147話 青い瞳の獅子は、吼えます
雪の国の王族である、おじ様に対して、腹が立っておりました。
口達者な私は、どんどんと口攻撃を繰り出してしまいます。
『海の国や、海洋連合諸国からの婚約祝いも、おじ様のせいですよね?』
「おい、アンジェ。黙っているんじゃなかったのか?」
横から、春の国の言葉が聞こえました。
春の国の王太子、レオナール王子に声をかけられたので、外交用兵器「父譲りの眼力」のまま、右隣を見ます。
春の王太子は、私の視線に怯むことなく、言葉を続けますけど。
「僕が代弁してやるから、黙っていろ。おじ上が再起不能になったら、春と雪の戦争を止められなくなる」
「嫌です! 大陸の情報が伝わるのが遅いはずの、海洋連合諸国の島々から、北地方の我が家や雪花旅一座にまで、婚約祝いの品が届いているのです。
婚約の情報源について、レオ様も、私と同じようにお考えだと確信したので、この機会におじ様を問い詰めます!」
「……父方の北地方のお前の家だけでなく、母方の雪花旅一座にまで?
南方の国々は、よほどローエングリンの婚約に注目しているのだな」
レオ様が、いぶかしげになり、軽く感想をもらしました。
……どうやら、王位継承争いしている、南の海の国へ情報漏洩したことで、将来の海の国王が確定しそうだとは、考えていないようです。
今のレオ様は、春と雪の戦争回避に、意識を集中しているので、そこまで考える余裕が無いのでしょう。
おじ様は気付いていて、わざと情報漏洩したんでしょうね。雪の国にとっても、海の国王確定は、喜ぶべきことですから。
海の国王の件は、後でレオ様と話し合うとして……今は、おじ様を問い詰めまないと!
『海の国の先代国王は、雪花旅一座の座長のおじい様の親戚です。おじ様にとっても、私にとっても親戚。
もしも、海の国が、春の国との政略結婚を望めば、春の王家の血筋で青い瞳を持つ娘として、私たち姉妹を候補にあげます。
この政略結婚を、雪の国が後押しするように、親戚のおじ様に頼んで来ることでしょう。
ですが、海の国は、四年前の春と雪の和睦会議の仲介役をしてくださったので、長女の私が雪の国に望まれていることを、知っていました。
そうなると、花嫁候補は、次女のオデットと、三女のエルに絞られます』
各国の国王ともなると、雪花旅一座の座長が、雪の国の分家王族だと知っていて当然。
春と雪と海、三つの古き王家の血筋を持ち、親族結婚を繰り返すことで、血筋を濃く保っていることも、知られていましょう。
そして、海の国を含む、南方の国では、青い瞳の持ち主が国を治める風習があります。
風習に乗っ取り、三代前の海の王妃は、青い瞳と古き海の王家の血を持つ、雪花旅一座の座長の次女が選ばれました。
この歴史を見ても、海の国における、雪花旅一座の血筋の価値が推し測れますよ。
『去年の秋、オデットが、春の王太子殿下の仲人でお見合いしたときに、ローエングリン殿下に気に入られたので、春の国との軍事同盟を強固にしたい雪の国としては、全面的に婚約を支援することを決めましょうね。
結果として、海の国に、「どうしても春の国との政略結婚を望むなら、末っ子のエルしか居ない」と思わせる必要ができました。
だから、おじ様は座長のおじい様に頼んで、海の国にオデットの婚約を知らせたのでしょう?
座長のおじい様と、海の先代国王陛下は、はとこ同士で気安い関係ですからね!』
ドスの聞いた声のまま、スラスラ説明してあげたら、室内は妙に静かになりました。
おじ様はパンを飲み込み、無言で頷きました。肯定の返事をしたのです!
おじ様の言質を取ったので、右隣にいる、春の王太子へ視線を向けました。
レオ様は感情を読まれないように、仏頂面で、おじ様を眺めておられます。
私の視線に気づいたのか、こちらを向くと、「よくやった!」とばかりに、王子スマイルを見せてくれました。
雪の天使の微笑みを浮かべ、「ありがとうございます♪」と返事をかえします。
二人で微笑み合ったあと、私は外交用兵器を再起動、レオ様は氷の視線を発現させ、おじ様を睨み付けました。
『紅蓮将軍。あなたも、ご存知のはずですが、海の国は、「大海の覇者」であり、「海洋連合諸国」と親しい関係があります。
言い換えれば、海洋連合諸国は、海の国の行動を、常に注目しているのです。
そして、海の王家が、春の王家……それも日影の存在で、世界に知られて居ないような王子に、わざわざ贈り物をしたとなれば、一斉に真相を探ろうとするはず。
王子の婚約者が、四年前まで存在を秘匿されていた、善良王の直系子孫の娘。
それも、海の先代国王とはとこ関係になる、雪花旅一座の座長の孫娘と知れば、競うように贈り物を届けますよね?』
一気にまくしたてて、喉がかわいたのか、レオ様は言葉の区切りに紅茶を飲みした。
私も、再び牛乳に手を伸ばします。いやー、美味しいですね♪
二人がティーカップとコップを机に置く音だけが、室内に響きます。
そろって、おじ様を睨み付ける作業に、戻りました。
『紅蓮将軍。この際なので、腹を割って話しましょう。
僕がアンジェリーク王女殿下を、春の王宮に呼び寄せたのも、エル王女殿下を春の王宮に置き留めたのも、オデット王女殿下をローエングリンに引き合わせたのも、彼女たちを雪の国へ渡さない為です。
アンジェリーク王女殿下が「ボンクラ」と毛嫌いしている、雪の養子王子の三人へ、由緒正しき血筋を持つ、高貴な王女たちを渡さないため。
おそらく、『格下になる春の王子ならば、人柱の花嫁を雪の国へ送り出すのが、正しいあり方だ。』と、雪の養子王子たちは憤って、戦争しようとしているのでしょうね?
けれども、僕をはじめとする春の王子は、彼らと相容れないし、彼らを王子とも認められない!』
古き言葉で、「勇敢な獅子」と言う、意味の名前持つ、レオナール様。
春の国で生まれた獅子は、赤毛の雪の天使に向かって、吼えました。
大陸の覇者の喉元に食らいつかんと、獅子は青い王者の瞳で、隙を伺います。
『雪の国の内乱の原因は、王家の血を持たない貴族の息子が、王太子と養子縁組したから。
言い換えれば、彼らは争いを誘発した、犯罪者なのです!
内乱の結果、我が国は余波を受けて、甚大な被害が出た。内乱で親戚を殺されたあなたも、あなたの姪たちも、被害者ですよ。
なぜ犯罪者に、被害者の雪の天使の王女を、渡さねばならぬと言うのです? 道理から外れている。
我ら、春の本家王族の祖先は、世を乱す悪と戦い勝利した、春の国の英雄。弱きを守り、悪と戦う者なり!
未だ罪を償おうとせず、春の国へ戦争を仕掛けようと考え、更なる罪を重ねようとする犯罪者に、春の国は屈しない!
紅蓮将軍。あなたも僕やローエングリンと同じく、春の国の英雄の直系子孫ならば、この考えがお分かりになるはず!』
おじ様を味方にするため、レオ様は牙をむき出しにして、勝負を仕掛けました。
若い獅子は、大陸最強の騎士を打ち破らんと、身構え、飛びかかります!
『……レオナール殿下。質問における、わしの答えは、そちらの想像にお任せしよう。
春の国の次代の国王は、敵に回すと苦労するとだけ、わしは兄者に伝える。
それから、姪たちの結婚相手は、姪が好きになった相手だと、妹から聞いているが……?
オデットは、ローエングリン王子と恋に落ちたゆえに、妹は結婚を許したのであろうな』
大人の余裕を宿した顔で、おじ様は雪の天使の微笑みを浮かべました。
大陸最強の騎士は、紙一重で、獅子の噛みつきを交わしました。
横を見上げると、一瞬、レオ様の瞳に、いらだちが浮かんでおりましたが、深追いは止められた様子。
引き際を心得ておられ、安心しました。かなり踏み込んだ発言をされましたからね、突っ走るかとヒヤヒヤしましたよ。
軍事国家の王子を、本格的に敵に回すのは、春の国の滅亡に直結します。
春の王太子として理解しているから、レオ様は悔しいけれど、引き下がったんですよ。
では、私からおじ様に、物申しておきましょう。
『おじ様。勘違いしないでください。春の国に住む、私たちの嫁ぎ先は、春の王太子レオナール様の決めてくれた嫁ぎ先です。
王族が、私情で結婚相手を決めるわけないでしょう?
だいたい、王侯貴族の娘は、政治を円滑にする道具ですよ、政略結婚の道具。恋愛感情なんて、必要ありませんね。損得勘定で考えるものです。
雪の養子王子に、私たちが嫁ぐメリットより、デメリットの方がはるかに大きいですよね?』
「……はあ……また、この展開か。アンジェは、ちょっと黙っていてくれ」
「えー! 私はおじ様に言いいたいことが、たくさんあります!」
「アンジェが、自分の恋愛に興味無いのは知っているが、妹たちを当てはめるつもりか?
妹たちは、婚約者から、思いっきり愛されているぞ。姉なのに、幸せな恋愛結婚だと、妹たちを祝ってやらないのか?
そんなに、政略結婚がしたいのなら、養子王子にくら替えさせるか?
今、この場でお前が政略結婚を肯定すれば、紅蓮将軍が妹たちの婚約を強引に白紙に戻して、養子王子たちに売り渡すこともできると、理解してくれ」
珍しく、レオ様に論破されてしまいました。
恋愛関連の話題が苦手な私は、反論できません。
バツの悪い表情を作り、サラダをつつくことにしました。
『……紅蓮将軍。あなたの姪は、このように、まだまだ子供でしてね。
僕も手を焼いており、なかなか縁談の話を進められないのは、ご承知いただきたい。
まあ、今は可愛らしいつぼみでも、手元でじっくり育てれば、綺麗な花を咲かせると、分かっておりますからね。
その日を楽しみに、春の王族一同、気長に接してしております』
ロマンチストのレオ様が、いつもの調子を出した途端に、おじ様は眉間にシワを寄せました。
おじ様の強い殺気を感じたのか、レオ様は、あわてて話題転嫁をはかります。
『そうそう、エル王女殿下の縁談に関しては、僕が全面的に関わりました。
雪の王家の血を一滴も持たない、養子王子がふさわしくないと考えたからです。
その点、雪の王弟殿下の一人息子は、両親が雪の王族であり、生粋の王子。
そして、エル王女殿下のはとこである、ジャック王子殿下の親戚でもあります。
エル王女殿下が、雪の王女の身分を隠して、春の貴族として輿入れするにしても、雪の東西の公爵は、全力で後ろ楯になってくれますよね?
ですので、雪の国王陛下が考えておられる、次代の国王の花嫁とにはエル王女が相応しいと思い、春の国王である父上に進言しました。
我が国が大切に守ってきた花たちが、雪の国で過酷な目に遭い、儚く散る未来は、絶対に許せませんからね!』
感情の読めない、王子スマイルを浮かべる、レオ様。
……雪の王弟の一人息子が、次代の雪の国王?
現在の雪の国王の実子である、雪の王女が、女王に即位するのでは?
『次代の雪の国王が誰になるかは、現在の国王である兄者が決めること。
末端の分家王族の王子にしか過ぎない、わしには、兄者の思考は読めぬよ』
『ああ、あなたの息子と、雪の国王の実子の王女が結婚して、女王が即位する道もありますからね。
雪の国でも、意見が割れている……と言うことでしょうか。明言は避けますよね?
それでも、雪花旅一座の血を持つ者が、将来の雪の国王の隣に座る未来は、変わりないですけど。
実現のためには、オデット王女殿下が、我が国のローエングリンと結婚することが大前提ですよね?
紅蓮将軍には、オデット王女殿下の恋敵を生んでしまった責任を、きちんと取っていただきたいものです』
レオ様は、感情の読めない王子スマイルを浮かべたまま、しめくくりました。
その後、澄ました顔でナイフとフォークを手にして、朝食を食べはじめます。
私は、サラダをつつきながら、思考回路を回しました。
雪の国は、数日前に政権交代したばかりで、安定してないから、様々な意見が出ていそうですね。
養子王子たちの発言力が、著しく低下しているのは、間違いありませんけど。
宰相をしている、北の公爵家が、彼らの後ろ楯でしたから。政権交代したので、北の公爵の影響力も低下していましょう。
代わりに、雪の国が切望していた、雪の天使の花嫁、エルの実のおじ様が所属する、東の公爵の発言力は急上昇しているはず。
また、エルの婚約者の王子様は、私たちの父方のはとこ、ジャックと共通のひいおじい様を持ちます。
ジャックのひいおじい様は、雪の西の公爵当主なので、政権を握った西の公爵の発言力も、増しているはず。
なにより、おじ様単独で、世界への影響力がスゴいですからね。
海の王家とは親戚、戦の王家とは親戚回りで、倭の国王は親友。オデットの結婚により、春の王家とも親戚確定。
きっと、雪の国王も、貴族たちも、雪の国の未来を考えれば、宰相より、おじ様の意見をを支持しますね。
養子王子三人は、私と顔を合わせることなく、雪の国の日影に葬られることでしょう。
『……アンジェリーナは、獰猛な獅子を、手懐けたようだな。
生半可な相手では、切れ者の獅子の手綱は、握れまい。
だが、あの気概では、若い頃は賢王と褒め称えられようとも、いずれ、独裁政治の愚王になるやもしれぬ。先代の雪の国王のように』
『春の国王陛下は、そうならぬように、聡明なアンジェリーナ王女殿下を、王宮に呼び寄せ、王太子殿下のお側に置いたようでございますね。
春の国の揺らぎは、国境を接する、我が雪の国の揺らぎに繋がりまする。
将来の揺らぎを抑えられると言うのならば、王女殿下を、春の国へ渡すのも、一つの方法かと』
『……ルー兄者……雪の王弟も、二人を観察して、わしらと同じ結論に達したのであろうな。
だから、才能あるアンジェリーナを諦め、将来性の見込めるエルで、手を打ったようだ』
おじ様は隣に居た、雪の使節団長殿とボソボソ会話しておりました。
何を話しているかは、聞こえませんでしたが、レオ様についての内容なんでしょうね。
先ほどのレオ様の発言をまとめると、
「一昨日の貴族の発言も、春と雪の戦争になりかけたののも、紅蓮将軍のせいだ。
春の国だけへ責任を押し付けず、きっちり働いて、混乱をおさめろ!」と、春の王太子として、おじ様に釘を指しましたからね。
雪の国の王子である紅蓮将軍に、真っ向から意見できる王子なんて、世界中を見渡しても、ごく少数でしょう。
それをやってのけるのが、春の国の王太子であり、私の王子様です。
おじ様の中で、レオ様の評価はうなぎ登り、間違いなし!
レオ様の味方に、なってくれることでしょう♪
悪の組織のボス(王太子レオナール)は、圧倒的なカリスマを持ち、人々を魅了する。
そして、次代の国王としての帝王学を受け、女幹部(アンジェリーク秘書官)が『万能』と評価する、頭脳も持つ。
能ある獅子は牙を隠し、必要なときに最大限の力を発揮するのだ。