148話 西の侯爵家は、平民の子供が再興しました
おじ様と会話したあとは、誰も発言しませんでした。静かなる朝食会は、全員が紅茶を飲み終わると終了です。
相変わらず、私だけ牛乳ですけどね。
目の前に座る、赤毛のおじ様に確認しておくことがあったので、声をかけておきましょう。
もちろん、おじ様が普段話す、雪の国の言葉です。
『おじ様、本日のご予定は決まっていますか?』
『……春の国との今後のつきあい方について、外交官たちと話し合う予定だが』
『そうですか。旅一座を侮辱した、春の貴族と、我が家の自己紹介をする予定なので、おじ様にも参加して欲しいです』
『ほう……おもしそうなことをするのだな?』
『はい。春の国王陛下や、あの家の親戚になる、西の公爵家も同席するかと』
『春の国王陛下が参加するのなら、アンジェリーナのおじで、雪の王族である、わしも参加せざるを得まい』
素敵な雪の天使の微笑みを浮かべる、おじ様。
私の背後から、見惚れた侍女たちのため息が聞こえました。
無精ヒゲの騎士として、有名なおじ様ですが、ヒゲを剃った素顔は、キリッとしたハンサムです。
髪と瞳の色は、姪っ子の私たちと違えども、美男美女揃いの雪花旅一座で生まれた王子様ですからね。
もちろん、演技の稽古も受けて育っていますので、王族としての魅せる立ち振舞いも、新人外交官の演技もできます。
今現在は、王子様として振る舞っていますので、他の外交官と比べて、洗練された物腰に見えるのも、仕方ないでしょう。
『自己紹介後の処遇ですが、おじ様にお任せして、雪の国へ連行してもらって、良いですか?
直接侮辱されたおじ様が、雪の王族である以上、春の国から国外追放されるでしょう。
追放した直後、おじ様が捕らえて、雪の国王陛下に処罰してもらうのが、筋だと思うのです』
『ぬるいな。海の国王陛下にも、雪花旅一座の血が流れている以上、処刑はまぬがれまい。
春の王族の親戚と本人たちが主張するなら、春の国で始末をつけるものだぞ』
……武官のおじ様は、気が利きませんね。私の言葉に乗ってきません。
お行儀悪いですが、席から立ち上がり、おじ様の近くまで歩いて近づきました。
おじ様の耳に、ひそひそ話を持ちかけます。昨夜の会議のあと、待ってくれていたお母様と、今後のことを話し合ったんですよね。
『お母様からの伝言です。王族の西の公爵が、クスグーを持ってたので、出所を調べて欲しいと。
ちょうど良いエサが見つかったので、使ってください。親戚ならば、何か情報を持っていると思います』
おじ様は、あっけにとられた顔つきになり、数回瞬きしました。
その後、すぐにいたずらっ子の笑顔を浮かべ、発言します。
『雪の国へ連行するついでに、北の名君夫妻に引き合わせろ? 血筋の悪さを痛感すると思うから?
アンジェリーナは、無礼者によほど腹が立っているのだな』
『おじ様! 皆さんの前でばらさないで! なんのために、内緒話したと思っているんですか!?』
『怒るな、かわいい姪の頼みだ。無礼者に恥をかかせられるのなら、いくらでも乗ってやろう』
軽くむくれて、おじ様をにらみました。
雪の国の秘薬「クスグー」の名前を持ち出したことで、処刑へ傾いていたおじ様も、気が変わったようです。
母の依頼通り、北国へ連行して調べてくれると、返事してくれました。
私の父方の祖父母に引き合わすのは、建前ですよ。建前。
『アンジェリーナ、抱っこしてやろうか?』
『抱っこ? 急に、なんですか?』
『わしのスコーンを、代わりに食べて欲しいのだが』
『お邪魔します♪』
むくれた私をなだめるため、おじ様は保護者モードに入りました。
ここは、素直におじ様の提案に、乗っておくことに。子供っぽい演技をしておいた方が、周囲の人たちをあざむけますからね。
けっして、スコーンに目が眩んだわけでは、ありませんよ!
いそいそと、おじ様の膝の上に座りました。
騎士だけあり、父方のおじい様みたいに、大きな体で安定感があります。
「……アンジェも、抱っこされるのが好きなのか?」
「はい。一番上の私は、弟や妹みたいに、なかなか抱っこしてもらえませんからね♪」
不思議そうな私の上司と、春の国の言葉で雑談していると、おじ様は「いい子、いい子」と頭をなでてくれました。
約一年ぶりの抱っこに嬉しくなり、ほほが緩みますね♪
次に、ジャムたっぷり塗られたスコーンが、目の前に運ばれました。
ついでに、牛乳も隣に置かれます。……やっぱり、紅茶はダメなのね。
今日のイチゴのジャムも、甘くて美味しそうですね♪
ゆっくりとスコーンを堪能していると、おじ様が春の王太子に話しかけました。
雪の国の言葉から、わざわざ春の国の言葉に切り替えてね。
「レオナール王太子殿下。ここからは、雪の王族ではなく、春の国の北地方の貴族の血筋として、発言させてもらう。
殿下と同じく、春の国の英雄、善良王の直系子孫の一人として。
腹を割って話そうと言ったのは、殿下だ。付き合ってもらえるな?」
おじ様の変化に、レオ様の背後に控えていた使用人や侍女たちが、目を丸くしていました。
善良王の直系子孫とか、北地方の貴族という言葉に、反応したのでしょうね。
「しばらく、わしの個人的感情に基づく発言をするゆえ、公式会談の記録には、残さないで欲しい」
「……分かりました。ここからは、非公式会談として扱い、記録は分けておけ。これでよろしいですね?」
「非公式とするなら、北地方の新興伯爵家、女当主のおじとして記録に残して欲しいものだ。
もしくは、山の塩の採掘権を持つ、善良王の直系子孫。春の国王の遠い親戚としてな」
発言を残したくないと、おじ様は提案しました。レオ様は、公式記録から外すように、内務大臣と外務大臣の書記官たちに命じます。
非公式会談として、おじ様の発言は残すと、牽制を忘れませんけどね。
きちっと、春の国に有利な発言だけを記すようにと、おじ様もやり返しまたけど。
レオ様の王子スマイルと、おじ様の雪の天使の微笑みが、見えない火花を散らします。
……仲が良いのか、悪いのか、わからない二人ですよ。
「王太子殿下。昨日、あの無礼者について、王宮内で情報を集めたが……春の西地方の侯爵家と言えば、戦の国との戦争を引き起こした、裏切り者よな?
あの血筋は処刑し、爵位は王家預かりとなったと、周辺国家へ発表されていたと記憶している」
「そうです。あなたの姪、アンジェリーク王女殿下の父方の祖母、湖の塩伯爵の姫を戦の国に売り渡した、極悪人の貴族です。
あの家は、我が国を乗っ取り、自分が国王になろうとした裏切り者と一緒に、処刑しました」
「現在の侯爵家は、戦後に成り上がった新興貴族と言うことだな?
それにしては、春の王宮内での権力が強すぎると感じていた。
分家王族へ花嫁を出したにしても、周辺国家では考えられない、常識はずれのことをしている。なぜだ?」
……おじ様は、西の侯爵家の経歴を、知っているはず。雪の王族なので、隣国の高位貴族は網羅しておりますよ、きっと。
今は知らない演技をして、この話を聞いている、使用人や侍女たち……春の国民を丸め込もうとしているんですよ。
「あの貴族の血筋は、全て処刑したのですが……一人だけ許された者がおりました。
平民を母親に持ち、母親の実家で平民として暮らしていた、庶子の男児です。
貴族の戸籍は持っていないのですが、侯爵が自分の子供と認知しており、色々と支援をしていたようですね。
母親は美しい顔つきだったようです。だから、侯爵のお気に入りになれたと」
「ふむ……妾の子供か。庶子の男児は、春の五代目国王、残虐王の娘と同じ立場なのだな? ゆえに許されたのだな?」
「はい。平民であるがゆえに戦争時の策謀を知らず、関わってもないゆえ、僕のひいおじい様である二代前の国王は処刑せず、生きることを許しました。
そして、王家預りにしていた、侯爵の爵位を授け、西の公爵家に協力して、西地方の戦後復興をするように命じたようです」
「そうなると……西地方の世襲貴族が壊滅的状況を受けたため、王家の血を持たない新興貴族を誕生させるための、旗印としたのか。
新興貴族たちは、平民の農民や商人が任命されたと聞いている。任命権は、分家王族である、西の公爵家にあったともな。
世襲貴族の侯爵家すら、平民の血筋が継ぐとなれば、王家の血を持たない新興貴族の誕生に、他の地方の世襲貴族は口出ししにくいでえろう」
「……我が国において、王家の血を持たない貴族の誕生は、初めての試みでしたからね。
内乱や戦争で勲功を立てるたびに、武官の貴族が増える雪の国とは、情況が違います。
我が国の当時の状況では、西地方へ強い影響力を持つ、西の公爵へ委ねるしかなかったとは、伝え聞いております」
ここで、一旦レオ様は紅茶に手をつけました。
私は黙って、おじ様とレオ様のやり取りを聞いています。
あっ、レオ様のスコーンは、レモンカードが塗られている!
あれも美味しそう……もう一個、厨房に残って無いかな?
「……アンジェ、食べるか?」
「えっ、よろしいのですか? ありがとうございます!」
私の気持ちを察してくれたレオ様に感謝しつつ、さっさと譲ってもらいました。
一口かじると、レモンの良い匂いが広がります。こっちも、ほっぺが落ちそうですね♪
ゆっくりとスコーンを食べる私を、レオ様は微笑ましげに眺めておられました。
チラッと顔をあげると、レオ様と視線が合います。可愛らしい雪の天使の微笑みを浮かべて感謝の気持ちを表すと、レオ様は素敵な王子スマイルで応えてくれました。
「コホン。……王太子殿下。王家に近しい貴族は、野心を持つ。王家の血が薄いなら、尚更、権力を切望しような。
王族を足ががりに、自分が王族に成り代わることさえ、考えることもある」
見つめ会う私の上から、おじ様のわざとらしい咳払いが聞こえました。
強引に会話の続きをし始めます。
会話の内容が内容だけに、レオ様は片眉を上に動かして見せました。
「……紅蓮将軍。どういう意味でしょうか? さっきの発言の意図が読めませんね」
「春の北地方の貴族の爵位を取り上げ、見殺しにするように春の王家をそそのかしたのは、誰だ?
言い換えると、春の国で一番権力を持っていた、善良王の子孫たちを、春の国から排除するように仕向けた者は誰だ?」
「……それについては、まだ政治に関わっていない僕には、お答えしかねます。
北地方の貴族の爵位が王家預りになったのは、四年前ですからね。
当時の僕は、まだ十三才の子供。父上たちの決定が、どのように導かれたかは、明確に知らないのです」
一気に斬り込んできたおじ様の発言に、レオ様は何かを感じたのから後退り、避けようとします。
獅子のしっぽをまいて、なんとか、逃げました。
おじ様は矛先を変えて、答えられそうな相手に、再度質問します。
「ならば、内務大臣殿に問おう。春の国王陛下に進言したのは、西の公爵殿下か?」
「その通りでございます。雪の国の内乱の余波を受け、荒れた北地方を抑える力は、王都に逃げてきた貴族には、残されておりませんでした。
それゆえに、他の地方から、力ある貴族を派遣し、北地方を治めていこうと言う提案がなされ、王族の方々や貴族たちに受け入れられたのです」
「やはりか」
内務大臣の答えを聞いたとたん、突然、膝の上から下ろされました。
おじ様は思案顔になり、座っている雪の外交官たちの後ろを、ウロウロし始めます。
「おじ様?」
おじ様のイスの近くに立たされた私は、ウロウロするおじ様を見上げました。
声をかけると、おじ様はしゃがみこみ、私に耳打ちします。
『アンジェリーナは、西の侯爵を排除したいのか?』
『侯爵のあと、西の公爵殿下も排除します。王都に逃げてきた親戚たちを衰弱したように見せ掛けて暗殺したのは、西の公爵殿下のようですからね』
おじ様の耳元で、おじ佐間に分かるように返事しました。そのあと、顔色を伺います。
赤い瞳が、怒りの色をまとっていました。私の復讐心を、感じとってくれたようです。
おじ様は、自分の席に戻り、再び膝の上に座らせてくれました。
「……言うか、言わまいか、迷っていた。わしは、雪の王族として生きておるゆえ、春の国の事情に口を挟んで良いものか、悩んだ。
だが、わしは善良王の直系子孫の一人であり、春の北地方の貴族の血を持つ身!
これからの発言は、わし個人の意見として、春の王太子に受け止めてもらいたい」
よく通る声が、室内に響きます。大陸最強の軍隊を率いる、隊長としての声が。
おじ様の声は、この場の空気を支配していきます。皆が飲み込まれる中、支配されまいと、春の王太子だけは、踏ん張っていました。
「公爵殿下が、進言するように誘導したのは、補佐役の西の侯爵ではないか?
もしくは、公爵殿下の奥方。この奥方も、西の侯爵出身よな?
ならざ、春の国王陛下が納得できるような進言を、公爵殿下が話すように仕向けたのは、春の国の裏切り者の血筋、西の侯爵と考えるのが自然だ」
おじ様は、突然個人の発言と強調しました。
むー、西の侯爵と公爵を悪者にしたいようですが、おじ様の狙いが見えません。
「おじ様、何を言いたいのですか?」
「ここ最近の春の国の行動に、兄者が不信を抱いておったのよ。
春の国に、国家転覆を企む者がいるように、見受けられると」
「国家転覆!?」
「春の王家が、祖先を同じくする善良王の子孫を見殺しにするなど、正気の沙汰では無い。
残虐王を信奉する者が、王家の力をそぎ、春の国の乗っ取を企てているようだ。
アンジェリーナたちが巻き込まれてないか、調べるように命じられ、わしは外交官として春の国へ来たのだ」
「……国家転覆って、先走り過ぎますよ! 雪の国王陛下は、雪の国で国家転覆が起こりかけたから、疑心暗鬼になっているのでは?」
「わしも、そう思っていた。だが、春の王太子殿下の婚約が白紙になった経緯を考えると、兄者の考えに、納得できる節がある」
レオ様の瞳に、不愉快の感情が浮かびました。
仏頂面で、おじ様を氷の瞳でにらみ始めます。
「……アンジェリーナ、しばらく聞くで無いぞ。子供に聞かせられる話ではないからな」
そう言って、おじ様は、大きな手で私の耳をふさぎました。
ちょっと、何も聞こえないじゃないですか!
軽く顔を左右に降ってみましたが、おじ様の耳栓は動きません。諦めるしかないようです
聞かせられないって、なんで?
……朝食の前にレオ様が言っていた、「男同士の会話」とやらですかね?