131話 西の侯爵家は、おじ様を激怒させました
現在の室内には、微妙な空気が流れていました。
春の国の西地方に領地を持つ、侯爵家について話していたからです。
西の侯爵令嬢は、春の国の王太子、レオナール王子の婚約者候補の一人だったのですが……。
高飛車な性格が災いして、婚約者候補の資格を剥奪されました。
レオ様は、血筋にあぐらをかいて、傲慢な態度をとる、無能な貴族が嫌いですからね。
資格剥奪されたご令嬢が、王立学園を自主退学したあと、嫁ぎ先を探すため、分家王族たちが協力していました。西の公爵家や、医者伯爵家がね。
そして、ご令嬢は、新たな嫁ぎ先として、医者伯爵家の次期当主、ローエングリン様に目を付けます。
分家王族の王子と、高位貴族の侯爵令嬢です。普通なら、上手くいったでしょう。
ところが、ロー様には、婚約者に選んでいる娘がいました。
その相手は、よりによって、私の上の妹のオデット!
医者になる夢を持っており、同じ夢を持つロー様が、お見合いしたときに口説きおとしました。
妹はロー様から溺愛されており、相思相愛の恋人になっております。
侯爵令嬢にとっては、玉の輿結婚を邪魔する相手です。
オデットの姉である私や、二人を仲人したレオ様にすれば、西の侯爵令嬢こそ、邪魔な存在。
おバカな西の侯爵令嬢は、私や妹の血筋を知らないようですからね。
私たちの親戚が住む、「軍事国家の雪の国」を怒らせることを、やらかしてくれたようですよ。
この機会に、春の国の表舞台から、引きずりおろしてやりしましょう♪
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この場の重苦しい空気に似合わない、たくさんの花を胸元に抱いている王太子。
おバカさんにあきれている親友へ、私から切り出しました。
「レオ様。うちの家族に、改めて西の侯爵一家を紹介しましょうか?
弟のミケランジェロと末っ子のエルしか、侯爵令嬢の顔を知らないと思いますので。
西の侯爵家に、うちの祖父が『北の名君』で、祖母は『六代目国王の善良王の直系子孫』と、紹介することになると思いますけど」
「……おい。最大級のイヤミを込めた、自己紹介だな?
母方の雪花旅一座も、『善良王の血を持ち、春の国の十代目王妃、十三代目王妃を輩出した春の国の元王族。現在の国王は、誉れ高い一族の血を引いている』と付け加えてくれるように、父上に頼んでおくから安心しろ」
「えっ? 国王陛下を同席させる、おつもりですか?」
「当たり前だ。雪の国を怒らせていて、外交問題になりかけているんだぞ?
野心丸出しのどアホ一家に、きっちり教育しておかんと、雪の国へ示しがつかん!」
レオ様は、ちょっと持っていき方を、失敗したようですね。
西の侯爵家をあざ笑っていた、西地方の世襲貴族出身の使用人たちが、これくらいで国王陛下を?と、微妙な顔つきになっておりますよ。
いくら、昔の国王を輩出したと言っても、現在の雪花旅一座は、「春の国では平民」と思われております。
西の公爵当主が、奥方の実家を守るためにも、国王の同席を阻止するでしょうね。
一旦、仕切り直して、国王陛下が同席できる口実を、作り上げましょうか。
「レオ様。一番疑問なのは、なぜ、雪の国の使者殿が怒るに至ったかです。
少なくともオデットの話を聞いた限りでは、西の侯爵令嬢と、雪の国の接点が見えないのですが……。
我が家と西の侯爵家の自己紹介をし会うくらいで、国王陛下が同席する理由にはなりませんよね?」
私は現実主義と、知られていますからね。理詰めで王太子を論破して見せました。
西地方の世襲貴族たちは、私が国王陛下の同席に、同意していないと受け取ったことでしょう。
ここから、どうやって国王同席を正当化するかですね?
一番手っ取り早いのは、雪の国の使節団に紛れている、母方のおじ様を表舞台へ引っ張り出すことです。
同時に、一番最悪の手段でもありますが。
あのおじ様を関わらせたら、余計こじれるのは、間違いありませんからね。
これは、最終手段にしておきましょう。
「むっ? そう言えば、アンジェは、騒ぎの根本的部分を知らなかったんだよな。
うーむ……謁見室の騒ぎの噂は、誰かから聞いてないか?」
「謁見室の騒ぎ? 一昨日と言うと……『どこからか無礼者が乗り込んできて、国王陛下と強引に面会したあと、大臣たちによって謁見室から放り出された』とか、友人の女騎士たちから聞きましたけど。
うちの家族は、オデットの出くわした、平民の商人の奥方が謁見室に入ったとき、無礼をしたのだと思っていました」
「そうか……オデットの勘違い話を元にすれば、その無礼者は、アホな西の侯爵の娘と思うよな。
実際は、雪の国の使者の方だ」
……おじ様? なに、やってるの?
使節団の一員として来ているなら、きちんと手順を踏んでから、春の国王陛下に抗議してよ。
謁見の公務中に乗り込んで抗議なんて……常識知らずな外交官として、春の王宮の人達の記憶に残るじゃないですか!
……まあ、北の雪の国で暮らしているおじ様に、春の国の風習は、理解しがたいのかもしれませんけど。
軍事国家の雪の国では、武官の方が権力が強いです。けれども、春の国では、文官の方が権力が強いのです。
おじ様は武官の騎士なので、雪の国の王宮で普段している行動を、春の王宮でやったつもりなのでしょう。
まさか、文官たちにつまみ出されるとは、思わずに。
「ローが、騎士たちにアホ女を連れて行くように命じた所までは、知っているんだよな?
実際は、父親の商務大臣の執務室へ、送り届けられた。室内に居た、商務大臣の補佐官の話では、アホ女は『下等な農家の小娘に侮辱された』とヒステリーを起こしながら、父親に説明したようだ。
ああいう、ヒステリー魔は大嫌いだ。嫁にしなくて良かったぞ」
「……少なくとも、農家を見下す発言は、農耕民族の長だった初代国王「創始王」や、農家出身の初代から四代目王妃たちを侮辱する行為ですね。
王太子の秘書官として、王太子の花嫁には向かないと、断言します」
「やはり、真面目に王妃教育を、受けていませんでしたね。
わたくしは、始めの授業で、『建国当時の王妃は農家の出身』と説明しましたよ!
春の国の王族、及び世襲貴族は、すべて農家の子孫です。西の侯爵家とて、農家の子孫になると言うのに……なんたる言い方ですか!」
王太子の言葉に、相槌を打ちながら、王妃様と協力して、西の侯爵家の権威を落として行きます。
王妃様のお怒りの声に、ちょっとだけ視線を反らす、室内の人々。
ふむ。西の侯爵令嬢と同じ発言をしたことがあるか、農家を見下していた自覚があるようですね。
皆さんの顔は、しっかり覚えました。今回は見逃してあげるので、この機会に認識を改めてください。
同じ事を繰り返せば、王家の歴史を勉強中のうちの末っ子と先生を差し向けて、「六才児にバカにされる屈辱」を与えながら、勉強させ直しますからね!
「話は戻るが、アホ娘を家に返すように、騎士からローの命令を伝えられた商務大臣は、渋々アホ娘を連れて玄関に向かう。
その途中で、騎士に案内されながら、王宮内部を見物していた、雪の国の使者に出くわしたようだ。
どアホ一家は、オデットが善良王の直系子孫と知らんから、父方が平民の農家の子孫と言うのを強調して、分家王族には、ふさわしくないと力説したらしい」
「うーん。それくらいで、使者殿は怒らないと思いますけど?
春の国は、父方の祖先しか重視しないと、雪の国は承知しているはず。
不勉強な貴族の戯言だと、無視すると思いますよ」
変ですね? おじ様が、謁見室に乗り込むほどの悪口では、ありませんよ?
この程度の悪口なんて、日常茶飯事だと、おもしろおかしく書いて、雪の国王へ手紙を送ったことがあります。
雪の国王経由で、おじ様にも、手紙を見せてくれているはずですよ。
「それから、母親が雪花旅一座の出身と言うのを、強調したようだな」
「……えっ? うちの母を? 雪花旅一座を名指しで!?
春の国って、父方の血筋しか、重視しませんよね? ねっ!」
「野心にまみれたアホは、悪知恵が回るようだ。
雪の国は、母親の血筋も重視すると承知の上で、発言したんだろう
『あのような平民の中でも最下級で、低俗な卑しい血筋を持つ娘を、春や雪の国の王家に輿入れさせるのは、春の王族西の公爵の親戚として大反対だ』と意見したと、案内していた騎士から聞いている」
「何度聞いても、本当に高位貴族なのかと、疑ってしまう発言ですね。
過去に春の王族だった一族を、最下級の低俗な血筋と呼ぶなんて。
特にレオナールの直系祖先である、十四代目国王は、当時の王族であった雪花旅一座の血を四分の三も持つからこそ、『百年に及ぶ春の黄金時代』を作れたと言うのに」
「母上。自分たちの方が立場も、血筋も上だと、優越感に浸りたかったんでしょう。そして、春の王族の親戚と血筋アピール。
オデットとエルを蹴り落とし、自分の娘を医者伯爵へ。西の侯爵家の親戚を、雪の王子妃にしようという、野望が丸見えですよ。
改めて言葉にすると、人間として軽蔑しか浮かびません。
なぜ、このようなアホを、僕の婚約者候補に挙げたのか、西の公爵家に尋ねてみたいものです」
さげずんだ声音で、会話を交わす、王妃と王太子の親子。
二人とも、王家の微笑みを張り付けたまま、軽い口調で話します。
けれども、私は珍しく、余裕が無くなっていました。
よりによって、雪花旅一座をバカにしたって?
西の侯爵一家、八つ裂きにされますよ!?
「そうそう、アンジェに続きを話していなかったな。
ここまで聞いて、雪の使者が、無言で親子の胸ぐらを掴んだらしい。
『春の国王陛下は、どこにおられる!?』と、王宮中に響く声で、怒鳴りながら、親子をつれて移動を始めた。
案内していた騎士が、必死で止めたようと体を張ったが、騎士を二人抱きつかせたまま、引きずりながら歩いたそうだ。
そうですよね、母上?」
「ええ。謁見室で目撃したきは、驚きましたね。
まあ、雪の国の軍事力を思えば、外交官でも、騎士の修行をしているのでしょう。陛下も、同じ意見でしたね」
王妃と王太子の親子は、のんきに話しております。
大人しく聞いている私は、冷や汗が身体中から吹き出していました。
さすがに雪の外交官でも、大人三人と娘一人を体にくっ付けたまま移動するのは、無理だと思いますよ?
春の国の人たちは、「軍事国家」と言う雪の国に対して、大きな勘違いをしているようです。
「あの……謁見室に乗り込んだ、使者殿の容姿をお聞きしても?」
最後のわずかな希望をこめて、お聞きしました。
ほら? もしかしたら、おじ様では無いかもしれないじゃないですか!
私にしては、珍しく現実逃避しながら、返事を待ちました。
「燃えるような赤い髪と赤い瞳の持ち主でしたね。おそらく、南方の血を持つのでしょう。
赤毛や赤い瞳は『太陽の色』と呼ばれ、南の海の国や、常夏の海洋連合諸国の島々に住む人々の特徴ですからね。
けれども、肌は白色でした。あれは、北の雪の国の特徴だと思いますよ」
……希望は、潰えた。まごう事なき、おじ様です。
今回の使節団で赤毛の人物は、おじ様しか居ません!
よりによって、おじ様に向かって、雪花旅一座の悪口を言うなんて……。
おバカさん一家は、私の最終手段を、自分達の手で表舞台に引きずり出してくれていましたよ!
丸め込むの無理。いくら私でも、さすがに、おじ様を丸め込むの無理!
直接、目の前で言われたら、ごまかせませんって!
立ちくらみを起こし、そばにあった国王夫妻の座る椅子に、寄りかかります。
「アンジェ、どうした? 顔色が悪いぞ」
絶望的な表情になった私に、レオ様は気付かれたようです。
「……レオ様。赤毛の使者は、私のおじ様です!」
冷や汗をかきながら、レオ様を見上げて、正直に告げました。
だって、西の侯爵家は、おじ様を怒らせてしまったのです。
大陸最強の軍隊を率いる、軍事国家の王子を!