139話 ロマンチストは、真価を発揮します
先ほど、私を「寸胴体型」と言ってくれた、春の国の王太子、レオナール王子に軽く復讐しました。
口達者で言い返すはずの私が、あえて無言で足を踏みつける実力行使に出たことで、完全勝利します。
その後は、ちょっとした会話を交わして、王太子から白バラの造花を貰いました。
作ったのは、私の下の弟で、昔、私の家にあった白バラが咲き誇る様子を再現して、王太子に贈ったようです。
裁縫の手職を身につけた弟にとって、白い布から造花を作るくらい、簡単だった様子。
私の上司兼親友は、仏頂面を柔らげると次の行動に移りました。
私の受け取った造花から一本抜き取り、いろんな風に髪に当てて、印象を確かめておられます。
「……ふむ。本物の『雪の天使』には、白がしっくりくるな」
これくらいは、紳士的な人なら、普通に言うんじゃないんですかね?
さらに斜め上を行くのが、ロマンチストの王太子。突然、はとこのローエングリン王子に声をかけました。
「おい、ロー、よく見とけ。オデットに花を渡すときの参考にしろ。
使えそうな部分を、お前流にアレンジするんだぞ」
そう言うなり、両手で白バラを持ち、自分の顔のそばに近づけます。うつむき、憂いをおびた表情になりました。
「冬の間、雪解けの季節が来るのを、ずっと待ち望んでいた。
荒れ狂う吹雪は、穢れなき雪の天使を守る城壁。春の王子である僕には、手が出せぬ。
ようやく春が来て、君に会えると思った。けれども、冬将軍は、簡単には許してくれぬようだ。
雪の天使を白き大地に留め、白き宝を守らせ続ける。春の王子である、僕の季節が通り過ぎるのを、待たせるために」
ここで顔を上げて、私を見下ろします。決意を込めた表情になりました。
「僕は耐え忍んだ。冬将軍に試されていると、知っていたから。
そして、ついに冬将軍は認めてくれた!
太陽の髪を持つ、夏の将軍を僕の元によこして、密かに見守るように頼んでいてくれたのだ」
王子様は、即座に片膝をつきます。私を見上げながら、左手を胸にあて、右手で白バラを持ちました。
「雪の天使よ。もう僕らを隔てるものは、何もない。荒れ狂う吹雪は、太陽の力で、すべて溶かされてしまった!
雪の天使よ、僕だけの天使よ。この花を受け取っておくれ、春の王子の心を!
僕は、あなたにふさわしい。そして、僕の隣に居るのは、あなたしか居ないのだから!」
春の国の王子様は、バラを差し出します。決闘に挑む騎士のような顔つきで。
十秒ほど、戸惑いの表情を浮かべた後は、雪の天使の微笑みに切り替えました。
「春の王子様。あなたの心を受け取りましょう。
私の心は、ずっと、あなたのものです。初めてお会いして、心奪われた、あの日から。
春の王子様。あなたの願いに答えましょう。私は、あなたのお側に参ります。
そして、あなたをずっと支え続けましょう。死が二人を別つ、その日まで」
差し出されたバラを、右手で受け取りました。左手には、先ほどの花束がありましたので。
受け取ったバラを私の顔に近づけ、王子様の目の前で、白い花びらに軽く口づけを落とします。
見届けた王子様は、まぶしい王子様スマイルを浮かべました。
立ち上がると、白バラを持つ私の右手に両手を添えて、私の手ごと軽く持ち上げます。
「雪の天使よ、僕だけの天使よ。いつか、この花が散ろうとも、二人の心は決して散りはしない。
死が二人を引き離そうとも、天の国で、僕らは再び出会うのだから。
そして、この世に舞い戻り、必ず巡り会う運命なのだ。僕と君は」
王子様は腰をかがめると目を閉じて、私の口づけたのと同じ花びらへ、軽く口づけを落としました。
そこまでしてから、レオ様は顔を上げて、私から手を離します。
はとこの王子様に視線を向けると、いつもの口調で声をかけます。
「どうだ、ロー。白バラの花言葉と掛けた、告白の見本だ。これぐらい、できるよな?」
「えっ? えっ? ………無理、無理、無理! ハードル高過ぎるよ!
なにより、気取ってるって、オデットに思われて、ドン引きされたら、どうするわけ!?」
絶叫する、うちの妹オデットの婚約者。春の国の貴族令嬢たちに、「真面目な堅物王子」と思われている王子様ですからね。
ロー様らしい意見で、反論しました。
「ハードルが高い? どこが? これくらい、普通だろう?」
……言っておきますが、先ほどの歌劇のような台詞も、行動も、レオ様の通常運転です。
ロマンチストですからね。恋愛歌劇に出てくる白馬の王子様そのものの言動を、サラリとやってのけるのです。
普通の貴族令嬢なら、目がハートマークになって、釘付けでしょうね。
「普通ですよね。愛を語るなら、あれくらい普通ですって。どこが、ハードル高いんですか?」
レオ様のいとこのラインハルト王子も、不思議そうな声音を出して、レオ様の援軍に回ります。
恋の駆け引きを楽しむ、王都有数の色男の王子様は、はとこのロー様に問いかけました。
「レオ! ライ! その感覚おかしい! オデットは、奥ゆかしい子なんだよ?
恋愛に慣れきった、王都の貴族の女の子と同じ対応をして、嫌われたら、どうするのさ!」
王都有数の「モテない男」に数えられる王子様は、はとこたちを睨みました。
主張していることは、筋が通っていますけどね。
提案を否定された王太子は、仏頂面になり、私に援軍を求めました。
「……おい、アンジェ。オデットの姉として、どう思う?」
「両思いの恋人同士なら、普通のやり取りだと思いますけど? 恋愛結婚した私の両親や祖父母も、あんな感じでしたからね。
オデットも、普通に喜んで、花を受けとるかと。そして、ロー様の台詞に合わせた返事を、くれると思います。さっきの私とレオ様のやり取りのように」
「うむ、心を通い合わせ、性別を超えた親友である、僕とアンジェですら、これくらいできるのだ。
親友以上の関係である、恋人同士ができぬ道理はない。だから、やれ!」
どうみても、王太子命令をくだしている、レオ様。
命令された、はとこのロー様は、引きつった顔で援軍を探して、周囲を見渡します。
大人たちは、見守る生暖かい視線を、ロー様に向けておりました。ロー様の父親ですらね。
「……分かったよ、頑張ってみる」
「花を渡したあとも、なるべくオデットの側に居ろよ? ローの儀式衣装なんて、ちょっと着替えるだけなんだから」
「……先に着替えてから、花を渡せってこと? はいはい、仲人王子の言うとおりにしておくよ」
どうやら、援軍を見つけ出せなかったようです。
レオ様の仲人によって、うちの妹とお見合いした王子様は、渋々承諾しました。
「出発の儀」と言う、王宮の公式行事に出席する予定なので、きちんと着飾った正装をされるはず。
ビシっとカッコ良く決めた婚約者から、歌劇のような台詞と共に花を渡されたら、恋の病にかかっている妹は、感激して心から泣くかもしれません。
まあ、白馬の王子様に憧れているご令嬢たちは、正装していないレオ様から、先ほどのように花をもらうだけで感動して、動けなくなるでしょう。
そして、動けるようになれば、「自分が王太子の花嫁に選ばれた」と勘違いして、周囲に触れ回ること請け合いです。
王太子の花嫁の責務を理解しておらず、権力を得ることにしか興味が無い、玉の輿思考のご令嬢らしい反応ですけど。
何回も言いますが、さっきの言動は、レオ様の通常運転です。
私が勘違いしないのは、レオ様の王子スマイルを見慣れており、レオ様の性格を熟知している親友だからですよ。
毎日、朝から夜まで顔を会わせていたら、さすがに慣れますし、覚えますって。
歌劇が大好きなレオ様の好む言動が返せるから、よくああやって、花束を渡されますけど。
貰った花束をドライフラワーにして、北地方への支援物資として送ることは、一年たった今も、続いております。
そんな事を私が考えていると、今は周囲に悟らせることなく、皆さんと会話していましたけどね。
そうそう、軍師の家系の王子様は、気付いたようです。先ほどのレオ様の台詞に、雪の国へのアピールが含まれていると。
「冬将軍」とか、「太陽の髪を持つ、夏の将軍」とか、「白バラを使う」とかね。
ロー様は、うちの妹のためにも、春の国のためにも、王子様らしく口説いてくれることでしょう。
さて、妹のことは将来の義弟に任せておいて、私はおじ様の所へ行きましょうか。
一昨日の騒ぎを知らなかったので、春の国と戦争にならないように、止めて置かないと。
ここでの洗脳活動は十分やりましたしね。
「国王陛下。今後についての相談は、西の公爵当主殿が来てからと言うことで、よろしいでしょうか?」
「うむ。昨夜は、王宮に泊まった大臣が多いゆえ、緊急会議を開いても、なんとかなろう。
東地方の貴族たちは、『出発の儀』に参加するゆえ、準備のために帰宅したが」
「会議に、私も同席できますよね? 私は、侮辱された被害者です」
「うむ。構わぬ。緊急会議に、西の侯爵は参加させぬがな」
「王宮に泊まっているのですか?」
「いや、西の公爵と共に帰宅した。家におろうぞ」
「ならば、早急に王宮騎士団を差し向けて、一家の身柄を拘束しておくことですね。
もしも逃げられたら、雪の国との戦争は免れませんよ?
まあ、逃げたら、他の人を差し出せば、一応、雪の国は納得すると思いますけど」
「……他の者か?」
「はい。西の侯爵家出身の西の公爵夫人。もしくは、西国へ留学中のファム嬢。二人とも、西の侯爵家の血を持つ王族の一員ですからね。
たった一人の犠牲で、春の国が存続できるなら、安いものですよ」
さすがに、室内にいた、西地方の世襲貴族が、抗議の声をあげました。
狙い通りの反応ですね。私の手のひらで、見事に踊ってくれます。
「戦争になったとき、春の国も、周辺国家も、生き残るために、犠牲を出したでしょう?
四年前、雪の国の侵攻を受けた春の国は、我が家を犠牲にしました。
春の国の王位継承権と、陸の塩の採掘権を持つ娘を、雪の国へ差し出そうとしたのですから。
今は、六才の末っ子が、その役目を背負って、春の国の未来のために人柱になるのです。
ここにおられる王弟妃様だって、西戦争で西国が負けたから、西国を守るための人柱として、春の国に来られたでしょう?」
うちの末っ子と王弟妃様を、例にあげました。興奮している方々には、人柱の花嫁が必要と思い込ませます。
「ならば、今度は春の国の未来のために、新たな人柱が必要と言うことになります」
「アンジェリーク秘書官。今回、北国は人柱の花嫁を望まぬと思うが。
元々、そなたは、人柱の花嫁として、雪の国に渡される予定であったから、そのように考えたのであろう。
こたびは、花嫁ではなく、償いをさせる者……罪人の引き渡しを要求するであろうぞ」
さすが、腹黒王太子の父親。腹黒国王陛下です。
打ち合わせしなくても、話を進めてくれるから楽ですね♪
「罪人? 人柱の花嫁ではなく?」
「うむ。二十五年前、紅蓮将軍が東国で活躍したとき、東国は反乱を起こしかけた責任を問われて、どうした?
東国の貴族が次代の国王にと望んでいた、第二王子を罪人として、差し出したであろう?
東国の未来のために差し出された人柱は、雪の国王が自分自身の手で、処刑したよな。
今の春の国は、同じ選択を迫られておるのだ。春の国の未来のために、誰を人柱の罪人として差し出すか、考えねばならん」
「なるほど……そうなりますと、だれが最適かなんて、一目瞭然ですけど……。
彼らを差し出さないなら、それに近しい血筋の者で代用するしかないと?」
「うむ。人柱の罪人を出さないならば、紅蓮将軍の率いた大陸最強の軍隊、雪の騎兵隊が春の国を蹂躙して、春の国全体が報復を受ける未来が訪れるだけぞ」
国王陛下の言葉に、西地方の世襲貴族は、一応、口をつぐみました。
紅蓮将軍とか、大陸最強の軍隊とか、皆さんの恐怖心の対象を持ち出すあたり、さすが民衆心理掌握に長けた国王陛下です。
そこで、子供っぽさを押し出し、顔をしかめて、わめいてやります。
「もう……なんで、よりによって、おじ様を激怒させるんですか、あの一家は!?
私が雪の国で、一番敵に回したくなかったのは、騎兵隊長のおじ様なのに!
善良王の子孫のおじ様が激怒するなんて、よっぽどですよ? しかも、怒らせたのが、あの残虐王の思想と血筋を色濃く受け継いだ、あの一家です!」
「アンジェリーク秘書官、落ち着かぬか。地団駄を踏むなど、淑女の振る舞いでは無い、子供の振る舞いぞ」
国王陛下に指摘され、言葉につまります。バツの悪い顔つきになる演技をしました。
そして、おじ様の善良王の血筋と、西の侯爵家の残虐王の血筋を強調して、国王陛下を応援しておきます。
「……お見苦しい所を、お見せしました」
「よい。そなたは、まだ子供ゆえ、大人のように振る舞えるとは、思っておらんよ。
むしろ、その年で、我が国を取り巻く、周辺国家の情勢を正しく認識している、外交の才能には驚くがな。
その才能に加えて、政治の駆け引きを使えるようになり、交渉もできるようになれば、大人になる頃には外務大臣に匹敵する人材になれよう」
そこまで言って、国王陛下は、私のそばに来られました。
「子供のそなたが心配せずとも、春の国王である私が、処分を決める。
そなたは何も案ずることなく、ゆっくり着替えてから、会議を見学するが良い」
「着替え?」
私がコテンと首を傾げて国王陛下を見上げると、相手は真剣な顔つきになりました。
私の両肩に、空いた両手を乗せて、説得してきます。
「良いか? 私に娘が居たら、絶対に、そなたのような聡明で美少女だったはず!」
「……王宮の方々も、そうおっしゃる方が多いですね。
私が、レオ様と同じ、金の髪と青い瞳を持つ影響だと思いますけど」
「うむ。妃は娘が生まれたら、可愛く着飾らせることを、ずっと夢見ていた」
この瞬間、私は悟りました。後退りし、この場から全力で逃げようとします。
国王陛下は、両手に力を込めて、私の逃走を阻止します。
「この前、妃は王家御用達の工房に行って、そなたに平民向けの色々な衣装を着せたであろう?
すべての衣装を着こなせたうえ、衣装に合わせた歌劇の場面まで再現しながら、表通りを歩いてくれたのには感動したと、妃は語っておった。
私は見られなかったことが、非常に残念である!」
ひー! 国王陛下は、王家の微笑みを浮かべながら、とんでもない圧力をかけて来ます。
「そなたの妹エルが、王宮で暮らすようになってから、妃と子供服の討論をして楽しむことが多くなってな。
ついには、妃が、お気に入りのデザイナーを王宮に呼びつけて、理想のデザイン画を何枚も描かせる事態に発展してのう。
利発なそなたなら、後は言わなくても、想像できるよな?」
「……はい。エル用の服を作ってくださったときに、思い付きで、お揃いにした私の服も作ってしまったんですね?」
「うむ。物わかりの良い娘を持って、私は幸せだ。さあ、着替えて来るがよい!
着替えた後は、紅蓮将軍……そなたのおじ上に、見せることも忘れずにな?」
「……はい、おじ様には、春の国王夫妻が作ってくださったことを、たくさんアピールしておきます」
この瞬間、室内の人々は、悟ったことでしょう。
また、王妃様が思い付きの命令で、子供服を大量生産させてしまったんだと。
で、国王陛下はこれ幸いと、紅蓮将軍のご機嫌取りに利用する気だと。
……空気を読んで、皆様の心の声を代弁し、しっかり追及しました。
「ちなみに、予算はどこから?」
「私が気付いたときには、妃と弟の嫁の新しいドレスになる予定の反物が、そっくりそのまま子供服になっておった。
そして、衣装を作ったのは、妃たちのドレスを作る予定だった、各工房の職人たち。
職人たちは、レオナールの使いとして、よく工房に顔を出すそなたを知っておるから、似合うものを作ってくれたようだな」
「……今、王弟妃様と言いました?」
「アンジェリーク秘書官。そなたも娘なら、女性がドレスにかける情熱が分かるな?
娘の居ない妃や、弟の嫁が、愛らしいモデルを手に入れて、どれだけ歓喜したか、想像できるな?」
「兄上。兄上も歓喜したと、白状するべきでは?」
「弟よ。そなたも、そなたの嫁と、はしゃいでおったのを知っておるよ。
今日の式典用に、侍女が選んで準備した衣服のうち、上着はそなたら夫婦の作品ぞ」
「中身と下は、兄上夫婦の作品だったと記憶しています」
ちらりと弟夫婦を見ながら、国王陛下は言いました。負けじと言い返す弟。
……一人息子しか居ない、国王夫婦と王弟夫婦の狂喜乱舞を悟ったのか、室内の一部の人が、ドン引きしていますね。
「……レオ様」
「アンジェ。我が国の平和な未来のためにも、頑張ってくれ!」
親友は、素敵な王子スマイルを浮かべて、さっさと私を見捨てました。
両親やおじ夫婦を、敵に回わしたくないのでしょう。
「これ、アンジェリーク姫を着替えに、お連れしなさい」
王妃様に付き従っていた、笑顔全快の侍女たちに、私は強制連行されて、式典会場から退室しました。
私が出て行った直後、王族たちは何か話していたようですが、よく聞き取れませんでした。残念。