141話 王族たちは、大いなる勘違いをしていました
王妃様の親友である、侍女殿が入れてくれた、私の故郷の飲み物を口にしました。
強力な解毒作用を持つ、藍を乾燥させて、粉末にした物を水と一緒にね。
先ほど私の持病、ストレス性胃痛を、「毒を飲まされた腹痛」と勘違いした、春の国の王太子、レオナール王子が準備させたものです。
まあ、私は知らない内に、敵になる西の公爵一派から、軽い毒を盛られていましたからね。
それを考えれば、王太子が解毒を準備させるのも当然でしょう。
のんきに飲み終わった頃、部屋のドアがノックされました。
「おい。入って良いか?」
「どうぞお入りください。衣装の着替えは終わりました。後は、髪型を整えたり、装飾品を身につけるだけでございます」
春の国の王太子、レオナール王子の声が扉の向こうから聞こえました。
レオ様の乳母だった侍女殿が扉を開けて出迎えます。
「アンジェは?」
「本日は、雪の天使ではなく、空の天使ですね」
私の衣装を着せ替えさせた侍女たちは、満足そうに感想をこぼします。
青空色のワンピースを着せたので、空の天使と呼んだようです。
「……おお、素晴らしい! 僕の理想的美少女が居る!」
……私の着せられた衣装は、レオ様のモロ好みだったようです。
くるくると周囲を回りながら、様々な誉め称える台詞を、延々と吐きました。
「アンジェのワンピースに合わせて、僕も肩マントの色を変えたんだ。お揃いだぞ、お揃い♪」
「よくお似合いでございます」
さっきまで赤色だったマントを、青空色に付け替えてきた王太子は、私の隣に立つと嬉しそうに指差します。
レオ様の乳母だった侍女殿は、見守る眼差しで返事していました。
満足したレオ様は、ようやく落ち着き、私の前にイスを準備させて、優雅に腰掛けます。
「うむうむ、やはり、年頃の女はこうではなくては!
王宮に来る王妃候補や側近候補の女たちは、大人びた衣装を着るから、僕はもの足りなかった。
もしくは、フリル満載の甘すぎて、自分の好みを押し付けるだけでなく、男の好みも考えろと苦言を言いたくなるような衣装ばかり。
僕好みのふわふわ感に、適度なひらひら感を着こなせる女は、アンジェだけだな♪」
……レオ様の衣装の趣味は、衣装を準備してくださった王妃様とそっくりなご様子。さすが親子です。
それから、スカートの裾からヒラヒラした布がチラ見えするのが、レオ様の好み、ど真ん中なんだと認識しました。
……王太子の名誉を守るために、何もツッコミせず、雪の天使の微笑みを浮かべて、お礼を言うにとどめましたけどね。
「それはそうとして、レオ様。気になることがあるのですが……」
「なんだ? 申してみよ」
「私が儀式の部屋から退出したあと、皆さんは、どんなことをお話しされたのですか?」
単刀直入に聞くと、王子スマイルを硬直させ、身動きしなくなりました。
気まずそうに、声をふりしぼります。
「……ちょっと喧嘩した」
「ケンカ?」
椅子の背もたれに身を預けたレオ様は、仏頂面になって、不機嫌そうに白状してくれました。
「発端は、母上の放った言葉だ。
『レオナール。一目惚れして、口説いた相手が居るなら居ると、なぜ、わたくしに言わなかったのですか?』とな。
で、なぜか、ライが答えていた」
「……ラインハルト様が? レオ様の話題なのに?」
「うむ。ライは、こんな主張をした。
『レオは、四年前、北地方から帰宅直後に何度も、何度も、「男爵家のアンジェリークが好きだから、花嫁にしたい。ファムより、アンジェの方が、僕にふさわしい」と、おじ上やおば上に言っていましたよ?
「ファムが居るのに、何を言う!」と、頭ごなしに反対したのは、おじ上たちでは、ありませんか!』と」
「反論したんですか?」
「いや、唖然として、四年前の自分の言動を振り返ってしまった。
ライの言葉に、さっぱり心当たりが無かったから」
忌々しげに言う、レオ様。ラインハルト王子とは、レオ様のいとこでして、将来の王妃筆頭候補のクレア侯爵令嬢をめぐり、現在三角関係になっております。
ライ様にしたら、初恋相手のクレア嬢をいとこ王子に取られまいと、私をダシに使っているのでしょう。
「僕が思い悩んでいる間に、ローがライの援護をしてきた。
『あー、よく言ってたね。「結婚するなら、雪の天使のアンジェリークが良い」って。
そっか、あのときの雪の天使って、クレアの友人で、現在の王妃候補に選出された、色白の東の男爵令嬢のことじゃなくて……善良王の直系子孫のアンジェリークのことだったんだ』とほざいた」
「……ロー様まで?」
「うむ。決定打は、『レオの花嫁の理想の原点って、出会ったばかりの頃のアンジェだもんね。
長旅で疲れていたレオを、下心なく笑顔でねぎらってくれたのが、人生で最高に嬉しかったと言ってたからさ。
レオに笑いかける女の子って、基本的に花嫁になりたいって野望を持つ子ばかりだったから、権力を求めないアンジェが新鮮に映ったんだろうね。
だから、今も安心して、王太子の右腕として側に置いているわけか』と。
思わず『はあ?』と言ってしまったぞ」
ロー様とは、私の妹の婚約者でして、分家王族のローエングリン王子の事です。
医者見習いの王子様は、心理学を駆使して、レオ様を分析した様子。
ロー様の父親やおじ様たちが暗躍した結果、ライ様とクレア嬢の仲を引き裂いてしまいましたからね。
二人が関係修復できる機会を得たので、ロー様は恋仲に戻って欲しいと考えて、ライ様の援護に回ったのでしょう。
「で、反論したんですか?」
「……できんかった。確かに、四年前、そんなことを主張した記憶が、頭をよぎったからな。
頭が悪いファムを嫁にしたくない一心で、頭の良いアンジェを嫁にしようとしたことは、認めた」
「……それ、討論としては、下策ですよ? レオ様らしくないですね」
「うむ、僕もそう思う。最初の母上の言葉に、かなり動揺していたんだろうな。
とりあえず、気持ちを切り替えて、僕の理想の嫁を語って反論しようとしたら、ライとローが結託して、先に口を開いた。
『レオの理想は、おば上のような、青い瞳と白い肌の持ち主ですよね?
それから、目の覚めるほどの美少女』とライは言う。
ローは、ローで、『レオの理想は、王妃様みたいに、政治と外交に精通している女の子だよね?
国王が単独視察で王宮を不在にしても、王妃が仕事を代行してくれて、国内政治が円滑に回るのが羨ましい、あんな花嫁が欲しいって、言ってたじゃないか』って」
「……反論は?」
「今度こそした! 両方に当てはまる王妃候補は、クレアしか居ないと反論した!
僕の嫁は、王妃教育を受けている、伯爵以上の女が最低条件だ。
クレアは国内政治はからっきしでも、留学経験があるから、外交関係は期待でき、伸びしろがあると言ってやった」
「しばらく、意見の応酬を続けたんだと思いますけど……他に気になることは?」
「もしも、お前が現時点で王妃候補だったら、クレアとどっちを選ぶか、ローに聞かれたな。
能力的に考えれば、アンジェを選ぶと即答しておいたぞ。
現時点で国政と外交を理解していて、僕の母上のような王妃になれる年頃の女は、アンジェしか居ないとな」
「……まあ、能力的に見れば、そうなりますかね?」
「当然だ。大陸の覇者である雪の国王が才能を認め、将来の雪の王妃の座が用意されていたのが、お前だ。
将来の春の王妃になるのですら、苦労している王妃候補たちでは、最初から比較対照にならん。
最終的に、『誰かが、アンジェを二回目の婚約者候補選出で、王妃候補に推薦しておけば、全部、丸くおさまった』と、ライとローは納得して、ようやく引き下がってくれたぞ」
危機に陥ったレオ様は、交渉に強い私のマネをしたのか、現実を淡々と羅列して反論し、お二人に勝利されたようです。
「気の毒なのは、おばあ様の勘違いで、王妃候補になった東の男爵の娘だとも、二人は言っていたな」
「なるほど……すべては、雪の天使の捉え方の違いが、原因ですものね。
王都では、雪の天使と言えば、『色白の娘』を指しますから。
レオ様は王族として『陸の塩の採掘権を持つ、雪の天使』の意味で言ったのに、王宮の方々は子供の言うことだからと『王都の常識の色白の娘』と捉えたと」
「そうなるな。僕は国を背負う予定の王子だぞ。
いくら四年前は子供とは言え、外見の可愛さや、仲の良さだけで、嫁にしたいと言うわけない!
ファムとお前を比べて、どう考えてもお前の方が春の王妃に相応しいと思ったから、父上たちに懇願したんだ。
雪の国は、お前の才能を見抜いて、『使者が雪の王妃に打診していた』と、北地方に支援に行っていた騎士から報告があったから、僕は引き下がっただけで。
当時の僕には、力が無かった。雪の国に逆らえば、春の国が滅ぶと理解していたから」
「……そこまで理解していて、よくもまあ、去年、雪の国より先に使者を寄越して、私を春の王宮へ連れてくる決断をしましたね?」
「アホなファムが、僕の嫁に正式に内定したんだぞ?
どう考えても、ファムのせいで、春の国の滅ぶ未来しか、考えられんだろうが!
だから、『婚約の正式承認させる場に、善良王の直系子孫を呼び寄せ、そのままファムの教育係にする提案』を父上にして、認めてくれたから、王宮からお前の家に使いを出したんだ。
父上たちは、アンジェのおばあ様が来るだろうと予想していたが、僕はアンジェが来てくれると確信していた。
春の国の危機ならば、絶対にアンジェは僕を助けてくれると、心から信じていたからな!」
「まあね。私が自主的に春の王宮に来れば、雪の国王も文句は言えません。
雪の王妃になりたくないと突っぱねていたので、春の王宮からの使者は渡りに舟でした♪」
腕組みして、うんうんと満足そうに頷く王太子。
私を王都につれてこれて、父親に勝てたのが嬉しかったようです。
「まあ、そこら辺は、横に置いといて……話を元にもどしましょう。
王妃候補に選ばれた、東の男爵令嬢は、レオ様とライ様のはとこになる、クレア侯爵令嬢の友人の一人でしたよね?
幼い頃から、クレア嬢のお茶会に参加することが多く、レオ様たちとも接する機会が多かったんじゃないんですか?
おそらく、それが王族たちの勘違いの最大の原因と思われます。
今後、どうされるおつもりですか?」
「……お前、本当に冷静に対処するな? 現実主義のアンジェらしいが。
まあ、確かに、男爵の娘と接する機会が多かったのは、認める。
子供の頃は、ライとクレアは恋人だったから、僕はライの付き添いで、東の侯爵家のお茶会に顔を出していたから。あの男爵の娘も、クレアの友人の一人として、接していたんだ。
だが、友人止まりだな。嫁候補だなんて、一度も思ったことないぞ」
「……一度も? 今では、王妃候補ですよ?」
「無い。クレアの友人としてしか、意識したことは無い!」
キッパリ言い切る、王太子。後ろの方で、王妃様や王弟妃様付きの侍女たちが、驚いて息を飲むのが分かりました。
「一応、王妃候補として、扱っていますよね?」
「建前上はな。さっきの事から分かると思うが、おばあ様が勘違いして、二回目の王妃候補に推薦してきたから、無下に扱えんだけだ。
東地方の王妃候補たちは、先代王妃が推薦したんだぞ。孫の僕が、おばあ様の顔を潰すわけには、いかん」
「……先代王妃様は、東の侯爵家出身ですものね。
祖母として、四年前のレオ様の言葉を思い出し、これ幸いと、好きだと言っていた男爵令嬢を王妃候補に推薦したと。『正室になれなくても、側室には選ぶ』と思って」
「おばあ様たちが、勝手に勘違いしているだけだ!
僕は王妃候補じゃなくて、王妃の側近候補として推薦したんだと思っていた。
いずれ王妃になる、クレアを支える、秘書官の一人になると思って。
その割には、語学の授業は全然出席せんから、『頭が悪いと自覚して、秘書官をあきらめ、将来の王妃付きの侍女狙い』なんだと、去年の暮れに考え直して、納得した。
まさか、今朝まで『僕が男爵の娘が好きだから、嫁の一人にするつもり』だと、両親や親戚たちが考えて王妃候補にしていたなんて、思わんかったぞ。青天の霹靂だ!」
えっと、「青天の霹靂」とは、急に起きる大事件や、突然うけた衝撃のことを指します。
今のレオ様の心境を表すなら、一番最適な言葉でしょうね。
「……個人的に花嫁にするつもりは?」
「無い、論外だ! あんな浮気癖のある女を、嫁にしたくない!
好みの顔でも無いし、男慣れした王都の女だし、性格もヒステリー魔予備軍と最悪だし。
いいか? 僕の好みの顔は、母上のような青い瞳と白い肌の持ち主だ。
そして、男慣れしておらず、浮気の心配が無い、初々しくて純真無垢な女だ。
どう考えても、アイツは理想の嫁と、正反対の女。愛情の欠片も持てん!」
私の質問に、即答する王太子。
力強く答える言葉には、年頃の少年としての本音が、垂れ流しです。
「王太子の立場上、花嫁にする可能性は?」
「……ある。おばあ様の顔を潰さんためには、政略結婚して、嫁にするしか無いかもしれん。
愛情を持てん以上、お飾りの側室確定だな。そして、夜伽なんて、絶対にさせん。
仮初めの結婚後、離宮の一室を与えて、四、五年くらい過ごさせる。
その後、功績を立てた独身貴族に、下賜と言う形で嫁がせるのが、綺麗な形になるだろう。
与えられた方だって、政略結婚して、愛情を与えられもしなかった娘相手となれば、嫁探ししている独身貴族は、絶対に大事にするだろう?」
「……そこまで計画済みなんですか?
先ほど、『不本意でも、花嫁の一人にするかもしれない』って発言したのは、このご令嬢のせい?」
「あいにくと、僕は浮気癖を持つ女に優しく接するほど、寛大な心は持ち合わせて無い!
前回の婚約者候補だった、ファムとルタのせいで、ひどい目にあったからな」
仏頂面で、延々と言い訳する親友。
まあ、王太子としては、浮気癖のあるおバカさんたちを、花嫁にしたくないでしょうね。
浮気して、父親が王太子では無い子供を、産む可能性がある女性たちなので。
「浮気癖のある王妃候補どもは、権力を得たい野望にあふれた、僕が一番嫌いなアホ女!
僕は、僕を一途に思ってくれる女しか、愛したくは無いし、目をかけるつもりもない。
それに、王妃教育を真面目に受けない時点で、僕の嫁として不適格だ!
だから、こいつを推薦した、おばあ様に義理立てして、建前上は結婚してやらんこともない。
僕と政略結婚させて軟禁しておき、頃合いを見計らって、独身貴族に嫁がせた方が、春の国の未来のためになるはず」
気に入らない王妃候補を、行き遅れにする気満々の王太子。
春の国の未来のためと、大義名分を掲げれば、外道な所業を許されると思っている男心が透けて見えます。
……まあ、私はレオ様の味方なので、目をつぶって、素知らぬ顔をしておきますけど。
さすがに、レオ様の祖母である、春の先代王妃様がからむ以上、下手に手出しができませんよ。
色恋沙汰は、私の苦手分野ですしね。
悪の組織は、暗躍する。
ボス(王太子レオナール)の手助けをするため、参謀(ラインハルト王子)や博士(ローエングリン王子)は、あえてボスと敵対する場面を人々に見せつける。
敵を騙すにはまず、味方から。
女幹部(アンジェリーク秘書官)は、見事に騙されてしまった。