可能でしょうね」
「事実、三週間で割り出したらしい。ただ、首謀者が、春の国の高位貴族で、春の王家の親戚と判明したから、父上たちは下手に動けなくなったようだが。
相手は権力を持つゆえ、明確なボロを出さねば、つつけぬ。
言い方を間違えれば、両国の戦争に発展しそうな、デリケートな内容だけにな」
「けれども、明らかなボロを出せば、一気に始末できますよね?」
「……始末できる千載一遇の機会が、一昨日、わしの目の前で起きるとは思わなかったゆえ、対処が遅れた。
そして、決意して行動したときには、邪魔が入り、逃げられたのは、王太子殿下もご存知であろう?
ああいった手合いは、逃げ足だけ天下一品。こそこそ隠れながら威張るしかない、虎の威を借るキツネよ。
春のキツネは用心深いゆえ、なかなか罠にかからぬがな」
レオ様は、仏頂面になりました。どちらかと言うと、気難しい顔つきに近いです。
おじ様、レオ様に何を言ったんでしょうか?
「……話を戻しますけど、北の名君と座長殿下は、悪意あるウワサに、何かしらの対策をこうじたのですよね?」
「むろんだ。北の名君の家業は、知っての通り、藍染反物作り。
だから、藍染の販売ついでに、先に流れた二つのウワサを打ち消すため、新たなウワサを流すように配下に指示して、春の国中へ散らせた。
『由緒正しき、王家のお姫様が、ふしだらなはず無い。
王太子様の花嫁になりたい女の子が、お姫様を蹴落とすために、悪口を流しているのだろう。
花嫁になりたいのならば、お姫様と正々堂々と勝負して、勝ち負けを決めるべきだ。
まあ、影で悪口を言うしかできない、最低の女の子など、お姫様に敵わぬだろうが。
そして、この女の子は、「自分は高貴なる貴族の姫」と思っているようだが、誰が聞いても、「性悪で頭の悪い女」と断言できる』と。
誰が聞いても正論ゆえ、悪意あるウワサなど、人々の口から消し飛ぶよ」
「……北の名君らしい手法ですね。情報合戦を制して、西戦争を終わらせた、知将だけあります。
新たなウワサを流すだけで、見事に春の王家の評判も、王家の血を持つ妻と孫たちの評判も守ってみせた。
孫娘のアンジェリーク王女殿下も、正論で論破する辺り、北の名君の血筋が色濃く受け継がれていると思いますよ」
レオ様は、しゃべりながら、私をご覧になったようでした。
私の話題? 小首を傾げようとしたけれど、おじ様の両手が、ガッチリ固定しているので、あまり顔を動かせません。
「雪花旅一座の方は、さすがに動けませんよね。
一年をかけて、北地方の慰問巡業をしていたのですから」
「雪花旅一座の方は、歌劇を利用して、北地方へ復興支援に来ていた騎士へ、春の王家の素晴らしさを訴えたようだ。
残虐王と善良王の戦記歌劇『王家物語』を、毎日、最初に公演した。
最後は、アンジェリーナとミケランジェロが子役として演じた、春の王子の恋物語『雪の恋歌』で締めくくる。
そして、『王宮からの脱出』は、一度も演じなかった」
「なるほど……『雪の恋歌』『王家物語』『王宮からの脱出』ですか。
これら三つは、春の王家が物語の舞台であり、春の国で人気のある歌劇です。
特に勧善懲悪の代名詞である王家物語と、世界最高の恋愛歌劇である雪の恋歌は、全世代共通で好まれる人気作品ですね。
王宮からの脱出を外したのは、『駆け落ち』という、ふしだらな王女のウワサを連想させる内容が含まれているからでしょう。
うまいこと考えたものですよ。医者伯爵家でも、同じ事をやらせたと思いますね」
「この発案者は、北の名君で、実行者はわしの父だな。
北の名君は、情報操作して、戦局を自分達に有利な方向へ向けるのが得意な、参謀型の将軍だ。
父は、真っ先に敵陣へ突撃して味方を鼓舞し、勝利への流れを引き寄せる、切り込み隊長型の将軍。
……老いてなお盛んと言う言葉は、昔の戦争で活躍した、二人の老将のためにあるようなものだ」
「そして、優れた武将と言うのは、刃を交えずして、敵に勝つものです。
この二人が関わったことで、春の王家の人気向上は、間違いありません。
雪花旅一座の歌劇は、世界最高と言われておりますので、騎士たちは王都に戻ってきてからも、余韻に浸っていますよ」
『……将来の春の国王は、まこと、食えぬ男よな。
西の侯爵の手綱を握らなかった、公爵殿下を非難する意味も込めて、歌劇作戦を選んだと察するか。
あえて残虐王の血筋の人気下降を指摘せず、春の王家の人気上昇だけを主張する。
そして、情報網を二つとも引き継ぐのが、孫のアンジェリーナたちと知っておるから、絶対に手放そうとはしない』
「……なにか? 雪の言葉で、何をおっしゃったのですか?」
「いや……『もしも、アンジェリーナが成人しており、祖父たちの共同作戦に参加していれば、もっとえげつない方法を考案して実行しただろう』と想像して、思わず呟いてしまった。
姪は、売られた喧嘩は買って、倍返しの報復をし、敵を木っ端みじんにする性格ゆえ。
今回、アンジェリーナが関わったことで、春の国家転覆は食い止められるとは思うが……複雑な心境だ」
「……それには、同意します。春の王宮でも、『味方には懐深く、敵は正論で叩き潰す、女傑』と評価されていますからね」
えーと? レオ様? 何言ったの?
レオ様だけではなく、お向かいの列に座る内務大臣や外務大臣。壁際に控えている、使用人や侍女たちまで、そろって私を見てきたのですが……。
皆さん、困った顔つきなので、私の話題のことだとは、分かります。
むー、全員が困るような、私に関する話題ねぇ……。
レオ様とおじ様は、男同士の会話といっていましたので、おそらく、私の嫁ぎ先について、もめているのだと思います。
レオ様は、春の国に留まって欲しい。おじ様は、雪の国へ連れて帰りたい。
二人は、平行線をたどる意見をお持ちなので。
「……コホン。国家転覆の話に戻るぞ。
三年前と言えば、王太子殿下の花嫁選びが、周辺国家でも話題になりだしたころだな。
『春の王太子が、春の王立学園に入学され、花嫁選びをするようだ』と、雪の国では話題になっていた。
わしの親戚の住む国だと……戦の国では『王太子に続いて、いよいよラインハルト王子も花嫁が決まり、将来の戦の王妃の母親が決定しそうだ!』と、期待の方向が変わる。心当たりはあろう?」
「……確かに、僕とラインハルトの同級生や、上下の学年には、戦の国からの留学生が多いですね。
特に、ラインハルトに話しかける者が多かった。理由は、簡潔明瞭ですけど」
「貴族の息子は、将来の戦の王妃の父親と知り合い、将来の権力を得るための人脈作りを。
娘は、自分が花嫁に選ばれて、王妃の母親になろうと、玉の輿思考を持っておるようだな。
どこの国でも、貴族の考えることは、変わらないと言うことよ」
レオ様は仏頂面で、紅茶を一口飲みました。
おじ様の話が一段落したんですかね? だったら、耳栓外してほしいのですけど!
「海の国では、なんと言われていたかも、教えてくれますよね?」
「海の国王陛下は『春の王太子が、婚約者を決めるために、動き出したらしい。数十年ぶりに生まれた春の王女を選ぶか、国家関係を重視して雪の王女を選ぶか、今は静観するべきだ』と、観察する姿勢をとったようだ」
「……水面下で王位継承争いが起こっていたから、静観するしか、できなかったんでしょうね。
他国の王女を花嫁にすれば、将来の国王になれると、単純に考える貴族が王子たちを後押しして、『数十年ぶりに生まれた春の王女をぜひ花嫁に!』と、横槍をいれたのでしょう。
ですが、海の王家としては、春の王家の血筋から花嫁に選ぶとなれば、海の先代国王陛下の親戚関係となる、あなたの姪が一番最適です。
あなたの父親と先代国王陛下は、はとこ同士と言う、濃い血筋関係をもちますからね」
「もしも海の王子が、春の王女を花嫁に選べば、わしの姪をないがしろにしたことになり、雪の国との関係を損なうことになる。
海の国王陛下が、国家関係を損なう危険性を重視して静観したのは、正しい判断だ」
レオ様は、軽く目を閉じ、ため息をはきました。目を明けて、私を見たあと、再びため息を。
……ちょっと、どんな話をしてるんですか? 私の嫁ぎ先って、そんなに悩むこと!?
おじ様は無視して、レオ様の将来にとって、有利になる家を斡旋してくれれば良いだけですのに。
「雪の国王陛下や紅蓮将軍が、『春の国家転覆を想定した』のは、悪意ある二つのウワサが、去年の夏くらいから、春の国で再燃しているからと、言いたいのですよね?
まことしやかに、地方でささやかれ始めた。いや、現在の状況ならば、王都でも、ひそかに広まっていても、おかしくありません。
よりによって、ファムは前者のウワサに近いことをして、僕の婚約者候補から外れ、身を隠すように戦の国へ留学しましたからね。
春の国民や、春の国へ訪れた行商人は、三年前のウワサを思いだし、『あれは真実だった』と受け取り、広めてしまうでしょう」
「うむ。三年前、ウワサをバラまいた者たちにとって、望むべき状況へ傾いてしまったようだ」
むー、まだ話が続くの? 静かに待ってるなんて、退屈ですよ。
私はいつまで、耳栓されているのでしょうか?
おやつのスコーン、もう無い……あっ、おかわりくれるの?
やったー、ありがとう! いただきまーす♪
悪の組織のボス(王太子レオナール)と助っ人(紅蓮将軍)の会話を聞かされぬは、女幹部(アンジェリーク秘書官)のみ。
お年頃の女幹部は、明後日の方向へ、想像力を働かせる。