146話 紅蓮将軍は暗躍していました
朝食の席でにらみ合う、春の国の王太子と雪の国の王子様。
レオナール様とおじ様の間で、見えない火花が散っているようです。
『おじ様。私の縁談は、春の王家にお任せしてあります。雪の国へ行くつもりは、毛頭ありません!』
赤毛のおじ様にむかって、キッパリ告げました。
『倭の国に嫁入りさせられそうだと、アンから聞いたが?』
『倭の国王陛下は、おじ様の生涯の親友ですよね?
おじ様の方が、詳しい情報をお持ちだと思いますけど……お母様が心配するような、私の輿入れ予定はありませんよ』
……面倒くさいことになりました。おじ様と外交合戦開幕ですか?
南の海の国の外交官と、対等にやり取りする、おじ様が相手です。
負けるつもりはありませんが、手こずるかもしれません。
『それから、おじ様の持ってくる縁談より、レオナール様の紹介の方が、信頼性が高いです。
おじ様の場合は、騎士が第一条件になるので、お見合い相手の範囲が狭すぎますね。
おそらく、おじ様の息子と結婚しろとでも、言い出すつもりでしょう?
雪の国ではほとんど失われてしまった、南と東の公爵の濃い血筋を持つ子供が望めるのですから』
あれ? おじ様が黙りこんだ? ……図星でしたか。
いとこは、赤毛の父親に似ず、母親似で、金髪碧眼に生まれましたからね。
おじ様が、「是非とも、孫は雪の国の王族の特徴を持って、生まれて欲しい」と願うのなら、雪の王家の濃い血筋と、特徴を持つ花嫁を望むはずです。
血筋に関しては、姪っ子の、私たちは間違いありません。外見も、雪の王家の血筋が出ていますしね。
おじ様なら、姪っ子と息子の、いとこ同士の結婚をさせようと考えそうです。
『その点、春の王太子殿下は、「仲人王子」の異名をお持ちです。
うちのオデットと、ローエングリン王子殿下を引き合わせたように、ピッタリの二人を結びつけてくれます。
オデットの婚約に関しては、雪の国王陛下が、全面的に賛成して、支援してくださっているのは、おじ様もご存知でしょう?』
『兄者の決定に、春の国は不服のようだがな』
燃え盛る炎のような赤い瞳が、春の王太子と大臣たちを、一瞥しました。
雪の国王と義兄弟の契りを結んでいるおじ様は、一昨日、春の国の貴族に、姪っ子のオデットや、実家の雪花旅一座を侮辱する発言をされましたからね。
おじ様は、それがとことん気に入らないようです。
大陸最強の騎士と呼ばれているらしい、おじ様の睨みは、迫力満点ですよ。
にらまれた春の王太子、レオナール王子は、涼しい顔つきで反論を返します。
氷の眼差しは止めず、おじ様に負けず劣らず、迫力ある仏頂面を披露しました。
『そうなるように仕向けた、紅蓮将軍のお言葉とは、思えませんね。
あなたが、世界各国へ働きかけた結果、我が国は甚大な被害を被っております。
僕は、オデット王女殿下との婚約発表をしてから、ようやくローエングリンが、春の国民や世界から注目される計画を立てていたのに、あなた方のおかげで大幅に狂いましたよ』
『……計画とは?』
『家族を病気で亡くした、医者を目指す王子と王女が、運命的な恋に落ち、世界中の病気で苦しむ人々を救おうと、心から誓いあった。
その王子と王女とは、昔、春の国の苦しむ人々を救った、春の国の英雄、あの善良王の直系子孫である。
そのような触れ込みで、二人が人々の記憶に刻まれるように、華々しく世界へ、お披露目する予定でした』
およ? レオ様って、そんな計画を立てていたのですか?
さすが、「私でも読みきれない、万能の頭脳」の持ち主です。
医者視点からのお披露目は、考えていませんでしたね。
おじ様も、盲点を突かれたのか、無言で続きを促しました。
『紅蓮将軍は、オデット王女殿下と婚約するまで、我が国のローエングリンの事は、あまりご存知なかったでしょう?
ローエングリンは、私の左隣に居る、雪の国のアンジェリーク王女殿下たちと同じように、表舞台に立たない王族でしたからね。
「政治に疎い、愚鈍な王子。ゆえに表舞台に出せない」が、世界各国の認識だったと思いますよ。
雪の国の認識は、軍事国家らしく、「戦の国の王家の血を受け継ぐ、軍師の家系の油断ならない王子」でしょうかね。
あなたたちは、隠されていたローエングリンのことを、正しく評価していない。
だからこそ、医者の跡継ぎ王子が、医者になりたいオデット王女殿下と電撃婚約発表することに、大きな意味があったんですよ。
……世界中に婚約を知られた今となっては、電撃婚約発表は使えなくなりましたけどね』
レオ様は残念そうな表情になり、うつむくと大袈裟にため息を吐きます。
空気を吸い込んで、顔をあげると、おじ様との会話に戻りました。
『ローエングリンが、春の国で脚光を浴びることになった、最大の原因は、各国に正式通達していないのに、周辺四か国の国王陛下から、婚約祝いが届いたことです。
周辺四か国に続いて、最近では、戦の国のさらに西「森の国」や、南方の「海洋連合諸国」の島々の王家からも、お祝いが届き始めました。
世界各国の王家からお祝いが届けば、嫌でも春の国内で、ウワサになりますよ。
ウワサが広まった結果、オデット王女殿下を押し退けて、ローエングリンの花嫁になりたい、「単に王子様の花嫁になりたい」と玉の輿を願う、愚かな貴族の娘が出現しました。
婚約発表前に、世界中から婚約祝いが届かなければ、ローエングリンは脚光を浴びることにはならず、オデット王女殿下の恋敵が出現することは無かったんです!』
レオ様の演説の区切りに、私は牛乳を飲むことにしました。
……他の人たちは紅茶なのに、私だけ牛乳なのは、引っ掛かりますが。
食事が始まる前に侍女たちに指摘したら、栄養補給が必要と、レオ様に上から言われて、交換してもらえませんでした。
私がマイペースに飲み、コップから口を離すと、周囲から視線を感じました。
レオ様が、何とも言えない眼差しを送っています。口を開き、小さな声で話しかけてきました。
「……おい。アンジェの妹のことについて、話しているのは、理解しているよな?」
「はい。私の妹のことだから、黙って、聞き役に徹しているでしょう?
今、口を開くと、妹の恋敵を生み出す元凶となったおじ様への怒りで、おじ様の精神を燃え尽きさせて、真っ白の役立たずにしそうなので」
「……そうか、おじ上を再起不能にしそうなくらい、腸が煮えりかえって、口攻撃ができる準備が整っているのか。
僕が代弁するから、アンジェは、そのまま黙っていてくれ。話し合い以前の問題になりそうだから」
「かしこまりました」
春の国の言葉で話しかけてこられたので、春の言葉でお返事しました。
おじ様に聞こえるように、私は小声ではなく、普通の大きさですけどね。
私たちの会話に聞き耳を立てていた人々は、一瞬、おじへ同情の視線を向けたようでした。
レオ様との会話のあと、私は外交用の兵器「父譲りの眼力」を発動させました。
そのまま、おじ様を睨むと、おじ様は視線を反らして、レオ様を見ることで逃げましたね。
レオ様は、軽く咳払いをすると、おじ様との会話に戻りました。
『紅蓮将軍。世界中の王家が知ることになった原因は、紅蓮将軍が動いたからですよね?
雪の王家からのお祝いは、オデット王女殿下が、雪の王女なので理解できます。
それ以外の王家が知る手段は、紅蓮将軍起点で考えると、簡単に繋がるんですよ。
あなたの妻の妹の嫁ぎ先は、西の戦の国でしたね。雪の国が睨みを効かせていると、陸の塩の採掘権を狙う、戦の国への警告を込めて伝えたはず。
戦の現王妃殿下は、森の国の出身なので、あなたの義理の妹が戦の国王陛下に、二人の婚約を知らせれば、自動的に森の国にも伝わります』
あ、おじ様の眼力が、少し緩んだ。私や、レオ様の読み通りのこと、やったのか!
オデットの恋敵を増やすなんて、本当に、なんてことしてくれるのです!?
『それから、倭の国王陛下は、あなたの生涯の親友です。こちらも、陸の塩の採掘権を渡さないために、警告の意味を込めて、親友に知らせたんでしょうね。
いや、反乱分子をあぶり出すために、あえて、倭の国王陛下に情報を渡したと、言った方がよろしいか?
倭の国王陛下と紅蓮将軍の狙い通り、雪の国の属国から独立したがっている者たちが、活発に活動を開始する、追い風になったようですね。
陸の塩の採掘権を持つ、雪の天使の王女たちを手に入れれば、雪の国が手を出せなくなると、反乱を企む者は考えているのでしょう。
先ほど、紅蓮将軍のおっしゃった、「王女の産んだ子供は、王家の血筋を持つ」法則が使えますからね』
軍事国家の王子である、おじ様の視線が鋭くなりました。
そこまでレオ様の説明が、おじ様や倭の国王が隠してあった、秘密作戦の真実に近いのでしょう。
『我が国に生き残っている、雪の天使の王女たちは、「春と雪の王家の血筋」を持ちます。
そこに、倭の王家の血筋が加わった王子が誕生すれば、次代の倭の国王、間違い無しとなりましょう。
即位すれば、雪の王家の血筋を理由に、属国からの支配を緩める事ができます。
また、陸の塩の採掘権を主張して、春の国へ堂々と侵入する口実まで手に入れられます。
反乱分子は、こう考えて動くはず。そこを、倭の国王陛下が一網打尽にする計画なのでしょうね。
そして、あなた方の企みを知らされることなく、巻き込まれた我が国は、非常に危うい立場に立たされた。
対応が後手に回った結果、昨夜、ここに居るアンジェリーク王女殿下に、囮となって倭の国境まで赴いてもらう、危険な作戦に参加してもらう羽目になったのです!』
『アンジェリーナ! 倭の国へ行くと言うのか!? わしが許さぬぞ!』
『だまらっしゃい! 誰のせいで、囮役を買って出る羽目になったと思っているのです? 脳ミソ筋肉のおじ様と、雪の国王陛下のせいでしょう!
一言、私に反乱分子あぶり出し計画を相談してくれていれば、頭脳労働者である軍師の方々にお願いして、春と雪の共同作戦として、最高かつ、完璧なものを用意して貰えたのに……。
なんのために、歴史に名を残す軍師の家系、医者伯爵家に、オデット預けたと、思っているんですか!?
ああ、脳ミソ筋肉で、肉体労働しかできない、騎士のおじ様には、その程度のことも分からないんですね?
失念していて、申し訳ありませんでした!』
「……お前、身内だと容赦なく、真っ向から悪口言うんだな。
本当に紅蓮将軍の精神が、燃え尽きるかもしれん」
レオ様の小さなツッコミが聞こえましたが、ムシしました。
おじ様は、一瞬、お葬式のような表情をしたあと、無表情になってパンに手を伸ばし、黙って食べ始めました。
気分転換をはかり、冷静になろうと努力しているようですね。