136話 子供扱いしないで!
うちの六才の末っ子と、十六才の王女や侯爵令嬢を比べる発言をしました。
年齢差を考えると、おバカさんたちの頭や血筋の悪さが際立ったんじゃないですかね?
さて、お次は私たちの宿敵である、西の公爵家が口出しできないように、裏工作しておかないと。
私が春の国から排除しようとしている西の侯爵家は、公爵夫人の実家で、兄が当主をしていますからね。
西の侯爵の味方が、誰もこの場に居ない内に、ちゃっちゃと断罪は免れない状況にしておきましょう。
寄りかかっていた椅子から離れました。真剣な顔つきを作り、春の国の国王陛下を見上げます。
「国王陛下。おじ様の性格をよく知る姪っ子の立場から、一昨日のおじ様の行動について、解説します。
雪の国の王族であるおじ様は、西の侯爵家の発言には、『雪の王家への侮辱が含まれる』と判断し、このままでは、春と雪の国の戦争になりかねないと危惧したのでしょう。
早急に沈静化させるべく、現行犯で捕まえて、春の国王陛下に突き出したのだと推測します。
おじ様があえて謁見室に怒鳴り込むことで、個人的な揉め事の形になり、春の国が話し合いに持ち込みやすくしたのです。
その場で、現行犯から謝罪の言葉を引き出し、春の国王から処罰する約束を取り付ければ、国家間の大きな外交問題になる前に、先走ったおじ様の独断として、雪の外交官たちは、本国へ報告できましたからね。
けれども、おじ様が詳しく事情を説明する前に、西の侯爵家が親戚になる副宰相殿に助けを求めて、おじ様は謁見室から放り出されてしまったのでしょう」
おじ様を擁護しつつ、「悪いのは西の侯爵家」と周囲に印象付けました。
当初の目的である、我が家と西の侯爵家の自己紹介のときに、春の国王を同席させる大義名分を作るためにも。
ついでに、被害者のおじ様と、今回の騒ぎの真相究明を命じられた西の公爵家も同席ですかね。
春の貴族を隠れ蓑にしている私と違って、おじ様は堂々と表舞台に立つ雪の王族です。
西の公爵家を含む、春の王族たちは、気を使ってくれると思いますよ。
「今回、おじ様は雪の王族の身分を隠して、使節団の一般外交官として、訪問していました。
他国の外交官が、無礼を承知で謁見室に乗り込んで、春の国王陛下に、緊急の面談を申し込んだ意味を、ご理解されていますか?
おじ様が隠してあった、雪の王族の身分を明かしてまで、伝えようとした意味をご理解されていますか?
西の侯爵家は、王宮内で雪花旅一座を……春の国の古き王族を『平民の中でも最下級で、低俗な卑しい血筋』と明言しました。
つまり、『あのような一族は、王族では無い! 人間以下の虫けらだ!』と、言ったのです」
「……話が飛躍しすぎだな。子供じみた被害妄想に聞こえるぞ、アンジェ」
熱く語る私に、冷たい声をかけたのは、春の国の王太子、レオナール王子でした。
完全に、あきれた顔つきと声音でした。わがままな子供を見るような目付きですよ。
「私は立派な被害者です! 雪花旅一座出身の母親を持つのですから!
少なくとも、おじ様は『春の国は、雪の国にケンカを売ってきた』と受け止め、春の国王陛下の前でも、このように発言しています。
駆け落ち姫経由で、雪花旅一座は、雪の国の古き王家の血を受け継ぎます。
その上、雪花旅一座の先代座長夫人……私のひいおばあ様は、北の侯爵家の孫娘。
北の侯爵家は、雪の王家から王女を花嫁に貰っていて、その祖先には、何人もの雪の国王が居る!
そう明言したのは、春の国の王家の方々ですよね? レオ様だって、北の侯爵の血を持つでしょう!?」
「うっ……まあな。北の侯爵家が、雪の王家から嫁をもらっていることは知っている」
「ほら。ほら、ほら、ほら! 現在の雪花旅一座を侮辱するってことは、同時に歴代の雪の国王たちを侮辱してるんですよ!」
「あー、もう、分かった! 分かった! とにかく、西の侯爵に腹が立つんだな?
だから、とにかく高貴な血筋アピールして、西の侯爵家より、自分の方が偉いんだと言いたいんだろう?」
子供っぽい口調と仕草で、勝ち誇っている演技をして見せました。
私が深く考えて、意図的に、このような言動をしているなんて、周囲の大人たちは思わないでしょうね。
さっきから、大人顔負けの弁論を、繰り広げています。警戒心をいだくと思うのですよ。
だから、そろそろ油断させるために、わざと子供っぽさを混ぜるのです。
狙い通り、レオ様は年上目線で、ツッコミを入れてくれました。
人間は、警戒心が緩めば、心の隙を作りやすくなります。
心の隙を突けば、普段なら騙されないような事でも、簡単に騙されてくれます。
普段なら聞く耳を持たない話にも、耳を貸してしまいます。
今は、私の話に、耳を傾けて欲しいですからね。だから、この交渉戦術を使うのです。
「でもな、アンジェリーク。西の侯爵と同じ事をして、どうする?
ちょっとは、落ち着け。いつもなら理詰めで話す、お前らしくない言動だ」
「ちゃんと、理詰めで話しています!」
「ヘリクツの間違いだろう? どうみても、強引に話を進めているぞ。
……まあ、お子様のアンジェに、大人みたいに、冷静に話し続けるのは無理か」
「子供扱いしないで! もうちょっとしたら、大人の仲間入りするんですから!」
「何年後の話だ? 第一、大人は『子供扱いするな』と怒らん。
背伸びしたがる子供が、子供扱いされたら怒るんだ。
ほら、不機嫌そうな顔になってるのが、子供の自覚がある証拠だぞ!」
「うー!」
おもいっきり、むくれた顔つきを作って、レオ様に反抗する演技をしました。
図星をさされ、言い返せない様子を、周囲に見せつけます。
「大人びていても、やっぱり子供なんだ」と、皆さんの心に刻まれたのでは?
しばらくレオ様を睨み付けたあと、バツの悪い顔に変更して、視線を反らし、床に視線を向けます。
ようやく、私が冷静さを取り戻したと、皆さん、思っていることでしょう。
「おい。ちょっとは、落ち着いたか?」
「……ええ、まあ。お見苦しい所をお見せしました」
「で、雪の王家の血筋アピールして、何が言いたいんだ?」
「おじ様が、雪の王家の血を持つ、雪の王族だって、言いたかったんです!
私が『北地方の辺境伯』として、雪の国を抑えられるツテは、おじ様だったから。
軍事国家では、武術の強さが、信頼度や権力の強さに直結します。
おじ様は、大陸最強の軍隊に在籍している雪の王族で、現役の騎士です。どれ程、雪の国で発言力を持つか、想像できますよね?
雪花旅一座出身のおじ様が、『西の侯爵の無礼を不問にする』と一言発言すれば、いくら雪の国王でも、口出しできませんよ」
「おお! その手が合ったか! 春の国では、政治の駆け引き能力が重視されるが、雪の国では武術の強さだもんな。
お前のおじ上は、ピッタリじゃないか! これで、戦争回避……」
「無理です、レオ様。むしろ、戦争一直線に向かっています。
西の侯爵家は、おじ様に向かって直接侮辱する事を言って、激怒させたんです。
何度も言いますが、いくら姪っ子の私でも、目の前で言われた悪口を『気のせい』なんて、ごまかせるわけないでしょう!?
先ほど言った、おじ様の立場を考えれば、雪の国へ命令を飛ばせば、春の国へ簡単に軍隊が派遣されるくらい、想像つきますよ!」
「僕と同じ、善良王の子孫なのに、戦争をすると言うのか?」
「その善良王の子孫を激怒させたのは、祖先から残虐王の血を受け継ぐ、西の侯爵家でしょう!?
善良王と残虐王ですよ? この事実を、どのように捕らえれば、戦争回避できると考えられるんですか!」
うん。さすがにレオ様も、国王陛下も、私に反論しませんでした。
もしも、私に反論してきたら、返り討ちにしてやるつもりでしたけど。
「善良王の子孫を怒らせたのは、残虐王の子孫」と、強調してやりましたからね。
「善良王は、英雄。残虐王は、悪党」と刷り込まれて育つ、春の国の人々には、本当に効果的な言葉ですよ♪
「……話は戻りますけど。国王陛下。一昨日の謁見室の騒ぎは、どのように処理されているのですか?
私と上の弟は、王立学園に登校中。上の妹は、婚約者とデートにお出かけ。
母は下の弟妹を連れて、王立劇場の見学へ言っており、騒ぎを何一つ知らなかったですからね。
はっきり言って、うちの家族が、誰も王宮に居ないときに騒ぎが起こったのは、不味かったですよ!
雪の外交官たちは、おじ様に従って、春の国の出方を伺っていたから、私たちに報告をしなかったのでしょうし。せめて、母が居れば……」
悔しげな表情を作りながら、最後の言葉を濁しました。
国王陛下たちは、うちの母が居れば「兄をなだめてくれた」と考えていることでしょう。
娘の私が考えているのは、別のことです。
うちの母が居れば、おじ様と一緒に、西の侯爵家をこの世から抹殺できたでしょうね。
こんなに私が苦労すること無かったのに!
だって、最強のお母様ですよ? 私以上に口が立ち、私以上に場馴れしています。
あの現在の雪の国王ですら、手玉に取れるほどの交渉手腕を持ちますからね。
最高の演技をするため、人間の顔の表情の動きや、仕草を研究しつくした、女優としての経験が導く、他人の感情を察する能力。
世界最高峰の学問機関、雪の国の王立学園を卒業した、頭の良さ。
雪の王族の子供として育てられながら、隣の国の貴族の跡取り息子と恋に落ち、障害を乗り越えて恋愛結婚して、男爵夫人になると言う、数奇な運命。
これらの事を考えると、お母様は年齢の割に、濃い人生を過ごしています。
だから、なにごとにも動じず、相手の心理状態を見極め、思考読み取り、自分に都合の良い方向へ誘導して、結果を出すことができるのでしょう。
お母様が思考を操れなかった最初の存在は、一番目の子供として生まれた、私かもしれません。
教育ママに上から押さえつけられた私は、やり返そうと、あれこれ奮闘した記憶がありますからね。
あの最強の母とやり合った結果が、冷静な思考回路と、自他共に認める口達者として、発揮されているのでしょう。
今、この場にお母様は居ないので、私が何とかするしかありません。
それに、西の侯爵程度の小物で、最強の母の力を借りたら、後で恐怖の時間が待っていますからね……。
「私の推測ですが、西の侯爵一家は、自分たちを正当化する発言を、春の王族たちの前でしたと思われます。
おじ様を一般外交官と思っていた春の国王陛下は、外交問題になると思い、不用意に手が出せず、名乗りを挙げた副宰相殿に任せるはめに。
副宰相殿も、親戚……義理の兄の主張を信じて、雪の外交官の暴走と受け取り、西の侯爵を擁護して、真面目に調査していないんでしょうね」
「そんな事はない。真面目に調査しておるぞ。
まず雪の国へ、外交官の身分を問い合わせ、返事が来てから対処すると申していた。
春と雪の戦争を思わせるような言動をする外交官は、外交に向かないから、雪の国で処罰してもらうのが筋だと主張しおったゆえ。
問い合わせは、外務大臣に任せたと報告を受けておる」
「えっと……副宰相殿は外交問題だと認識している。自分が解決すると名乗りを挙げて、責任者になられた。
けれども、実際の調査は、外務大臣殿に丸投げして放置。おじ様に詳しい話を聞くでもなく、全面的に悪いと勝手に判断。
その無責任な数々の結果が、現在の春と雪の戦争寸前なのですね?」
手元に視線を移して、指折り確認すると、周囲の大人たちは言葉につまりました。
最後にコテンと小首を傾げながら、国王陛下を見上げると、仏頂面になって、何もおっしゃられません。
「……おい。改めて思うが、小さなお子様って、怖いもの知らずだな。
公衆の面前で、国王である父上に、西の公爵の悪口言ってるぞ」
「現実主義のアンジェの性格からしたら、事実確認してるだけなんでしょうね。
発言内容が的を射ており、アンジェに悪気が無いぶん、凶悪に聞こえますけど」
「仕方ないって。姉君は成人前で、まだまだ子供なんだから。
大人みたいに、包装紙にくるんで発言する技術を、まだ身につけて無いからさ」
春の国の王太子、王弟の一人息子、軍師の家系の王子様が集まって、三人でこそこそ話しております。
私が堂々と西の公爵当主の悪口を言っていると、王子様たちは気付いた上で、フォローしてくれていますね。
少し離れた所で、王子様たちの会話を聞いている大人たちが、微妙な目線で私を見ていました。
この隙に、西の公爵当主に、追い討ちをかけてやります。子供っぽさを最大限生かしてね。
「なんで、責任放棄するんですか? 仕事を引き受けたら、最後まで責任もってやり通すものだって、王立学園で習いましたよ?
去年の冬休み直前、特別講義に来られた副宰相殿自身が、王立学園の全生徒の前で言いました。
『王立学園を卒業する頃には、成人して大人になる。大人になったら、どんなことにも責任が付きまとう。
責任放棄して、他人に尻拭いさせるのは、子供のやることだ。責任感の無い大人になっては、ならぬ。
特に王族や貴族は、国民の見本になるように振る舞わなくてはならない。無責任なことはできぬぞ』って!」
口をとがらせながら、副宰相殿の口調を真似して、講義内容を言ってやりました。
「レオ様やライ様、それからまだ学生だったロー様も、聞いていますよね?」
不満そうな顔つきになり、春の王太子のレオナール王子、王弟の一人息子ラインハルト王子、分家王族のローエングリン王子に同意を求めました。
「う……む。言っていたと思うぞ」
「……ええ。責任感の話をしましたね」
「……うん、まあ、そんな話だったよ」
三人の王子様は視線をそらしながら、言いづらそうに答えてくれましたよ。
王子たちの言葉の内容は、どうでも良いのです。話したと言う、言質を取りたかっただけなので。
「ほら、春の王子様たちだって、聞いていますよ! なんで、大人なのに、責任放棄するんですか!?」
無礼と知りつつ、レオ様たちを指差しながら、国王陛下に質問をぶつけました。
不満そうな顔つきを作ったままなので、「矛盾してると私が思っている」と、皆さん、受け取ったことでしょう。
国王陛下は、無理矢理、王家の微笑みを浮かべて、私に話しかけてきます。
「……アンジェリーク秘書官。大人には、大人の事情があるのだ。その事は、一旦横に置いておき……」
「陛下は、下がっていてください。その言い方では、子供は納得しませんよ」
王妃様は、国王陛下の言葉をさえぎりました。役目を奪い取り、私に話しかけてきます。
「アンジェリーク姫。陛下は、副宰相では無いので、その質問には答えられません。
どうしても疑問に思うなら、副宰相本人に、お尋ねしなさい」
「王妃様は、教えてくださらないのですか?」
「ええ、わたくしも、副宰相では無いので、答えることができません。
繰り返しますが、副宰相本人に、お尋ねしなさい」
「……分かりました。後で、副宰相殿に、お聞きします」
王妃様は、にっこりと優しい笑顔を浮かべて、諭してきました。華麗に責任転嫁します。
少し問答を繰り返して、渋々引き下がることにします。もちろん、演技ですけど。
皆さんの頭の片隅には、「西の公爵は無責任な大人」と言うレッテルが、ほんの少し刻まれたはず。
「……おい、ロー。あんなお子様な態度を取るアンジェを、『姉上』って、本気で呼べるのか?」
「んー、呼べるよ。責任感の強さと面倒見の良さは、兄弟の一番上の証だと思うけど?」
「ああ、なるほど。現実主義に、第一子の責任感と面倒見の良さが加わるから、あのように妥協を許さない発言になるんですね?」
「うん、ライ、正解。弟や妹たちの見本にならないといけないって育てられているから、アンジェは軽い完璧主義の側面も持ってるみたい。
『王太子はこうあるべき』『王子はこうあるべき』『王族はこうあるべき』って理想論を、常日頃から口にするでしょう?
おそらく、両親の最初の子供として、大きな期待を寄せられたはず。一番手をかけて育てられ、王家の血を引く子供として、徹底的に帝王学とか叩きこまれた結果だろうね。
一人っ子のライやレオとの違いは『国民の手本』と言う、漠然とした概念じゃなくて、『弟と妹』と言う、目に見える存在が身近に居たことかな?
ほら、自分の兄上だって、弟のお手本になるように、皆から言われて、頑張っていたからね。
それから、常に沈着冷静なのも同じ。慌てずに落ち着いて行動する王族の態度を、弟と妹に見せるために、自然と身に付けたんだと思う」
レオ様の持っていた花々……どうやら造花のようですが、それを触りながら、スラスラと分析して見せる、医者の家系の王子様。
説得力あふれる意見に、思わず、私も引き込まれて聞いてしまいました。
……同時に、兄弟の生まれ順はどうにもならないと、胸中で反論しましたけど。
改めて考えれば、私が最強の母に反抗した理由って、怒られて泣いていた、すぐ下の弟や妹を守るためだったのかもしれませんね。
「さっきみたいに、時々子供っぽくなるのは、仕方ないよ。
外見を見たら一目瞭然だけど、まだまだ子供なんだからさ。あっちが、本来のあるべき姿なの。
普段、あれほど大人びてて、国王様とも対等に話せるのは、王家の血筋として、湖の塩伯爵家に受け継がれる帝王学が、しっかり行き届いている証拠だね。
『善良王の直系子孫だから、王宮でも国民の手本になるように』って、頑張っているんだよ。
あの大人びた性格が本来の姿なら、さっきみたいに子供っぽいこと、やるわけないからね」
軍師の家系の王子様の話は、説得力にあふれていますね。
この方は、観察力と心理学に秀でいて、私と同類なんですよ。
さっきの子供っぽい演技を、きっちり見抜いておられるようです。
演技と疑われないように、私をフォローしてくださいました。
さすが、将来の義弟です♪
メモ。136話で、70万字到達していました……。
当て馬娘の断罪シーンなんて、ぶりっ子退治の一場面扱いで、さらっと終わるはずだったのに。
筆が乗って、いつの間にか、ガッツリ書いていたのが原因だと思います。