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133話 思考を操れば、救世主は簡単に作れるのですよ

 散々、「軍事国家」雪の国の恐怖を、植え付けてあげました。

 現在の春の国は滅亡へ進みつつある、絶望的な状況と、皆さん思い込んでいるかと。


 私がこんな発言をした裏には、西の戦の国と、東の倭の国が関係しています。

 東西の国は、何百年も前から、陸の塩の採掘権を狙っていました。

 現在、二つの陸の塩の採掘権を受け継ぐのは、我が家だけなのです。


 東国は、私の母方の祖父が若い頃に、北の雪の国と戦争をして、ボロ負けしました。

 戦争の原因は、山の塩の採掘権を持つ娘を東国へ連れ去ろうと、春の国へ進軍してきたから。

 春の国が軍事同盟を結んでいた、北の雪の国へ助けを求めます。

 連れ去ろうとしていた、春の北の侯爵家の娘は、雪の王家の血を持つため、北国が激怒して参戦したんですよ。


 軍事国家にボロ負けした東国は、雪の属国にされたあげく、国土の北半分を雪の国に取られました。

 現在の東国には、雪の属国から脱出しようと、密かに独立運動を繰り広げる者が居るらしいです。


 私が推測するに、独立運動を成功させるため、私や弟と妹をねらっているようですね。

 手に入れたら、一石二鳥の存在。雪の国の王族であり、人質に使えます。同時に二つの陸の塩の採掘権を持つので。


 独立運動の首謀者は、春の国で協力者を見つけた様子。

 どうやら、協力者とは、一年前に王太子の婚約者候補に選ばれていた、ルタ子爵令嬢の家らしいです。

 王妃教育で王宮に出入りしていたルタ嬢は、私と知り合いなので、一目見れば私と判別つきましょう。

 東国が間違わずに、私を捕らえて、東国へ連れ去る事が可能と考えられます。

 また、王妃教育を受けていたので、春の王家の弱点を知っている可能性もあります。

 そこら辺が、独立運動の首謀者が、ルタ嬢の家に近づいた理由でしょうね。


 私にとって、ルタ嬢は罪人です。

 私の「雪の国の王族の戸籍」を知らない、おバカなぶりっ子は、目障りだと、何度も、私を王立学園の階段から突き落としました。

 「打ち所が悪ければ死んでいた」と、毎回、診察してくれた、王宮医師長殿の証言がありますからね。

 彼女へ、「雪の王女、殺害未遂」と言う罪状を突きつけることができます。

 駆け落ちして春の国から逃亡し、東国へ行こうとしていたので、私の配下の傭兵団が暗躍して、東地方の辺境伯に身柄を拘束させました。

 春の国の王太子、レオナール王子と共に、私はぶりっ子退治に行く予定です。


 そして、東地方の子爵領地へ出かける当日の朝に、現在の騒ぎが判明しました。

 ちょうど、東国から使者が来ているので、利用することを思い付きましたよ。

 使者経由で、雪の王族である私のおじ様の情報も、四年前に春の国の騎士団を壊滅させた軍事国家の強さも、伝わりましょう。


 そうなれば、独立運動の首謀者は、ルタ嬢の家に手を貸すことを見合わせるでしょうね。

 同時に、私たち姉弟の身を守ることにも、繋がります。

 そして、雪の国の悩みの種である、東国の独立運動を頓挫(とんざ)させて、雪の国王に恩を売ることも可能かと。

 一度に、二つも、三つも利益を見込めるのなら、とことん利用しますよ。

 現実主義の私は、効率を重視しますので。


 それでも、おじ様を激怒させた結果、春と雪の国の全面戦争は、避けたいところです。

 戦争になれば、両国の民が一番の被害者になります。

 無能な春の国の貴族や、宿敵の西の公爵一派をこの世から排除するには、一番手っ取り早いですけど。


 うーん。春の国内に私の味方を増やして、西の公爵一派に対抗するための勢力を作れば、戦争にならずに済みますかね?

 おじ様を怒らせたおバカの西の侯爵家と距離を置き、正々堂々とおじ様の味方をする貴族を増やせば、悪党の西の公爵も、おバカさんを助けることはできなくなりそう。


 うん。これが今は、一番良い方法のような気がします。

 ならば、おじ様を「正義の味方」に仕立てあげましょう!


 春の国も、東国も頼りにして、すがり付いてくれると思いますよ。

 私のご先祖様が「春の国の英雄」と呼ばれたようにね♪



*****



 国王夫妻の座る椅子に寄りかかりながら、無言の上司を見ました。

 春の国の王太子は険しい顔で、胸に抱えている花たちを握りしめておりますね。

 室内の人々は、軍事国家の強さと恐怖をかみしめ、絶望に捕らわれております。


 私は軽くため息をはき、親友に声をかけました。


「レオ様。おじ様から聞いた、四年前の動きを、説明してあげますよ」

「……四年前の動き?」

「はい。春の国が知らない、裏事情をね」


 私の話題転換につられたのか、血の気を無くした王妃様や、室内の人々が注目してきます。

 どうやら、皆さん、思考停止しているようですね。好都合ですね!


「おじ様が内乱の首謀者と刃を交えている頃に、雪の王宮へ、『雪の王家の血を持つ、春の国の北地方の貴族が、春の王家に見殺しにされた』連絡が入ったんですって。

首謀者を生け捕りにして、一息ついていたおじ様にも、雪の王宮から連絡が届きました。

おじ様は信じられず、騎馬隊を一人で抜け出し、おじ様の居場所から一番近い、妹一家の親戚の領地を目指しました。

その領地とは、私の父方のおばあ様の実家、湖の塩伯爵の領地です」

「……なるほど。おじ上は、妹一家の安否を知るために、アンジェのひいおじい様たちへ、会いに行ったのか。

アンジェたちは、祖先の『駆け落ち姫』経由で、雪の王家の血を持つ。そして、春の国の北地方の貴族だ。

雪の王宮に入った連絡を鵜呑みにすれば、『妹一家に何かあった』と、アンジェのおじ上は考えるだろう」

「はい。おじ様が単騎で春の国を目指したことを知った、同僚の騎兵たちは、おじ様の後を追います。

内乱直後で、どこに反乱軍の残党が潜んでいるか、分からない状況ですからね。

雪の王族の一員のおじ様を、一人で行動させるわけにはいきません」


 さすが、王太子だけありますね。王妃様同様に、絶望に捕らわれていても、きちんと受け答えしますか。

 これくらい神経が図太くなければ、軍事国家と国境を接する国で、将来の国王をするのは、難しいでしょう。

 小心者の国王なら、簡単に軍事国家の言いなりになり、独立しているように見えても、実情は雪の国の植民地にされるでしょうから。


「おい。湖の塩伯爵の領地を目指していただけならば、なぜ、山の塩の産地まで占領したのだ?」

「おじ様たちには、内乱の反乱軍の残党を捕らえる使命が残っていました。

残党が再起をかけるなら、資金が必要です。世界的にも貴重な陸の塩は、うってつけの資金源になるでしょう?

昔から、東西の国が狙って、戦争をしかけてきたのが、良い証拠です」

「……雪の国が、国境に近い山の塩の産地占領したのは、内乱の残党を捕まえる目的があったからか。

だが、陸の塩の採掘権保持者の許可なく、武力で産地を奪うのは、春と雪の軍事同盟の契約違反だぞ!」

「あの当時、おじ様が許可を出していたので、春の国との軍事同盟の契約違反にはなりません。

私のひいおばあ様であり、おじ様の祖母になる、雪花旅一座の先代座長夫人は、北の侯爵家の出身です。

塩の採掘権保有者が、北の侯爵一族以外に嫁に出た場合、孫までは塩の採掘権を認められますよね?

孫になる、おじ様やうちの母は、生まれつき山の塩の採掘権と、雪の国の王位継承権を持つのです!

ちなみに、レオ様のひいおばあ様も、北の侯爵家出身ですが……山の塩の採掘権と雪の王位継承権を放棄してから、春の王妃になっていますので、孫になる現在の春の国王陛下は、山の塩の採掘権を持っていませんよ」


 春の王太子の主張を、真っ向から叩き潰してやりました。

 レオ様は反論できなくなり、口を一文字に結びます。忌々しそうな顔つきで、私を睨みましたよ。 


「では、おじ様の行動に戻りましょう。

私の父方のひいおじい様に会えなかった、おじ様は、湖の塩伯爵の領地を拠点にして、護衛の騎兵隊と一緒に、春の国の北地方をあちこち探し始めます。

まだ生き残っている貴族が、どこかに居るはずだと信じて。

だって、おじ様は、北の侯爵の血を持つのですよ? 春の国の北地方の貴族たちは、おじ様にしたら、親戚ばかりなのですから!」


 私の心からの叫びが、室内にこだまします。

 遠くで、なにか茶々をいれていた人は、父譲りの視線で黙らせました。


「そんなおじ様が、探す途中で出会ったが、西の公爵率いる、春の国の軍隊です。

おじ様は、『北地方の貴族が死んだのは、(まこと)か?』と問いかけ、西の公爵当主は『領地すら治められない役立ずは、貴族ですらあらぬ。春の王族として、処分した』と答えたそうですね。

それに加えて、北地方の貴族が嫌いな、西地方の貴族の騎士たちは、『あんな下等な平民、川にでも投げ捨てれば良かったのに。春の国王がしつこく言うから、亡骸を共同墓地に葬ってやったのだ。さすが西の公爵様は慈悲深い』と、誉め称えたと。

これをおじ様から聞いたとき、西地方の王族や貴族が、『あの極悪非道な残虐王の子孫』って、よく理解できましたよ!」


 一度、言葉を切り、室内を見渡しました。

 さすがに、先ほど茶々をいれていた、西地方の世襲貴族は、私から顔を背けて、視線を合わせないようにしましたね。


「私の知る、西地方の方々は、戦争時代に父方の祖父『北の名君』と共に戦った、戦友の武官の世襲貴族たち。

それから、うちの特産品である、解熱の薬草を買い求めにきていた、元貴族の医者伯爵家でした。

紳士的で素晴らしい考え方をする、王族や貴族の模範になるような人々ばかりですよ?

それに比べて、おじ様の遭遇した、西地方の王族や貴族ときたら……。

ついでに言えば、おじ様経由で、雪の国王にも報告が行っています。

その直後に、『春の国を滅ぼし、北地方の貴族の仇討ちするため』に、雪の国から大軍が送られたのは、理解できますよね?」


 四年前、春の国の滅亡を招きかけた原因は、雪の国王を怒らせた、西の公爵や、その一派と遠回しに言ってやりました。

 そして、今回の騒ぎを引き起こした、おバカさんの西の侯爵家に決定打を放ちましょう。


「西の公爵家は『極悪非道な五代目国王、残虐王の直系子孫』とはいえ、何百年もの歴史の間に、国王の娘を花嫁に迎えて、『春の国の英雄、六代目国王の善良王』の血も受け継いでいるはずですよ。

それなのに、あのような人を見下し、バカにする残虐王の思考をするとは……。

西地方の貴族だって、同じです。残虐王の思考を褒め称えるように、誘導した人物がいるとしか思えません。

西の公爵家や、西地方の世襲貴族へ、歪んだ影響を与えた人物なんて誰だか、皆さんにも分かりますよね? 子供の私にも、想像できるんですから」


 じわじわと皆さんの思考を誘導します。

 春の国民は、「残虐王は悪党」「善良王は正義の味方」と、刷り込まれて育ちますからね。

 洗脳なんて、簡単ですよ、簡単♪


「貴族は、王家に仕える身分であり、王族と対等では無いのです。

王家の血筋に膝を折り、国と民を幸せにするべく力を捧げて、お助けするものなのです!

私とて善良王の直系子孫ですが、春の北地方の貴族として、春の国王陛下に頭を下げて、誠心誠意お仕えしているのですよ?

それを理解してないから、貴族から王族になった医者伯爵家にも平気で楯突き、迷惑をかけられるんですよ!」


 今回の騒ぎを引き合いに出し、妹が分家王族の西の公爵家へ嫁いだ西の侯爵当主のせいだと、におわせました。

 私が善良王の直系子孫でもあるので、さらに例に持ち出して説得力を増します。

 これを聞けば、公爵一派の西地方の貴族でも、西の侯爵家と少し距離を置くことを考えましょう。


「よろしいですか? 雪の王族である、私のおじ様は祖先の『駆け落ち姫』から、『春の国の英雄、善良王』の血を受け継いでいます。

だから、むやみやたらに、命を奪うなどしませんし、死者を冒涜することも言いません。

雪の国の内乱のときも、首謀者の南の公爵当主を、刃を交えながら説得し、生け捕りにしました。考え直して、生きて罪を償って欲しいと、最後まで説得しながらね。

南の公爵一族の処刑を決めたのは、現在の雪の国王です。そして、春の国を滅ぼすための軍隊派遣を決定したのも、雪の国王です」


 軍事国家の恐怖を植え付けながら、おじ様の好感度を上げるように持っていくのは、大変ですよ。

 まあ、周囲の人々は思考停止して、私の話を聞くしかできない状態になっているので、洗脳は簡単ですけどね。


 皆さん、大軍派遣の意見を、雪の国王に進言したのが誰かまでは、気が回っておりません。

 進言したのは、私の母方のおじい様であり、「善良王の子孫」です。

 昔の戦争で東国を打ち破り、雪の属国にした、軍事国家の王子だと。


「四年前、春の騎士団と(やいば)を交えた、おじ様が、悪魔のような言動をする、残虐王の子孫たちに正義の鉄槌を食らわせたのは、当たり前です!

それでも、善良王の子孫のおじ様は、(はらわた)が煮え繰り返っていても、西地方の騎士たちを捕虜にして、命までは奪いませんでしたよ。

まあ、西地方の騎士たちの根性を叩き直すため、軍事国家方式の騎士の訓練をさせたようですけど。

おじ様が拠点にしていた、湖の塩伯爵の領地は、『善良王の次男の直系子孫』で、『騎士の中の騎士』が領主をしていた土地です。

その上、教師になったのは、善良王の子孫である、おじ様自身。

半年以上、捕虜になっていた方々は、『強くて高潔な精神を持つ騎士』になり、春の国へ戻ってきましたよね?

現在、各部隊の隊長や、近衛兵に昇格して、『あれこそ騎士の鏡』と呼ばれ、尊敬を集めておられますよ!」


 ……西地方の武官の世襲貴族が、医者伯爵家に忠誠を誓った理由の一つは、この捕虜経験かもしれません。

 おじ様にしごかれたら、「善良王の子孫は素晴らしい!」とか、「騎士は王家に忠誠を誓い、命を捧げてお守りするもの!」って、骨の髄まで洗脳されそうですもの。


 医者伯爵家には、「善良王の直系子孫になる王女」が輿入れし、先代当主夫人として、未だに生きておられますからね。

 西地方の騎士たちは、「残業王の子孫の王女、西の公爵家の一人娘を守るより、医者伯爵家にいる王女を守ろう」と考えそうです。

 そして、次期当主夫人になる予定の私の妹オデットも、善良王の直系子孫です。

 西地方の騎士たちは、なんとしても守ろうと、体を張ってくれそう。


 うん。たまには、おじ様も、良いことをしてくれますね♪


 私が思考を巡らしている間も、室内は沈黙したままでした。

 ようやく、春の王太子が発言しましたけど。立ち直りの早さは、レオ様の特技ですね。


「……おい、一つ疑問がある。なぜ、雪の騎兵隊の一人だと、春の国の者たちは、誰も気付かなかったのだ?

西の公爵も、開戦前の問答で顔を見てるはずだし、捕虜になった騎士なんて、訓練の時に毎日、顔を見ていたはずだ!」

「逆に聞きますけど、おじ様が、うちの下の弟や妹を肩車する姿を見かけたレオ様や、王宮勤めの皆さんは、『血も涙もない殺人鬼』と思ったのですか?」

「……二人が『おじ様、おじ様』と慕っていて、楽しそうに遊んでいたから、子供好きな外交官だと判断した。

王宮務めの者たちと、微笑ましく見守っていた」

「あれが、本来のおじ様の姿です。『春の国の英雄、善良王の子孫』ですよ? レオ様と同じ祖先を持つのですよ? 

血も涙もない残虐王の子孫と、一緒にしないでください!」

「……僕と同じか。確かに、春の英雄の子孫として、西地方の残虐王の子孫たちに対して、怒りの形相をしていたら、別人に見えるであろうな」

「それから、当時と人相が違うのが、誰も分からなかった一番の理由でしょうね。

おじ様は雪の国の内乱を鎮圧した直後に、食料がほとんどなかった春の北地方を走り回って、親戚を探していたんです。

全身傷だらけで、ヒゲぼうぼう。また、最低限の食事しかできなければ痩せこけて、別人の顔になっていたと、思いますよ」


 肩をすくめて、適当におじ様の外見別人説を挙げたら、レオ様は頷いて納得してくれました。

 私たちが生まれつき持っている、「善良王の子孫」の肩書きは、本当に春の国の人たちに効果ありますよ……。


 まあ、おバカさんの西の侯爵家が自爆して、「私の使いたくなかった最悪の最終手段」を表舞台に引きずり出しましたからね。

 最終手段のおじ様の姪っ子として、頑張って、ぶっつけ本番の洗脳作戦をするはめに。


 なんとか、「春の国を滅亡させる、軍事国家の騎士」を、「春の英雄の子孫であり、雪の国の良心」に仕立て上げましたよ。

 春の国の貴族たちは、軍事国家との戦争を回避するためにも、善良王の子孫であるおじ様に、すがりつくことでしょう。


 はい、正義の味方にして、救世主の出来上がりです♪

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