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144話 王太子から贈り物をされました

 

 気がつくと、私は髪を編み上げられておりました。

 そして、視界の隅にとらえたのは、口喧嘩をしている少年たちの姿でした。


「アンジェが気を失ったのって、レオ様が、手荒な事をしたからだよね?」

「仕方ないだろう。アイツは、お子様なんだ。

不安材料は、早急に潰しておかんと、春の国の未来がドエライことになるんだぞ!」

「……レオ様が四年前に口説き落としておかないから、ドエライことになったんっすよ」

「四年前のことは、関係無いだろう!? アンジェに王家の腕輪を渡しただけで、プロポーズしたなんて言われてたまるか!」

「えー、あのときのレオ様の台詞を思い返してみたけど、どう聞いても、プロポーズだよね? キミも、そう思うよね?」

「熱烈なプロポーズっす。だから、去年、アンジェ秘書が王宮にやって来たんっすよ!」

「待て、なんでそうなる!?」


 ……朝から賑やかな方々ですね。

 会話を盗み聞きしましたところ、春の王太子である、レオナール王子は、親友たちから責められているようです。

 外交官の子息殿と、王宮騎士団長の子息殿は、室内に王妃様や王弟妃様の侍女たちが居るので、包装紙にくるんで発言しておりましたけど。

 ここが王太子の執務室でしたら、もっと紛糾していたでしょう。


「レオ王子。雪の天使の姫に、『雪の恋歌』のプロポーズの場面の台詞をアレンジしながら思いをぶつければ、本人も、聞いている周囲の者も、プロポーズと受けとりましょう。

よりによって、『雪の恋歌』の女主人公は、『雪の天使アンジェリーク』なんですから」

「ぐっ……『アンジェリーク』と聞けば、誰だって、雪の恋歌と結びつけるだろうが!

だから、演出として、歌劇の台詞をアレンジすることを思い付き、実行しただけだ。

強引に僕と結びつけようとするな。僕はラミーロじゃなくて、『レオナール』だぞ!」

「雪の天使と結ばれた『雪の恋歌』の男主人公は、『春の国の王子』と言うことを、お忘れなく。

なにより、雪の天使の姫は、春の国の王子であるレオ王子の言葉を信じて、迎えを待ち続けていたのでしょう?」

「アンジェは、雪の国の養子王子と結婚したく無いから、断っていただけだ。

強引に僕と結びつけるなと、さっきも言っただろうが!」

「……ふう。レオ王子が『思い付き』と言うのなら、本当に子供の思い付きで実行したのでしょう。

けれども、その思い付きのせいで、春の国や、北の雪の国の未来を、狂わせた自覚がおありですか?

プロポーズ紛いの言動をしたせいで、雪の国の王妃になるはずの雪の天使の姫は、春の国に留まり続ける結果になったのです。

留めるならば、変わりに春の国の王女である、ファム姫を送り出さなげればなりませんでした。

春の国、唯一の王女を雪の国へ渡すことで、春と雪の軍事同盟は強固になります。

なおかつ、春の国は、国の宝である『陸の塩の採掘権』を渡すことなく、善良王の直系子孫を春の王妃に迎えられたと言うのに」

「ぐっ……」


 私の後任として、王太子の秘書官になった青年は、王妃様の実家、南の侯爵家の分家次期当主です。

 親戚ゆえに、不敬罪に問われず、王太子をいさめることができる、数少ない存在ですからね。

 王太子の痛いところを突いて、見事に論破しておりましたよ。

 悔しげなレオ様の表情から、「アホなファムには、雪の王妃が勤まると思えんぞ」と考えているのが、読み取れました。


 おバカさん王女が雪の国へ嫁入りした時点で、私の母方の親戚たちが動いて、なんとかしたと思いますけどね。

 雪の養子王子の一人に押し付けて、養子王子を王宮から厄介払いするのに、まず利用。

 次は適当な領地を与えて、養子王子とファム嬢を移動させ、軟禁状態にして、春の国への人質にしますかね。

 春の王女を理由に、春の国を属国状態にできるのなら、現在の雪の国王は、とことん利用しますって。


 軍事国家の雪の国は、大陸の覇者です。雪の国より格が劣る春の国には、ファム嬢の扱いに対して、文句をつけることができません。

 四年前に、雪の国の軍隊が、春の国の騎士団を敗北させ、春の国の北地方を占領した事実がある以上、逆らう意志は起きないでしょうしね。

 両親である、西の公爵夫妻が騒ごうが、雪の国の軍事力をちらつかせば、黙らせることは可能ですよ。


 まあ、起こりもしない未来の話なんて、これ以上論じるだけムダですけど。

 西の公爵家に残されているのは、私が地獄に叩き落とす、絶望の未来だけなんですから。


 年上の親戚に言い返せず、悔しげなレオ様に声をおかけしましょう。


「レオ様? 現在の状況は?」

「うん? アンジェ? 気がついたのか! さっきは、やり過ぎて悪かったな。

気分はどうだ? 大丈夫か?」


 悔しげな顔つきから、バツの悪そうな顔つきに変化させ、周囲を気にしながら、レオ様は返事してくれました。


「さっき?」


 さっき? さっきって……さっきのアレですよね?

 大人の恋愛を、ちょっと教えてもらったヤツ!


 顔に血がのぼるのを感じながら、なんとか声を出しました。


「はっ、はい。その……大丈夫です!」


 声がうわずって、冷静に答えられなかったです。

 思わずうつむき、レオ様から視線をそらしてしまったのは、仕方ありません。


「……大丈夫なら良い」


 ボソボソと返事した後、レオ様は無言になりました。沈黙の時間が続きます。


 ……重い。沈黙が重すぎます。何を話して良いか、分かりません。

 話すことは、たくさんあるはずなのに、浮かんできません。


 落ち着け、落ち着け。落ち着かないと!


「……おい、アンジェ。お前の装飾品を持ってきたから、僕が着けてやる。じっとしてろ」


 人が近づく気配がして、軽い金属音が聞こえます。首元には、ひんやりした感触が。

 軽く顔をあげると、レオ様の姿が見えませんでしたので、私の背後におられるのでしょう。


「ほら、できた。次は耳飾りをつけるから、アンジェは目を閉じていろ」


 言われるままに、目を閉じます。耳に触れると言うことは、私の前に回られるつもりなのでしょう。

 お互い、まだ気まずいので、目を閉じるように命じたのだと思います。


 今度は金属音がしなかったので、耳飾りは金属の土台に固定されているタイプなのでしょうか?

 土台からぶらさがっているタイプは、カチャカチャと動くたびに音が耳元でするので、私は苦手なんですよね。


「それから、お前のための装飾品をデザインしたのは僕だが、準備してくれたのは、侯爵のおじい様とおばあ様だ。

王宮で普段使いできるように、全部、月長石をあしらってあるぞ」

「……レオ様のおじい様たち?」

「我が国で、月長石は、南の地方でしか産出されん。王家の宝石の一つであるゆえ、宝石の採掘権は、南の侯爵家にしかないしな。

おじい様の許可が無いと、新しい装飾品を作ってもらえん。

でな、首飾りと耳飾りは、天使の羽をモチーフにしてある。『雪の天使』ならば、羽がぴったりだろう?」

「こんなに素敵な物を、私にお貸しくださるのですか?」

「いや、僕が贈った時点で、これらは全部、アンジェの物だ。

ローとオデットの婚約発表のときに、つけてもらうおうと準備していたんだが、予定より先にお披露目になったな」


 私の上の妹オデットは、レオ様のはとこになる、ローエングリン王子と相思相愛で婚約しております。

 今年の秋ごろには、国民や周辺国家に正式通達するための、婚約発表をすることになるでしょう。


 ……将来の義理の弟は、今まで目立たなかった王子でして、婚約発表を控えて、急に脚光をあびるようになりました。

 その結果、王子の花嫁になりたい、自分勝手な玉の輿思考のご令嬢に目をつけられてしまいましてね。

 私の妹には、数多くの恋敵が出現しているんですよ。


「無知な貴族に、アンジェが善良王の直系子孫と知らしめるためには、南の侯爵家が準備した月長石の装飾品を身につけさせるのも、有効な手段だからな」

「……王家の血筋アピールですか?」

「うむ。『出発の儀』が始まる前に、東地方の貴族の前で、お前の母上や妹たちと話して、無知な貴族たちにアピールしておいてくれ。

南の侯爵当主が、北地方唯一の貴族のために準備した意味は、大きいからな」


 春の国の月長石は、六代目国王の善良王の甥っ子が見つけて、王家に献上したのが始まりと言われています。

 善良王は、五代目国王の残虐王との違いを見せつけるため、宝石の採掘権を甥っ子に与えました。

 残虐王は、湖の塩も、山の塩も、すべて自分の物にしましたからね。

 その行いが元で、革命が起こり、善良王が現れたわけですけど。


 当時も、今も、塩は生活に欠かせないので、税金をかければ、春の国の資金源になります。

 陸の塩が発見された春の国の北地方は、お金を生み出す土地になりました。

 だから、残虐王は、湖の潮を発見したラミーロ王子と、山の塩を発見した北の侯爵初代当主……四代目国王の次男に冤罪をきせて、処刑したんですよ。

 陸の塩の採掘権は、そのまま各王子たちの権力の強さに直結しており、四代目国王の長男だった残虐王が、国王になれる未来が揺らいでいたから、処刑したのだと言われております。


 現在でも、二つの陸の塩の採掘権を持つ私が、春の国王の決定をくつがえせるほど、大きな発言力を持つとか。

 山の塩の採掘権を持つ、雪花旅一座の座長のおじい様が、雪の国で一番発言力が強い王子であることを考えると、納得できる学説ですけどね。


 残虐王とは逆に、善良王は陸の塩と宝石を独り占めせず、王家の求心力向上に使いました。

 湖の塩や宝石の採掘権は、春の国の王位継承権と共に、発見した王子たちの子孫へ、受け継がれることになります。

 現在でも、周辺国家から、湖の塩伯爵の血筋と南の侯爵の血筋が、春の王位継承権を持つと認められているのは、「貴重な陸の塩や宝石の採掘権を守る、王家の血筋」と認識されているからですよ。


 そして、山の塩の採掘場所は、雪の国との国境に近かったので、軍事国家との軍事同盟を結ぶことに利用されました。

 北の侯爵は、春の王位継承権は持たない代わりに、雪の王位継承権を持つことになります。

 陸の塩の採掘権とセットで、王位継承権が受けつがれているので、他国になる雪の国でも、春の北の侯爵の血筋は、それなりの立場を得ることができるのです。

 雪の国の王家の特徴を一つも持たない、赤毛のおじ様が、雪の国の王族として表舞台に立てるのは、北の侯爵出身の祖母から、山の塩の採掘権を受け継ぐからに他なりません。


 私のご先祖様の善良王は、はるか未来の事まで考えて、陸の塩や宝石の採掘権を、振り分けたんですよ。

 頭の中は、まさに「万能」と評価するべきでしょうね。


 そんな、善良王の名前「レオナール」を受け継ぐのが、これまた頭の中を読みきれない私の上司、春の王太子なのです。

 今は、私の右腕に腕輪をはめてくれながら、熱弁をふるっておられました。


「アンジェの新しい王家の腕輪は、羽と花を組み合わせた物を、表に彫ってもらったんだ♪

子供の頃の僕は、あちこちで腕輪の表面を傷つけていたから、内側に飾りを彫ると、侯爵のおじい様に宣言されていてな。

だから、アンジェにやった腕輪も、内側に羽が彫られていただろう?

……母上が、今まで気付かなかった原因でも、あるらしいが」

「最近では、傷つけなくなったから、表面に彫刻されたデザインが多いのですね?」

「うむ、僕の成長の証だ。昔は、部屋で勉強するより、外で剣術の稽古する方が楽しかったからな。

成人前で、王太子となった今では、そんなことは言っておれん。きちんと勉強にも力を入れている。

偉大な父上やおじい様、そして善良王を超える王になるのが目標だ!」


 キラキラした目で、将来の夢を語る王太子。この辺りは、まだまだ子供っぽく、医者になりたいと語る、うちの妹と同格ですね。

 思わず、雪の天使の微笑みを浮かべて、くすりと笑ってしまいました。


「おい。僕の夢は、現実主義のアンジェにも、好ましく映るのか?」

「そうですね。偉大な国王の夢は、果てしなく遠く、生涯をかけることになりましょう。

けれども、レオ様でしたら、着実に一歩一歩進み、夢を追い求め、実現しますよね?」

「当然だ。夢は追いかけ、実現するからこそ、価値があるのだ!

例え、実現できずとも、努力したことは、己の力になり、別の形で活かせることができようぞ。

国王の努力は、民の幸せを守るためにも必要だと、僕は考えているからな」


 堂々と持論を掲げますね。努力することで、すべてが変わる物ではありませんし、ムダに終わることもあります。

 私ならば、ムダと感じた時点で方向転換するでしょう。


 ムダを有益に変えるまで、努力し続けるのが、レオ様です。

 夢見がちな理想主義者は、伊達ではありませんよ。

 恥ずかしげもなく、人前で夢を熱く語り、実現するのために、平民や貴族、年齢や性別を問わず意見を求めます。

 人々の意見に耳を傾ける姿勢を見せるため、国民に親近感をもたれ、尊敬され、慕われる王子に成長したのでしょうね。


 尊敬されたり、慕われると言うのは、圧倒的なカリスマを持つことになります。ゆえに、レオ様の王太子の地位は揺るぎません。

 普通の国なら、国王になれそうな同年代の王子が三人も居たら、貴族が割れて、派閥ができるはずなんですよ。南の海の国みたいにね。


 しかし、春の国では、レオ様で一致団結しております。

 春の国王と政権争いをしている西の公爵当主すら、レオ様を王太子として認めているんですよ。

 次代の国王は、レオ様しか居ないと思ったから、政権を握るために、自分の一人娘を王妃にしようとしたはず。

 ……西の公爵当主が、そこまで自覚しているか、どうかは、知りませんがね。


 さて、侍女たちに鏡を見せられたので、レオ様のつけてくれた装飾品を確認しましょう。

 首飾りも耳飾りも、銀色の一枚の羽が垂れ下がり、根元には一粒の月長石の宝石が輝いておりました。


「素敵な装飾品の数々、ありがとうございます。私の好みの耳飾りとか、嬉しいです♪」

「うむ。お前の好みは、きちんと把握してある。僕とアンジェの仲だからな!」


 とびきりの雪の天使の微笑みを浮かべて、お礼を伝えました。

 シンプルなデザインなんて、私好みで、本当に嬉しいですね♪


「アンジェの身支度は、全部できたな? では、紅蓮将軍との話し合いに行くか」

「おじ様は手加減しないと思いますよ、覚悟はできていますか?」

「おい、誰に向かって、言ってるんだ? 僕は春の国の王太子だぞ?

この程度できなくは、話にならぬ!」


 お決まりポーズの腕組みをしたあと、大胆不敵な笑みを浮かべる、王太子。

 将来の国王は、王者のまなざしで、私をご覧になっていました。


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