132話 軍事国家に恐怖するが良い!
「アンジェのおじ上? 全然似てないぞ!?」
たくさんの花を抱えたまま絶叫する、春の国の王太子。
王太子の秘書官である私は、上司のレオナール王子に説明しました。
絶望の表情を浮かべて、そばにあった、国王夫妻の座る予定の椅子に寄りかかりながらね。
「正真正銘、母の兄です。座長の次男!
春の王宮にある、雪花旅一座の戸籍にも、名前が登録されていますよ。
おじ様は、旅一座が春の王都に滞在中に、産まれました。ですので、当時の国王だったレオ様のおじい様にも、誕生直後に謁見しています!」
「……うーむ。それでも、アンジェは、金髪碧眼なのに、あっちは赤毛と赤い瞳だ。
赤の印象が強すぎて、お前のおじ上とは思えんぞ!」
「雪花旅一座の座長には、『駆け落ち姫』の血が流れているためか、ときどき赤毛や赤い瞳の子供が生まれるのです。
おじ様は赤毛と赤い瞳に生まれたため、金髪碧眼の集まりである、雪花旅一座におれず、雪の国で仕官して騎士になりました」
私の簡単な説明に、レオ様は眉を潜めました。
歌劇観賞が趣味の王太子は、スラスラと専門知識を披露します。
「ふむ? 『駆け落ち姫』か……。歌劇『王宮からの脱出』の中で、善良王のひ孫であることも、海の王家出身の王女を母親に持つことも紹介される。
それが理由で、雪の王太子へ嫁ぐはずだったのに、政略結婚を拒否して、役者の若者と駆け落ちするストーリーだからな。
この歌劇を作った『戯曲王』は、事実を忠実に再現していると、春の国の十三代目国王が発表して、雪と海の王家も真実の出来事だと認めているのも、有名な話だし」
「当たり前です! 戯曲王は駆け落ち姫の実の孫で、後に春の国の十三代目国王に即位してるんですから!
雪と海の王家が認めたのも、春の十三代目国王が、両国の王家の血筋を持つからですよ!」
「……確かに、駆け落ち姫も、戯曲王も、僕の父方の直系祖先の一人と断言できる。
春の王族に、熱狂的な歌劇好きが多いのも、戯曲王の血筋のせいだろうな」
レオ様の言葉を、私が補強します。
王太子の説明を聞いていた、室内の人々は、驚きの顔になりました。
昨日、王立学園で驚いていた、同級生たちと同じ「仰天」の表情です。大人たちの表情について、推理してみました。
現在まで残る、数々の名作歌劇を産み出した、「歌劇の王者、戯曲王」。
その正体は、「歌劇史上最大の謎」とされ、数百年の間、歴史研究家の間で論争が繰り広げられました。
没落貴族や、異国の裕福な商人の息子、王宮の役人の息子など、諸説あったようですね。
ですが、今ここで、直系子孫の二人、雪花旅一座の座長の孫娘と、春の国の王太子が明言しましたからね。
特に春の国は、父方の祖先の血筋を、重視するお国柄です。春の王太子が、父方の直系祖先と言ったことで「十三代目国王と戯曲王は同一人物」と、春の王家から正式な発表があったのと、同じ意味を持ちます。
……うん。明日から、王立学園の音楽や、ダンスの教科書は、大幅に書き直し作業が始まりそうですね。
制作者の名前が、戯曲王から「春の国の十三代目国王」に変更されるはずです。
戯曲王の作った、歌劇の曲やダンスは、今では世界中の王宮で演奏されたり、踊られるほど、定番となっていますから。
春の国に追随して、世界中の教科書も、内容が変更されそうですね。
さて、王太子との会話に戻りましょうか。
「だが……あそこまで見事に、南国の血筋が出るものなのか!? 同じ直系子孫でも、春の王族に、赤毛は居ないぞ!」
「おじ様は『先祖返り』と言うものらしいです。
詳しくは、分家王族の医者伯爵家の方々に聞いてください。
医者として、専門家の見解を述べてくれると思いますよ」
「うっ……今度、聞くことにする。丸一日かかりそうだ」
私が冷静に返事すると、レオ様は視線を反らして逃げました。
春の国王のいとこたちは医者なので、嬉々として医学書を持ち出し、解説してくれることでしょう。
「脱線しましたが、おじ様の話に戻ります。
おじ様の花嫁は『雪の国の軍神』と呼ばれる分家王族、東の公爵家の出身。
だから、おじ様の子供たちも、母親経由で雪の王位継承権を持っております。
そして、おじ様自身も、春の王家に嫁いだ、雪の国のアンジェリーク王女の血を、駆け落ち姫から受け継ぐので、雪の王位継承権を認められました。
早い話が、おじ様一家は、雪の国の王族なのです!」
私が明言した瞬間、室内が凍りつきました。
皆さん、軍事国家の王族が、私の親戚と思っていなかったのでしょう。
「まとめれば、西の侯爵一家は、『雪の王族一家』を、『平民の中でも最下級で、低俗な卑しい血筋の持ち主』と、侮辱したことになりますね。
二代前の当主の側室にもなれなかった、平民の妾の血を持つ、成り上がりの貴族が侮辱した。
よりによって、侮辱した血筋の持ち主に、直接告げたと。さすがに、姪っ子の私でも、ごまかせませんよ!」
私の絶望感を、皆さんにも、共有していただきましょうか。
一つ一つ、説明してあげますよ!
「よろしいですか? 今回、おじ様は雪の王子と婚約した、姪っ子のエルの様子を見るために、雪の国王に命じられて、使節団の一員として訪問したのです。
本来は、雪の国の騎馬隊に在籍しています。あの部隊が、なんと呼ばれているか、春の国の王太子であるレオ様ならご存知ですよね?」
「……大陸最強の軍隊」
「その通りです。四年前、雪の国で起こった内乱のとき、反乱軍を三分の一以下の騎兵で次々と撃ち破り、全戦全勝しました。
そのまま南下して、春の国の北地方へ進軍。陸の塩の産地である、山の塩の採掘場と、湖の塩伯爵の領地を占領しましたよね。
そのとき春の国は、どう行動しましたか?」
「……雪の国は、内乱直後だったから、軍事力が落ちていると判断を下した。
二つを比べて、まず王都に近い、湖の塩伯爵の領地から取り替えそうと、副宰相……西の公爵当主が提案したぞ。
提案したからと、そのまま指揮官に名乗りをあげ、西地方の騎士団の八割を率いて出陣。
その結果、ボロ負けして、西の公爵は命からがら王宮へ逃げ帰り、残された騎士たちは全員捕虜にされたな」
淡々と話す春の王太子の声が、軍事国家の強さを知らしめます。
私が追い討ちを、かけてあげましたけど。
「西の公爵殿が率いる部隊が戦った相手が、おじ様の居る部隊です。
あの当時、おじ様の騎馬隊は、内乱の首謀者と最終決戦した直後で、半分ほどの騎士が怪我で脱落していました。
なおかつ、帰路を守るため、山の塩の採掘場に、半分が残留したんですよ」
「半分の半分? 四分の一に減った部隊が、我が国の騎士団を打ち破ったと言うのか!?」
「その通りです。内乱の連戦を経験したあげく、満足な休養も取れずに、強行軍で国境を越えて移動してきたのです。
おじ様は、『あのときは満身創痍で、かなり疲弊していた』と語っておりましたよ?
つまり、万全の態勢を整え、五倍もの人数で挑んだ春の国は、おもいっきり弱体化していた雪の騎馬隊に、手も足も出ず負けたと言うことですね」
現実主義らしく、事実を簡潔にまとめて、皆さんに伝えてあげました。
王妃様の顔色は、完全に血の気が引いています。王太子のレオ様も仏頂面になり、何も言いません。
「話を戻しますが、西の侯爵家は、雪花旅一座の持つ雪の国の王家の血筋も、侮辱したことになります。
雪の国の騎士たちは、雪の王家の誇りを守るために、全力で戦うことを誓いましょうね。
そのときは、おじ様が先頭に立ち、騎士たちを率いると思いますよ。
全力を出した騎馬隊に……大陸最強の軍隊に、勝てると思いますか?
その上、軍事国家の雪の国には、他にも弓騎兵隊、歩兵隊、弓歩兵隊、艦隊など、数々の軍隊がいます。
これらをすべて相手にして、春の国が生き残れると思うのですか?
軍事国家に逆らい、助けてくれる周辺国家が居ると思うのですか?
満身創痍で疲弊して、弱体化していた雪の騎馬隊にすら勝てなかった春の国が、どうやって軍事国家に立ち向かうのか、本当に見物ですよ!」
私が珍しく声を荒げて、王宮中に響くような大声を出しました。おそらく、廊下まで聞こえていることでしょう。
室内の人々は、顔色が真っ青……あっ、遠くで数人が気絶しましたね。
冷静に考えて、春の国が負けるのは、当然なのです。
歴史に名を残す軍師の家系、医者伯爵家が昔の戦争に勝てたのは、北地方の騎士団を主軸にした作戦を立てていたからです。
雪の国とも対等に渡り合え、「大陸で二番目に強い騎兵隊」と呼ばれた、北地方の騎士団。
その構成員である、北地方の貴族たちを……私の親戚たちを、西の公爵家は暗殺しました! 北地方の騎士団は消滅したのです。
極悪非道な残虐王の子孫は、祖先と同じように、私の大切な人々の命を奪いました。
その上、おじ様の目の前で死者になった親戚たちを、愚弄してくれましたからね。
絶対に許せませんよ。地獄に叩き落としてやります!
今回の一件は、足掛かりに過ぎません。
西の公爵夫人は、おじ様を激怒させた、西の侯爵家の出身です。
奥方の実家が無くなれば、西の公爵家も、公爵家に頼っている雑魚も、大打撃を受けますからね♪