140話 着せ替え人形、再び……
……着替えるだけなのに。
思わず、溜め息がこぼれます。
目の前で、年長の者から若い者まで年齢を問わず、侍女たちが二組に別れて、険悪な雰囲気を漂わせていました。
えーと、現在の春の王宮には、年頃の王女が住んでいないせいか、侍女たちは、着せ替え人形に飢えていたようです。
普段は、うちの六才の末っ子を着せ替えて、我慢していたんですけど……。
本日、国王命令で、外見年齢十二、三才の私を着替えさせる機会を得た侍女たちは、水を得た魚と化しました。
一応、十六才の王女が、分家王族に一人居ましたが……彼女の母親が一切を取り仕切るので、ここに居る国王派の侍女たちに出番はありませんよね。
おバカさん王女のファム嬢も、母親も、西の公爵派の侍女しか使いませんので。
そして、着せ替え人形の私をめぐり、王妃様付きの侍女と、王弟妃様付きの侍女の間で、飾り付けの意見が違い、口喧嘩を始めたんですよ。
王妃様は、春の国の貴族出身なので、侍女たちは王妃様の好む、春の国風の淡い色合いの装飾品を薦めます。
片や、王弟妃様は、西の戦の国の王女だったので、侍女たちは西国風のはっきりした色合いの装飾品を、推します。
ちなみに私は、装飾品をすべて拒否したい心境です。
侍女たちが手にとっているのは、全部、「王妃様と王弟妃様の私物」です。王族の私物!
もし、お借りしている途中で無くなるような事態になれば……と考えると、ストレスで胃が痛くなってきています。
「あの……装飾品は必要ですか?
迷われるくらいなら、最初から無しで構いません」
「雪の天使の姫。何をおっしゃるのですか?
どこに出しても誇れるようにしますので、私たちの腕前を信じてお待ちください!」
私のお願いは、一蹴されました。
王妃様の親友で、春の国の王太子の乳母だった侍女殿が、代表して答えます。
「悪趣味な西の公爵家に、 完膚なきまでの敗北を!」
……うん。なんか、そんな気がしていました。
「完膚なきまでの敗北」とは、「無傷な所が無いほど、徹底的にやりこめられた敗北」という意味になります。
国王派の侍女たちは、西の公爵派の侍女たちに負けたくないので、王家の血を持つ国王派の私を、おもいっきり飾り付けしたいのだと思います。
春の国の王太子、レオナール王子が、「ヒステリー魔」と呼ぶ西の公爵夫人は、ゴテゴテ、キラキラした権力を見せ付ける飾り付けを好みます。
王女として生まれた娘も、母親の趣味を、そっくりそのまま受け継ぎました。
生まれついての春の王女である、医者伯爵家の先代当主夫人は、夜会などで、公爵夫人を見ながら、周囲に聞こえるように独り言をこぼしていましたね。
「王族の一員に成るための教育を途中放棄しただけあって、悪趣味ですね。あれが春の国の王族の基準と思われては困ります」とかね。
この台詞の後に、視線を向ける相手は、決まって王弟妃様でした。「やはり、王族とは、あのようにセンスが無くては」と、誉めるのです。
このときばかりは、慎ましく生活している王弟妃様が、目立ってしまいます。
西国風のハッキリした色合いの衣服や装飾品を身に付けても、きちんと着こなせる方ですからね。
そして、西の公爵夫人と年代が近いことや、同じ王子妃と言う立場もあり、自然と貴族たちは二人を見比べていました。
そして、いつも勝利するのは、生まれついての王女である、王弟妃様です。
西の公爵夫人は、祖母が平民の妾であるので、世襲貴族たちは、無意識に格下扱いしたんでしょうね。
医者伯爵家に輿入れした春の王女は、西の公爵夫妻の結婚に、最後まで反対していた人です。
おまけに、少女時代に春の国へ戦争を仕掛けてきた、西国が気に入らないときています。
目立ちがり屋で誉め称えられたい西の公爵夫人と、目立ちたくない西国の王女を、一度にやり込められる機会があれば、存分に活用しましょう。
民衆心理掌握に長けた王族ならば、これくらい簡単にやってのけますよ。
生まれついての王女に敵わないと思った西の公爵夫人は、田舎暮らしをしている、春の王家の血を持つ私に目をつけたようです。
去年、春の王宮に来たばかりの頃、パッチワークで作った私の服を見て「田舎くさいツキハギ服」と公衆の面前で笑ってくれました。
なので、「春の王族ともあろう方が、世界の最先端ファッションを知らないとは、驚きました。
お召しになっている衣装は、一月後には、完全に流行遅れになりますよ?
最先端ファッションに乗り遅れないためには、森の国の裁縫技法である、『パッチワーク』の衣類を作ることですね」と 、助言じみた嫌味を返してあげたことがあります。
その二週間後くらいに、ツギハギとバカにした、パッチワークで作られた衣装が、隣国の王族や貴族で流行し始めましてね。あっと言う間に、春の国にもやってきました。
私が最先端ファションを予言し、西の公爵夫人に助言したと、春の貴族の奥方たちに驚かれたのは、有名な話です。
私を笑い飛ばした西の公爵夫人は、しばらく家に引きこもる程度には、敗北感を味わったようですね。
以後、衣服について難癖つけるのは、止めてくれました♪
ちなみに、私が予言できた理由が、歌劇が大好きな春の王太子のせいで、二か月前に貴族の方々に知れ渡りました。
私が、世界を巡業する、雪花旅一座の座長の孫娘だと。
雪花旅一座は、国境を越えて移動する歌劇団。新しい国に到着すれば、歌劇を公演するときに、新しい舞台衣装をお披露目することがあります。
新しい舞台衣装や、座員たちが私服で身に付けている装飾品を、その国の貴族や王族たちが真似しはじめます。
次第に裕福な平民も真似するようになり、その国から旅立った行商人が、次の国で情報を広め、だんだんと大陸中に流行を生み出すと言う寸法です。
早い話、私の母方の親戚たちは、最新の流行を生み出す、ファッションリーダーなのですよ。私は親戚経由で、最先端の流行を知ることができます。
ですので、今回も、親戚たちの力を借りましょう。
険悪な雰囲気で睨みあっている侍女たちに、魔法の言葉を放ちました。
「あの……装飾品でお悩みなら、雪花旅一座の流行を、お教えしましょうか?」
私の一言で、侍女たちが揃って見てきました。
王妃様や王弟妃様付きの侍女ってことは、由緒正しい貴族出身です。
雪花旅一座内部の流行は、大陸の最先端流行と、理解している人たちです。
ぜひとも、聞きたいと思いますよ。
「雪の天使の姫。教えていただけますか?」
王妃様の親友が、代表して質問してきました。
瞳がキラキラと輝き、うちの末っ子のようになっています。
「例えば、首は、首飾りなどの装飾品を着けず、ストールを巻くのです。
雪花旅一座の現在地、東国の夏は、ムシムシしてて汗をかきやすいので、汗拭きと日焼け予防を兼ねたストールを、マフラーのように巻いているみたいですね。
ほら、うちの母も、首にストールを、よく巻いているでしょう?」
「アンジェリーク伯爵夫人は最先端流行を!?」
「はい。うちの母は、室内では、薄手ストールや、レース編みのストールを羽織っておりますけどね。
外出時は、日焼け予防に、手触りの良い綿のストールを首に巻くことが多いです。
ストールの色は、そのときの気分で、一色の布だったり、グラデーションを施したものだったり、刺繍入りだったり様々です」
よし、食いついた!
侍女たちは、聞き逃すまいと、必死です。
「ちなみに、私も持っているレース編みのストールは、母がレース糸から編んで、 妹たちとお揃いで作ってくれました」
「レースのストール……」
「母が、『刺繍入りのストールは、貴族の夫人や娘に必須の刺繍の腕前の見せ所』だと言っておりましたので、上の妹は、婚約者のローエングリン王子にお見せするため、刺繍を行っている途中ですね」
「刺繍のストール……」
「それから、去年流行した、パッチワークのスカート制作が、途中で止まっている人は、挽回のチャンスだと思いますよ。
青系の涼しげな色ならば、夏に。赤や黄色系の暖かな色ならば、秋に使える、カラフルなストールに変更できますからね。
うちの母も、秋に向けて、パッチワークのストールを制作中ですよ」
「パッチワークのストール……」
あちこちで、侍女たちが無意識につぶやきをこぼします。
頭の中は、ストール一色に染まったはず。
……これで、ネックレスなどの首飾りは、回避できますかね?
親戚たちの間で、ストールを巻くのが流行っているのは、事実ですし、嘘は言っておりませんよ。
イヤリングなどの耳飾りや、ティアラなどの髪飾りも、できれば回避したいです。
頑張りましょう。丸め込めば、私の勝ちです!
「あと……髪飾りならば、リボンを編み込んだ三つ編みにして、スッキリまとめるのが、私くらいの若い娘に流行っておりますね。
母以上の年代ですと、一つ結びにして、背中に流したり、肩から胸元に垂らしたりしているようです。
結ぶリボンは、首に巻くストールとお揃いにしたりすると、オシャレかと」
「リボンと三つ編み……」
「ストールとお揃い……」
……うん。髪飾りも回避できますね。
皆さんの中で、リボンの三つ編みは確定したと思うので、ここにレオ様から分けてもらった、白バラの造花を飾る方向で、動いてくれるはず。
後は、耳飾りですが……これを回避する方法が思い付きません。
宝石付きなんて、さすがに借りたくないですよ!
「おい、アンジェ。準備は、できたか? 女は、時間がかかるからな」
もしも、落としたら、どれだけの人々に迷惑をかけるか。
まず借り主に、弁償できないと思います。
着けてくれた侍女殿も、着け方が悪かったと、責められそうですし。
「おい、アンジェ? 聞いてるのか? うつむいたりして、どこか体調が悪いのか? 」
それから、どこで落としたか議論になって、王宮中や視察に同行する騎士や、使用人、侍女たちが探すことになりそう。
あー、ストレスで、胃がキリキリしてきます。
「……おなか痛い」
「腹が痛い? ……もしや、毒を飲まされたのか!?」
「毒!?」
「すぐに解毒の準備してくれ!」
「ただいま、お持ちします!」
お腹の痛みが増してきたので、無意識に手を当てて、さすってしまいました。
このまま持病の胃痛を訴えて、儀式を欠席できませんかね?
儀式の後に、王宮に滞在中のじいやたちに頼んで、我が家の荷馬車でレオ様たちの馬車を追いかけてもらえば、十分追い付けますし。
よし、侍女殿に訴えましょう。悲壮な表情を作り、顔をあげながら、お願いすれば大丈夫なはず。
今回は、演技ではなく、実際に腹痛が出てるから、信じて貰えるかと。
「おなか痛い……儀式出たくない……出ないと行けませんか?」
「体調不良なら、無理しなくても良いぞ」
「……レオ様? えっ、えー、えーと? ……冗談ですよ、冗談!
持病のストレス性胃痛が、出ただけです。すぐに直りますって♪」
ちょっと待って! なんで、レオ様が居るの!?
いつの間に、入ってきたの!?
慌てて、雪の天使の微笑みを浮かべ、ごまかしました。
ごまかされないのが、私の王子様なのですけど。
仏頂面で、私をヒョイっと抱き上げました。すぐにお手洗いに連れていきます。
「アンジェ、すぐに吐き出せ!
毒を盛られたのは、今朝起きてからのはず。
昨夜は、僕と同じものを食べているから、昨夜はあり得ん」
毒!? なになら、すごい誤解が生まれています。
「何か食べたときや、飲んだときに、違和感は無かったか?」
「大丈夫です! ストレス性の胃痛ですってば!」
おろして欲しくてジタバタしたら、レオ様はギロリとにらみました。
「本当か? 本当に、どうも無いのか?」
「胃痛がしてきたのは、さっきです! おじ様になんて説明しようか悩んだから!」
必殺「口から出任せ」ですね。
口達者な私の言い分を、親友はあっさり信じてくれました。
レオ様は足を止めて、私の顔を覗きこみます。
「……紅蓮将軍か……現状を考えると、さすがのお前も、ストレスがひどくなるよな。
僕も、お前に同行するように命じられて、ため息しか出んのだ」
「同行?」
「……王太子として、ちょっと男同士の話し合いをするだけだ。お前は気にするな」
男同士の話し合い? 小首を傾げると、レオ様は話題を反らします。
「それより、まだ着替えて無いのか?」
「準備してくれた衣装が多過ぎて、侍女たちがもめています」
「……やっぱりか。様子を見に来てよかったぞ。僕が選んでやろうか?」
「レオ様の着替えは、終わったようですね。それでしたら、お願いします。
どれも素敵過ぎて、絞り込めないので」
「母上やおば上の理想の子供服だから、もめるのは仕方ない」
私が元居た場所まで戻ってきたレオ様は、私を床に立たせると、侍女たちが絞り混んだ衣装の方へ移動しました。
レオ様の乳母だった侍女に話しかけます。
「アンジェの装飾品は決まっているのか?」
「最先端の流行を取り入れ、首もとにはスカーフを巻いていただき、頭はリボンを編み込んだ三つ編みにする予定です」
「スカーフは却下だ。このレース編みの白いボレロを使いたいから」
「かしこまりました」
「下は、この薄手の半袖ワンピースにしろ。青空色で、アンジェの瞳に相応しい。
裾の白い花の刺繍も、春の国を象徴するものとして、僕は気に入った。
あとは、腰の白い大きめのリボンも特徴的で、可愛い顔だちのアンジェには似合う。
髪にリボンを使うなら、腰とお揃いにして、白にしろ。三つ編みした後は上に回して、ティアラ状に固定しておけ。白バラの造花を飾るのを忘れるな。
靴は、踵の低い白いのがアンジェの部屋にあるから、あれを持ってきて、はかせろ」
ポンポンと決めていく、王太子。この決断の早さは、レオ様の特徴の一つです。
これがおバカさん王女のファム嬢や、玉の輿思考の王妃候補たち相手なら、レオ様が客観的に見て似合うものを選んでも、しつこく自分の好みを主張するんですけどね。
私は、レオ様のセンスの良さを知っているので、全部おまかせしておきます。
……私が選ぶとシンプル過ぎて、王宮の公式行事に出席するには、質素な服装になると、レオ様は散々文句を言ってきますしね。
「ワンピースの下には、通気性の良いパニエで、裾にボリュームを出せ。
それから馬車に乗るから、足元が見えることを考慮して、ドロワーズもはかせろ。ドロワーズの裾は、ワンピースに合わせた、青系のリボンで絞ってあるのが理想だな」
……はい? そこまで指定するの?
レオ様が細かい所にこだわるのは、知っていますが……こだわり過ぎじゃない!?
パニエって、鳥かごみたいな枠組みに布を張り付けた、夜会のドレスのスカート部分を膨らませるヤツだったかと。私は持ってないけど。
通気性が良いと言うことは、枠組み無しで布を重ねて、ボリュームを出した、ふわふわタイプになる気が……。ワンピースの裾から、ヒラヒラした布がチラ見えするはず。
ドロワーズは、キュロットの裾を絞ったような形の、下着ですね。
このワンピースの丈だと、やっぱり裾の絞り部分がチラ見えすることがあるから、青系の絞りリボンと……。
「首飾りと耳飾りは、僕が準備してあるのを、持ってこよう。
母上たちのは威厳がありすぎて、お子様のアンジェには、まだ似合わん」
衣装の指示を出し終えたオ様は、右肩に止めた赤いマントをひるがえしながら、扉から出ていきました。
王太子の理想を叶えるべく、侍女たちは動き出します。
私は、等身大着せ替え人形に徹するため、悟りの境地に入ったことを、付け加えておきましょう。
悪の組織のボス(王太子レオナール)は、理想の未来を実現するために、労力を惜しまない。
馬車道中で、等身大着せ替え花嫁を愛でるために、自分好みの衣装を着せたのだ。