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142話 当て馬は、一人とは限りません

 将来の王妃候補の一人、東の男爵令嬢は、私と同じ「アンジェリーク」と言う名前を持ちます。

 男爵令嬢は、春の王族たちの勘違いによって、将来の王妃候補に選出されたことが、先ほど明らかになりました。


 春の国の王太子、レオナール王子が、四年前に「男爵家のアンジェリークを嫁にしたい」「結婚するなら、雪の天使のアンジェリークが良い」と言ったのが発端のようですね。


 当時のレオ様は、春の王位継承権を持つ私のことを指して「男爵家」とか、「雪の天使」と言っていたようです。

 去年、伯爵家に格上げされるまで、我が家は男爵家でした。

 「雪の天使」とは、「金髪碧眼と色白肌を持つ、北地方の美男美女の呼び方」だったり、「陸の塩の採掘権を持つ、北地方の貴族の別名」になります。


 ところが、春の王都には金髪碧眼が少ないので、「雪の天使」と言えば、「色白の娘を指す言葉」になるようです。

 北地方と王都の文化の違いの結果、レオ様の親戚の友人で、レオ様と比較的に接する機会の多かった、色白の東地方の男爵令嬢の事と勘違いされ、彼女が王太子の花嫁候補に選ばれてしまったわけですね。


 ……また、問題発生ですか。

 王妃教育責任者に任命されている私にすれば、胃が痛くなる案件ですよ。


 レオ様は、東の男爵令嬢を王妃候補に推薦してくれた、祖母である先代王妃様の顔を潰さないために、政略結婚して、お飾りの側室にする覚悟は決めているようですけど。

 さっきから、レオ様の言葉の端々に「浮気癖」という、気になる単語が混ざっていました。

 念のため、性別を超えた親友に、質問しておきましょう。


「レオ様。先ほどから、『東の男爵令嬢には浮気癖がある』とおっしゃっているようですが……根拠は?」

「去年の夏、南の海の国からやってきた王子に、積極的にアピールしていたからだ。

『第一王子だから将来は、海の国王になるのですね?』と、猫なで声で話しかけているのを聞いたぞ!」


 東の男爵令嬢は、「王子様の花嫁になりたい」と考える、玉の輿思考を持っているようですからね。

 恋愛結婚に憧れるレオ様は、一途に慕って愛してくれる花嫁を求めているので、他の男性に目移りした姿を見せた時点で、花嫁候補から外すとは、思いますよ。


 まあ、男爵令嬢とは、王妃教育の関係上、私とは友人付き合いしています。

 王妃様や王弟妃様付きの侍女たちが室内に居て、聞き耳を立てている手前、フォローしておきますけど。


「……単なる、社交辞令で言ったのでは?」

「アホか! 海の国では、後継者争いが起こって、国が揺れているんだ。

国際情勢を把握している貴族なら、絶対に口にしないぞ。それを、東の男爵の娘は、わざわざ話題にした。

どう考えてもおべっかを使って、海の国王の側室になりたいアピールをしているとしか思えん!」

「それ、レオ様が『王太子』の立場だから、邪推しているだけだと思います。

第一王子と聞けば、将来は国王になると、普通の貴族は考えますって。

男爵令嬢も、当時は、その考えにしたがって、発言しただけでしょう。

……まあ、後に春の国の王妃候補に選ばれたので、もしも、レオ様と政略結婚したら、将来の海の国との関係に亀裂が入るかもしれませんけど」

「はあ? 海の国と亀裂!? ……あり得るな。

脅すのは、止めてくれ! アンジェは、外交に強い自覚があるだろう!?

現実主義のお前の予想は、本当に起こりそうだから恐いんだ!」


 私の言葉を真面目に受け止め、仏頂面で文句を言う、春の王太子。

 ギロリと睨む親友の心配事を減らすために、雪の天使の微笑みを浮かべました。


「その点については、ご安心ください。海の国の王家には、ツテがありますので。

もしも、海の国との外交に影響を及ぼす事態になれば、私が被害を小さくすることは可能です」

「ツテ? あっ、紅蓮(ぐれん)将軍か! お前のおじ上は、海の国の外交官とやり取りする、雪の王族だったもんな」


 レオ様は、すぐに納得してくれました。

 ……私の持つツテは、本当に強力ですよ? その気になれば、軍事国家の王女として、海の国の最強艦隊を借りられますからね。


「えーと、まとめますと、レオ様の本音は、東の男爵令嬢と結婚したくない。

けれども、おばあ様である先代王妃様が、婚約者候補に推薦したから、祖母の顔を潰さないために政略結婚する……そう、お考えですね?

他にも政略結婚を考えた理由は、うちの妹のためだと思いますけど……レオ様が犠牲にならなくても、我が家の問題は、私が解決しますよ」

「……アンジェは、本当に頭の回転が早いな。おそらくお前の想像であっていると思うが、答え合わせをしておこう。

東の男爵の娘には、兄と弟がいるのは、知ってるな? 弟が嫁を探していたんだ。

で、去年の春、王都に出てきたばかりのお前を紹介してくれと、僕に頼んできた下位貴族の一人でもある。

はっきり言って、お前は王都でも屈指の美少女だ。しかも、当時は男爵家の娘で、婚約者も居ないから、是非とも嫁に欲しいと、子爵や男爵家から仲人希望が殺到した。

ついでに言えば、去年、伯爵に格上げになったから、今度は伯爵家の次男や三男まで、仲人を頼んでくるようになったぞ。

そして、最近では、お前にそっくりな妹のオデットまで王宮に来たから、嫁探ししている男どもが、うわついているのが現状だ」


 ……私たちは悪くありませんよ? 貴族の娘にしか目を向けない、春の国の貴族たちが悪いんですって。

 平民にも目を向ければ、うちの父のように、「平民を装った、他国の王女」を捕まえられるかもしれないのに。


「あの男爵の娘が、最近、ローエングリンに色目を使っているのは、婚約発表される前に、オデットと引き離すためだろうな。

玉の輿しか考えていない長女は、元男爵家のオデットが王子の正室に選ばれたから、『王太子の嫁では側室にしかなれないが、分家王族の王子の嫁なら、正室になれる』と勘違いしたんだろう。

ついでに弟になる次男は、ローに捨てられたオデットを嫁にできて、万々歳と。

王子妃を出した男爵家も、王家の親戚として権力を得られて、謳歌できるから、西地方の貴族に接近して、ローとの仲を取り持ってもらうために、西の公爵家に繋ぎを取ってもらおうと躍起(やっき)になっている」

「……それ、どこの三流歌劇の筋書きですか?」

「知らん。アホな脚本を考えた、東の男爵家に聞いてくれ」


 あきれた表情になり、腕組みして冷たく言い放つ王太子。


「あの男爵家の長男の婚約者は、西地方の子爵家の娘だ。

西の公爵家の一人娘のファムが僕の嫁になる予定だったから……『西地方の貴族が、政治の覇権を握る』と見越して、西地方の貴族と婚約したんだろう。

下位貴族が没落せず、そこそこの権力を保ったまま生き残るには、当然の選択だな。

それなりに将来の見通しを持つことができて、足回りが軽く、行動力の高い家だから、今回も早急に動いたんだろう。

……さすがにローの嫁に手を出した件は、アホな選択としか、評価できんが」


 ローエングリン様は、レオ様のはとこになり、将来は春の国の軍部のトップになる、医者伯爵家の次期当主です。

 私の父方の祖母は、春の王位継承権を持つ、騎士の名門一族で最後の生き残り。

 ですので、孫になる私の妹が、ロー様の婚約者に選ばれたのです。

 周辺諸国の王家から見れば、春の王家の血筋を濃くでき、軍事力への影響力を強くできるので、当然の選択と受けとめられましょう。


「あの男爵の娘も、家族も、アホだな。権力を求めて、未婚の王子の嫁になろうとしている。単なる政略結婚したいだけのアホども。

アホなりに、僕の関心が薄いのを嗅ぎとったのか、ローの嫁になろうと、水面下で動きやがって!

ローとオデットを仲人したのは、春の王太子である、この僕だぞ!

そして、アホ娘を僕の嫁候補に推薦したのは、先代王妃の僕のおばあ様だぞ!

王家の決定に逆らうなんて、不届き千万! とんでもない反逆行為だ!」


 仏頂面で、熱弁を振るう王太子。地の底から聞こえると錯覚するほど低く、強い嫌悪に満ちた声音でしたけどね。

 私は軽くため息を吐きながら、レオ様に進言しました。


「レオ様。雪の国の圧力をかけて、西の侯爵家と一緒に、国外追放して、雪の国へ連行させるように持っていきましょうか?

オデットは、雪の王女の戸籍を持ちますからね。春の王子と雪の王女、国家間の政略結婚を邪魔したとすれば、処刑は無理でも、国外追放させることは可能ですよ」

「おい、アンジェに苦労は、かけさせんと言ってるだろう?

ローをアホ一家から守るためには、アホ女を僕の嫁にして身動きを封じるのが、一番楽で早い。

お飾りの側室だから、結婚式をする必要も無いし、書類に署名するだけで済む。

四、五年、見向きもされずに離宮に押し込められたら、アホ女も、アホ家族も、さすがに体裁が悪くなるし、政略結婚させるんじゃなかったと考えるだろう。そこを狙って、僕が釣り合う男に嫁がせるわけだ。

むろん、僕との結婚中、アホの男爵家に、権力なんて持たせんぞ。名ばかりの閑職を与えて、政治から切り離しておく。

アホ一家は、娘を王子の嫁にして、王族と親戚になりたいんだろう? その夢を叶えてやるんだ。僕の慈悲に感謝して欲しいもんだな」


 きっと、私たちにお茶を入れてくれている侍女殿が、先代王妃様の親戚だから、王太子は本音を垂れ流してるんですよ。

 私とレオ様が、私のおじ様へ面会しに行けば、侍女殿は急いで先代王妃様へ、レオ様の考えを伝えてくれると予想して。


 さて、王太子は、次の作戦を開始したようです。

 愛の無い政略結婚なんて、恋愛結婚至上主義のレオ様が、一番嫌う方法ですからね。


「……僕とて、ここまでするのは、本意ではない。むしろ不本意だ!

だが、王太子の婚約者候補の資格を剥奪して、おばあ様の顔を潰すことはできん。

向こうが身の程をわきまえて、候補を辞退してくれたら、一番早いんだが」

「絶対に、辞退しませんって。

文官の男爵家が、政治の世界で、はい上がるためには、優秀な人材を輩出するか、権力者と親戚になって、強力な後ろ楯を持つしか無いんです。

武官でしたら、うちの祖父みたいに戦争で勲功を立てるとか、私みたいに荒れた地方を平定して、功績を残すとかできますけど……。

まあ、春の国では、文官は武官を格下に見るのが、最大の理由でしょうね。

平民の祖先を持つ、武官の我が家が、男爵から伯爵に格上げになったり、王子の正室を輩出しようとしているのが、気に入らないのだと推測します」

「……あのアホ一家、アンジェたち姉妹が、善良王の直系子孫と知らんようだからな。

父方の祖母は、唯一生き残った湖の塩伯爵の血筋。平民の子孫である父方の祖父ですら、北の侯爵の血を引き、善良王の血を受け継ぐ。

母方の祖父なんて、十代目と十三代目王妃に、十四代目国王を排出した、春の国の古き王族の血筋だ。

ここまで誉れ高く、高貴なる血を合わせもち、王太子の僕より善良王の血が濃い子供たちが『男爵階級のまま』とか、『男爵家の嫁』なんて、どう考えてもあり得んだろうが!」


 腹黒王太子のレオ様は、侍女たちを洗脳していきます。

 ここに居る侍女たちは、王妃様と王弟妃様専属の侍女ばかりです。

 口の硬い侍女たちは、建前上、この話を外部にはもらさないと思います。


 同時に、彼女たちは、本家王族の腹心の貴族たちですからね。

 国王派の貴族は、春の国王陛下や私の祖先である『六代目国王の善良王』を(あが)(たてまつ)る信奉者たち。

 分家王族の王子に目移りして、王太子の婚約者候補に推薦してくれた、先代王妃様を裏切る行為とか。

 善良王の直系子孫の王子たちや、私たち姉妹をないがしろにしようとする行為は、許しがたく見えるかと。

 国王派の貴族たちは、この男爵家へ、そろって圧力をかけてくれることでしょう♪


「血筋的に言えば、お前たちは分家王族になるのが筋だった。

でも、十八年前に医者伯爵が分家王族になったばかりだから、父上たちが貴族のバランスを考えて、見合せた。

結果的に、王家の血筋である、湖の塩伯爵の爵位を継がせたんだ」


 私は、既に雪の国の王族の戸籍を持っていますからね。

 雪より格下の春の国が、春の王族の戸籍を与えるとなれば、大きな国際問題になりますよ。

 だから、レオ様の父親である、春の国王陛下は、春の王家の血筋と世界中に知られている「湖の塩伯爵」を受け継がせるにとどめたようです。


「お前には『新興の男爵改め伯爵家』ではなく、『再興した湖の塩伯爵家』と名乗らせるべきだったな。

あのとき、王家の血筋を隠したいと言う要望に応えたから、今頃になって、大きな弊害が出たわけだが」

「私は、王妃になりたくありません。王位継承権保持者として、王族の責務の重さを知っていますもん。

また、世界中の王家に通用する、湖の塩伯爵家の権力を、そっくりそのまま受け継いでいるから、これ以上の権力なんて、必要性を感じませんしね」


 ギロリと睨む、王太子。私はふいっと視線を反らして、逃げました。


「僕は王族の責務の重さを知るから、王太子になって、国王を目指しているんだぞ!

お前は、王家の血筋の責務から逃げる気か?」

「逃げるつもりは無いから、影でレオ様を助けています!

もしも、私が王妃として表舞台に立つとしたら、国民が心から求めたときでしょうね。

雪の国みたいに、ボンクラ王子が権力欲しさで、王妃に求められたくらいでは、表に出ませんよ」

「……お前、そこまで雪の養子王子たちが嫌いか?」

「あんな権力の権現、大嫌いです!

仮にも王子を名乗るなら、内乱が起こった原因が自分たちの養子縁組と自覚して、責任を取り、養子縁組解消を願うはず。

それをしない時点で王族の資格があるとは、思えませんね。

自分勝手なボンクラのせいで、うちの領地まで逃げてきた雪の難民たちは苦しんでいるのですから。

王家の権力は、民の幸せのために振るうもの。それを実践しないどころか、真逆を行く存在なんて、絶対に認めませんね!」


 何度も言いますが、私は生まれついての雪の王女です。

 民を守るのが王族の責務と教えられて育ちました。


 だから、民を苦しめる王族……雪の国のボンクラ王子たちや、春の分家王族の西の公爵家が許せないんでしょうね。



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