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145話 おじ様と朝食を

 現在は、午前七時。雪の国の定期使節団の人々と一緒に、朝食を摂っています。

 その中の一人、赤毛の外交官は、私に話しかけながら、食事をしていました。


アンジェリーナ(・・・・・・・)。もう少し食べぬか、量が少ない!』

『私なりに、頑張って食べています。騎士をしている、おじ様みたいには、大量に食べられません』

『食べぬから、体重が軽いままで、全然成長せんのだ! 肉を食べ、肉体を作らぬか!』

『おじ様の部下である、騎兵隊の騎士や、騎士見習いの少年たちを基準にしないでください。

そもそも、男性と女性の体の作りの違いは、ご存知ですか? 男性は筋肉がつきやすく、女性は脂肪がつきやすいのです。

そして、筋肉を作るには、肉がある程度は有効ですが、野菜もバランス良く摂らなければ、逆効果になるそうですよ』

『……ああ言えば、こう言う。お前は反抗期に入ったのか?』

『おじ様。反抗期の定義をご存知ですか? 自我が急速に発達し、独立した一人の人間として、人格形成される過程で……』

『もう良い! そういう専門的な分野は、医者伯爵殿にお聞きするゆえ、聞きかじりの説明は要らぬ!』


 雪の国の言葉で繰り広げられる、私と赤毛の外交官の掛け合い漫才。

 正真正銘、私と血の繋がったおじ様相手なので、遠慮なく会話していました。


 私の右隣では、春の国の王太子、レオナール様が無言で食べ進めています。さすが王子様だけあり、優雅ですね。

 前方に並んで腰かけている、使節団の外交官たちも、レオ様と同じように無言でした。

 外交官の皆さんは、食欲が無いように見えますけどね。


『それは、そうとして……おじ様。新しい雪の国王陛下と一緒になって、イタズラを仕掛けるのは、今後止めてください。

雪の王子なのに、平民出身の新人外交官のふりして、使節団に紛れ込むから、あちこちに多大な迷惑をかけたではありませんか』


 雪の国の外交官たちに、食欲が無い理由。

 私のおじ様……つまり、雪の国の王族が同行していたと、外交官たちは知らなかった様子。

 取り繕うことなく、旅の道中や、春の王宮に滞在中も、普段通りに振る舞っていたようでした。


 三割くらいの外交官は、平民出身の新人外交官を演じるおじ様に、気さくに話しかけて、世話を焼いてくれました。

 うちの下の弟妹がおじ様に突撃して、遊んで貰ったときも、一緒に遊んで、可愛がってくれた人々でもあります。

 世話焼きなところは、軍事国家の雰囲気を体現した、面倒見の良い兄貴分と言えましょう。


 五割は、外交官としては優秀ですが、貴族と平民を明確に区別していました。

 うちの弟妹と遊ぶおじ様を呼び止めて、外交官の仕事をするように、叱咤したりしましたからね。

 雪の王族の戸籍を持つ、私の弟妹に、新人外交官が無礼したと謝った人たちでもあります。

 身分差に厳しい、雪の国の役人の標準的な態度と言えましょう。


 彼らの振る舞いは、おじ様の協力者である、使節団長殿によって、雪の国王へ報告されるでしょうね。

 八割くらいの外交官は、雪の国王の力試しに合格したと。


 残りの二割は、国王から怒られて、なんらかの処罰を受けそうです。

 その代表格が、副使節団長殿。平民の新人外交官と信じていたおじ様を、使用人のように、顎でこきつかっていましたから。

 私は、おじ様の味方なので、チクりとやり返しておきます。


『副使節団長殿の決定とは言え、一番小さな部屋に雪の王族を寝泊まりさせたと知った春の国王陛下は「無礼をした」と青ざめておりましたよ』


 ジト目になって、副使節団長殿に視線をやると、うつむいて私から逃げました。

 それを何気なくかばうのが、おじ様です。


『わしが新人外交官なのは、間違い無い。新人ならば、先輩を立てるし、納得できる命令には従うものだ。

平民出身としたのは、先輩や、春の国へ余計な気を使わせぬため。

理由を話したとき、アンジェリーナも、わしの案に賛成してくれたことを、忘れたとは言わせぬぞ』

『……事後報告に、反対できるわけありませんよ。もう実行した後なんですから!

それに、おじ様が「文官の外交官として振る舞う」と宣言したから、それを信じて、春の国王陛下に報告しなかったんです。

まさか、「武官の騎士隊長の癖を丸出しにして、謁見室に乗り込む」なんて、思いませんでしたから。

外交官なら、抗議をする場合は、きちんと手順を踏んで抗議文書を片手に、他国の王に謁見を求めるものですよ。

おじ様の礼儀作法を無視した行動のせいで、姪っ子の私たちまで、「礼儀作法を知らない、無知な雪の王族」と春の国に思われかねません。

よりによって、オデットの婚約発表を控えている大事な時期に、なんてことをしてくれるんですか!』


 私が怒ってると理解できるように、わざとフォークをハムに突き刺しました。直後におじ様を睨みます。

 突き刺した拍子に、フォークの先端がお皿にぶつかって、大きな音が響いたので、効果抜群のはず。

 副使節団長殿を含む、雪の外交官の一部は、ビクッと怯えました。 


 ふてくされたおじ様は、おじ様なりの理論を展開します。

 ……私がちょっと前に、春の国王陛下に予想しながら説明した通りの理由でしたね。


『オデットのために、あえて謁見室に乗り込んだのだ。

わしが王子の身分を明かせば、わし個人の暴走として受け止められ、春と雪の外交問題にならずに済むと考えたからな。

……まさか、あのような無礼者が、本当に春の王族の親戚で、王家の権力を使い、うまく逃げられるとは思わぬかったゆえ。

よくもまあ、無能な貴族が処刑されずに、今まで生きておれたな。春の国は、ぬるい』

『春の国は、武官の騎士ではなく、文官の役人の権力が強い国ですからね。

雪の国とは、違います。春の国には、春の国の流儀があるんですよ。

だからこそ、軍事国家の雪の王女であり、武官の血筋の私が、わざわざ春の貴族を名乗り、文官として春の王太子に仕えるという、回りくどい方法をとっていたんです。

あのような、無知で役立ずな文官の貴族と政治の場で戦い、北地方で苦しむ春と雪の民を救うための復興支援金を、正々堂々と勝ち取るためにね』


 澄ました顔で言い放ち、ぐさりと突き刺したハムを口に運びました。

 私の右隣には、春の国の外務大臣と内務大臣が、王太子のお供として同席しており、一緒に食事をとっています。


 彼らには、雪の王女の私が、春の王太子の秘書官をしている理由が、やっと理解できたことでしょう。


『まこと、回りくどい。アンジェリーナに、その気があるのなら、わしの部下を呼び寄せるが? 復興など、一年足らずでできように』

『……おじ様、今は騎兵隊長を辞めて、外交官に転職したんですよね?』

『案ずるな。雪の国の正規軍ではなく、わしの権限で自由に動かせる、東の公爵家の私兵だ。

それにアン(・・)の持つ私兵や、アンジェリーナの私兵と協力すれば、すぐに復興できようぞ』

『確かに、雪の国王陛下に預けてある、お母様(・・・)が統括している南の公爵家の私兵と、おじい様……北の名君配下の元義勇軍の騎士たち。

それから、私が統括している、湖の塩伯爵や、春の北の侯爵家に使えていた私兵もおりますからね』

『西の公爵も、望めば私兵を貸してくれようぞ』

『ああ、雪の西の公爵は、私の父方の親戚ですからね。お願いすれば、半分くらいの私兵を借りれると思いますよ。

ただ、これだけの私兵を総動員すれば、春の国と周辺国家が驚くと思いますけど。

雪の国の正規軍の半分に匹敵する、人員となります。しかも、全員、軍人ですからね』


 私の言葉を聞いたとたん、雪の外交官の数人と、春の内務大臣がムセました。

 一瞬、右隣から鋭い視線を感じます。春の王太子が、私を睨んだのでしょう。


『復興は、肉体労働だ。軍人を集めるのは、当然。物流を回復させるために、主要街道を最優先で復興させる必要があるからな。

少なくとも、雪の国の南地方は、その方法で、七割方復興が終わった。

来年中には、すべての復興事業が終了する見込みだ』

『……復興支援費用は? 国庫や、貴族や商人たちの寄付ですか?』

『まさか。雪の南の公爵の血を受け継ぐ者として、わしが音頭をとって、東の公爵家でほとんど用立てた。

雪の貴族たちに、口は挟ませておらん。わしの持つ影響力は、知っておろう?』

『おじ様が本気で号令をかければ、ほぼ全ての願いは叶えられると思いますよ』

『わしではなく、兄者(あにじゃ)の人徳だな。わしは政治においては、人の上に立つ器では無い。

誰かを助け、補佐するのが精一杯の小者(こもの)よ』


 そう言って、豪快に笑いだす、おじ様。文武両道の騎士は、謙遜します。


『……雪の国王陛下と、義兄弟の契りを結び、右腕と呼ばれる騎士の台詞ではありません。

おじ様が動けば、すべての貴族が、武官、文官を問わず、(こうべ)を垂れて、協力してくれましょう。

北地方の貴族を失ったせいで、王家にすら反逆心を見せる、無能な貴族が幅を聞かせている、今の春の国とは、本当に大違いですよ』


 思わず、冷静にツッコミました。雪の国がうらやましいです。

 ちなみに、おじ様は、雪の国王を兄貴分として、慕っているんですよ。


『アンジェリーナとて、その気になれば、国庫に頼らずとも、復興費用を用立てれように』

『ええ。春の貴族を辞めて、雪の王族を全面に押し出せば、可能だと思います。

おじ様と同じだけの生まれ持った権力に加えて、父方から湖の塩の採掘権や、藍染の伝統ブランドまで受け継いでいますからね。

ですが、それを実行すると、雪の王妃にされる未来が待っていますので、今はするつもりはありません』


 そう言ってから、パンのかけらを、口の中に放り込みます。

 私を花嫁にと狙っている、雪の国のボンクラ養子王子たちへの怒りをこめて、噛み砕きました。


『アンジェリーナ。結婚相手が、養子王子でなければ、雪の国へ嫁に来るか?』


 おじ様が何気なく発した台詞に、室内の時間が止まります。

 雪の外交官たちも、春の大臣たちも、食事の世話をしていた使用人と侍女、そして、王太子の側近たちも、私を凝視しました。


『紅蓮将軍。その件については、雪の国王陛下と話がついているはずですが?

アンジェリーク王女殿下の代わりに、妹のエル王女殿下が雪の国へ嫁ぐと。

我が国で最も王家の血が濃い、善良王の直系子孫の娘を、二人も雪の国へ連れていかれると、我が国は非常に困るのですよ。

春の王族の人数は、ご存知ですよね?』


 私をかばってくれたのは、春の王太子でした。

 レオ様はナイフとフォークを机の上に置き、青い瞳でおじ様を見ました。

 氷の眼差しで、おじ様を射ぬこうとします。


『ああ、数十年ぶりに生まれた春の王女は、彼女の子孫を含む、未来永劫の春の王位継承権を放棄しておられたな。

「王女の生んだ子供は、王家の血筋の法則」を、春の王族は使えなくなったゆえ、春の王位継承権を持つ、我が姪を王子妃に望んだと、アンから聞いておるよ』


 太陽の色と揶揄(やゆ)される、おじ様の赤い瞳が、見つめ返します。


 氷の青と、太陽の赤。

 二人の間で、見えない火花が散っているようでした。



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